モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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ファイエット学園編

26.モブ令嬢と魔物の目的

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 今すぐベッドにダイブしたい。シルヴィは疲れ果ててそんなことをぼんやりと思った。しかし、これ程の騒ぎだ。確実に無理なことだけはシルヴィにも分かった。

「ルノー! シルヴィ嬢!」

 耳慣れた声が聞こえて、シルヴィは視線をノロノロと上げる。そこには思った通り、フレデリクがいた。そして、ヒロインも。こちらに駆け寄ってきている。
 そこでシルヴィは、はたと気づいた。またしても、魔物撃退イベントをルノーが横取りしてしまったのだということに。

「こんな予定ではなかったんだけどな」

 ルノーがぽつりとそう呟く。溜息混じりのそれに、シルヴィはどういう意味かとルノーを見上げた。とんでもなく不服そうな顔をしている。

「ルノーくん、あの、ごめんなさい……」
「どうしてシルヴィが謝るの?」
「だって、巻き込まれたから」
「君は悪くないよ」

 不機嫌の原因は自分にあるのだとシルヴィは思ったのだが、そうではないらしい。じゃあ、何なのだろうか。シルヴィのあまり回っていない頭では、答えは出そうになかった。

「無事か!?」
「そう見えるのでしたら、そうなのでは?」
「よし、無事だな」

 いつも通りのルノーの様子に、フレデリクは即座にそう返した。これは無事だな、と。シルヴィに何かあれば、こんなに冷静である筈がないのだから。

「それにしても……。こんな事が実際にあるとはな」
「ははっ、本当に凄い。こんなタイミングあり?」

 フレデリクとディディエが信じられないという顔でルノーを見ている。正確に言うならば、ルノーの髪色をだ。
 ガーランドが「兄上、魔力がお戻りになられたのですね?」と顔一杯に喜色を滲ませた。

「そうだね。戻ったようだ」
「あまり嬉しそうではないな?」
「面倒が増えるだけですから」

 ルノーが不満げな声を出す。まさかあれ程まで近くに魔物が現れ、シルヴィが真っ先に巻き込まれるとは流石に予測していなかったのだ。
 ギリギリであったために、こうするしかなかった。まぁ、シルヴィが無事であることがルノーの中では最優先なので致し方ない。
 ルノーはちらっとロラに視線を遣る。実力を見てはおきたかったが……。あの場面ですぐに飛び出さない所を見るに、大したことはないのかもしれない。それか、武器を相手に向ける覚悟がないか。
 戦場で迷う者は死ぬ。少なくとも、魔界ではそうだ。

「愛だわ!」

 不意に、ロラが興奮した様子でそう口にした。「愛の力よ!」、と。
 それに、シルヴィとルノーはきょとんと目を瞬いた。ルノーは、この女も頭のおかしなことを言うようだと顔に呆れを滲ませる。
 シルヴィは、ロラの言いたいことが何となく分かった。何でも真実の愛で解決するのが、この【セイヒカ】である。勿論、知っている。
 しかし、シルヴィはこれがそうではないことも知っているのだ。これは、“愛の力”などではなく、“ルノーの力”であることを。ルノーが魔法を解除したので、魔力が戻ったに過ぎない。

「本当ですわ! 愛の力って凄いのですね」

 ジャスミーヌが感動している。そんな二人を全員が何とも言えない顔で見ていた。

「んんー……。愛の力かぁ。ロマンチックだね」
「そんな事がありえるのでしょうか?」
「まぁ、奇跡ではあるが……」
「俺はあまりそういった事は分かりません」

 攻略対象者達の台詞がそれで大丈夫なのだろうか。ゲームであれば、感動的になる場面の筈である。ゲームのシナリオにはないことだからであって欲しい。シルヴィはかなり不安になった。
 このままでは、ゲームのシナリオが崩壊してしまう。いや、それでいいのかもしれない。そうすれば、魔王が倒されることも、魔王が国を滅ぼそうとすることもなくなるのではないか。
 シルヴィはよく分からなくなって、小さく溜息を吐いた。それに目敏くルノーが気づく。

「大丈夫? シルヴィ」
「え!? うん、大丈夫だよ」

 シルヴィは誤魔化すように、へらっと笑っておいた。納得していなさそうなルノーの視線に、シルヴィは目を下に逸らす。

「きっと、大丈夫だよ」

 もう一度、自分に言い聞かせるようにシルヴィはそう呟いた。

「シルヴィ嬢……」

 情けない声に名前を呼ばれて、シルヴィは顔をそちらに向ける。そこには、トリスタンが立ち竦んでいた。
 まるで、迷子の幼子のようだ。進む道も戻る道も分からずに、立ち止まってしまったのだろうか。今にも泣き出してしまいそうであった。

「昨日の低級といい。今日の中級、高級といい。どうやって校内に侵入したのでしょうね?」

 シルヴィがトリスタンに返事をする前に、ルノーはそんな事を言い出す。疑問系であるはずなのに、どこか余裕のある声であった。

「あぁ、それは俺も不思議に思っていた。警備は万全であったはずだ」
「考えられるとすれば、誰かが手引きした。とかですかねぇ?」

 ディディエが答えを求めるように、ルノーを見遣る。それを真正面から受け止めて、ルノーはゆるりと首を傾げた。正解とも不正解とも取れるような感じに。

「ルノーせんぱ~い」
「まぁ……。ディディエの言う通り、誰かが手引きしたとしよう。人間側の狙いは分かる。じゃあ、魔物側の狙いは?」

 ルノーの問い掛けに、フレデリクとディディエが難しい顔で考え込む。暫くして、フレデリクが重々しく口を開いた。「魔王の復活、か?」などと。
 それに、場がピリッとした空気になる。ロラとジャスミーヌが目を丸めた。それはそうだろう。魔王復活の話が出てくるのは、まだ先の事なのだから。

「魔王の封印が弱まってるって噂、本当なんですか?」
「分からん。俺にさえも詳細は教えられていない」
「うーん……。もし魔王復活を魔物達が狙ってるとして。人間に協力したってことは、それに人間が必要ってことなんですかね~」
「そうである可能性は高いだろうな。まぁ、あくまでも手引きした者がいた場合は、の話だが」

 スムーズに進む会話に、シルヴィは目をパチパチと瞬かせる。かっこいい。この国の未来はとても安泰な気がした。

「恐ろしいことを考える輩もいるものです」

 ルノーが白々しくそんな事を言いながら、トリスタンに視線を遣る。それに、トリスタンがびくっと体を強張らせた。
 ルノーはどこまで知っているのかと、シルヴィは目を丸める。いや、知っていて当たり前なのかもしれない。ルノーこそが“恐ろしい”魔王その人なのだから。魔物達が情報漏洩していてもシルヴィは別に驚かない。

「我々はどう動くべきなのでしょう。兄上の考えをお聞かせ願えませんか?」
「僕の? そうだな」

 ルノーは思案するように、目を伏せる。そして、ゆうるりと好戦的な笑みを浮かべた。

「邪魔なら消せばいいよ」
「却下だ」
「殿下に言ったわけではありません」
「お前は……」
「向こうもそれ相応の覚悟があってのことでしょうから」
「それは、そうだろうな」

 フレデリクが渋い顔をする。魔王復活などという危険な行為。悪ふざけでする者はいない。もし本当に企てている者がいるのなら、ルノーの言ったことも否定は出来ないのだから。

「まぁ、いらないのならという話ですよ」
「どういう意味だ?」

 怪訝そうに眉をひそめたフレデリクに、ルノーはふっと笑みをこぼす。

「僕はいい子であれば嫌いではないので」

 その言葉に、周りがざわっとした。どういう意味なのかを聞いた筈であるのに、更にどういう意味なのかとなったらしい。

「え? なに? ガーランド分かる?」
「兄上にとって有益な人間であるなら、消さないという意味では?」
「では、有益でないのなら消すということなのか?」
「そうでしょうね。因みに兄上にとって有益というのは、シルヴィ嬢にとって有益という意味が多分に含まれておりますので」
「そうなのか!?」
「あぁー……。まぁ、それは分かる」
「でなければ、名前も覚えてくださいません。僕も最初は全然覚えてくれませんでした」
「オレもー」

 そこで、そういえば名前を呼ばれた記憶がないなとアレクシは思った。ルノーの中で、自分が有益な人間ではないのだと理解する。

「そう、か……」
「でも、たぶんなんですけど……。ルノー先輩、シルヴィ嬢の話に出てくる名前を覚えてるんだと思うんですよね~」
「確かに、それはあるかと」
「つまり! シルヴィ嬢と仲良くなれば消されないってことで!」
「そうなのか」

 流石は長年、ルノーと共に過ごしている二人だ。よく知っているなとアレクシは感心する。この二人が優秀なのもあるのだろうが。
 シルヴィは何やらディディエとガーランド、アレクシがこそこそと会話をしているのが気にはなったが、聞こえないので諦めた。
 トリスタンは大丈夫だろうかと視線を遣る。顔面蒼白で固まっていた。わぉ……。しかし、それはそうなる。ルノーに喧嘩を売ってしまったのだから。バレたら即死である。

「トリスタン様? 顔色が優れませんわ」
「え!? あ、だ、だ、大丈夫です」
「ですが」
「放っておいて下さい!!」

 トリスタンがジャスミーヌに向かって大きな声を出したものだから、全員の視線が向く。トリスタンはやってしまったという顔をしたが、「失礼します」と走り去ってしまった。

「ジャスミーヌ様!」

 ロラが急にジャスミーヌに抱き付く。ジャスミーヌに何かを言っているように見えた。

「みんな無事で良かったです! 万事解決ですよね!」

 ヒロインの笑顔でイベントは締め括られる。きっとそれも決められていること。

「君は何もしてないだろ?」

 バッサリとルノーがそれを切り捨てた。それに、静寂が落ちる。どうやら魔王様にとっては、シナリオなんて関係ないようだ。

「ルノーくん」
「……?」
「凄いね」

 シルヴィはそれしか言えなかった。
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