モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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アンブロワーズ魔法学校編

22.2のヒロインと乙女ゲーム

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 理屈は分からなかった。リルがそれを思い出したのは、五歳の誕生日のことだった。
 その日は誕生日だというのに、朝から高熱で魘されていた。母は政務で忙しく、父もその補佐で時間はあまり作れなかった。
 使用人と医者が忙しなく出入りする部屋で、リルはベッドに横たわっていた。高熱に耐えられなかったのだろう。リルは気絶するように、意識を手放した。
 そこで、前世を思い出したのだった。

「どうなってるんだ……」

 熱が大分と下がり、夕日が窓から差す頃。目を覚ましたリルは、呆然と小さな手を見つめながらそれだけ呟いた。
 気怠い体を無理に動かし、姿見の前に立つ。美しい白金の髪がさらっと揺れて、リルは目を瞬いた。
 そうだ。自分はヴィノダエム王国が第一王女、リル・イネス・ヴィノダエム。将来、この国の女王となる少女。
 そして、【聖なる光の導きのままに2】のヒロイン。幼いが、間違いはなさそうであった。確かに面影がある。

「自分の身に起こるとは……」

 リルはもはや、笑うしかなかった。これが所謂、転生というものなのだろうか。しかし何故、自分だったのか。
 リルは必死に記憶を探る。その日はいつも通りの日常であった筈だ。仕事の成績で“女のくせに”と馬鹿にしてきた同僚を黙らせ、ファンクラブの女性達に黄色い声援を送られ、二次元のキャラ達が最高で。ゲームの続きを楽しみに、意地で仕事を終わらせ定時退社した。そこから、記憶が曖昧になっていた。
 確実に自分は死んだのだろう。でなければ、こんな事にはなっていない。では、どうするべきか。

「“リル”、君は許してくれるだろうか」

 鏡に手を伸ばす。鏡の中の“リル”と手が触れ合った。確かに自分の中に“リル”を感じた。しかし、前世の記憶が色濃く居座り以前の“リル”ではなくなってしまっていた。

「約束しよう。必ず、良き女王になると。いや、“一緒に”なろうじゃないか。なぁ、“リル”」

 そうと決まれば、クヨクヨなどしていられない。しかし、今日だけ。二人のために、泣いてもいいだろう。鏡に映った“リル”は、凛と美しく涙を流していた。

 まずリルは、ゲームの記憶を懸命に思い出そうと頑張りはした。しかし、そこまで事細かに覚えているほどやり込んではいなかったし、そこまで記憶力に自信もなかった。
 これは、困ったと思った。何か手はないかと悩んで、そういえばと思い出す。もう少しでエンディングを迎えていた筈のルート。あのルートであれば、攻略対象者にあまり関わらずに済むのでは?

「よし! 私ならば、やれる!」

 リルの信条は、“やる前から怖じ気づくな”である。エンディングも見たかったことであるし、運動神経には多少の自信もある。
 病弱ではあるが、ヒロイン補正で何とかならないだろうか。物は試しだ。明日から、無理のない範囲で鍛え始めよう。行動を起こすならば、早ければ早いほどいい。
 リルはそう決め、早速バレないように注意しながらトレーニングを始めた。バレたら止められるのは目に見えていたからだ。

 それは、リルが六歳の時だった。護衛騎士にと、騎士家門である公爵家の次男がやって来たのは。

「お初にお目にかかります。マリユス・ヴァル・エシュアムと申します」

 まだまだ幼い少年は、それでもしっかりとした挨拶をしてみせる。柔和な笑みの中に緊張を滲ませたマリユスに、リルは暫し固まった。
 忘れていたわけではないが、こうして本当にシナリオ通りの事が起こると驚くというのか何と言えば良いのか。
 何も言わないリルに、マリユスが不安そうな顔をした。それにハッとしたリルは、その顔に微笑みを浮かべる。

「はじめまして。私はリル・イネス・ヴィノダエム。よろしく頼むよ、マリユス」
「は、はい! よろしくお願いいたします!」

 この少年に、傷など負わせはしない。私が守ってみせる。リルはより一層、鍛錬に熱を入れた。
 それが、悪かったのか。良かったのか。マリユスに速攻でバレてしまった。その時のマリユスのポカーンとした顔をリルは、一生忘れないだろう。
 とんでもない勢いで止められた上に、普通に諫められた。良くできた子である。しかし、リルはそれを微笑みで流したのだった。

 何でもない午後の事であった。白昼堂々その凶行は起こった。
 リルの部屋に誘拐犯達が侵入してきたのである。療養のために建てられた離れの塔であるとはいえ、ここまで大胆な侵入を許すとは。
 部屋には、リルとマリユスだけ。外の衛兵達は、どうなったのか。しかし、援軍は望めそうになかった。まさに、シナリオ通りだ。

「お下がりください!!」

 マリユスが勇猛果敢に剣を抜く。リルとマリユスは、十二歳になっていた。それでも、大人にはまだまだ足りない。
 誘拐犯達は、下卑た笑みを浮かべマリユスを見下す。勝てると思っている。病弱な王女に、幼い護衛騎士。しかし、それはゲームの中での話であった。
 先手必勝とばかりに、リルが地面を蹴り跳躍する。問答無用の飛び蹴りが、先頭にいた男の顔面にめり込んだ。

「うぐぇっ!?」
「ちょっ!? 殿下ーー!!」

 華麗に着地をしたリルは、倒れた男の腰に下がっていた鞘を手に取る。それを、剣を構えるように持った。

「すまんが、私にはまだ命を奪う覚悟がない。甘いと笑いたければ笑うがいい。しかし、誰一人として逃がすつもりはない!!」

 リルが誘拐犯との距離を詰める。振り下ろされた剣を避け、敵の腹に鞘を沈めた。男が呻き声と共に、その場に倒れる。

「神妙にお縄につけ!!」

 男達にどよめきが広がる。それは、紛うことなき恐怖であった。

「ど、どうなってる!?」
「病弱な王女じゃなかったのか!?」
「情報不足だ、不届き者共!!」
「お止めください、殿下! あぁ、もう!!」

 リルが止まらないと判断したマリユスは、止めることを諦めたらしい。リルと背中合わせになり、剣を構えた。

「背中は預けたからな、マリユス!」
「お任せを。全ては王女殿下の仰せの通りに!」

 二人は敵に向かって、地を蹴った。
 結果は、完勝。少しの傷はあったが、大怪我を負うことなく誘拐犯を全員捕縛。ただリルはその後、熱を出して倒れてしまった。
 目覚めたリルは、女王陛下。母親に、こっぴどく叱られたのだった。

 リルはアンブロワーズ魔法学校の校舎を見上げ、大きく深呼吸をした。いよいよ、乙女ゲームが始まる。
 ゲームでヒロインは美しい白金の髪をおろしていたが、リルは戦闘の邪魔になるのでポニーテールにした。本音を言えば、ばっさりと切りたいがそこは流石に我慢したのだ。
 入学式は何事もなく終わり、その後も特に何もなく。そこで、そういえばセイヒカ2は二年生になってからがスタートだったと肩透かしをくらった。
 ならば今の内に悪役令嬢、ヴィオレット・ミロ・ラオベルティと仲良くなろうとリルは即行動に移した。

「はじめまして、私は」
「気安く話し掛けないで頂戴。平民はマナーも知らないのね」

 膠も無かった。リルは名乗ることさえも叶わず。ヴィオレットはその場から去っていってしまった。

「リルさん? こんな所で何されてるんですか?」
「マリユス……」
「はい」
「振られた」
「……はい??」

 その日からリルの猛アタックが始まったが、ヴィオレットには尽く振られたのだった。
 そんな事はありつつも、リルは一年生を満喫した。そして気付いた時には、女子生徒の皆からの黄色い声が日常と化していた。リルにとっては普通の事であったのだが、マリユスに指摘されてやらかした事を理解したのだ。
 しかし、時既に遅し。どうにもならなかったので、リルは有り難く声援を受け取る事にしたのだった。

 いよいよ、二年生になった。隣国での騒ぎはリルの耳にも届いていた。無印は、ハッピーエンドを迎えたらしい。
 ただ、“魔王が魔界に逃げ帰った”という情報だけは気にはなった。そんなエンディングは存在しないからだ。
 まぁ、隣国で起こった事なので、情報に少しの齟齬があるのかもしれない。リルはそう自分を納得させた。
 新年度の始業式の日。シナリオ通りに魔物が乱入してきた。マリユスがいれば二人でも余裕で対処はできたが、そこはゲーム通りに攻略対象者と協力して解決する。
 三人の攻略対象者達に囲まれたリルをヴィオレットが険しい顔で見ていた。それに、微笑みとウィンクを贈ってみる。物の見事に無視された。アプローチの方法が良くないのだろうか。

 そこからのリルは、大変だった。攻略対象者達のお誘いを尽くお断りし、黒幕であるイヴェットことイヴォンの監視。時々起こる大きなイベントの回収などなど。
 そして、夏休みが終わった新学期。彼女、彼らはやって来た。見覚えのある女子生徒と男子生徒が二名ずつ。見覚えのない男子生徒が一名。
 隣国からの留学生と紹介され、見覚えのない男子生徒の名は、ルノー・シャン・フルーレストであると知った。
 王家との連絡は一切していないし、夏休みも寮で過ごしたために、リルには何の情報も入ってきていなかったのだ。
 その日の昼の事であった。大食堂で侍女が大勢の生徒に囲まれていた。留学生の中に侍女として来ている少女がいたらしい。
 よくよく聞くとその少女の正体は、自身の伯父であるディオルドレン大公の妻。大公夫人の姪であることが分かった。
 なるほど。これは、その姪経由で決まった外遊といった所だろうか。それだけであれば、何の問題もなかったのだ。見覚えのある男女が無印のヒロイン、悪役令嬢、攻略対象者二名でさえなければ。
 少女の元へと、フルーレスト公爵家の令息が近付いていく。角度的に少女の表情は見えなかったが、令息の瞳には確かな恋情が浮かんでいるように見えた。

「遅いから心配したよ」
「んんっ……。少し、迷ってしまって」
「そうだろうと思った」

 しかし、大公夫人の姪にはまだ婚約者はいなかった筈だ。情報が古くなっていなければの話だが……。さて、これはどうしようか。
 リルは、頭の中を整理するために大食堂を後にした。そのため、ルノーとイヴォンのピリピリした雰囲気を見ていない。

******

 リルは、朝の早い時間帯の澄んだ空気が好きだ。日課の鍛錬を終わらせ、リルは人の少ない女子寮の廊下を歩いていた。
 留学生の女子組と接触したのは、ほとんど賭けに近かった。見事、リルはその賭けに勝ったのだ。
 昨日ぶつかった少女のやけに澄んだ黄緑色の瞳を思い出す。まるで、この世に悪意などないのではと錯覚してしまいそうな。
 その少女が、魔王ルートを攻略したというのだから世の中は分からないものだ。いや、寧ろその少女であったから攻略出来たのか。
 リルは、辿り着いた部屋の扉を丁寧にノックする。名乗れば、中から入室の許可が降りた。それを聞いてから、リルは扉を開けて部屋へと入る。

「おはよう。よく眠れたかな?」
「おはようございます。毎日、快眠ですわ」
「おはよ~、私もぐっすりよ~」

 最後に、椅子に腰掛けた少女が「おはようございます」と、まだ少し眠たげな顔に笑みを浮かべる。

「私もよく眠れました」
「眠そうに見えるが」
「早起きには慣れません」
「なるほどな」

 ふわふわと笑む少女に、リルは一抹の不安を覚えた。いや、大丈夫だ。必ず守りきってみせる。そのためにも作戦会議が必要だと、リルは気合いを入れ直したのだった。
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