モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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ファイエット学園編

03.モブ令嬢と学園探険

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 これは……。うん、完璧に迷子だな! と、シルヴィは腰に手を当てて、仁王立ちで立ち止まった。
 モニクに散々、1人行動はなるべくしませんように! と言われていたのだが……。やってしまった。好奇心には勝てなかったのだ。
 入学式の翌日。新入生は今日1日、自由に過ごして良いことになっている。部屋で明日からの学園生活に備えるもの。シルヴィのように、学園内を散策するもの。様々だ。

「クラリスの心配が的中するとは」

 シルヴィが学園探検に行くと聞いて、クラリスはとても心配そうにしていた。自分も付いていくと申し出てくれたのだが、部屋で予習をするつもりだと聞いていたシルヴィは断ったのだ。邪魔するのは悪いと思ったから。
 あの時は、本気で大丈夫だと思ったのだ。ルノーに、その根拠のない自信はどこから来るのか。捨てて欲しい。そんなことを何回かシルヴィは言われているが、得てして方向音痴の人間というものは、何故かその根拠のない自信をいつも発揮する生き物なのである。

「まぁ……。大丈夫でしょう。学園内な訳だから、いつか寮に辿り着くよね」

 このように。
 ひとまずシルヴィは、辺りを見回してみる。何故か森のような所にいた。木々が生い茂るばかりで、建物がない。
 ふと視線を遣った先に、建物らしきものが見えて、シルヴィはそこに行ってみることにした。行動しなければどうにもならない、と。それが迷子の原因ではあるが。

「あら?」

 迷いなく建物に近付いていったシルヴィは、どこか見覚えのあるそれに目を瞬いた。ここで見覚えがあるということは、この建物は普通科の校舎ということになる。
 しかし、ここは校舎の裏側のようだ。昨日見た正面とは違っているのだから。
 シルヴィは校舎へと近づき、上を見上げる。ザワザワと騒がしいのは、上級生が登校しているからだろう。始業式のあとに早速、授業があるらしい。
 シルヴィは視線を上から下へと向ける。そこには、何も植えられていない。雑草だらけの花壇があった。校舎裏の忘れ去られた花壇。何とも寂しいことだ。

「誰も来ないからかな」

 シルヴィは屈んで、花壇をじっと眺める。綺麗に手入れをすれば、素敵な空間になりそうなのに。
 木々が風に揺れて音を鳴らす。日当たりも悪いと言う程ではない。ここにベンチでも置いて、ゆったりと過ごすには良いかもしれない。
 領地の花畑。フルーレスト公爵家の植物園。ルノーとのゆったりした時間が、シルヴィは気に入っているのだ。
 この花壇の手入れは、誰に許可を取ればしても良くなるだろうか。シルヴィは、花壇に植える植物とその配置を考えてみる。うん、綺麗だ。明日にでもルノーに相談してみようか。

「誰だ?」

 背後からした声に、シルヴィは驚いて肩を跳ねさせる。慌てて振り向けば、そこには見慣れない男子生徒が立っていた。
 黒い制服を着ているということは、普通科の生徒なのだろう。腕章は赤色。シルヴィと同じ学年らしい。
 黒髪に瑠璃色の瞳をした少年は、快活そうな見た目をしている。

「わりぃ! 驚かせるつもりじゃなかったんだ」

 困ったように眉尻を下げながらも笑った少年に、シルヴィは「大丈夫ですわ」と返して立ち上がった。身なりを整えて、少年を見上げる。

「オレはトリスタン。トリスタン・ルヴァンスだ。君は?」
「お初にお目にかかります。わたくし、シルヴィ・アミファンスと申します」
「アミファンス……? 伯爵家の?」
「そうです。ご存じでしたか。光栄ですわ、ルヴァンス様」
「ここは学園だろ? そう畏まらなくても大丈夫だから。トリスタンで良いよ」
「では、トリスタン様」
「うーん……。まぁ、そうなるか」

 少年は諦めたように、溜息を吐いた。
 ルヴァンスと言えば、シルヴィはルヴァンス侯爵家しか知らない。しかし、ルヴァンス侯爵家の令息に会うのは初めてであった。
 噂でしか聞いたことがないので、詳しい真実は分からないが……。
 トリスタン・ルヴァンスはルヴァンス侯爵の姉の息子なのだとか。トリスタンの両親は事故でなくなっており、叔父にあたるルヴァンス侯爵が引き取って養子にしたと。
 その当時、ルヴァンス侯爵家に子どもはいなかった。そのため、次期侯爵かと噂されていたのだが……。その直ぐあとに後継となる息子が産まれたため、トリスタンの立場は複雑なのだそう。
 長男と言うことになってはいるが、魔力なしの黒髪。弟は美しい白銀のうえ直系。肩身が狭いのか、社交の場にも全く来ないことで有名だった。
 なので、シルヴィはトリスタンを初めて見たのである。弟の方は今年で八歳だったか。まだ幼いために、こちらも見たことがない。

「こんな所で何を?」
「迷子です」
「え、」
「トリスタン様こそ、このような所で何をされておられるのですか?」
「学園内の散策をしてたんだ。それにしても、迷子って……。大丈夫なのか?」
「おそらく?」
「駄目そうだな」

 トリスタンは苦笑しながら、頬を掻く。

「君さえよければ、寮までエスコートさせてくれないか?」
「よろしいのですか?」
「勿論。学園内といっても、完全に安全とは限らないだろうから」
「そう、ですか?」
「随分と危なっかしいご令嬢だな」

 何やら、懐かしいやり取りだ。昔、誰かに言われた事があるような? 首を傾げたシルヴィに、トリスタンは不思議そうな顔をした。

「どうかした?」
「いえ、何でもありません」
「そう? じゃあ、行こうか。こんな場所、貴族のご令嬢には相応しくない」

 トリスタンの言葉に、シルヴィは目を瞬いた。相応しくない。そうだろうか。シルヴィは、この場所を気に入ったのだが。

「いい場所だと思いますわ」
「ここが?」
「はい。花壇もあって、木陰もあって、決して日当たりが悪いわけでもなく、日向ぼっこにも最適。かなり素敵かと思います」

 シルヴィにとっては、当たり前のことだった。何ら特別な事など言っていない。ベンチに座って、花を見ながらルノーとお喋り。それが出来れば、満足だ。

「花壇……。この忘れ去られたものをそう呼ぶのか?」
「手入れをすれば良い話ではありませんか」
「誰が?」
「わたくしが」
「……きみが?」

 トリスタンは呆気に取られたように、きょとんと目を丸めた。それに、シルヴィは妙な既視感を覚える。そして、嫌な予感。
 この既視感。フレデリクにも感じたことがあるものだった。まぁ、フレデリクに関しては、見たことがあった訳であるが。ということは、トリスタンも? シルヴィは懸命にゲームの記憶を探ったが、思い当たらなかった。

「シルヴィ嬢」
「え、はい」
「許可は取ったのか?」
「まだですわ。どの先生に取れば良いのか分からず」
「じゃあ、オレが取ってあげようか」
「はい? トリスタン様がですか?」

 トリスタンは怪訝そうに眉を寄せたシルヴィに、人好きのする笑みを浮かべた。
 さっきから思っていたけれどこの人、胡散臭いな。と、シルヴィはちょっと警戒する。事と次第によっては、ルノーに相談した方がいいかもしれない。いや、それはそれで危険か。首が跳んだら大問題だ。

「オレも土いじり好きなんだよ。無心になれるしさ」

 思ってもいなかった言葉に今度はシルヴィが、きょとんと目を丸めた。

「それに、見てみたくなった」
「何をですか?」
「この誰からも忘れ去られた寂しい場所が……」

 妙な所で言葉を切って、トリスタンは校舎裏の景色に目を細める。その瞳に寂しさや苦しさが滲んだ気がして、シルヴィは思わず「あの、」と声を出していた。しかし、言葉が続かない。
 トリスタンの視線がシルヴィに戻ってくる。何処か嘲笑めいた笑みをトリスタンはその顔に浮かべた。

「君の言う“素敵”な場所になる様を」

 これが、本当の彼なのだろう。シルヴィは漠然とそう感じた。トリスタンは、なる訳がないと思っている。この場合が、そんなモノになる筈がない、と。

「では、頑張りましょう」
「…………」
「必ず“素敵”な場所になります。だって、既に“素敵”ですから」

 挑発するようにシルヴィは笑みを浮かべた。ルノーのそれが移ってしまったのかもしれない。長年一緒にいると似てきてしまうとはよく言ったものだ。
 売られた喧嘩は、買える類いのものなら買おうではないか。丁重に。

「明日から早速、作業を致しましょう。必ず! 許可を取ってきて下さいませ」
「あ、あぁ、もちろん」

 ふふっと、シルヴィは楽しげに笑う。
 嫌な既視感は気になるが、ルノーとの楽しい学園生活のため。トリスタンとの負けられない戦いのため。ひとまず、この校舎裏を“素敵”にするのだと決意したのだった。


 校舎裏の真上にある開かれた窓。そこから、ルノーは下を見下ろしていた。ピリピリと空気が揺れている気がする。
 教室にいた生徒達が、ルノーから大袈裟に思えるほど距離を置いている。そして、何が見えるのかと囁きあっていた。
 ルノーの視線の先には、焦げ茶の髪に黄緑色のリボンをした少女と黒髪の少年。少女が楽しげに少年に笑い掛けたのが見えて、ルノーは目をスゥ……と物騒に細めた。

「ふぅん……」

 窓ガラスにルノーが手を添える。軽い動作に見えたが、ビシッと窓ガラスに線が走った。それに、誰だろうか。引きつった悲鳴が上がる。
 ルノーはその悲鳴は無視して、ひび割れた窓ガラスに視線を遣った。このまま粉々に割れてしまっては、困る。破片が少女に当たってはことだ。
 ルノーは溜息を吐くと、窓ガラスから手を離す。そして、少年に焦点を合わせた。
 あれは、悪い虫だろうか。それとも、少女を楽しませることだけが出来る者か。ルノーは見極める必要があるかな。と、口元に笑みを浮かべた。しかし、目が全く笑っていない。
 二人で一緒に歩き出した少女と少年をルノーは、じっと見つめた。背中が見えなくなるまで、ずっと。
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