螺旋の中の欠片

まみか

文字の大きさ
上 下
14 / 44
第2章 Ω

14 変化の兆し

しおりを挟む



よくは知らないが、おそらくは隣のクラスのαアルファ
れいから見れば、このαよりも遥かに格上。
同級生の情報など澪には皆無に近いが、微かにある記憶によれば確か大病院の息子。
このβベータを取り巻きにしていた加害者のαとは違って、βが勝手に集まってくるタイプのα。
澪が格下αの比較対象にしていた格上αだった。
その大病院の息子だと思われるαは加害者のαに冷ややかな視線を向けた。
「医学的観点から言って、男のΩオメガは奇跡的存在だよ。αなんかよりずっと希少価値が高い。君みたいなαが彼らを減少させたといわれてるんだ。君みたいなのと俺が同じαだなんて腹立たしい」
怒りとともにさらに腕を捻じ曲げ、加害者のαは苦痛に呻き声を上げた。
助けを求めるように振り向いた先にβの二人はとっくにいない。
澪達も気付かないうちに姿をくらましていた。
「取り巻きならとっくに逃げていったよ。君もさっさと消えてくれ」
乱暴に腕を離すと、澪達の、いや福田の前に立ちはだかる。
忌々しげに大病院の息子のαを見上げながら、腕を摩り、それでも敵わないと判断したのか逃げるように加害者のαは去っていった。
その際福田に睨むような視線を投げていく。
αとの間に庇うように立っていた彼が不意に振り向くと福田に笑顔を見せた。
先ほどとは打って変わった人懐っこい笑顔だ。
「あ、ありがとう」
福田が言うと、澪も続いた。
けれどどうにもこのαには福田しか目に入っていないらしく、澪にはちらりと笑顔で視線をくれただけだった。
それを見て澪は福田を振り返る。
福田の頬は心なしか赤い。
「さっきの君の啖呵、良かったよ。気に入った。俺は大泉、ぜひ覚えておいてくれよ」
そう言って爽やかな笑顔で手を振りながら背を向けかけた。
福田はその背中に慌てて声をかける。
「あの、僕、福田…」
「うん、福田よう君だろ?知ってるよ」
じゃあね、と去っていく背中を福田はじっと見つめていた。
去っていくαの背中を福田が見つめているので、澪はそっと話しかけた。
「…知ってる人?…」
「え?!知らないの?!」
福田に驚かれ、澪はしゅん、と項垂れた。
「ごめんごめん。でも君ってほんと玖珂くがくん以外興味なし、って感じだね」
「そ、そう言うわけじゃ」
澪が赤くなると、福田はふふふと笑った。
それから改めて教室に向かって歩き出す。
澪もその後ろを追いかけて横に並んだ。
「彼は隣のクラスの大泉孝之介こうのすけくん。大病院の息子で、ずうっと学年主席だよ」
そう言いながら澪をからかうようにちらりと見る。
「容姿端麗、頭脳明晰、まさか知らない人がいるとは思わなかった」
澪が再びしゅん、とすると福田は楽しそうに笑った。
「Ωとαだから同じクラスになったことはないし、初めて話したよ」
「でも福田くんを知ってたみたい」
澪が顔を覗き込みながら言うと、福田も驚いた顔をする。
「うん。僕も驚いてる」
それからちょっと顔を曇らせた。
「あれかな?もしかしてレイプ事件噂になってるのかな…」
「そんな!」
澪は思わず声を上げた。
驚いた福田がしーっと指を口に当てる。
教室に差し掛かったところだったので、一気に注目を集めてしまった。
澪は口を押さえつつ、声を潜めた。
「そんな風じゃなかったよ」
「…だと、いいね…」
福田に苦笑いされ、澪は黙り込んだ。
「…ほんとに、そんな感じじゃなかったのに…」
席に戻ってから小さく呟くと、斜め前の福田が振り向いた。
「でも、なんか大病院の息子なんて肩書きじゃ物足りないって感じがした」
澪はそれを聞いてぱっと顔を明るくした。
同じ感覚。
「それ!僕も思った!」
福田と、他のΩと同じ感覚を持てたことが嬉しくてついつい声に出る。
福田もにっこりと笑う。
「良かった、同じで」
「うん!」

その日の午後も、その他の日も。
加害者のαは何度となく福田に接触を試みてきた。
クラスの違う彼が福田に接触しようとするならば廊下ぐらい。または教室に押しかけるしかなく。
しかしそのどれもが大泉によって阻まれた。
故意か偶然かははっきりしないが、彼が教室へ押しかけようとすれば大泉が入口で別のクラスメイトと話し込んでいたり、澪と福田が廊下を歩いているのを見かけて近付こうと距離を縮めると、どこからともなく大泉が他の生徒を引き連れて現れ、福田に声をかける。
最初は偶然かと思っていた二人だが、こうも重なれば故意としか思えない。
「偶然かなあ」
何度目かに大泉に助けられ澪が呟くと、福田も首を傾げる。
「偶然だと思うけども」
そのくせ大泉はそんな態度は一切取らない。
加害者のαにはあれ以来話しかけている様子もない。
だが明らかに大泉がプレッシャーを与えているのは確かだった。
そのことがなくても福田は復帰以来、目に見えて明るくなった。
勤めて明るく振舞っているのかもしれないが、クラスメイトにも積極的に挨拶したり話しかけたりしている。クラスメイトの反応も最初こそちょっと引いていたが、やがてその柔らかい明るさに好感度が高まっているのが目に見えて分かった。
ただそれでもちょっと遠巻きなのは加害者のαの圧力なのかもしれない。
忌々しそうに邪魔者大泉を睨みつけながらも福田を追いかける視線に、澪は嫌気が指していたが、福田は気にした様子を見せない。
澪はそっと彼の強さに感服していた。
だがもともと首の皮一枚。
その時はやってきた。
業を煮やした玖珂がついに強気に出た。
彼は所謂犯罪者。
福田側が息子の心の傷が開かれることを恐れ訴えないだけであって、彼が性的な罪を犯したことは明確であり、例え未成年だとしても社会的に見て許されるべきことではない。学校側はその犯罪者を野放しにするばかりか匿っている。
そのような犯罪者を擁護する学校でまともな教育が受けられるはずがない。
彼が罪を問われずさらに在籍するのであれば子供を、つまり悠真と澪を転校させる、と申請した。
これに玖珂を恐れる家庭が連なり始めた。
寄付と入学金と学費とで成り立っている私立校には、在籍生徒数の減少が何より痛い。ましてやこのままだと来年度の入学生の激減も免れない。
玖珂からの二人分の授業料と校内随一の多額の寄付金、彼に習い続く家庭からの授業料と寄付金、入って来るはずだった入学金その他諸々。。
それらを補えるほど加害者側の寄付金は多くない。
そして玖珂、ではなく賢木から買収話を持ち出され。
加害者のαは無期停学処分、実質放校処分となった。
共犯者のβ二人も二ヶ月の停学処分。
当然澪と福田は喜んだ。
そして学校生活が様変わりしたのだ。
目障りで鬱陶しかった姿が消えただけでなく、明るくなった福田に興味深々になっていたクラスメイトたちが抑制をなくした途端、福田に群がり始めたのだ。
おそらくはもともと福田は明るい性格なのだろう。
あのαのせいで怯えていたに過ぎず、彼は本来の姿を取り戻したと言える。
そしてΩ特有の柔らかな空気感がβを惹き始めた。
もちろんβだけではなかった。
他のクラスのαも福田に関心を持つようになったようで。
廊下を歩くとαから声をかけられることが多くなった。
「急にモテ始めたんじゃない?」
澪がからかうと福田はうっすら頬を染める。
「そんなんじゃないよ」
でも満更でもなさそうで。
「だって福田くんだけじゃない?声をかけられるの」
澪には声が掛からない。
ちょっと拗ねるように澪がいうと福田は吹き出すように笑った。
「玖珂くん以外興味ないくせに」
まあ、そうなんだけど。
澪は小さく心で呟いた。
むしろ声をかけられても冷たく返すだけかもしれない。
「みんな知ってるんだよ、君と玖珂くんのこと。勝ち目ないって分かってるし、玖珂くんに逆らおうって気にもならないんだよ」
そう福田は笑う。
悠真はるまと澪との会食も何度か行われた。
払いはいつも悠真がさっさと済ませ、福田はいつも申し訳なさそうにする。
でも話している間はそんな感じではなくて。
話題はふと気がつけば陶芸の話になり、その度澪がつまらなそうにする。
悠真はそれに気付いて話を逸らそうとするのだけれど、もともと悠真が好きなのでどうしてもそっち寄りになった。
他のβやαからお誘いもあるようだが、福田は澪たちと会食しない日は大泉と過ごしているようだった。
澪がそれに気付いたのは何週間も経ってから。
「福田先輩、恋人が出来たのか?」
カフェで待ち合わせた悠真に話すと、少し驚いていた。
本当は今日、福田も一緒に、と悠真からメールが来ていたのだが、澪は福田を誘い辛くて一人で来た。その理由が、これ。
「違う、って福田くんはいうんだけど」
澪は悠真のトレイから付け合わせの人参のソテーを取り、自分の皿に乗せた。
澪は人参が嫌いじゃないが、悠真は嫌い。
特にソテーは大嫌い。
なので、澪が受け持つ。
悠真はそれを黙って見ている。
二人の間の決まりごとのようなもの。
その代わり澪の嫌いな鶏肉は悠真の担当。
賢木さかきの前では決して出来ない嫌いなものの交換だ。
「でもお弁当はいつも大泉くんのお母さんが二人分作ってくれるらしくて」
「それって、親公認ってやつじゃないのか?」
「僕もそう思う」
そして今日はいつものお返しに福田が頑張ってお弁当を二人分手作りしたらしく、そんな日に会食のお誘いなど出来るはずもない。
「じゃあ、もしかして俺がお昼誘うと迷惑かな」
「っていうか、お邪魔?」
「そうか。残念だな」
残ったトレイの料理を突くように中身を確認しながら悠真が呟いた。
「残念なのは陶芸の話ができないから?」
澪がからかうようにいうと、悠真が少し頬を膨らませた。
「だって澪、興味持ってくれないだろ」
悠真にせがまれて、知り合いの窯へ一度出かけた。
回る小さなテーブルの上の柔らかい粘土のような土の塊は澪が何度やっても、ぐちゃ、っと潰れた。一方で悠真は上手に形作っていく。
真剣な悠真の横顔を見るのは好きだったのだが。
轆轤を回しながらもちゃんと話の受け答えをしてくれるにも関わらず、悠真の世界にその時間だけ澪がどうしても入り込めない。
いつも自分を見てくれていないとつまらない。
そんな風に自分が考えるようになるとは澪も驚きで。
つまりは、そういう理由で陶芸を好きになれないのだ。
悠真にはつまらないから、と言ってある。
「俺の周り誰も陶芸に興味ないし、やっと話ができる人見つけたのにな」
「他の話なら付き合うよ、映画とか」
「それは結構色んな奴とある程度できるだろ。…陶芸の話がしたい…」
駄々っ子のように拗ねる悠真が可愛くて、澪はつい笑ってしまう。
ますます拗ねた様子の悠真の皿に現れた、小さな人参を取り除いてやりながら澪は言った。
「じゃあもっと一般受けな趣味を持ってください」
澪にからかわれ悠真はぷすうっと頬から空気を漏らした。
「友達にいないの?悠真、友達多いじゃない」
そう言いながら澪はちらりと悠真の様子を伺う。
悠真はうーん、と唸り黙り込んだ。
その理由は澪にもわかっている。
澪の初登校の日、その日も悠真とカフェで待ち合わせをした。
まるで悠真の近くを通る時は必ず話しかけなければいけない、という決まりがあるかのように下級生も同級生も、高等部のバッヂをつけている者も次から次へと話掛けられた。
同席している澪を見て、相席しようとした者さえいた。
「昼休みは澪と過ごしたいから」
悠真がその一人一人に丁寧に断りを入ると、翌日からはぴたりとそれがやんだ。
その代わり昼休みが終わりに近付き澪と別れると、途端に悠真は数人に囲まれる。
話し掛けるだけの者もいればそのまま一緒に出て行く者もいる。
悠真はそれに笑顔で答えていた。
けれど澪には人集りの中心にいる悠真の背中が寂しそうに見えた。
強いα。
玖珂家の跡取り。
近付いてくる者たちのほとんどの目的は「玖珂」。
あわよくば悠真と仲良くなって玖珂の恩恵を得たいのだ。
それを悠真は知っていて、そつがなく笑顔で対応している。
中にはもしかしたら悠真個人に興味があって近付いてきている者もいるかもしれないが、それを見極めるのは不可能に近い。
なぜなら下心のあるもの程、そういうそぶりをするから。
悠真が友達のように振舞っている相手に「陶芸」に興味がある事を口にすれば、翌日には陶芸愛好家ばかりになるだろう。
でも悠真が望んでいるのはそういう上辺だけの愛好者ではなく、福田のように幼い頃から陶芸に触れ関心がある者。
悠真には心を許せる親友がいない、と澪は感じる。
恐らくは賢木が取らせている自衛手段の一つ。
安易に心を許せば裏切られた時に悠真が深く傷付く。
悠真を大切に思えば思うほど、悠真は孤立してしまう。
普段の賢木なら望むはずもないが、それでも悠真を守るためには致し方ないのだろう。
悠真もそれを承知しているし、黙って従っている。
そんな悠真にとって福田は貴重な存在だった。
福田は悠真に興味がない。
正確には「玖珂」に興味がない。
もともと自分には縁遠い存在だと思っていたのだろう。
たまたま事件をきっかけに澪と親しくなって、間接的に近付いたけれど、それ以外自分から近付いてくる様子もない。
福田にとって悠真は「友達の恋人」で、一歩引いた関係なのだ。
悠真はそんな福田と友達になりたいかもしれないが、福田の方は「自分は玖珂の跡取りである悠真の友人になどなれない」と卑下しているため、考えてもいない。
ある意味、悠真の片思いなのだ。
そう思うと澪は少々面白くないし、けれど悠真の孤独もわかるし、複雑な心境だった。
下心を持って近付いて来るのは悠真にだけじゃない。
それまで澪はクラスメイトと距離を置いていた。
だが福田という親しい者が出来、その福田がクラスメイトと友好的に振る舞う。
間接的に澪とクラスメイトの距離も縮まってきた。
その顔ぶれの主な目的は福田だったが、違う目的を持つものが紛れ込んでいた。
彼はクラスメイトのβ。
詳細は知らないが、福田が明るくなってから他の者同様集まってきた。
福田はそんなクラスメイトと話してる合間に澪にも話を振ってきた。その時だけ澪は話に加わっていたし、福田が澪を巻き込まない限りクラスメイトから澪に話しかけてはこなかった。
だが彼は何かにつけ澪を意識していた。
初めから。
気付いた福田が気を逸らそうとしていたが、何度も粘っていた。
ある日、彼はついにこんなことを言い出した。
「福田ってお昼に志垣と一緒したりするんだろう?俺たちも一緒に食べていいだろ?」
玖珂、や、悠真、の名前こそ出さなかったものの、それで目的がはっきりした。
「…いや、それは…」
澪が渋ると詰め寄って来る。
「いいじゃん。俺たちもいつもカフェで食べてるんだ。同じテーブルでも問題ないよな?」
同意を求めるように他の者を振り向くと、曖昧に頷く者や返事に困る者、多種多様に現れた。
皆本心は彼と同じだろう。
澪を利用する事に躊躇しつつ、それでもチャンスがあるならば玖珂に近付きたい、そういう葛藤をクラスメイトが抱えたのが分かった。
澪は困って黙り込む。
「せっかく仲良くなったんだからさ」
さらに詰め寄るクラスメイトに、立ち塞がったのは福田だった。
「駄目に決まってるだろ。お昼は志垣くんと彼との時間なんだから邪魔しちゃ駄目だよ。時々お呼ばれするけども、本当にお邪魔って感じなんだから。…それに玖珂くんは邪魔されるの嫌がると思うよ」
遠回しに言いながら最後に玖珂の名前を出したのは、「君の目的はわかってるよ」という牽制だったかも知れない。
玖珂に嫌われたくない、と思ったのか彼は黙り込み、福田が話を逸らすことでその場は治った。
なんにせよ、その後も何かと澪に絡んでは来るが、澪は一線を引き、福田も常に牽制してくれるので今の所何事もない。
「ごめんね、僕のせいで」
福田が謝ってきて、澪は慌てて首を振った。
「そんな!福田くんのせいじゃないよ」
「ありがとう。でも僕気をつけるね」
「…うん、僕も気をつけなきゃ…」
玖珂に惹かれるものは些細な隙を狙って来る。
それだけ玖珂の存在は魅力的なのだ。
間接的とはいえ玖珂に関わる澪ですら、利用しようと虎視眈々と狙われている。
悠真なら、もっとだ。
澪は悠真から友人を紹介してもらったことはない。
初日、何人も話しかけられながら紹介されなかった。
最初澪は友人も紹介してもらえない、と受け取ったが、悠真を知るにつれ、澪に紹介できるような友人がいない、と気付いた。
いつか悠真が嬉しそうに友人を紹介してくれる日が来る事を、澪は願わずにはいられない。
澪は側にいることは出来ても、決して友人にはなれないから。
悠真がどんなに心を許してくれても、友人とは違うから。
「わかった。仕方ないから、僕が付き合ってあげる」
「仕方ないってなんだよ」
澪がさも不本意そうに言うと、悠真が少し頬を膨らませた。
澪は笑いながらもちゃんと釘をさす。
「でも時々だからね」
「わかったよ」
悠真は口を尖らせた。

そうやって、澪の学校生活も充実し、悠真との関係も順調。
澪には変わらず発情期はやってこなかったが、抑制器も完全に外すことができ、反動もない。
玖珂家、賢木家、共に馴染み深いというオメガバース専門の老医者のもとで検診を受けた。
「順調じゃな」
澪の検査結果片手に頬をボリボリ掻きながら言われ、澪はきょとんと老医者を見つめた。
隣で賢木が溜息をつく。
「先生、どう順調なのか教えていただかないと困ります」
「まったく、苳也は真面目すぎていかんなあ」
メガネをずらしながら賢木を見上げると、そう呟いた。
「先生!」
「ほいほい、と。前回より0.5mmほど子宮が成長しとるよ」
「はあ」
そう言われても、澪にはピンとこない。
未成熟ということだったので、つまり成長が始まったという事なのか?
「先生?それはつまりこのままいけば澪さんに発情期がやって来るという事でいいんでしょうか?」
「そのようじゃな」
なんとも頼りない言い方だが、賢木が非常に信頼しているという医者なので腕は確かなのだろう。
「それはいつですか」
「わからんな」
「…先生?」
賢木が冷ややかな圧力をかけたが、老医師は動じない。
「はっきりとはわからん、って事じゃよ。だがもう無茶な抑制はかけん事じゃ。今度は本当に取り返しがつかなくなるぞ」
「…はい…」
澪が項垂れると、賢木が肩を撫でてくれた。
「ゆっくり、行きましょう。焦らずに。そうですよね、先生」
同意を求めるように賢木から向けられた視線に、老医者は初めて真面目な顔をした。
「初発情期の早い遅いはそれほど問題じゃない。言わば体のサインじゃ。もう妊娠できる、というな。それを意図的に早めたり遅らせたりすると当然体に負荷が出る。流れに身をまかせる事じゃ。お前さんはΩとしてしっかり判別されている。つまりはいずれ発情期がきて妊娠可能になる。その時をゆっくり待ちなさい」
「…はい…」

焦らず、ゆっくり。
毎日がそんな感じで過ぎていく。
澪と悠真はそんな日々を過ごしていたが、周りは少しざわつく事になった。
それは澪と悠真に直接関係はなかったけれど、大きな渦の波に自然と巻き込まれる。
そしてそれは悠真の環境がちょっとだけ変わるサインだった。





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

いらない子は異世界で魔法使いに愛される

BL / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:1,789

Blindness

BL / 完結 24h.ポイント:1,512pt お気に入り:1,283

婚約破棄から始まる人生

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,956

【本編完結】義弟を愛でていたらみんなの様子がおかしい

BL / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:3,056

消えない思い

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:120

【完結】その少年は硝子の魔術士

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,229

花嫁探しはまさかの自分だった!?

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:1,725

その愛は契約に含まれますか?[本編終了]

BL / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,530

処理中です...