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8. セクハラ? いえ、人命救助です。

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 また学校で。なんて言って別れてから、案の定というか、やはりというか。エリィは帰宅後に熱を出し寝込んだ。軽い発作の様なものも起こし、しばらくは絶対安静と医師のお小言付きの言いつけもあって、学園にも通えずにエリィは今日も部屋で退屈に日々を過ごす。
 もちろん、ヨシュアやセシルが頻繁に来ては他愛ない会話をしたり、フィリオ―ルがいつものように小さなブーケをもって日参してくれてはいる。それでも、外の世界から隔絶されたような部屋の中に居続けることは苦痛だった。
 と、なると。あの迷惑千万とも思えたヴィスタの見舞いが懐かしい。ヴィスタが来るたびに何かしら怒ったり、あきれたりと逆に疲れることが多かったが、無かったらなかったでつまらないものである。

 なんて思ったのはやはり人間の第六感、いや予知能力が働いたのだろうか。

―― コツン。

 何かを叩く音がして、エリィは考えるのを中断して辺りを見回した。部屋の中には誰もいない。ヨハンとセシルは登城しているし、ヨシュアはエリィが読みたがって強請ったこてこての恋愛小説を買いに街へ出ているはずだ。おまけにシャロムには医師の家へ薬の追加を取りに行ってもらっている。それならば母なのだろうかとエリィは首を傾げた。取りあえず嫌な予感は横に置いておいて、だ。

「お母様?」

―― コツン。

 その音が窓の方からするのに気づき、エリィは体を起こした。そして、音の正体を確かめようと寝台から足を下ろし、室内履きに足を入れた時だ。

―― ガシャン!

 派手な音がしたその直後に何か重たいものが床を跳ねるようにしてゴロンゴロンと転がる。その転がってきた物を視界に入れて確認すると、エリィは立ち上がらずに頭を抱えた。が、すぐにハッとして急いで立ち上がった。なるべく早足で窓際に近寄り、外の様子を伺いながら窓を開ける。すると下から「おっ」と小さな声が聞こえた。
 窓から少しだけ身を乗り出して下を見ると、そこにはエリィが想像した顔があった。その余りにも余りな行動はらしいと言えばらしい。そしてその手には今投げ込まれた石よりも少し大きめの石が握られている。エリィが顔を出すのがあと少し遅ければ、それも投げ込むつもりだったのだろうか。いや、ない。それはない。ないはずだ。常識的に考えて!っとエリィは自分を叱咤激励する。

「……新手の討ち入りですか?」

 心底呆れたような顔でエリィの部屋の窓の真下、中庭に居るヴィスタに声をかけると、彼は慌てたように口元に人差し指を当てた。

「しーっ。誰かに見つかったらどうするんだ。……見舞いだよ、見舞い」

 そもそも、石で窓をぶち割ると言う派手な音を立てておきながら、誰かに気付かれないと本気で思っているのだろうか。辺りを見渡せば、バルコニーの影には料理長がフライパンを構えて隠れているし、低木の影にはメイドがすりこぎを持ってしゃがんでいる。おまけに、ヴィスタのすぐ後ろのエリィが一番気に入っている薔薇の垣根の向こう側には、庭師がスコップを構え、エリィに攻撃許可を求めているではないか。頭痛のする眉間を抑えながら首を横に振ると、庭師は不本意そうにスコップを下ろしてその場にしゃがみ込んだ。

「最近の見舞いは随分と物騒になりましたわね」
「小さな石を投げても少しも気づかないからだろう。私も割る気は無かった」
「まぁ、前回の門扉破壊よりはほんの少しまし……いえ、変わらないですわね」
「出禁だから他に方法が無かった。一応昨日も一昨日も訪ねてみたが、邸内に入れてもらえなかったしな」
「だからわざわざお兄様もヨシュアもシャロムもいない時を狙ってきたんですか」

 エリィが苦笑してため息をつくと、ヴィスタは誇らしげに胸を張って笑う。いつものやり切った感満載のあの笑顔だ。やっぱり、やらかした感の方が強いのだがなんとなく怒る気がそがれてしまう。

「全く、しょうがないですわね。今庭に降りますから、お待ちくださいね」
「いや、来なくていい」

 窓際を離れようとしたエリィを、ヴィスタは慌てて止める。いつもなら、もてなせと言わんばかりの態度でいるヴィスタの様子に、エリィは不審そうに眉をひそめた。

「どうかなさいました?」
「絶対安静なのだろう?このまま少し話してくれればいい。顔を見れたから充分だ」
「殿下、道に落ちているものを拾って食べては駄目ですのよ?」
「あのなぁ……」

 耳を疑うような気づかいの言葉を聞いて、エリィは思わずまじまじとヴィスタを見てしまう。そんなエリィをヴィスタは苦笑して見返しながら薔薇の前に置かれた椅子に腰を掛けた。その段階で、エリィは一瞬だけ彼を見直しかけていたのをすぐに後悔した。病人エリィが立っていると言うのにサックリ座るヴィスタのブレなさにエリィは瞬時に半眼になる。ここまで来ると正に才能である。ある意味感動すら覚えると心の中で自棄くそ気味に拍手を送る。まぁ、それでこそヴィスタである。

「なぁ、リズ」
「なんでしょう?」
「この間の祭りの時みたいな喋り方してくれ」
「なぜですの?」
「なんだかリズと仲良くなった気がするから」
「なるほど。お断りさせて頂きますわ」
「相変わらず容赦ないな」

 男装を不審に思われないよう”僕”といって、いつもの”ですわ”をとったらああなってしまっていただけで、あの喋り方自体にエリィが慣れているわけではない。前世であったならば普通に使っていた口調だったけれど、エリィは生まれつき貴族だ。今ではもうこの貴族然とした喋り方の方が人前に立っている時は話しやすいのだ。砕けた口調で話すのなど、それこそヨシュアの前でしかない。
 そこでエリィははたと思考が止まる。

―― あれ、なんでヨシュアの前だけ口調が違うんだろう?

 少し混乱し、腕組をして首をかしげる。そしてふと、シャロムにも同じような口調で話している事にエリィは気が付いた。あとは料理長と話すとき、メイドと話すとき、庭師と話すときも砕けた口調である。つまりは……。

―― エリィはヨシュアを使用人と同等の扱いをしている。

 その事実にたどり着き、エリィはすこし青ざめた顔で遠くを眺め、乾いた笑いをこぼした。そしてその考えを忘れ去る様に頭を1度強く振り、再びヴィスタに視線を戻す。

「あれは祭りの余興と思ってくださいませ。殿下もあの時、普段は”私”なのに”俺”と言ってらしたではないですか」
「ヨシュアには許すのに、婚約者の私はだめなのか?」
「ヨシュアは弟ですわ」

 下僕と言う名のね!なんて声が一瞬頭の中をよぎったのを、エリィは慌てて打ち消す。決して使用人と同じ扱いなどしていない筈だ。ヨシュア大事、大事ヨシュア!と必死に頭の中でエリィは繰り返す。

「……私はどうしたらリズに近づける?」

 その質問にエリィは答えられず、ヴィスタを見たまま黙り込んでしまう。しばらくそうやってお互いを見たままの姿勢で黙し、その後ヴィスタは小さく肩をすくめた。その瞳が悲しげに揺らいで見えたのはエリィの気のせいだったのだろうか。

「あまり、そこにいると冷えるだろう?体を冷やさないように気を付けろ」
「……ここに居るのも、寒いのも、ほぼと言うか丸々殿下のお蔭ですけども、気を付けますわ」
「手厳しいな」

 エリィの返事にヴィスタは苦笑いを浮かべる。そして「そうだ」と小さく呟いて、傍らに置いていた丸い手のひら大の可愛いらしくリボンでラッピングされた包みをエリィに向かって投げた。その包みはきれいに放物線を描くようにして、すんなりとエリィの手の中に落ちる。予想よりも軽いその包みにエリィは首をかしげて見せた。

「見舞いのキャンディだよ。それぐらいなら食べれるだろう?リズの好きな味を選んだ」
「熱、あります?」
「……次見舞いに来るときは軽いお菓子にしてくれと言ったのはリズだぞ?」
「あ、そうでしたわね。大量に生肉持ち込まれても困りますし」
「キャンディなら及第点だろ?」
「はい。お気遣いありがとうございます」

 エリィが素直に笑ってお礼を言い、頭を下げると、ヴィスタは驚くぐらい照れたような表情をしてみせた。そして赤くなった顔を隠す様にして立ち上がり、一言「帰るからな」と言って裏門の方へ向かって歩き出す。
 ふと、低木の影に居たメイドがエリィに向かって何やらジェスチャーをしているのが目に入った。その内容を把握して、エリィは眉間に手を置き小さく頷いた。

「殿下」

 少しだけいつもより大きめの声で呼びかける。それでもヴィスタにはハッキリと聞こえたようで、そこで歩みを止めて振り返った。その表情は何やら期待した様に緩んでいる。流石のエリィも多少気が引けたが、本当に気が引けたのだが、物事にはけじめがあるのである。

「……窓ガラスの請求書、送りますわね」

――こら、殿下!捨て犬みたいな目をするな!するなったら!










「で、この惨状は?」
「あら、おかえりなさい」

 ヴィスタと入れ替わる様にして帰ってきたヨシュアは、不機嫌そうに扉にもたれたまま窓際に立っているエリィを見た。無理もない。見れば、エリィの部屋の窓は大きく割れ、こぶし大の石が絨毯の上に転がっている。ガラスの破片が飛び散り、外から冷たい風も吹きこんでいるのだ。おまけに部屋の主の病人は寒そうにストールに包まっていて、これを見れば誰しも眉をひそめてしまうだろう。

「……で、この惨状は?」
「見舞いと言う名の大石 内蔵助」
「は?」
「ううん、なんでもない。門扉破壊の次の攻撃があっただけ」

 ヨシュアは長く深いため息をつくと、まだ着たままだった外出用の外套を脱いで窓際に立つエリィに着せる。そして、ちろりと窓の外を見てメイドのケイトを見つけ、エリィの部屋を片付けるように指示を出した。

「取りあえず、ここは冷えるから僕の部屋に移動しよう。暖炉付けてくるから、ゆっくりおいで」

 それだけ言うと、ヨシュアは少し小走り気味に自分の部屋に戻って行った。それと入れ替わる様にしてパタパタと小さな音を立ててケイトが部屋へやってくる。

「失礼いたします。お嬢様、ただ今片づけますわね?全くあの方は迷惑この上ないんだからっ」

 ブツブツと不平を漏らしながら、ケイトは手早く割れたガラスの破片を塵取りに集めていく。直ぐにヨシュアの部屋に移動しようかとも思ったが、ふと気づいて足を止めた。

「ケイト」
「はい、お嬢様。どうかなさいました?」
「今日は何で中庭まで黙って入らせたの?」

 そういってエリィが問えば、ケイトは「あら、バレてました?」と悪びれずに笑って見せた。
 そもそも、家の者以外をやすやすと中庭に入らせるような貴族の家は無い。特に貴族位が高くなればなるほど防犯上ありえないのだ。相当な手練れと言うならまだしも、相手があのヴィスタである。ないない。
 しかも、あの庭での配置。庭師だけならまだしも、普段は忙しいケイトや料理長までこれ見よがしにヴィスタを狙って見せるなどもあり得なかった。しかもフライパンにスコップにすりこぎ。百歩譲ってフライパンとスコップは目を瞑ろう。仕事道具と言えば仕事道具だからだ。問題はすりこぎである。そのすりこぎどこから持ってきた。侵入者に気付いて持つ得物ならもっと手軽に取ってこれるものはいくらでもある。

「すりこぎは無いわね」
「……次は箒に致しますわ」
「あと、庭師ベンに笑わせようとするの止めてって言ってよ」

 あの時ベンは攻撃許可を求めてきていた。その方法はもちろんジェスチャーである。自分を指さして、ヴィスタを指さして。スコップ振り上げて殴る真似をして。スコップが当たったふりをして苦しむ。そして目を見開いて満面の笑みでサムズアップ。そんなん笑うわ!と必死に眉間を抑えて笑わないようにエリィが堪えていたのをヴィスタは知らないであろう。

「まぁ、お嬢様退屈そうでしたし。食欲も落ちてましたし。みんな心配してたんですよ?」
「ふふ、ありがとう。じゃあやっぱりヨシュア達がいないって情報流したのもおまえたちなのね?」
「あら、それもわかっちゃいました?」
「わかるわよ。あんなことやってて殿下の護衛が全く出てこないのもおかしいでしょう?」
「お嬢様は退屈してらっしゃるし、殿下もお元気がなかったようで。利害の一致って奴ですわ」
「窓を割る様に指示したのもケイト?」
「違います!」

 ほんの興味本位で聞いてみると、ケイトはとんでもないと言った感じで即に否定を口にした。小さな砂利程度の石をぶつけて気付かせるのは計画の内だったが、まさかここまで大きい石を投げようと思うなど想定外だったと言う。あの時、エリィの位置からは見えなかったがヴィスタの護衛は確かに居たらしい。そして窓を派手にぶち割る王子を見て、護衛2人ともが絶望して崩れ落ちる様に地面に手と膝をついていたらしい。完全にヴィスタの独断で行った事なのだ。

「とてもお可哀想でしたわ。殿下が何かをするたびに、殿下と共に叱責を受けますからね」
「憐れね……」
「もう異動願を3年出し続けていると、この間泣いておりました」

 ケイトがおかしそうに笑うので、ついついエリィもつられて笑う。本人たちにとっては笑い事ではないのだろうけど。
 本来なら王子側近の護衛と言ったら花形コースだ。その花形コースの地位にいる護衛が2人とも異動願をだすとは、王子は少し危機感を覚えた方が良いだろう。

「エリィ、まだここに居たの?」

 不機嫌そうな声に振り返ると、ヨシュアが眉間にしわを寄せて立っている。エリィは少し肩をすくめてケイトに小さく手を振ると、ケイトは笑いながら深々と頭を下げた。





 いそいでガラス職人を手配したものの、エリィの部屋の窓は木枠をも傷つけていたとのことで今日中の修復は不可能という事だった。シャロムの入れた香茶を飲みながらその知らせを受けるエリィは、疲れたように深く息を吐く。

「今夜は客室で休むわ」
「近々御来客があるとのことで、侯爵様のご指示で改装中です。お休みになれるような状態ではないかと」
「あら、そうなの?私お父様からそんな話聞いていないわよ?」
「僕も初耳だな」
「じゃあ、もう一つの客室は?」
「2つの客室を1つの大きな客室にする工事を行っておりますので……」

 そう言われてエリィとヨシュアは2人して首をかしげる。侯爵家の客室はそこまで狭くないはずだ。それを2つ繋げてもてなそうと言う客人は一体どのような身分なのだろうと疑問になる。

「じゃあ、今日は僕の寝台を貸すよ」
「ヨシュアはどうするの?」
「なるべく早く帰ってくるつもりではあるけど、今日は外せない夜会があるんだ。それに参加して帰ってきたらこのソファで寝るから大丈夫」
「……遠慮しとく」
「え、なんで?」

 キョトンとしているヨシュアになんて誤魔化そうかとエリィは少しの間考える。だが、何も思い浮かばない。そして、覚悟を決めて口を開いた。

「この際だから言っておくわ、ヨシュア」
「うん」
「貞操の危機を感じるからお兄様の部屋に行くわ」
「……は?はぁぁあ?」

 エリィの言葉に、ヨシュアは一瞬意味を図りかねる様に呆け、そのすぐ後に顔を真っ赤にして声を上げた。

「な、な、な、何言ってるんだよ!そんな事あるわけないだろ!」
「どもってるのが怪しい」
「驚いてるんだよ!何でそう言う誤解をしてるんだよ」
「いや、だって……触られたし」

 お茶のカップを持ちながら視線を反らして気まずそうにエリィが言うと、ヨシュアは訝し気に首をひねった。

「夜会の後のヨシュアって酔っぱらってて、キスしようとしたり、抱きついて来たり胸触ったりするじゃないのよ」
「え……?」
「そんなことしてたんですか」

 シャロムが軽蔑するようにヨシュアを見る。一方ヨシュアの方は何の話だか分からないと言った感じで首を振った。

「そんなことしてない。誓ってしてない」
「したよ?私ちゃんと覚えてるもの。3か月ちょっと前は……ほら、伯爵家の夜会の日。あの日夜中に人の気配して目を覚ましたら、ヨシュアはキスしようとしてたじゃないの」
「そんなことした記憶ないよ?」
「目を開けたらヨシュアの顔が凄く近くてびっくりして。私が”なに?”って聞いたら”あ、目を開けた”って言ったじゃないの」

 そこまで言ってもヨシュアには全く記憶が無く、首をひねるばかり。すると、横にいたシャロムがポンッと手を一つ叩いた。

「エイリーズ様。それは恐らく、ヨシュア様が”エリィが息をしていない!”と騒いだ時の事ではないでしょうか」
「え?」
「え?エリィ、まさかあの時の事?」
「そうなの?」
「エイリーズ様の呼吸確認に耳を口元に御寄せになっておりました」
「やっぱり僕は無実じゃないか」
「じゃ、じゃあ抱きついてきたのは?布団の上からこう覆いかぶさるような感じで!」

 エリィは自分が見た時と同じような行動をジェスチャーでヨシュアに見せる。するとヨシュアは今度はピンと来たようで、呆れたように腕組をして背もたれに体を預けた。

「それ、エリィも僕にやるだろ。いい夢を見るおまじないだって言ったのはエリィだぞ」
「そそそそそんなの!子供の時の話じゃない!」
「エリィがうなされてたからだよ」
「じゃあ!胸さわったのは?これは言い逃れできないでしょ!」
「……はぁぁ。何となくわかったよ。それ、先月の事じゃない?」
「そ、そうよ!」

 やはりと言った感じでヨシュアはため息をついてそっぽを向いた。反対にシャロムはどこか楽しそうに口元が緩んでいる。その2人の様子に今度はエリィが首をひねる。

「本当は言わないつもりだったけど。エリィさ、時々呼吸止まってるの知ってる?」
「え?」
「エリィが体調崩した時は大体いつも。3、4カ月ぐらい前からかな」

 ヨシュアのその言葉に、エリィは冷や水を浴びせかけられたように言葉を無くした。ヨシュアは言いづらそうに頭をポリポリと掻いて見せるが、その言葉の意味を彼は知らないのだろうと推察された。

「多分先月の時は声かけても起きないから、心臓が止まってるんじゃないかと慌ててマッサージしようとした時の事じゃないかな」

 今思い返してみれば、確かにあの時のヨシュアの手の位置は胸を触ると言うよりは心臓の真上当たりだったかもしれない。恥ずかしくて、気が動転していてそこまで思い至らなかった自分をエリィは悔いた。 

「一応医者にも相談したけど、心配いらないっていわれたんだよね。いびきをかいたりする男性にはよく見られるみたいなんだ。声掛けたりして起こしてあげるのが一番だっていうからさ」
「そ、そうね」
「女性には滅多にないって聞いたから言ったら恥ずかしいかと思って」
「そう……ありがとう」

 先程までの勢いはどこへやら、少し青ざめた表情で意気消沈するエリィを不審に思い、ヨシュアはエリィの顔を覗き込むようにして様子を伺う。それに気が付いたのか、エリィはヨシュアに向かってぎこちなく笑って見せた。

「ご、ごめん誤解してたね。……じゃあ、今日はヨシュアの寝台借りるね。疲れたから、ちょっと休みたいの」

 場を取り繕う様にエリィは言い、立ち上がる。その不自然さを疑問に思いながらもエリィが話す気がなさそうなのを読み取って、ヨシュアは小さく頷いた。






 逃げる様にヨシュアの寝室に入ったエリィは、急いで寝台横になって毛布をかぶって丸くなった。さっきのヨシュアの言葉がエリィの頭の中で反芻する。それが示唆する未来に体が震える。

―― 呼吸止まってるの知ってる?

 もちろんエリィは寝てる間の事だし知っているわけはない。だから今日初めてその事実を知ったのだ。だが、その症状の事をエリィはよく知っている。前世でのエリィは死ぬ数か月前、同じ症状が多発し、母がずっと病院に泊まり込んでいた。ただの無呼吸症ではない。心機能の低下による無呼吸症。詳しいことまではわからないけれど、体が呼吸しようと努力しなくなってしまうらしい。
 こんな所まで前世と同じことを踏襲しなくてもいいのにと、エリィは毛布の中で自分の体を抱きしめた。

 死ぬのはわかっている。だけど死にたくない。自分の死期が近づいていると突き付けられたようで、エリィはその事実にただ怯えて震えるしかなかった。


















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