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砂漠の神殿編
08.魔王と想定外の助っ人
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シルヴィは怒りを持て余しているように見えた。制御出来ないそれの危険性をルノーはよく知っている。
「心配せずとも無茶なことはしませんよ。あの子はアミファンス伯爵家の娘ですので」
アミファンス伯爵家の娘だから更に心配なのだが。“無茶なこと”とは、どの程度の話なのか。ルノーは困ったように眉尻を下げた。
「しかし、早く駆けつけるに越したことはないでしょうな。今が好機なのです」
「首を刎ねるのに?」
「物騒な言い方をされる。まぁ、否定はしませんがね」
伯爵は可笑しそうに目を細めると、黒のクイーンを再び優しく盤の上に置いた。
「成功したと勘違いした瞬間に、隙は生まれるものです。そしてそれが空喜びだと知った時の絶望は、私程度にはとてもとても……。計り知れませんな」
それはそうだろうと、ルノーは呆れたように溜息を吐き出した。そちら側に立ったことなどないのだから、理解できる筈もない。
「つまり、だ。シルヴィ嬢もその好機を逃すようなことはしないと?」
「はてさて、どうでしょうな。あの子の本気が見られるかもしれませんが……。どのような盤面を描いているのかは、私にも分かりませんので」
陛下は思い悩むように、目を閉じる。「ロラ嬢とトリスタン卿が一緒ならば、いやしかし……」と許可を出すべきか否か、考えが纏まらない様子であった。
「ともかく、私に出来るのはここまで。現地で上手く立ち回れるかどうかは三人次第です」
「分かっています……」
「ふむ。まだ何か懸念がおありですかな?」
「不安などは特にありません。しかし、この作戦を確実に成功させるために、もう二人ほど連れていきたい者達がいるのですが……」
それが難しい。ルノーは机を指先でトンッ、トンッと一定のリズムで叩く。考え事をする時の癖だと知っている面々が、誰のことを言っているのかと首を捻った。
そんな中、不意にロラが「はい!」と何故か挙手する。それに、皆の視線が集まった。
「おそらくなのですが! ルノー様が言っている方に焦って勝手に連絡しちゃいました!」
「……? いつ?」
「こっそりと!」
「答えになってないんだけど」
「そう言われれば着替えの際に、一瞬姿が見えなくなりましたわね」
ロラは通信魔法具を机に出すと、えへっと効果音でも付きそうな笑顔を浮かべた。
「『必ず駆け付けるから待っていてくれ! 私に任せなさい』って、キラキラを振り撒きながら通信が切れちゃいまして~……」
ロラが胸に手を当てて連絡を取ったであろう人物の台詞だけ物真似して見せる。見覚えのありすぎるそれに、ルノー以外の外遊組が衝撃を受けた顔をした。
「待て待て待て! それは無理があるぞ!?」
「でも、たぶん来ると思いますわ~」
「無理はあるが、確実に来てくださるだろうという信頼感がありすぎる……っ!!」
フレデリクが頭を抱えた。その尋常ではない様子に、陛下も伯爵も目を瞠る。瞬間、中庭の方からドラゴンの咆哮が響き渡った。
「あっ! 来たみたいで~す!」
ロラが可愛らしくウインクする。状況とちぐはぐなそれに、一拍不自然な間が開いた。フレデリクが椅子を倒す勢いで立ち上がり扉に向かって走り出したのを皮切りに、皆もバラバラとそれに続く。
扉を開け放った先、中庭の上空で白銀のドラゴンがキョロキョロと辺りを見渡していた。その背に乗る女性がこちらへ顔を向ける。ポニーテールにされた白金色の髪が優雅に風になびいた。
「フレデリク王子!」
満面の笑みで、隣国の王女殿下が手を上げる。片手に手綱を握り余裕そうなリルの前には、ソレイユの首に必死にしがみついているイヴォンの姿も見えた。
「お姉様~!!」
ロラが嬉しそうに手を振る。それに、リルはウインクを返した。流石は双子の姉妹である。
「これはまた……。聞きしに勝る豪胆ぶりのようですな」
「ベルトラン、私は目が可笑しくなったようだ……」
「大丈夫ですよ、陛下。正常です。私にもそう見えておりますので」
伯爵の楽しそうな笑みに、陛下は唖然とした顔で固まった。
ルノーは最後に悠然と扉から出てくると、これは僥倖だと目を細める。欲しかった二人が揃っているとは。
「それにしても、本当に乗れるようになったんだ」
その感心したようなルノーの呟きに、返事をする者はいなかった。
ひとまずソレイユは魔界に帰し、リルとイヴォンだけを議場へと通すこととなった。
二人はソレイユに乗るためか、キュロットにブーツと乗馬の服装をしている。そのため、リルのキラキラが凄まじい。
イヴォンはロングだった髪を顎のラインで切り、外跳ねのボブのような髪型になっていた。前髪もスッキリと切ったようで、両目共に見えるようになっている。
「ゲームと違って、中性的ですわね」
「あぁ、イヴォンのこと? そうなの~。実は可愛いものが元々好きだったみたいで~」
「え?」
「つまり、潜入時のあれは趣味と実益を兼ねていたってこと~。今でも可愛い服は着たいらしいんだけど、リル様の動きについていけなくなるから……」
「あぁ……。そこは諦めたのですね」
「そうらしいで~す」
ジャスミーヌとロラが声を潜めてそのような会話を繰り広げる。イヴォンルートの最後のシーンでは、もっと短髪になっていたのだ。
「リル王女、その……」
「急な話でしたけれど、大丈夫なのですか?」
フレデリクが困っている気配を察知して、すかさずロラが助け船を出す。自分が連絡をしたからというのもあるが。
「問題ないさ。まぁ、母上には物凄く止められたがね!」
「ですよね~」
「何とか説得を試みようとしたんだけどね。平行線を辿ったものだから、最終的に面倒くさくなって……。『何か良い感じの手土産を持って帰ってきます!! では!!』と無理やり話を終わらせてきたよ」
いい笑顔で親指を立てたリルに、一応は突っ込んでおくことにしたらしいロラが「問題しかなかったわ~」と口にする。その横でフレデリクが額を押さえていた。
「いや、正直に言うと母上は問題ないんだ。何故なら伯父上、大公殿下はシルヴィ嬢を溺愛していてね。息子達を甘やかす訳にはいかない。かといって、姪の私を甘やかすと女王陛下に怒られる」
「シルヴィ様を甘やかしても誰も咎めない?」
「その通り。なので、伯父上が丸め込んでくれるさ。問題があるとすれば、マリユスかな」
護衛騎士なのだから一緒に来ていなければならないマリユスの姿は、確かになかった。
「正規の手続きを踏む時間がなかったので、魔界を通るという裏技で強行突破した訳なのだけれど」
「そうなると、マリユス様は連れてこれないわよね~」
「イヴォンは騎士見習いだからね。マリユスが渋って渋って……。最終的には撒いた!!」
「致し方ないわよ~!」
姉妹揃って茶目っ気たっぷりにウインクしたのを見て、思わずトリスタンは可哀想に……と友に同情してしまった。
「色々と言うべきなのだろうが……」
「突然の訪問、申し訳なく思っております。しかし、目を瞑っては頂けませんか?」
「この後、姉上に連絡しておきます」
「ベルトラン……」
「姉上なら穏便に収めて下さいますよ」
「頼むぞ、本当に」
怒涛の展開に陛下は既に疲れを顔に滲ませている。伯爵はといえば、去年の外遊の成果を感じているようで満足げだった。
不意に扉がノックされ、返事を待たず性急に開かれる。そこにいたのは、陛下の側近の男であった。
「失礼致します、陛下! アメミール子爵令嬢がご到着です。如何されますか」
「ここに通せ」
「畏まりました。そのように致します」
一礼して側近は扉を閉める。それを見送って、陛下は覚悟を決めた顔をした。それを横目で確認し、伯爵はゆったりと微笑む。
「さて、後戻りなどは存在しません。役者が揃ってしまいましたからな」
「お前は……。どの口が言っている」
「何のことやら」
どこまでも飄々とした態度の伯爵に、陛下は深々と溜息を吐き出した。
「心配せずとも無茶なことはしませんよ。あの子はアミファンス伯爵家の娘ですので」
アミファンス伯爵家の娘だから更に心配なのだが。“無茶なこと”とは、どの程度の話なのか。ルノーは困ったように眉尻を下げた。
「しかし、早く駆けつけるに越したことはないでしょうな。今が好機なのです」
「首を刎ねるのに?」
「物騒な言い方をされる。まぁ、否定はしませんがね」
伯爵は可笑しそうに目を細めると、黒のクイーンを再び優しく盤の上に置いた。
「成功したと勘違いした瞬間に、隙は生まれるものです。そしてそれが空喜びだと知った時の絶望は、私程度にはとてもとても……。計り知れませんな」
それはそうだろうと、ルノーは呆れたように溜息を吐き出した。そちら側に立ったことなどないのだから、理解できる筈もない。
「つまり、だ。シルヴィ嬢もその好機を逃すようなことはしないと?」
「はてさて、どうでしょうな。あの子の本気が見られるかもしれませんが……。どのような盤面を描いているのかは、私にも分かりませんので」
陛下は思い悩むように、目を閉じる。「ロラ嬢とトリスタン卿が一緒ならば、いやしかし……」と許可を出すべきか否か、考えが纏まらない様子であった。
「ともかく、私に出来るのはここまで。現地で上手く立ち回れるかどうかは三人次第です」
「分かっています……」
「ふむ。まだ何か懸念がおありですかな?」
「不安などは特にありません。しかし、この作戦を確実に成功させるために、もう二人ほど連れていきたい者達がいるのですが……」
それが難しい。ルノーは机を指先でトンッ、トンッと一定のリズムで叩く。考え事をする時の癖だと知っている面々が、誰のことを言っているのかと首を捻った。
そんな中、不意にロラが「はい!」と何故か挙手する。それに、皆の視線が集まった。
「おそらくなのですが! ルノー様が言っている方に焦って勝手に連絡しちゃいました!」
「……? いつ?」
「こっそりと!」
「答えになってないんだけど」
「そう言われれば着替えの際に、一瞬姿が見えなくなりましたわね」
ロラは通信魔法具を机に出すと、えへっと効果音でも付きそうな笑顔を浮かべた。
「『必ず駆け付けるから待っていてくれ! 私に任せなさい』って、キラキラを振り撒きながら通信が切れちゃいまして~……」
ロラが胸に手を当てて連絡を取ったであろう人物の台詞だけ物真似して見せる。見覚えのありすぎるそれに、ルノー以外の外遊組が衝撃を受けた顔をした。
「待て待て待て! それは無理があるぞ!?」
「でも、たぶん来ると思いますわ~」
「無理はあるが、確実に来てくださるだろうという信頼感がありすぎる……っ!!」
フレデリクが頭を抱えた。その尋常ではない様子に、陛下も伯爵も目を瞠る。瞬間、中庭の方からドラゴンの咆哮が響き渡った。
「あっ! 来たみたいで~す!」
ロラが可愛らしくウインクする。状況とちぐはぐなそれに、一拍不自然な間が開いた。フレデリクが椅子を倒す勢いで立ち上がり扉に向かって走り出したのを皮切りに、皆もバラバラとそれに続く。
扉を開け放った先、中庭の上空で白銀のドラゴンがキョロキョロと辺りを見渡していた。その背に乗る女性がこちらへ顔を向ける。ポニーテールにされた白金色の髪が優雅に風になびいた。
「フレデリク王子!」
満面の笑みで、隣国の王女殿下が手を上げる。片手に手綱を握り余裕そうなリルの前には、ソレイユの首に必死にしがみついているイヴォンの姿も見えた。
「お姉様~!!」
ロラが嬉しそうに手を振る。それに、リルはウインクを返した。流石は双子の姉妹である。
「これはまた……。聞きしに勝る豪胆ぶりのようですな」
「ベルトラン、私は目が可笑しくなったようだ……」
「大丈夫ですよ、陛下。正常です。私にもそう見えておりますので」
伯爵の楽しそうな笑みに、陛下は唖然とした顔で固まった。
ルノーは最後に悠然と扉から出てくると、これは僥倖だと目を細める。欲しかった二人が揃っているとは。
「それにしても、本当に乗れるようになったんだ」
その感心したようなルノーの呟きに、返事をする者はいなかった。
ひとまずソレイユは魔界に帰し、リルとイヴォンだけを議場へと通すこととなった。
二人はソレイユに乗るためか、キュロットにブーツと乗馬の服装をしている。そのため、リルのキラキラが凄まじい。
イヴォンはロングだった髪を顎のラインで切り、外跳ねのボブのような髪型になっていた。前髪もスッキリと切ったようで、両目共に見えるようになっている。
「ゲームと違って、中性的ですわね」
「あぁ、イヴォンのこと? そうなの~。実は可愛いものが元々好きだったみたいで~」
「え?」
「つまり、潜入時のあれは趣味と実益を兼ねていたってこと~。今でも可愛い服は着たいらしいんだけど、リル様の動きについていけなくなるから……」
「あぁ……。そこは諦めたのですね」
「そうらしいで~す」
ジャスミーヌとロラが声を潜めてそのような会話を繰り広げる。イヴォンルートの最後のシーンでは、もっと短髪になっていたのだ。
「リル王女、その……」
「急な話でしたけれど、大丈夫なのですか?」
フレデリクが困っている気配を察知して、すかさずロラが助け船を出す。自分が連絡をしたからというのもあるが。
「問題ないさ。まぁ、母上には物凄く止められたがね!」
「ですよね~」
「何とか説得を試みようとしたんだけどね。平行線を辿ったものだから、最終的に面倒くさくなって……。『何か良い感じの手土産を持って帰ってきます!! では!!』と無理やり話を終わらせてきたよ」
いい笑顔で親指を立てたリルに、一応は突っ込んでおくことにしたらしいロラが「問題しかなかったわ~」と口にする。その横でフレデリクが額を押さえていた。
「いや、正直に言うと母上は問題ないんだ。何故なら伯父上、大公殿下はシルヴィ嬢を溺愛していてね。息子達を甘やかす訳にはいかない。かといって、姪の私を甘やかすと女王陛下に怒られる」
「シルヴィ様を甘やかしても誰も咎めない?」
「その通り。なので、伯父上が丸め込んでくれるさ。問題があるとすれば、マリユスかな」
護衛騎士なのだから一緒に来ていなければならないマリユスの姿は、確かになかった。
「正規の手続きを踏む時間がなかったので、魔界を通るという裏技で強行突破した訳なのだけれど」
「そうなると、マリユス様は連れてこれないわよね~」
「イヴォンは騎士見習いだからね。マリユスが渋って渋って……。最終的には撒いた!!」
「致し方ないわよ~!」
姉妹揃って茶目っ気たっぷりにウインクしたのを見て、思わずトリスタンは可哀想に……と友に同情してしまった。
「色々と言うべきなのだろうが……」
「突然の訪問、申し訳なく思っております。しかし、目を瞑っては頂けませんか?」
「この後、姉上に連絡しておきます」
「ベルトラン……」
「姉上なら穏便に収めて下さいますよ」
「頼むぞ、本当に」
怒涛の展開に陛下は既に疲れを顔に滲ませている。伯爵はといえば、去年の外遊の成果を感じているようで満足げだった。
不意に扉がノックされ、返事を待たず性急に開かれる。そこにいたのは、陛下の側近の男であった。
「失礼致します、陛下! アメミール子爵令嬢がご到着です。如何されますか」
「ここに通せ」
「畏まりました。そのように致します」
一礼して側近は扉を閉める。それを見送って、陛下は覚悟を決めた顔をした。それを横目で確認し、伯爵はゆったりと微笑む。
「さて、後戻りなどは存在しません。役者が揃ってしまいましたからな」
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