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第4話
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「ちょっと、店長!」
店の扉を開け、店員が大声を上げた。案の定、店主はまだ店の前で庇を眺めていたようだ。
「あの棚の下段は開けとけって言ったでしょ!? 明日入荷する洗剤、どこに置くんだよ!?」
「やあ、そういえばそうでした。場所が開いてたもんで、つい……。すいませんねえ」
そんなやり取りを交わしながら、二人は店内へ戻ってきた。店員は、憤懣やるかたない様子で店主に小言を並べ立てている。
「やっと場所開けたのに……。置きたきゃテメェで整理しろっつの!」
「あー、そろそろ売場も整理しないといけないですねえ」
店主は従業員の不遜な態度を注意することもなく、頭をぽりぽりと掻き、へらへらと笑った。
一方、サーシャはその白い箱の正体に気付き、声を震わせていた。
「えええ……? これってもしかして、いや、本当に……??」
それがそれであるという確証は得たものの、だがそれは彼女の知っている一般的なものよりも、遥かに小さいものだったのだ。彼女はその事実が信じられずに、何度もその箱を見返した。
そしてその箱を作ったという張本人――店主であるディーン=シャヴァネイル=ロッシュの姿を目にし、震える声で問いかけた。
「あああ、あの、店長さん――」
「おや、水浸しですね」
あいにくと、ロッシュの興味は先頃のフライパンによってもたらされたびしょ濡れの床に移った。傍らの女性店員 アクサナ=ヴォクレールが苦々しい表情を浮かべて店主に詰め寄った。
「またあのフライパンから水が出たんだよ。どうにかしてよ、あれ!」
「あー、あれも売れたのは最初だけでしたねえ。どうしましょうかねえ」
「どうしましょうかねえ、じゃねえよ! 後先考えずに変な物ばっかり作っちゃってさ! こないだだって――」
またもアクサナの小言が始まった。ズバズバと物を言うアクサナに対し、ロッシュの返答は常に曖昧でぼんやりとしたものばかりである。延々と続くかと思われる押し問答の脇で、サーシャは声を上げた。
「あの、店長さん! これ! 魔法オーブンですよねえ!?」
アクサナが驚いた顔で、店主への小言を中断した。そして眉間にシワを寄せ、サーシャに答えた。
「何言ってんの。魔法オーブンって、もっと大きいのよ」
魔法オーブンとは、陶器あるいは土製の箱の中に、小型の熱魔法炉を仕込んだ調理用の魔法道具である。魔法炉を熱源とすることから、薪や炭を燃料とするよりも遥かに手軽に火を起こすことが可能となり、近年急速に各家庭に普及した。
大変便利な魔法道具のひとつではあるが、アクサナが指摘した通り、その大きさが最大のネックである。そもそも、使用する魔法炉がかなりの大きさであり、それを搭載するとなると、さらにそのサイズは膨れ上がる。一般的に出回っている魔法オーブンは高さ2m、幅、奥行き共に1m以上はするものがほとんどである。最近ではプロミネンス魔法開発社が魔法炉の小型化に成功し、それを搭載した最新型魔法オーブンが発売されたものの、それでも大きさはまだ1m四方を下回ることはない。
故に、30cm四方のオーブンなど存在するはずがないのだ。もし存在するとすれば、それは大いなる技術革新である。それに気付き、口にしたサーシャですら、未だにこの事実を疑うほどだった。だが、この箱の形状、ボタンに刻まれた「加熱」の文字、そして実際に中に入れて十秒だけ加熱してみたタオルの持つ熱気。全てが、これがオーブンであると示していた。
「ご名答。オーブンですよ、それ」
ロッシュが事も無げにそう答えた。アクサナが驚いた顔で店主の顔を見る。
「……えっ!?」
「やっぱり!」
サーシャの顔がぱっと明るくなった。一方で、アクサナは不満顔だ。
「つか、オーブンなら『オーブンです』って書いとけよ。品札付けてないのって、やっぱ問題だと思うけど? フライパンにも『水が出ます』くらい付けとかないといけないんじゃないの?」
「そうですねえ。でも、僕、字が汚いから、アクサナさんが書いといてくださいよ」
「やだよ。面倒くさい」
アクサナが耳をほじる。サーシャはそのオーブンを抱え、さらに店主に説明を求めた。
「え、えと、これの加熱に使われてる魔法炉は――」
すると、アクサナがまた店主に声を掛けた。
「あ、店長、値札もないわ、これ」
「二万ギルダンくらいでいいですよ」
「「安っ!!」」
思わぬ値段設定に、二人の女の声が同調した。サーシャが慌ててそれを諫める。
「いや、安すぎませんか? 普通、魔法オーブンって五万以上はするんですけど……」
「ほほぅ」
ロッシュはそれを聞き、感心した様子で顎に手を当てた。そして、間髪入れずに新たな売価を述べた。
「じゃあ、五万で」
「適当すぎ」
アクサナが呆れて頬を引きつらせた。
「い、いや、値段のことはどうでもいいんです。問題は、この加熱の仕組みを――」
サーシャの興味はそのオーブンの仕組みにあった。だが、またもやアクサナの横槍が入る。
「つか、いつも思うんだけど、店長の金銭感覚ってズレてるよね」
「そうですか?」
「こないだも、ホウキを五千ギルダンで売ろうとしたし」
「いえ、あれは普通のホウキじゃなくてですねえ」
またも二人のやり取りが始まってしまった。
「ちょ、ちょっと……」
何とか話題の本筋をオーブンへ戻したいサーシャだったが、ロッシュもアクサナも己のペースを貫く人種であり、なかなか思うように進まない。二人は思い思いに会話を進めていく。
「歌って踊るホウキだったんですよ。それを勝手に五百で売ったのは、アクサナさんじゃないですか!?」
「いや、そもそも意味不明だし。何でホウキを躍らせる必要が?」
「――ちょっと!! 話を聞いてください!!」
サーシャが声を荒げると、二人はぎょっとした顔で彼女を見た。ロッシュは「はぁ」と力なく返事をし、またアクサナは「ん? どしたん?」とまるで他人事の様子である。二人の様子に若干苛立ちを覚えながらも、サーシャはいよいよ得た会話の主導権を手放してなるものかと、大声でまくしたてた。
「このオーブンのことですよ!!」
アクサナが合点がいった様子で笑った。
「あー、買うの? 五万で? 二万で?」
「買いませんよ!」
すると、ロッシュが頭を掻いて済まなそうに呟いた。
「やっぱ、二万でも高いんじゃないかなあ」
「いや、破格ですけど! 今、言いたいのはそれじゃなくて!!」
サーシャはひとつ息を吐いた。この二人のペースに飲み込まれてはダメだ、がんばれサーシャ、ここが正念場だ。そう自分に言い聞かせ、そしてまた声を張り上げた。
「このオーブンの仕組みを教えてください!」
「……仕組み?」
ロッシュが首を傾げた。アクサナもまた首を捻って問いかける。
「ただのオーブンじゃないの、それ?」
「全然違います! このオーブンには、魔法炉が付いてないんですよ!」
サーシャがそれを指摘すると、アクサナが言った。
「欠陥商品じゃん」
「いえ、そうじゃないんです。これ、ちゃんと動くんですよ」
サーシャは先ほどオーブンで温めてみたタオルを、アクサナに手渡した。フライパンからの冷水をたっぷり吸いこんで冷たかったタオルが、僅か十秒の加熱でほかほかになっていたのである。冷水だった水分は、蒸気となってタオルから立ち上っていた。それを手にしたアクサナが、目を丸くした。
「おお、あったかい……」
「さっき、温めてみたんです」
「つか、オーブンで雑巾温めるとか、どういう……」
「え、雑巾だったんですか、それ……?」
「ゴメン。内緒だった。いや、タオルが見つからなかったからさあ……」
アクサナがぺろりと舌を出した。だが、タオルが実は雑巾だったことなど、今のサーシャにとっては些細な問題である。彼女は語気を強めてロッシュに問いかける。
「一体、これ、どういう仕組みで動いてるんですか? 店長さんが作ったんですよね!?」
ロッシュは静かに微笑み、淡々と彼女の問いに答えた。
「あー、それはねえ。熱魔法じゃなくて、力魔法を使ってるからなんだよねえ」
「力魔法……? それで、どうやって加熱するんですか?」
「分子を動かして、その摩擦で熱を与えてるんだよ」
「分子……? 摩擦……?」
サーシャが首を傾げていると、アクサナが話に割って入ってきた。
「それって、なんか凄いわけ?」
「だから、プロミネンスの特許使用料も発生しないから、安く売れるというわけです」
「へえ。店長、ちゃんと値段のことも考えてたんだ」
“特許”という単語を耳にして、サーシャがハッと我に返った。魔法大学で最新の魔法研究をしてきた彼女だったが、力魔法で分子を動かすなんて、まったく聞いたこともない発想である。
「こ、この技術って、どこの特許なんですか……?」
「ん? 特許ですか……?」
ロッシュがきょとんとした顔で答えた。
「ええと、特許、は、どこのでも無いですよ?」
「ええ……っ!?」
サーシャは己が耳を疑った。
「完全にオリジナルってことですか!?」
「まあ……」
頭を掻きながら、ロッシュが平然と答えた。サーシャの背筋に寒気が走った。世紀の大発明だというのに、この男はそれをまるで自覚してない様子なのだ。両腕が、両足が、いや身体全体が震えた。
アクサナはどこから取り出したのか、クッキーをぽりぽりとほおばりながら、その白い小箱をしげしげと眺めた。
「へえー。それって、なんか凄いの?」
ロッシュがへらへらと笑いながら、その言葉を否定する。
「いやあ、全然凄くないですよ。これくらい、誰でも思いつきますし」
この言葉に、サーシャは憤慨し、そして叫んだ。
「いや、凄くないわけがないでしょ!! 誰も思いつかないです、こんなの!!」
アクサナは興味なさげに「へえ」と返事し、その白い小箱をクッキーの食べかすの付いた手でペタペタと撫でまわしている。一方、ロッシュはまた緩い笑みを浮かべたままで「いやあ、凄くないです。凄くないですよお」なんて謙遜しきりだ。
そんな二人を見て、サーシャは深くため息を吐いた。
(どうしよう……。この人たち、事の重大さが解かってない……!)
店の扉を開け、店員が大声を上げた。案の定、店主はまだ店の前で庇を眺めていたようだ。
「あの棚の下段は開けとけって言ったでしょ!? 明日入荷する洗剤、どこに置くんだよ!?」
「やあ、そういえばそうでした。場所が開いてたもんで、つい……。すいませんねえ」
そんなやり取りを交わしながら、二人は店内へ戻ってきた。店員は、憤懣やるかたない様子で店主に小言を並べ立てている。
「やっと場所開けたのに……。置きたきゃテメェで整理しろっつの!」
「あー、そろそろ売場も整理しないといけないですねえ」
店主は従業員の不遜な態度を注意することもなく、頭をぽりぽりと掻き、へらへらと笑った。
一方、サーシャはその白い箱の正体に気付き、声を震わせていた。
「えええ……? これってもしかして、いや、本当に……??」
それがそれであるという確証は得たものの、だがそれは彼女の知っている一般的なものよりも、遥かに小さいものだったのだ。彼女はその事実が信じられずに、何度もその箱を見返した。
そしてその箱を作ったという張本人――店主であるディーン=シャヴァネイル=ロッシュの姿を目にし、震える声で問いかけた。
「あああ、あの、店長さん――」
「おや、水浸しですね」
あいにくと、ロッシュの興味は先頃のフライパンによってもたらされたびしょ濡れの床に移った。傍らの女性店員 アクサナ=ヴォクレールが苦々しい表情を浮かべて店主に詰め寄った。
「またあのフライパンから水が出たんだよ。どうにかしてよ、あれ!」
「あー、あれも売れたのは最初だけでしたねえ。どうしましょうかねえ」
「どうしましょうかねえ、じゃねえよ! 後先考えずに変な物ばっかり作っちゃってさ! こないだだって――」
またもアクサナの小言が始まった。ズバズバと物を言うアクサナに対し、ロッシュの返答は常に曖昧でぼんやりとしたものばかりである。延々と続くかと思われる押し問答の脇で、サーシャは声を上げた。
「あの、店長さん! これ! 魔法オーブンですよねえ!?」
アクサナが驚いた顔で、店主への小言を中断した。そして眉間にシワを寄せ、サーシャに答えた。
「何言ってんの。魔法オーブンって、もっと大きいのよ」
魔法オーブンとは、陶器あるいは土製の箱の中に、小型の熱魔法炉を仕込んだ調理用の魔法道具である。魔法炉を熱源とすることから、薪や炭を燃料とするよりも遥かに手軽に火を起こすことが可能となり、近年急速に各家庭に普及した。
大変便利な魔法道具のひとつではあるが、アクサナが指摘した通り、その大きさが最大のネックである。そもそも、使用する魔法炉がかなりの大きさであり、それを搭載するとなると、さらにそのサイズは膨れ上がる。一般的に出回っている魔法オーブンは高さ2m、幅、奥行き共に1m以上はするものがほとんどである。最近ではプロミネンス魔法開発社が魔法炉の小型化に成功し、それを搭載した最新型魔法オーブンが発売されたものの、それでも大きさはまだ1m四方を下回ることはない。
故に、30cm四方のオーブンなど存在するはずがないのだ。もし存在するとすれば、それは大いなる技術革新である。それに気付き、口にしたサーシャですら、未だにこの事実を疑うほどだった。だが、この箱の形状、ボタンに刻まれた「加熱」の文字、そして実際に中に入れて十秒だけ加熱してみたタオルの持つ熱気。全てが、これがオーブンであると示していた。
「ご名答。オーブンですよ、それ」
ロッシュが事も無げにそう答えた。アクサナが驚いた顔で店主の顔を見る。
「……えっ!?」
「やっぱり!」
サーシャの顔がぱっと明るくなった。一方で、アクサナは不満顔だ。
「つか、オーブンなら『オーブンです』って書いとけよ。品札付けてないのって、やっぱ問題だと思うけど? フライパンにも『水が出ます』くらい付けとかないといけないんじゃないの?」
「そうですねえ。でも、僕、字が汚いから、アクサナさんが書いといてくださいよ」
「やだよ。面倒くさい」
アクサナが耳をほじる。サーシャはそのオーブンを抱え、さらに店主に説明を求めた。
「え、えと、これの加熱に使われてる魔法炉は――」
すると、アクサナがまた店主に声を掛けた。
「あ、店長、値札もないわ、これ」
「二万ギルダンくらいでいいですよ」
「「安っ!!」」
思わぬ値段設定に、二人の女の声が同調した。サーシャが慌ててそれを諫める。
「いや、安すぎませんか? 普通、魔法オーブンって五万以上はするんですけど……」
「ほほぅ」
ロッシュはそれを聞き、感心した様子で顎に手を当てた。そして、間髪入れずに新たな売価を述べた。
「じゃあ、五万で」
「適当すぎ」
アクサナが呆れて頬を引きつらせた。
「い、いや、値段のことはどうでもいいんです。問題は、この加熱の仕組みを――」
サーシャの興味はそのオーブンの仕組みにあった。だが、またもやアクサナの横槍が入る。
「つか、いつも思うんだけど、店長の金銭感覚ってズレてるよね」
「そうですか?」
「こないだも、ホウキを五千ギルダンで売ろうとしたし」
「いえ、あれは普通のホウキじゃなくてですねえ」
またも二人のやり取りが始まってしまった。
「ちょ、ちょっと……」
何とか話題の本筋をオーブンへ戻したいサーシャだったが、ロッシュもアクサナも己のペースを貫く人種であり、なかなか思うように進まない。二人は思い思いに会話を進めていく。
「歌って踊るホウキだったんですよ。それを勝手に五百で売ったのは、アクサナさんじゃないですか!?」
「いや、そもそも意味不明だし。何でホウキを躍らせる必要が?」
「――ちょっと!! 話を聞いてください!!」
サーシャが声を荒げると、二人はぎょっとした顔で彼女を見た。ロッシュは「はぁ」と力なく返事をし、またアクサナは「ん? どしたん?」とまるで他人事の様子である。二人の様子に若干苛立ちを覚えながらも、サーシャはいよいよ得た会話の主導権を手放してなるものかと、大声でまくしたてた。
「このオーブンのことですよ!!」
アクサナが合点がいった様子で笑った。
「あー、買うの? 五万で? 二万で?」
「買いませんよ!」
すると、ロッシュが頭を掻いて済まなそうに呟いた。
「やっぱ、二万でも高いんじゃないかなあ」
「いや、破格ですけど! 今、言いたいのはそれじゃなくて!!」
サーシャはひとつ息を吐いた。この二人のペースに飲み込まれてはダメだ、がんばれサーシャ、ここが正念場だ。そう自分に言い聞かせ、そしてまた声を張り上げた。
「このオーブンの仕組みを教えてください!」
「……仕組み?」
ロッシュが首を傾げた。アクサナもまた首を捻って問いかける。
「ただのオーブンじゃないの、それ?」
「全然違います! このオーブンには、魔法炉が付いてないんですよ!」
サーシャがそれを指摘すると、アクサナが言った。
「欠陥商品じゃん」
「いえ、そうじゃないんです。これ、ちゃんと動くんですよ」
サーシャは先ほどオーブンで温めてみたタオルを、アクサナに手渡した。フライパンからの冷水をたっぷり吸いこんで冷たかったタオルが、僅か十秒の加熱でほかほかになっていたのである。冷水だった水分は、蒸気となってタオルから立ち上っていた。それを手にしたアクサナが、目を丸くした。
「おお、あったかい……」
「さっき、温めてみたんです」
「つか、オーブンで雑巾温めるとか、どういう……」
「え、雑巾だったんですか、それ……?」
「ゴメン。内緒だった。いや、タオルが見つからなかったからさあ……」
アクサナがぺろりと舌を出した。だが、タオルが実は雑巾だったことなど、今のサーシャにとっては些細な問題である。彼女は語気を強めてロッシュに問いかける。
「一体、これ、どういう仕組みで動いてるんですか? 店長さんが作ったんですよね!?」
ロッシュは静かに微笑み、淡々と彼女の問いに答えた。
「あー、それはねえ。熱魔法じゃなくて、力魔法を使ってるからなんだよねえ」
「力魔法……? それで、どうやって加熱するんですか?」
「分子を動かして、その摩擦で熱を与えてるんだよ」
「分子……? 摩擦……?」
サーシャが首を傾げていると、アクサナが話に割って入ってきた。
「それって、なんか凄いわけ?」
「だから、プロミネンスの特許使用料も発生しないから、安く売れるというわけです」
「へえ。店長、ちゃんと値段のことも考えてたんだ」
“特許”という単語を耳にして、サーシャがハッと我に返った。魔法大学で最新の魔法研究をしてきた彼女だったが、力魔法で分子を動かすなんて、まったく聞いたこともない発想である。
「こ、この技術って、どこの特許なんですか……?」
「ん? 特許ですか……?」
ロッシュがきょとんとした顔で答えた。
「ええと、特許、は、どこのでも無いですよ?」
「ええ……っ!?」
サーシャは己が耳を疑った。
「完全にオリジナルってことですか!?」
「まあ……」
頭を掻きながら、ロッシュが平然と答えた。サーシャの背筋に寒気が走った。世紀の大発明だというのに、この男はそれをまるで自覚してない様子なのだ。両腕が、両足が、いや身体全体が震えた。
アクサナはどこから取り出したのか、クッキーをぽりぽりとほおばりながら、その白い小箱をしげしげと眺めた。
「へえー。それって、なんか凄いの?」
ロッシュがへらへらと笑いながら、その言葉を否定する。
「いやあ、全然凄くないですよ。これくらい、誰でも思いつきますし」
この言葉に、サーシャは憤慨し、そして叫んだ。
「いや、凄くないわけがないでしょ!! 誰も思いつかないです、こんなの!!」
アクサナは興味なさげに「へえ」と返事し、その白い小箱をクッキーの食べかすの付いた手でペタペタと撫でまわしている。一方、ロッシュはまた緩い笑みを浮かべたままで「いやあ、凄くないです。凄くないですよお」なんて謙遜しきりだ。
そんな二人を見て、サーシャは深くため息を吐いた。
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