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大鳶 いまり

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25. 世界が綴るヒロインの物語

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 呼びに来たメイドの先導で2階の客室に移ると、丁度城からも迎えが来たようで、ヨシュアはヴィスタを見送るために足早に部屋を出て行った。エリィはと言えばヨシュアにきちんと休む様にと言い含められて、既に寝台の上だ。
 過保護すぎるヨシュアに文句が無かったと言えないが、取りあえずエリィは素直に従った。もちろん、ヴィスタの見送りよりも優先させたいことがあったからだ。

 耳を澄ませてヨシュアの足音が完全に聞こえなくなるまで待って、エリィはキョロキョロと辺りを見回した。

「ティティー、いる?」
「いるよー!」

 エリィの呼びかけと共に、ティティーパッと現れると両手を大きく広げてくるりと空中でターンしてみせた。その元気の良さにエリィはクスリと笑ってティティーの体をツンツンとつつく。それにティティーはくすぐったそうに身を捩って笑った。

「で、どうしたの?素直にここに残ったってことは、何か話があるんでしょ」
「うん。ティティーに聞きたいことがあるの」
「いいよいいよ。何でも聞いて?」

 エリィが顎の下を指先で擦ってやれば、ティティーは気持ちがよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。そのままティティを優しく引き寄せると膝の上にそっとおろして頭を撫でた。

「わからない事があるの」
「僕で分かる事なら答えるけど?」
「……ヒロインの居なくなったこの世界は、今どうなってるの?」

 エリィがそう聞けば、ティティーは一瞬だけスッと目を細めて、エリィを見上げた。

「もちろん、ノエルがこの国に来たときからヒロインは君だよ?」
「へ~……」

 おおよその予想は出来てはいたが、サラッと当たり前の様に話すティティーに、エリィは何とも言えない気持ちになった。ノエルが来てからと言う物、ヴィスタだけでなく、ヨシュアやフィリオ―ル、セシルの距離が急に近くなっていったのをエリィは訝しく思っていたのだ。
 この世界がエリィをヒロインと設定したならば、今までの妙に熱い彼らの反応も頷けるのだ。ノエルが来る前までは好意は見せつつも付かず離れずなフィリオ―ルや、エリィがいくら好意を示しても、いい所でサラッと逃げてしまうセシルが、エリィが何もせずともグイグイくる。それは明らかにヒロイン補正と言っても過言ではなかった。

「何故、私がヒロインなのか、はわかる?」
「もちろん」
「何で?」
「そりゃー、エリィが元々ヒロインだからだよ」
「は?」

 寝耳に水なティティーの発言にエリィは目を丸くして驚き、少し仰け反った。そんなエリィの反応にティティーは悪戯っ子の様な笑みを深めた。まるでどうだと言わんばかりの笑みにエリィは額を手で押さえて小さく首を振った。

「エリィだったんだよ、ヒロインは。ノエルの恋愛対象が全員エリィの身の回りに居るの、不思議に思わなかった?」
「だって私はノエルが恋愛する前の踏み台って言うか、当て馬でしょう?」
「違う違う。元々ヒロインだったんだよ。病弱な侯爵令嬢とイケメンたちとの悲恋の世界だった」
「悲恋の世界……?」
「そう。ここは元々エリィが死ぬまでの最期の恋の話の世界なんだ」

 ティティーが話した内容はエリィにとって初めて聞く事ばかりだった。なにせエリィがプレイしたBel Cantoはノエルがヒロインの恋愛ゲームだったし、ネット上では”眠る”はエリィで間違いは無かったが、”祈る”はノエルの事だとされていた。親友の死を乗り越えて好きな人と迎えるハッピーエンド、それが一般的に言われていたBel Cantoの内容だった。それが、元々はエリィがヒロインの悲恋ものだったという事は、”祈る”の部分は攻略対象だったという事なのだろう。
 元々悲恋ものだった世界が、ハッピーエンドを綴ることになった訳はティティーもよく知らないらしい。ティティーが言うには、ある日突然ノエルと言う存在が生まれたらしい。そして世界がノエルをヒロインにした。そうティティーは語った。

 なぜヒロインが変更になったのか、何となくエリィには想像がつく。所謂大人の事情と言う物ではないだろうか。乙女ゲームで必ず主人公が死ぬゲームなど受け入れがたい、売れないとの判断だったのではないか。その際にエリィを健康にしてくれていれば、エリィがこの人生を諦めることが無かった。だが、そうはならなかった。ノエルと言う新しい主人公を投入することによって、ハッピーエンドを可能にしたのだろう。このゲームの開発をしたスタッフたちはどうしてもエリィを殺したかったと見える。

「エリィがおかしいと思ってる事の理由はそれだよ。今までわき役だったエリィへの好意には天井があったんだよ。ノエルが男としてこの国に登場して、この世界の物語が始まった。そしてこの世界はエリィがヒロインだと認めた。と、したら天井が取り払われるのは当たり前だよね」
「好意の上り幅が極端なのもこの世界の補正って訳ね?」
「そうだね。フィリオ―ルが見舞いに来て、それに対応すればフィリオ―ルの好意は上がる。夜会に参加すればヴィスタとフィリオ―ルの、ヴィスタとバルコニーに出ればヴィスタの好意が上がる。それはもう簡単にね。エリィの行動一つ一つが補正に繋がってるよ」
「……仮に、ね。その好意を私が受け入れたらどうなるの?」
「エリィが死んでこの世界が紡ぐ決められた物語が終わる。その後はみんな普通に生きるんだ。筋道無しに自由にね」
「やっぱり」
「まぁ、君がヒロインのこの世界では、誰かの好意を受け入れなくても6月22日には死んじゃうけどね」

 予想通りの答えに、そして予想外の答えに、ガックリとエリィは項垂れた。ノエルがヒロインになりえない以上、自分自身がヒロインとなってしまったのではないかと言う予想はある程度できていた。それを裏付けるように、攻略対象であった彼らの行為が目に見えて変化したのだから。だが、それに淡い期待も無かったと言えば嘘になる。エリィがヒロインになったことで、死ぬ運命を回避できるのではないかと思っていたのだ。それが、ヒロインがハッピーエンドを迎えるルートから、死ぬと言う元のルートに戻っただけだと言う。更にティティーは今、エリィのその最期の日をあっさりと告げてきたのだ。ゲーム内でははっきりとした日付が出てこなかったから、エリィ自身はエリィの死んだ日が何時かは知らなかった。ノエルが主人公であったゲーム内では、攻略キャラによって死ぬ日がまちまちでもあった為、そして、サブキャラだったからあまり意識してはいなかった為、たぶん年内だろうな~ぐらいの認識だったのだ。それが予想以上に早くエリィの終わりが決まっている事に何とも言えない気持ちになった。

「……そうだ、ティティー。話は変わるんだけど」
「ん?」

 突然話を変えたエリィをティティーは不思議そうに見上げる。そんなティティーにエリィは苦笑を返す。

「今日ね、ノエルが襲われて。もちろん、怪我とかは無かったんだけど、多分不安な気持ちだと思うの。帰りは一応護衛が迎えに来たから大丈夫だとは思うけど……。だから、今日1日だけでもティティーが側に居てあげた方が良いと思うわ」

 エリィがそう言えば、ティティーは訝しげな目でエリィの瞳を覗き込んだ。そして、何か思う所があったかの様に目を細くしてじっと見つめる。

「……襲われるなんて、今日が初めてじゃないけどね。ま、いいや。エリィが心配なら今日はノエルの所に行くけど、エリィは平気?」
「うん。今日はヨシュアがきっとみててくれると思うから」
「そっか。なら行ってこようかな。……じゃあ、エリィ。また明日」

 早口にそう言うとティティーはそのままバルコニーへ続くガラス戸をすり抜けるようにして外に出て行った。そのティティーの行動に、気を遣われたのだとエリィは察していた。それでも、その気遣いにエリィはホッと胸を撫で下ろす。
 ノエルの事を思い出したのはたまたまだ。その薄情さ加減に、そしてティティーを遠ざける理由に使ってしまった卑怯さに、エリィは自己嫌悪に陥った。
 ボスンと派手に音を立てて寝台にあおむけに倒れ込む。

「あと4ヶ月」

 エリィはボソリと呟く。どんなに頑張ってもあと4ヶ月。死ぬのはわかっていたはずなのに、ハッキリとそのタイムリミットを提示された。それだけでこんなにも動揺してしまうとは、エリィも思っていなかった。



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