モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

文字の大きさ
141 / 170
砂漠の神殿編

15.モブ令嬢と時の止まった街

しおりを挟む
 既に笑顔が保てなくなりそう。見知らぬ場所で一夜を過ごした今朝。
 シルヴィは、朝食の席で何とか微笑を浮かべながら精霊王の話に相槌を打っていた。話題は昨日の晩食の時からずっと、ナルジスのことばかり。
 ナルジスは、これそれが好きだった。だから、用意した。
 ナルジスが、あれそれをした。懐かしいな。
 ナルジスに、どれそれを貰った。覚えているだろうか。

「そのようなことがありましたでしょうか」

 シルヴィは至極楽しげな声を出したが、心の中では鬼の形相を浮かべていた。誰よ、その女ぁ……っ!! と。
 精霊王は、完全にシルヴィをナルジスとして接していた。本人は楽しいのだろうが、シルヴィからしてみれば面白くはない。知らない女性の話を永遠に聞かされているだけなのだから。
 しかも、常にシルヴィのやる事なす事をナルジスと比較するのだ。どこか否定的な目で見てくる精霊王に、シルヴィの苛々は募っていくばかりだった。

「そうだ。お前は、散策が好きだったな。朝食後は外を歩こう」
「まぁ、よろしいのですか? 嬉しいです」
「そうだろうとも。日傘を用意させよう」

 外の様子が知りたかったシルヴィは、この件に関しては心の底から喜んだ。実際に、シルヴィが散策を好きなのもある。
 完全に一致している訳ではないが、精霊王の話に出てくるナルジスとの共通点は所々あった。とはいえ、同一人物というには少ない。

「特に、私と歩くのが好きだったな。よく頬を赤らめていた」
「ははっ……」

 思わず乾いた笑いが出てしまった。シルヴィは、よくないと咳払いで誤魔化す。
 ナルジスとの惚気話というだけなら幾らでも聞くのだが、精霊王の言葉の端々に見え隠れする圧が嫌なのだ。“だから、お前も同じだろう”、という。
 そこでふとシルヴィは、ロラの恋バナという名のヤバい男体験談を思い出した。ひたすら元カノと比べてくる彼氏がいたらしい。最後は、そんなに元カノが良いならその子と復縁したら~? と吐き捨てて別れてやったと言っていた。
 なるほど。こんな気持ちになるんだなと、シルヴィはやっとロラに共感できたのだった。これは別れる。
 シルヴィはこの地獄のような朝食を早く終わらせようと、はしたなくならない程度に素早く食べ進めた。
 何故地獄なのかというと、精霊王は何も食べないからだ。ずっと話している。もう聞いていられなかった。
 ルノーとの食事はあんなにも楽しいのに。そんな不満がシルヴィの胸中に渦巻いたのだった。

 何とか朝食を完食し、シルヴィは待ちきれないと精霊王を急かしてエントランスまで辿り着いていた。精霊王は特に気分を害した様子もなく、寧ろ嬉しそうに瞳を細めている。
 それをシルヴィは微笑みで流しつつ、エントランスまでの道のりを頭の中で繰り返した。いざという時、迷子になるのは避けたい。
 次いでシルヴィは、真白な石造りのエントランスにさっと視線を巡らせた。相変わらず派手な調度品は置かれていない。そのため、扉の辺りに身を隠す場所はなさそうだ。
 ザフラが扉の前で日傘を持って立っているのを視界に捉えて、シルヴィははてと首を捻る。この建物の中で、シルヴィは精霊王とザフラしかまだ見てはいなかった。
 しかし、ことあるごとに精霊王は口にしている。“用意させた”だの“用意させよう”だのと。つまり、使用人のような者が沢山いるのだとシルヴィは勝手に思っていたのだが……。
 もしかしなくとも、全てザフラが一人でこなしているのだろうか。いや、そもそもとしてシルヴィはここに誘拐されてきたのだ。大人数が加担している可能性の方が少ないか。

「精霊王様、こちらを」
「あぁ、ご苦労。さぁ、行こうかナルジス」
「はい。楽しみですわ」

 ザフラはシルヴィをちらと見て、直ぐに精霊王へと視線を戻す。扉を開けると、恭しく頭を垂れた。

「いってらっしゃいませ」
「えぇ、いってくるわね」

 精霊王はシルヴィとは違いザフラに声を掛けることなく、日傘を開くと魔法で浮かせる。そのまま精霊王が腕を差し出してきたので、シルヴィはマナー通りに腕を組んだ。
 扉を潜った瞬間、肌を撫でた熱風にシルヴィは目を瞬く。そこで初めてシルヴィは、建物内は精霊王によって心地好く保たれていたという事実に気付いた。
 この時分のラザハルは、ジルマフェルス王国よりも気温が数段に高い。そういえば、ショールは日除けだとザフラが説明してくれていた。
 まだ朝方だからか、陽光はそれほど照り付けてはいない。又、湿度がないため日陰は涼しさを感じた。これならば、苦にはならないだろう。

「さて、どこを見て回ろうか」
「わたくしは、当てなく歩くのが好きですわ」
「……そうか。まぁ、この辺りには名の知れたものもないからな」

 妙な間は気になったが、特にシルヴィは言及しなかった。それよりもと、こっそり振り返り先程までいた建物を確認する。
 そこには、立派な神殿が聳え立っていた。荘厳さに、シルヴィは息を呑む。

「ナルジス?」
「え? あぁ、いえ、何でもありませんわ」
「そうか?」
「はい」

 シルヴィは慌てて視線を前へと戻した。あのような目立つ建物を拠点にしていたとは、流石に想像していなかった。
 しかし、そうなると先程の疑問が再び湧き上がる。その答えは、割合すぐに分かることとなった。
 神殿は最後に建てられたのか、広大な砂漠を背にしている。どうやらここは、オアシスを中心にして栄えた小さな街であったらしい。
 ならば、やはり逃げるのは得策ではないだろう。砂漠を往く知識は流石に持ち合わせていない。シルヴィは街人を探して、精霊王と共に住宅街へと足を踏み入れた。

 暫く歩いていて分かったことは二つ。
 一つは、精霊王がエスコートに不馴れなのかド下手くそであるということ。歩くペースが速い。腕が引っ張られて、シルヴィは何度も精霊王の足を踏みそうになった。必死に踏ん張って耐えたが。
 ナルジスは何も言わなかったのだろうか。それとも、ナルジスも歩く速度が速かったというのか。
 ルノーであれば、もっと気を遣ってゆったりと歩いてくれるというのに。そんな不満がシルヴィの胸中に募っていく。

「……? ナルジス、どうかしたか?」
「いいえ、何でもございませんわ」

 精霊王が不思議そうに首を傾げるのを見て、シルヴィは吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。私なら出来ると、シルヴィは代わりに楽しそうな笑みを浮かべる。
 それに、精霊王は満足したようだ。無表情がデフォルトなので、表情の変化が分かりやすい。まぁ、ルノー程は表情が豊かな訳ではないが。そこまで考えて、いやとシルヴィは思い直す。
 ルノーであれば、無表情でも何となく考えていることが分かる。もちろん分からないこともあるが、そのうち分かるようになる気がしている。それだけ、同じ時を過ごしてきたのだ。
 あぁ、駄目だ。また、だ。シルヴィは気付けばルノーと精霊王を比べてしまっている自分に、渋い顔をする。これでは、精霊王のことを非難できない気がした。
 しかし今は、このモヤモヤとする感情と向き合っている場合ではない。考えるのは後にして、目の前のことに集中することにした。
 分かったことのもう一つは、街が閑散としているということ。街に人が誰もいないのならば、あの神殿を拠点にしても何ら問題ないだろう。
 しかし、おかしいのだ。まるでつい今しがたまで、そこに、確かに、人がいた気配がそこかしこに残っているのを感じた。
 どうしてなのだろうかと、シルヴィは気持ち悪さに眉を顰める。そしてはたと気付いた。民家の前に置かれた丸机の上、珈琲だろうか。カップから立ち上る暖かな湯気に。

「……っ!?」

 誰もいない。この街には、誰もいないのだ。では、あの珈琲は誰が淹れたのだろうか。その異様な風景に、シルヴィは得体の知れない恐怖を感じてぶるりと震えた。

「何も変わらないだろう?」
「そう、なのですか?」
「……あぁ、お前はこの景色を愛していた。だから、残したのだ」

 まるで、数秒前に街人が全て転移でもしたかのようだと思っていたが……。違ったらしい。精霊王の言い方からして、街の時が止まっているのだとシルヴィは当たりを付ける。

――何百年とお前を求め続けたのだから。

 ふと、そんな言葉が脳裏を掠めた。
 シルヴィはゆっくりと街を見渡す。建物の造りが少々古めかしい気はしていた。しかし、まさか、本当に?
 シルヴィは、ゾワッとしたものが足を登ってくる感覚に唾を呑んだ。一体どれだけの年月、この街はこの姿を保ち続けているのだろうか、と。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...