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九手目
死後硬直
しおりを挟む「あっ、、、、」
三林、固まる。
たもるは、盤上の5二の地点を、真っ直ぐに、ちぎれるほどに、
睨んでいる。
「あー、はいはいはい、っと。
ほほうなるほどなるほど。」
熱のこもった数分前の三林は、
今では青白くなり、
そこに座っているだけの男となっている。
このたもるの5ニの馬、
三林がどちらの金で取ろうとも、たもるが勝ちである。
この勝ちは、決して揺るがない。
将棋には、投了という考え方がある。
自分が負けたと認めたとき、
「参りました。」
と、対局を終了するものだ。
その姿は実に美しい。
負けを認めることは、
謙虚そのものである。
たもるは、過去の対局、
全てにおいて、投了していている
わけであり、
負けが何たるかを、心得ている。
負ける姿勢に関しては、
誰にも負けないのである。
(どちらの金で馬をとっても、
金打ちで、俺の勝ちだ。
だよな、うん、そうだ、
△同金左ならば、▲4二金、
△同金右でも、▲6二金
うん、間違いない、勝つ。
慌てるな焦るな、最後の最後まで、何が起こるかわからない。)
三林、5二のたもるの馬を右手の親指と人差し指でつまむ。
………
駒台に持っていかれるはずの
その馬は、
8五の地点に戻される。
「なにしてんだ、、、」
たもるが予想外の事態に
混乱し呆然としている。
三林、たもるの駒台から、
金を奪い自分の駒台に置き、
「△5二歩で、何でもないな」
と言いながら、歩を置き、
人差し指でちょんちょんと
触っている。
「待っ、、、た、、かよ、、」
細い泪が頬を伝う。
「いやーここは誰が見ても
△5二歩だから、はい続けて続けて。」
「こんな将棋、将棋じゃ、
ありません。」
「遊びだって。」
「あなたは将棋を指す資格がありません。」
「職場だぞ、ここ。」
「……何で、、」
「ほら、飛車取りだぞ。逃げろよ。」
「ありません。」たもるの
眉間にコブができ、熱を帯びた
涙の声がそう細々と空気を揺らした。
「お、投了だな。はいはい。」
「……」たもる、沈黙す。
「係長それはないですわ。」
ギャラリーから、一人の声が飛ぶ。彼の名は吉田長斗。
「三林係長、1局で2回も待ったするのは、将棋やめたほうがいいですよ。たもる君の言う通りですよ。」将棋盤の5二歩を睨みながら、低い声で彼は言った。
その言葉とほぼ同時に、
たもるは椅子から
ふらりと立ち上がり、
部屋のドアの方へと歩き出し、
ドアノブに重心を預けるように、部屋を後にする。
「よーし次、誰か将棋指す奴いるか?」部屋の中からそう声がする。三林が何事も無かったように、駒を初形に並べ始める。
誰かが名乗り出て、静寂に終わりが訪れた。
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