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15. 頼れる相棒

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 エリィはふらふらとした覚束ない足取りで寝室とされた部屋に入ると、ドレスも着替えずにそのまま倒れ込む様にして寝台に身を投げた。右手にはしっかりと小瓶を握ったままで、だ。

「侮りがたし、フィリオ―ル様……」

 城から公爵家へ直行して、遅い昼食の後エリィはフィリオ―ルから話がしたいと呼ばれた。フィリオ―ルらしい上品で落ち着いた彼の私室に通されると、促されるままソファに腰を掛けた。他愛のない話をしているところへメイドがやって来てお茶を入れてもらい、それを飲み落ち着いたな、って頃合いの時である。彼は控えていた使用人を下げ、急に背筋を伸ばして座りなおした。そして始まったのである。

 フィリオ―ルの説得が。

 ヨシュアが別れ際にフィリオ―ルに告げた内容は、彼にとっていたくお気に召さない物だったらしい。小瓶の引き渡しの要求に始まり、それを拒否すると待ってましたと言わんばかりに説得が始まったのだ。流石のエリィも何度も心が折れそうになった。まだ頭ごなしに怒られたり、泣き落としされた方が楽だったかもしれない。淡々と彼の唇から紡がれる言葉は、一向に終わりが見えなかった。もしかしたら彼はそこにエリィが居なくても、壁に向かってでもずっと話していられるのではないのだろうか。なんて考えてしまう程、声を荒げず、穏やかに、淡々と毒薬を渡す様にと説得されるのだ。
 抑揚が無い為に終わりが見えないと言うのは拷問に近いんだな、なんてエリィは独り言ちながら、深くため息をついた。途中襲ってくる睡魔とフィリオ―ルの説法に抗い続けていた為、既に疲労困憊だ。体力的にはそれほど疲れていないと言うのに、精神力は既に限界と言っても良いぐらいの疲弊を感じている。気を抜くとつい頷いて小瓶をフィリオ―ルに渡しそうになってしまうギリギリの瀬戸際の所を何度踏ん張ったか、もう覚えてもいない。フィリオ―ルに逆らうこと自体がいけない事なのかもしれないと思わせる彼の話術は秀逸すぎる。

「フィリオ―ル様は教祖にでもなったら良いんではないかしら」
「やだよ。怖すぎる」

 エリィの独り言に答えたのはティティーだ。いつものように不意に現れると、あくびをしながらエリィの背中に飛び乗ると、腕の当たりで伏せると気持ちよさそうにゴロゴロ喉を鳴らし始める。そうして目を細めてパフスリーブの部分をムニムニと前足を足踏みするように動かす様は、どうみても猫そのものだ。そんなティティーをエリィは不満そうに口を尖らせて半眼で睨む。

「ティティー……あなた、逃げたわね?」
「へへっ」

 悪戯を見つかった時の子供の様な声を上げてティティーは笑う。その仕草も嫌に可愛らしくてエリィは仕方ないなぁと口元を緩めた。
 フィリオ―ルの説得中、ティティーは元気よく「おっはよー!」なんて言って起きて来た。が、そのあとエリィの肩に座って一緒にフィリオ―ルの言葉を聞き、すぐに眠そうに顔をこすり始め……「んじゃ、またあとで」なんて言って姿を消したのだ。ティティーがあのままエリィの側に居て気を反らしてくれてれば、あそこまで睡魔に襲われることもなかったのにと多少恨めしい気持ちは起こるが、もう過ぎてしまった事をいつまでも言っていても仕方が無い。

「にしても、こうやって今まで何度もエリィと2人きりで話したけど……今日が初めてだったとはニャ―」
「そうなるのかしら?ノエルと一緒の所でしか話したことなかったもの」
「じゃあ今日までの僕が知ってる事、全部君に教えた方が良いのかニャ?」
「そうねそれももちろん必要だけど……まず、何故ティティーがノエルと離れて私と一緒に居るのかが知りたいわ」
「ニャるほど」

 エリィの言葉にミューっとしばらく唸った後大きく頷いたティティーは、ぴょんとエリィの背中から高くジャンプし、くるりと宙返りをして柔らかな枕の上に飛び乗った。

「よくよく考えてみれば、君の未来を変えるってことは僕の過去を変えるってことだよね?ってことは僕たちの始まりに置いて君が僕に協力を求めないと、今の関係が消滅してしまうんじゃニャいかな」
「……そうかもしれないわ」
「いや、これは推論に過ぎニャいんだけど。結局のところ、僕らはパラドックスを目指している。その結果、君と僕に記憶の齟齬が生まれた場合どうなるんだろうね、って思ってさ」
「何が言いたいの?」
「僕の記憶が改竄されるのか、それとも今の僕とは違う未来に君がたどり着くのか。それはまだ予測不能だよね。なら、リスクを最小限に抑えるべきだと僕は思うニャ。過去の重要な部分への改変を最小限にとどめて結果を大きく変えると言うのを目指すのがベストニャんじゃニャいかなーって」
「……」
「覚えておいて、エリィ。2月20日に君はノエルに何故セシルが一晩中君の部屋にいたのか聞く筈だ。その時にきちんと君の症状の事を話すんだ。そうすればノエルは僕を君の夜の守役につける。そして、その日の夜、僕にこう言えばいい。”未来を変えたい”ってね」
「それだけで協力してくれるの?」
「どうだろ。突拍子もない話だし。あ、そうか。だからか」

 ティティーは一人納得した様にうんうんと何度も頷いた。その様子にエリィは首をかしげる。キョトンとしたままでいるとティティーはくすくすと笑いだした。

「ここで僕が君に教えるんだよ。ノエルも知らない僕の個人情報」
「?」
「僕はね、休むときは次元の狭間の僕が作った特殊空間で休む。そこには僕の部屋があって、大好きなお菓子をマグカップに詰めて、そこにお茶を注いで飲むのが大好きなんだ」
「……ええっと、何のお菓子か聞いてもいいかしら?」
「もちろん、マフィンさ!」

 満面の笑みと共に人差し指を立てた手を頭上高くに突き上げる。うって変わってエリィは非常に微妙な表情だ。マグカップに詰められて、お茶を注がれてフニャフニャになったマフィンが頭を掠めているのは間違いがない。

「それは……おいしいのかしら?」
「絶品だね!」
「そう……」

 自信満々に答えるティティーにエリィはぎこちなく微笑む。どう考えても別々に食べた方がおいしいに決まっている。そうエリィは主張したい所をぐっとこらえた。ドーナツをコーヒーに少し浸して食べる人もいるのだから、と納得しようとは思うのだが”浸す”のと”浸っている”のは大分違う気がする。

「2月20日の僕にそれを言えば君を僕は信用するよ。そうかそうか。コレが前提条件だったとはね」
「要するに、今日この情報を聞いたから私はティティーに助けてもらえるのね」

 エリィがそう言えば、ティティーは大きく1回頷いた。ティティーしか知らなかった情報を今日聞き、過去に持っていけば、知ら無い筈の情報を知っているエリィを信じざるを得なくなると言う事らしい。なるほど、と納得するエリィを尻目に、ティティーはふと難しい顔をしてうーんと唸った。

「どうしたの?」
「今日の君は君ににとって過去になるって事を考えてた」
「ええ」
「場所って重要なファクターになりえないかなって」
「どういうこと?」
「今、君はフィリオ―ルの家にいるよね」
「ええ」
「で、過去が変わって新しい未来が出来、君が今日フィリオ―ルの家にいない未来が出来たとする。そうすると今ここにある君の肉体と精神はどうなるんだろう?」
「どう、なるのかしら?」
「やってみないと分からニャいとしか言いようがニャいね」

 そうティティーが言うと同時に2人して頭を抱える。これから先の未来かこが変わった場合、エリィのもつ過去みらいの記憶が改竄されるのか、それとも新しい3月3日を迎えることになるのか。

「君の未来は君の精神体における未来であり、肉体に置いては過去であると推察できるんだニャ。だってそうでなければ君の肉体の状態とかが説明付かニャいからね。んで、精神が飛ぶのは恐らく君が就寝したタイミングか、起床したタイミング。だから途中はどうであろうと、その飛ぶタイミングの場所が変わってしまうと繋がらなくなってしまうんだよ。わかる?」
「わかるような、わからないような」
「じゃあ、君の精神が2月20日に飛んだとする。そしてそこから3月4日に更に飛ぶとする。どこへ飛ぶんだろう?」
「フィリオ―ル様の家。ここよね?」
「そう、精神の記憶が3月3日の君はここに居たと記憶している。だから、4日に飛ぶ場所はここ。でも、過去を変えてしまった事によって君の体がここに無かったら?」
「繋がらなくなる……?」
「そう。君の3月3日は自室から始まり、フィリオ―ルの家のこの部屋で終わる。だから3月2日は自室で休まなければならないし、4日はここで起床しなければならない」
「それが出来なかったらどうなるの?」
「わからないよ。ただ、君の精神は恐らく君の精神か肉体のどちらか、または両方の記憶を基準にして飛んでいる。君が過去みらいを変えた結果、3月3日が大きく変わったとして。君にとっての3月3日は過去だ。未来がどう変わるかの結果を知らない君がもし3月4日に飛んだ場合、飛ぶ場所への判断は精神の記憶のみになる。だってその時点で肉体にはまだ3月3日が来てないから体の記憶が使えないんだ。となると、君の精神は迷子にニャってしまうんじゃニャいかな?」
「ちょっと待って?それなら何故私は今日へ飛べたの?精神にも肉体にとってもここは未来だった筈だわ」
「そこが僕も疑問なんだ。……君が知ってるって事は無い?君が3月3日は自室で休むって事」
「そんな、知るわけが……」

 そこでエリィはふと気が付いた。確かに今のエリィの記憶では3月3日の記憶が無い。だけど……。

――転生前の私だったら知っていた。

 それが3月2日。セシルの20歳の誕生日である。その日、エリィは祝いの言葉を述べにセシルの部屋を訪れる。これは過去を振り返る際の共通のイベントでもあり、攻略対象が誰かによって細部は変わるが、その日は必ずエリィは発作を起こすのだ。そして意識が戻らぬまま自室に運ばれる。そのイベントによってエリィは攻略対象との溝を深めてしまい、死後、その攻略対象があの日の悔恨を口にすると言う女々しいイベントだ。
 つまりゲーム上でのエリィはどのルートでも必ずこの日は自室で寝、翌朝自室で目覚めるのだ。それを確かにエリィは知っていた。

「知ってたみたいだニャ?」
「……よくわからないわ」

 知識として知ってはいた。ゲーム上で起こったことならば、まるで強制力が働いた様に結果がゲームと同じになる事はすでにわかっている。しかし、あのイベントが3月3日に起こるとは確証が無かった筈……。現にノエルの入学の時期も大きくずれていた。
 そこまで考えてエリィははっと気が付いた。このイベントはセシルの誕生日でなければいけなかったという事にだ。
 自室に閉じこもりがちだったエリィがセシルの誕生日があったから屋外に出たのだ。ただ、セシルの誕生日に庭の薔薇を渡そうとしてだ。どうあってもこれは日付が移動できるイベントではなかった。セシルの誕生日と言う理由が無ければ、エリィが庭にでるのを確定できないからだ。
 つまりは、なにか移動しがたい日時に付随したイベントは、予定通りに行われると考えて良いだろう。
 逆にノエルの転入は新学期である必要が無かった。だから時期がずれても問題は無かったのだ。

「でも、私が迷子にならないように、肉体の場所は覚えておかないといけないのね?」
「あくまで僕の推論上ってだけだけどニャ~」
「とても難題に思えるわ」
「僕の記憶では、ほぼエリィの寝起きが自室だった筈だから、気を付けなきゃいけないのは今日と……」
「今日と?」
「夜会の日だね」
「夜会の日?」
「あの日も君はここへ泊った。だからあの日と今日の翌日は必ずここで目覚める様にしよう」

 簡単に言うティティーを恨めし気にエリィは見た。それはつまり、必ず夜会の日と今日はフィリオ―ルの家に泊まる段取りを組まなければいけないという事だ。自分の家ではなく人の家である。過去が変わったとしても他人の家に泊まる確実に泊まる方法などあるのだろうか。それを考えると頭が痛い。

「まぁ、気楽にいこうよ。起こってもいニャいことを心配しても仕方が無いニャ」
「そうね。取りあえず第一目標はヴィスタを助ける事だもの」

 うんうん、と頷くティティーを一撫でしてエリィは体を起こした。過去や未来、そんな小難しい事を考えるのを一旦止めることにする。確かにそれも考えなければならない事だけれど、エリィにはもう一つ考えなければならない事があった。

「それじゃ、もう一つの事について考えましょ」
「ほかに何かあったっけ?」
「……なぜ殿下が殺されたか。犯人は誰か。いつ細工をして、どうやってそれを成し得たか」
「ああ……そうか。それも考えないとね」

 エリィが口元を指でトントンと叩きながら考え込むと、ティティーもそれに倣うようにしてペタペタと自分の頬を叩く。疑問はたくさんあった。その最もたる所が、なぜ殺されたか、だ。
 
 ヴィスタは確かに問題行動が多い王子ではあった。だが、その素晴らしい頭脳や、何故か人に嫌われない天性の何かがある。恨みで殺されたとは考えづらい。となるとやはり、政敵に不利益とみなされ殺されたとみるのが妥当だ。一番怪しいのは確かに我がディレスタ家であると誰もが思わざるを得ないだろう。
 だがそもそも、いかにも疑ってくださいと言う状況でヴィスタを殺すなど愚の骨頂だと誰もが思うはずだ。そう跳ね返すだけの材料が無い為にその状態に甘んじてしまってはいるが。だが。

――もしこれがディレスタ家を陥れるために行われたのだとしたら。

 犯人像が途端に多岐にわたる。ヨハンはやり手なだけにその才覚は他の貴族たちより頭一つ分飛びぬけていると言う。だからこそ若くして宰相まで登りつめたのだし、それだけの実績を残した。そして嫡子であるセシルは王女を妻に迎える予定があるし、義娘ではあるがエリィも王子と懇意にしているのは周知の事実だ。それだけ見ると、異常なぐらいディレスタ家に権力が集中する未来が見えるのだろう。
 それは野心ある者たちから見れば、陥れるだけの充分な理由があると言わざるを得ない。

 ディレスタ家が潰えたとして、得をするのは一体誰か。

「エリィの家が犯人として処罰されて得するのってどこ?」

 エリィと同じ考えに至ったらしいティティーが頭を左右に可愛く傾げながら聞く。その質問にエリィは眉間を指で揉むように指を動かしながら、答えるのを躊躇った。

「……ここよ」
「ここ?」
「公爵家よ」

 単純に考えれば、ヨハンが居なくなると一番になるのは公爵家であると今更ながらに気付く。実力のNo.2は誰が見ても公爵であるのは間違いない。おまけに王女と身分・年が釣り合う嫡子・フィリオ―ルもいる。公爵家自体は従弟にでも継がせれば問題は無い。おまけに、王子と釣り合いの取れる令嬢が親戚関係に居ないと言うのは、王子を不必要とすることが出来る。

「ただ、公爵様がお父様と違う所は”異常に清廉潔白にこだわる事”よ。王子殺しからは一番縁遠い人と言っても過言じゃないわ」
「ヨハンはそうじゃニャいの?」
「清濁併せ呑むのが上手な人よ。清廉潔白だけではトップに立てないもの。逆を言えば公爵様は清廉潔白すぎるからNo.1になれなかったのよ。とても好ましい人物であることは確かだけどね」
「それじゃ、公爵様は除外していいって事かニャ?そんな簡単に信用していいのかニャ?」
「いいのよ」

 エリィはきっぱりと言い放つ。疑いだしたらきりがない。それに、公爵の清廉潔白さはきちんとフィリオ―ルにも遺伝されているのだ。珍しいぐらいに真っ直ぐな親子だと言うのはヨハン自身が太鼓判を押していた。

「じゃあ、あと誰が怪しいのかニャ」
「……正直、怪しい人物がいすぎて絞り切れない」

 溜息をこぼす様にエリィが言えば、ティティーは呑気にニャハハハと笑う。それを見てエリィも小さく笑った。

「情報が少なすぎるのも問題ね」
「そうだね……僕は夜エリィに付いてる分、昼は寝てるからなぁ」
「……ノエルに相談しちゃダメかしら?」

 ふと思い出したようにエリィが言えば、ティティーは難しい顔をする。その表情が奇妙に思え、エリィはティティーの頭をツンツンとつついた。

「ノエルはこの世界におけるバグだって話したよね?」
「ええ」
「ノエルが関われば関わるほど、この世界はバグ方面に傾くような気がするんだ」
「……それは言い過ぎなんじゃ?」
「ううん、実際に一昨日までは王子とノエルはとても良好な友情関係を結んでいたように見えたよ。その王子が死んだとなると、バグの影響が周りに強く働いた結果じゃないかと考えちゃうんニャ」
「……」
「だから僕はエリィが過去に行けることも、未来において王子が死ぬこともノエルには言うべきじゃニャいと思ってる。ノエルが望もうと望まニャかろうと、彼の存在が歪みを生むと考えられるからね」

 ティティーはそのまま、ノエルと言う不確定要素は出来るだけ避けるべきだ、と主張した。そんなティティ―の言い分にエリィは素直に頷くことが出来なかったが、それを否定するだけの何かもまた、エリィは持ってなかった。

「でも、誰かに相談することに関しては僕は反対しない。君の体の事もある。むしろ相談すべきかもしれない。ただ、ノエルが関わらないように注意はして」
「ノエルを邪魔者のようにするのは心が痛いわ」
「僕だって出来るならノエルと一緒のがいいさ。でも一番近くにいる僕だからこそ、ノエルが一番の不確定要素ニャんだって知ってるんだ」

 そうティティーが言った時初めて、エリィは彼がとても悔しがっている事に気付いた。ティティーは元々ノエルのサポートをするために生まれた存在だ。エリィよりもずっと長い時間をノエルと過ごし、その絆を育んできたはずである。その彼が一番ノエルを邪魔者扱いにしたくないのは当たり前だった。

「ごめんなさい。言葉が過ぎたわ」
「いいんだ。エリィが優しいだけニャのも、ノエルの事を想って言ったのもわかってるニャ」

 眉尻を下げながら笑うティティーをエリィは優しく両手で掬い上げるようにして持ち上げると、その毛並みに頬を近づけ、まるで許しを乞うかのごとくそっと頬ずりをする。するとティティーは気持ちよさそうに、そのアーモンドのような瞳を糸の様に細めた。








 目が覚めると、エリィは自室の寝台の中だった。すぐ横の椅子にはケイトが大きな口を開けて欠伸をしているのが見える。

「おはよう、ケイト」
「お嬢様、おはようございます」

 エリィが声を掛けると、ケイトは慌てて両手で口を押え、ひきつった笑いを浮かべた。

「眠いでしょう?もう部屋に下がって休んでくれて大丈夫よ。ありがとう」
「いいえ、とんでもない!お嬢様の朝のお支度位手伝わせてくださいませ」

 そう言うとケイトはパタパタと慌ただしく部屋の中を動き回る。その様子にいつもと違う様子は全く見られない。

「ねぇ、ケイト」
「はい、お嬢様」
「今日は何日だったかしら?」
「ええっと、2月27日でございますね!」
「そう、ありがとう」

 カーテンを開けたり、エリィを着替えさせたりとケイトは慌ただしくこなす。そうして、一通りの支度が済むと、朝食の準備が出来ているか確認してまいります、と急ぎ足で部屋を出て行った。それと同時にパッとティティーが姿を現した。

「今日の君はどこから来たんだい?」
「殿下が亡くなった次の日からよ」
「それはヘヴィなとこから来たんだニャ」

 ティティーにとっては未だ現実味が湧かないのか、エリィの言葉に対して軽い言葉で返答する。その気楽さに多少なりとも苛立ちを覚えてしまう自分に少し嫌悪しながらエリィは小さくため息をついた。それを知ってか知らずか、ティティーはニャハハと笑いながらエリィの肩をポンポンと叩く。そして、その明るさに少し救われた気になってしまう自分にも少し嫌悪し苦笑いを浮かべた。

「取りあえず笑いなよ、エリィ。悲しい顔は、今日の君には・・・・・・オカシイからね」
 
 その言葉にハッとしてティティーを見上げれば、ティティーは可愛らしくウインクを返した。エリィにとっての未来かこがどうであれ、今現在ヴィスタは生きている。ティティーはそう言っているのだ。それに気づき、エリィはティティーをとても頼もしく思うのだった。

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