モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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ファイエット学園編

04.モブ令嬢と校舎裏の花壇

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 まぁ、こうなる気はしていた。シルヴィは隣に立つルノーを見て、ポカーンと固まったトリスタンに苦笑いを浮かべた。
 今日の昼休み、昨日の出来事を詳しく教えてと詰め寄ってきたルノーに、シルヴィはどこから見て……校舎からか? と大いに戸惑った。しかし、秘密にするような事でもなかったため、教えたのだ。勿論、喧嘩云々の所は伏せて。
 ルノーは納得したのかしていないのは「……そう」とだけ言って、暫し何かを考えていた。そして、言ったのだ。「僕も行くよ」、と。
 ルノー曰く、二人で過ごす場所なのだから自分も何か協力する。ということらしい。トリスタンの存在はどこにいった? とシルヴィは思わなくもなかったが、触れるのはやめておいた。本能がやめておけと言ったので。

「えっと……。ごきげんよう、トリスタン様」

 ひとまず挨拶だけはしておこうと、シルヴィは辞儀をする。トリスタンは「あぁ、その……」と返事はしたものの視線はルノーから逸らせないようだった。

「と、トリスタン・ルヴァンスと申します」

 おずおずとトリスタンはルノーに自己紹介をする。ルノーはそんなトリスタンを上から下まで値踏みするように眺めた。

「シルヴィから聞いているよ。ルヴァンス侯爵家の長男だろ? 初めて見たな」
「申し訳ありません。社交界は、苦手なもので……」
「謝る必要はないよ。僕も社交界には興味がないからね」

 公爵家の長男と侯爵家の長男が社交界に出ないのはどうなのだろうか。二人共に、家の後継者ではないとしても、だ。
 シルヴィは落ち着かない心持ちで、二人の会話を見守る。二人の立場は似ているようで、似ていない。
 何故なら、ルノーは後継者という肩書きに全くもって興味がない。そのため、文字通り社交界は“苦手”ではなく“興味がない”のだ。
 シルヴィはトリスタンが侯爵家を継ぎたいと思っているのかどうかは知らないので、そこは何とも言えないのだが。
 ルノーをよく知らない者にとって、ルノーは直系であり白金色の魔力もちであったが、病のせいで後継を養子に取られた公爵家長男。
 トリスタンの噂は、ルヴァンス侯爵の甥で養子に迎えられた黒髪の魔力なしだが、直系の子どもが産まれなければ後継になれた侯爵家長男。
 この貴族社会では、なかなかにヘビーな内容を抱えた二人なのだ。当人達がどう思っているのかは分からないが、シルヴィは変に緊張してきた。

「こ、こちらは、ルノー・シャン・フルーレスト公爵令息です」
「お会いできて光栄です、フルーレスト卿」
「ふぅん……。どうだろうね。僕に態々会いたがる人がいるとは思えないけど」

 ゆったりと笑みを浮かべたルノーに、トリスタンは言葉を詰まらせる。
 それを見たシルヴィは、何でそう意地の悪いことを言うのか。と溜息を吐いた。ルノーがそういった煩わしいことから解放されて喜んでいたことをシルヴィは知っているのだから。

「そういう言い方はどうかと思うの」

 シルヴィにジト目を向けられて、ルノーはきょとんと目を瞬いた。責めるようなそれに、ルノーは「そうかな。じゃあ、やめておくよ」と軽く返す。シルヴィの前では。と後に付くのだが、ルノーはそれを音にはしなかった。

「それで? ルヴァンス卿は花壇の使用許可を取ってきたの?」
「はい、勿論です」
「本当ですか!? やった!」

 トリスタンは約束通りに花壇の使用許可を教師から取ってきてくれたらしい。シルヴィの瞳に喜色が滲んで、ルノーは良かった筈なのに、どこか気に食わないような。何とも形容しがたい感情に支配された。
 人間とは、複雑な生き物だ。ルノーはその感情を持て余しながら、シルヴィを見つめる。この感情を全てぶつけるにしては、シルヴィは余りにも頼りない。
 シルヴィの視線が不意にルノーに向けられる。ルノーと目が合って、シルヴィは不思議そうに目を瞬いた。

「ルノーくん?」
「ん?」

 首を傾げたルノーに釣られるように、シルヴィも首を傾げる。いつも通りにゆるりと目を細めたルノーに、シルヴィは「何でもないです」と首を左右に振った。

「あの、フルーレスト卿」
「なに?」
「ルヴァンスではなく、トリスタンと呼んで頂けませんか」
「……?」

 トリスタンが困ったように眉尻を下げる。理由を求めるようなルノーの瞳に、トリスタンは自嘲するような笑みを浮かべて頬を掻いた。

「いつまで経ってもルヴァンスは慣れません」
「ふぅん?」

 トリスタンはルヴァンス侯爵の姉の息子。つまり、元の苗字はルヴァンスではないのだろう。そして、出来ればあまり侯爵家の人間だとバレたくないのかもしれない。
 ルノーはトリスタンの噂を知らなかった。つい昨日までは、の話だが。ルノーにとっては必要のない情報だったからだ。しかし、シルヴィが関わりを持ってしまった。
 トリスタン・ルヴァンス。彼のことをシルヴィから聞いたとルノーは言ったが、聞く前から調べてはいた。シルヴィの口から、悪い噂話の類いが出てこないだろうことは予想していたからだ。
 ルノーが欲しかった情報は、寧ろその悪い噂話の方だ。色々と調べた結果、社交界で噂されているトリスタンの事情は、ほぼほぼ事実だと判明した。
 怪しい点があるとするならば、トリスタンの両親の死について。そこだけが、誰も詳しく知らなかったのだ。皇太子であるフレデリクでさえも。
 トリスタン自身については、可もなく不可もなく。話を聞く限りでは、普通な印象をルノーは受けた。だから、今日ここにシルヴィが来ることを許したのだ。

「構わないよ。じゃあ、トリスタン卿と呼ぼうかな」
「……感謝します」

 さも楽しいと言いたげに笑うルノーに、トリスタンはぞわぞわと寒気のようなものを感じて顔が引きつりそうになるのを耐えた。

「瑠璃色」
「え?」
「珍しい色をしてるね」

 ルノーの指摘に、トリスタンが体を強張らせる。しかしそれは一瞬で、直ぐに誤魔化すように人好きのする笑みを浮かべた。

「ははっ、そうですか? フルーレスト卿の瞳の方が珍しいですよ。深い紺い、ろ……?」

 自分の発言に驚いたような顔をして、トリスタンは戸惑いを顔に滲ませた。それに、ルノーは口元の笑みを深める。

「そう?」

 こてり。態とらしく首を傾げたルノーに、トリスタンの纏う空気が変わった。これは、きっと、恐怖。

「ルノーくん!」

 一番最初に耐えられなくなったのは、勿論シルヴィだった。しかし、特に言う言葉を決めていなかった。アワアワと意味もなく両手を宙にさ迷わせるシルヴィに、ルノーの纏う雰囲気も一瞬で変わる。

「シルヴィ」
「うん!?」

 優しい声音だった。顔に浮かぶ笑みも柔らかくなったものだから、トリスタンは付いていけずに呆気に取られて固まる。

「君の言った通り、ここは“素敵”だ」
「え!? あ、あぁ、え?」
「でも、ベンチが欲しいな」
「そう、だね?」

 急に変わった話題に、流石のシルヴィも付いていけずにハテナマークが飛び交う。
 どうやら、ルノーの中でトリスタンとの話は終わったらしい。興味の矛先がトリスタンから校舎裏のことに変わったようだ。

「僕が聞いてくるよ」
「なにを?」
「学園は私物を設置するのを許可しないだろうからね。使っていないベンチがあればそれで良いけど……。なければ、そうだな。うん。僕に任せてくれて構わないよ」
「本当に?」

 ルノーの言葉はとても心強いはずであるが、心配になるシルヴィは間違っていないだろう。どうするつもりなのかは、聞かない方が身のためだろうか。うーん……。シルヴィは思案するようにルノーを見つめる。
 ルノーの深い紺色の瞳に、優越感のようなものが滲んだ。それには気づかずにシルヴィは、尚も真剣に考え込む。

「でも、ベンチは欲しいだろ?」
「……欲しい」
「うん。僕が用意するよ。花は詳しくないからね。これくらいしか出来そうにない」

 確かに、ルノーに花壇の作業は向いていない。昔、フルーレスト公爵夫人自慢の植物園で、庭師の手伝いをしたことがあった。
 ただ、花壇に花の苗を植えるだけ。だと言うのに、ルノーは何をどうしたらそうなる? という仕上がりになっていた。シルヴィが庭師と一緒に花は救出したのだが。
 ルノーの協力したいという気持ちをシルヴィは受け取ることにした。どうか、使っていないベンチが存在しますように。そんなことを祈ってしまったのは許して欲しい。

「分かった。ありがとう、ルノーくん。お願いします」

 シルヴィの言葉に、ルノーは心底満足そうに「うん」と返したのだった。
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