石の王冠は誰のもの

阿山ナガレ

文字の大きさ
4 / 13

第4話

しおりを挟む
「ちょっと、店長!」

 店の扉を開け、店員が大声を上げた。案の定、店主はまだ店の前で庇を眺めていたようだ。

「あの棚の下段は開けとけって言ったでしょ!? 明日入荷する洗剤、どこに置くんだよ!?」

「やあ、そういえばそうでした。場所が開いてたもんで、つい……。すいませんねえ」

 そんなやり取りを交わしながら、二人は店内へ戻ってきた。店員は、憤懣やるかたない様子で店主に小言を並べ立てている。

「やっと場所開けたのに……。置きたきゃテメェで整理しろっつの!」

「あー、そろそろ売場も整理しないといけないですねえ」

 店主は従業員の不遜な態度を注意することもなく、頭をぽりぽりと掻き、へらへらと笑った。
 一方、サーシャはその白い箱の正体に気付き、声を震わせていた。

「えええ……? これってもしかして、いや、本当に……??」

 であるという確証は得たものの、だがは彼女の知っている一般的なものよりも、遥かに小さいものだったのだ。彼女はその事実が信じられずに、何度もその箱を見返した。
 そしてその箱を作ったという張本人――店主であるディーン=シャヴァネイル=ロッシュの姿を目にし、震える声で問いかけた。

「あああ、あの、店長さん――」

「おや、水浸しですね」

 あいにくと、ロッシュの興味は先頃のフライパンによってもたらされたびしょ濡れの床に移った。傍らの女性店員 アクサナ=ヴォクレールが苦々しい表情を浮かべて店主に詰め寄った。

「またあのフライパンから水が出たんだよ。どうにかしてよ、あれ!」

「あー、あれも売れたのは最初だけでしたねえ。どうしましょうかねえ」

「どうしましょうかねえ、じゃねえよ! 後先考えずに変な物ばっかり作っちゃってさ! こないだだって――」

 またもアクサナの小言が始まった。ズバズバと物を言うアクサナに対し、ロッシュの返答は常に曖昧でぼんやりとしたものばかりである。延々と続くかと思われる押し問答の脇で、サーシャは声を上げた。

「あの、店長さん! これ! 魔法オーブンですよねえ!?」

 アクサナが驚いた顔で、店主への小言を中断した。そして眉間にシワを寄せ、サーシャに答えた。

「何言ってんの。魔法オーブンって、もっと大きいのよ」

 魔法オーブンとは、陶器あるいは土製の箱の中に、小型の熱魔法炉を仕込んだ調理用の魔法道具である。魔法炉を熱源とすることから、薪や炭を燃料とするよりも遥かに手軽に火を起こすことが可能となり、近年急速に各家庭に普及した。
 大変便利な魔法道具のひとつではあるが、アクサナが指摘した通り、その大きさが最大のネックである。そもそも、使用する魔法炉がかなりの大きさであり、それを搭載するとなると、さらにそのサイズは膨れ上がる。一般的に出回っている魔法オーブンは高さ2m、幅、奥行き共に1m以上はするものがほとんどである。最近ではプロミネンス魔法開発社が魔法炉の小型化に成功し、それを搭載した最新型魔法オーブンが発売されたものの、それでも大きさはまだ1m四方を下回ることはない。
 故に、30cm四方のオーブンなど存在するはずがないのだ。もし存在するとすれば、それは大いなる技術革新である。それに気付き、口にしたサーシャですら、未だにこの事実を疑うほどだった。だが、この箱の形状、ボタンに刻まれた「加熱」の文字、そして実際に中に入れて十秒だけ加熱してみたタオルの持つ熱気。全てが、これがオーブンであると示していた。

「ご名答。オーブンですよ、それ」

 ロッシュが事も無げにそう答えた。アクサナが驚いた顔で店主の顔を見る。

「……えっ!?」

「やっぱり!」

 サーシャの顔がぱっと明るくなった。一方で、アクサナは不満顔だ。

「つか、オーブンなら『オーブンです』って書いとけよ。品札付けてないのって、やっぱ問題だと思うけど? フライパンにも『水が出ます』くらい付けとかないといけないんじゃないの?」

「そうですねえ。でも、僕、字が汚いから、アクサナさんが書いといてくださいよ」

「やだよ。面倒くさい」

 アクサナが耳をほじる。サーシャはそのオーブンを抱え、さらに店主に説明を求めた。

「え、えと、これの加熱に使われてる魔法炉は――」

 すると、アクサナがまた店主に声を掛けた。

「あ、店長、値札もないわ、これ」

「二万ギルダンくらいでいいですよ」

「「安っ!!」」

 思わぬ値段設定に、二人の女の声が同調した。サーシャが慌ててそれを諫める。

「いや、安すぎませんか? 普通、魔法オーブンって五万以上はするんですけど……」

「ほほぅ」

 ロッシュはそれを聞き、感心した様子で顎に手を当てた。そして、間髪入れずに新たな売価を述べた。

「じゃあ、五万で」

「適当すぎ」

 アクサナが呆れて頬を引きつらせた。

「い、いや、値段のことはどうでもいいんです。問題は、この加熱の仕組みを――」

 サーシャの興味はそのオーブンの仕組みにあった。だが、またもやアクサナの横槍が入る。

「つか、いつも思うんだけど、店長の金銭感覚ってズレてるよね」

「そうですか?」

「こないだも、ホウキを五千ギルダンで売ろうとしたし」

「いえ、あれは普通のホウキじゃなくてですねえ」

 またも二人のやり取りが始まってしまった。

「ちょ、ちょっと……」

 何とか話題の本筋をオーブンへ戻したいサーシャだったが、ロッシュもアクサナも己のペースを貫く人種であり、なかなか思うように進まない。二人は思い思いに会話を進めていく。

「歌って踊るホウキだったんですよ。それを勝手に五百で売ったのは、アクサナさんじゃないですか!?」

「いや、そもそも意味不明だし。何でホウキを躍らせる必要が?」



「――ちょっと!! 話を聞いてください!!」

 サーシャが声を荒げると、二人はぎょっとした顔で彼女を見た。ロッシュは「はぁ」と力なく返事をし、またアクサナは「ん? どしたん?」とまるで他人事の様子である。二人の様子に若干苛立ちを覚えながらも、サーシャはいよいよ得た会話の主導権を手放してなるものかと、大声でまくしたてた。

「このオーブンのことですよ!!」

 アクサナが合点がいった様子で笑った。

「あー、買うの? 五万で? 二万で?」

「買いませんよ!」

 すると、ロッシュが頭を掻いて済まなそうに呟いた。

「やっぱ、二万でも高いんじゃないかなあ」

「いや、破格ですけど! 今、言いたいのはそれじゃなくて!!」

 サーシャはひとつ息を吐いた。この二人のペースに飲み込まれてはダメだ、がんばれサーシャ、ここが正念場だ。そう自分に言い聞かせ、そしてまた声を張り上げた。

「このオーブンの仕組みを教えてください!」

「……仕組み?」

 ロッシュが首を傾げた。アクサナもまた首を捻って問いかける。

「ただのオーブンじゃないの、それ?」

「全然違います! このオーブンには、魔法炉が付いてないんですよ!」

 サーシャがそれを指摘すると、アクサナが言った。

「欠陥商品じゃん」

「いえ、そうじゃないんです。これ、ちゃんと動くんですよ」

 サーシャは先ほどオーブンで温めてみたタオルを、アクサナに手渡した。フライパンからの冷水をたっぷり吸いこんで冷たかったタオルが、僅か十秒の加熱でほかほかになっていたのである。冷水だった水分は、蒸気となってタオルから立ち上っていた。それを手にしたアクサナが、目を丸くした。

「おお、あったかい……」

「さっき、温めてみたんです」

「つか、オーブンで雑巾温めるとか、どういう……」

「え、雑巾だったんですか、それ……?」

「ゴメン。内緒だった。いや、タオルが見つからなかったからさあ……」

 アクサナがぺろりと舌を出した。だが、タオルが実は雑巾だったことなど、今のサーシャにとっては些細な問題である。彼女は語気を強めてロッシュに問いかける。

「一体、これ、どういう仕組みで動いてるんですか? 店長さんが作ったんですよね!?」

 ロッシュは静かに微笑み、淡々と彼女の問いに答えた。

「あー、それはねえ。熱魔法じゃなくて、力魔法を使ってるからなんだよねえ」

「力魔法……? それで、どうやって加熱するんですか?」

「分子を動かして、その摩擦で熱を与えてるんだよ」

「分子……? 摩擦……?」

 サーシャが首を傾げていると、アクサナが話に割って入ってきた。

「それって、なんか凄いわけ?」

「だから、プロミネンスの特許使用料も発生しないから、安く売れるというわけです」

「へえ。店長、ちゃんと値段のことも考えてたんだ」

 “特許”という単語を耳にして、サーシャがハッと我に返った。魔法大学で最新の魔法研究をしてきた彼女だったが、力魔法で分子を動かすなんて、まったく聞いたこともない発想である。

「こ、この技術って、どこの特許なんですか……?」

「ん? 特許ですか……?」

 ロッシュがきょとんとした顔で答えた。

「ええと、特許、は、どこのでも無いですよ?」

「ええ……っ!?」

 サーシャは己が耳を疑った。

「完全にオリジナルってことですか!?」

「まあ……」

 頭を掻きながら、ロッシュが平然と答えた。サーシャの背筋に寒気が走った。世紀の大発明だというのに、この男はそれをまるで自覚してない様子なのだ。両腕が、両足が、いや身体全体が震えた。

 アクサナはどこから取り出したのか、クッキーをぽりぽりとほおばりながら、その白い小箱をしげしげと眺めた。

「へえー。それって、なんか凄いの?」

 ロッシュがへらへらと笑いながら、その言葉を否定する。

「いやあ、全然凄くないですよ。これくらい、誰でも思いつきますし」

 この言葉に、サーシャは憤慨し、そして叫んだ。

「いや、凄くないわけがないでしょ!! 誰も思いつかないです、こんなの!!」

 アクサナは興味なさげに「へえ」と返事し、その白い小箱をクッキーの食べかすの付いた手でペタペタと撫でまわしている。一方、ロッシュはまた緩い笑みを浮かべたままで「いやあ、凄くないです。凄くないですよお」なんて謙遜しきりだ。
 そんな二人を見て、サーシャは深くため息を吐いた。

(どうしよう……。この人たち、事の重大さが解かってない……!)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...