モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い

雨花 まる

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砂漠の神殿編

36.モブ令嬢と精霊王の祝福

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 ジャアファルがこの場にいれば、手を叩いて大喜びしたことだろうな。ムザッファルは、このような大騒ぎは幼少期にジャアファルと遊んで以来だと苦笑した。

「ルノー卿よ、状況説明を求めてもよいか?」
「構いませんよ。見ての通り、重傷者死傷者共になし。シルヴィの奪還にも成功。ただ、シルヴィは無茶をして高熱が出ています」
「ということは、ルノー卿の腕の中にいるのが?」
「えぇ、誘拐されていた伯爵令嬢のシルヴィ・アミファンスです」
「そうか。医者がもう時期にくる」
「感謝いたします」

 聞かねばならないことは多くあるが、詳しく聞いている場合でもなさそうだ。ムザッファルは、早急に知りたいことだけを頭の中で選別する。

「精霊王はどうなった?」
「そうですね。もう騒ぎを起こすことがないのだけは確かです。あぁそれと、貴方に『世話になった』そう伝えてくれと、一方的に言われました」
「そう、か……」
「これは想像の域を出ませんが、おそらく精霊王は元々そう長くはなかったのではと」
「なに!?」
「まぁ、初代聖天女の『死なないで』という命を守り、生にしがみついていたようですからね。ただ放置していても、簡単には消えてくれなかったとは思いますが」

 ルノーの口から語られた真実に、ムザッファルは息を飲む。それを横目で見て、ルノーはその表情に微かな憐憫を滲ませた。

「詳しくは、シルヴィが回復してからお聞きになられた方が確実かと。僕からご説明できるのは、精霊王は初代聖天女を見つけ、呪いから解放されたということ。そして、禁忌の術を使った者に、幸福な死など訪れないということです」
「禁忌……。そうか、ジュッラナールから聞いたのか」

 ムザッファルは、深く息を吐き出す。肩の荷がやっと下りたといった風に。

「よくやってくれた。感謝しよう」
「そういう約束でしたので。首は持ち帰れませんでしたが」
「ふむ。精霊は亡くなると通常は精霊界へと帰る。おそらく、首は持ち帰えれんかっただろうよ」
「へぇ、それは知りませんでした」
「身近に精霊召喚師がいないと流石にな」

 口頭だけの説明ではあったが、ムザッファルはルノーの言葉を信じてくれたようだ。証拠がない上に、精霊王の転移魔法でここに戻ってきたのだ。約束と違うと言われても反論できる材料がなかったため、正直助かった。

「迎えのため控えていた者には、遣いを出そう。あとは……」

 ムザッファルの視線が放心したように動かないザフラへと向く。それに釣られて、皆の視線もそちらへと動いた。

「あの者は、誰なのだろうか」
「知りません」
「あいじん……」
「いや、精霊王は世話係だと言っていましたけど……」

 随分とあやふやだ。ムザッファルは少女の前まで移動すると、目線を合わせて屈んだ。

「そなたの名は?」

 しかし、ザフラはムザッファルの問いには答えずに顔を背ける。黙りを決め込んだザフラに、「これは困ったな」と、ムザッファルは溜息混じりに溢した。


******


 何だろう騒がしい。言い争うような声に、深く沈んでいた意識が引き上げられる。シルヴィは、ゆっくりと瞼を開けた。

《あぁ、ほら。そなたが騒ぐから起きてしまったわよん》
《精霊が、魔王妃様を見下ろすな!!》
《おはよう。よく眠れたかしらん?》

 美しい薄紫色の鳥の顔が目の前にあって、シルヴィは目を点にする。疑問符を大量に飛ばしながらも「おはようございます」と返しておいた。

《おはようございます、魔王妃様。お加減は如何ですか?》

 聞き慣れた声がして、シルヴィは視線を横へとずらす。メェナがベッドの縁に前足を置いて、心配そうにこちらを見ていた。

「メェナ……?」
《お役に立てず、申し訳ありませんでした》

 しょんぼりとした表情になってしまったメェナを慰めるために、ひとまずシルヴィはメェナの頭を撫でる。
 メェナがいるということは、ルノーが助けに来たのは夢ではなさそうだ。しかし、何故ベッドの上にいるのだろう。そこまで考えて、最後の最後で倒れたことをシルヴィは思い出した。

「やってしまった」

 シルヴィはゆっくりと上半身を起き上がらせると、辺りを見回す。旧神殿ではなさそうだが、まだラザハルにはいるらしい。

「メェナ、ここが何処だか分かる?」
《はい! 宮殿の客室でございます》
「宮殿……。そうか、流石に国王陛下に事情は説明してるよね」

 シルヴィが悪い訳ではないが、色々とご迷惑をお掛けしてしまったと、どうしても思ってしまう。まぁ、こうして宮殿に留まらせて下さっているのを見るに、関係は良好のままのようだが。

「それで、貴女は……」

 シルヴィは視線をメェナからベッドボードの上にとまっている鳥へと向ける。おそらく、シルヴィが召喚した精霊だとは思うのだ。
 しかし、何というのか。こんなに、睫毛バシバシだった? と首を傾げてしまうというのか。記憶と違って見えるというのか。

《妾は、水の高位精霊よん。名前はまだないから、貴女がつけてね》
「……? 低位精霊ではなく?」
《あらん? どうしてそう思うの?》
「初めて召喚したので……」
《それは、確かに凄いわね。最初から高位精霊を召喚できる子は少ないから、誇って良くってよん》

 シルヴィはあまりピンとこなくて、「はぁ……」と気のない返事になってしまった。そもそもとして、シルヴィは別に精霊召喚師になりたい訳ではないので誇れと言われても困るのだ。

「えっと、どうやってお帰り願えばいいですかね」

 歓迎された事はあっても帰れと言われた事などなかった精霊は、目を真ん丸にして固まる。動かなくなってしまった精霊に、シルヴィは「あの……?」と戸惑った声を出した。

《精霊など不要! 帰れ帰れ!》
《わ、妾は帰れないの。貴女に遣えるようにとの精霊王様からの命よん》
「ファリード様からのですか?」
《そうなのよん。本来であれば、精霊は主の生命エネルギーを対価に貰うの》
「あぁ、ナルジス様が言ってましたね。問題にならない程度の少量だって」
《えぇ、そういう約束だもの。貴女が倒れてしまったのは、慣れていないからね。他にも理由はありそうだけれど》
「うっ! まぁ、無茶した自覚はあります」

 心配性な魔王様のことだ。これは絶対に叱られるなと、シルヴィは肩を落とした。しかし、自業自得なので致し方なし。

《それで、本題はここからよん。妾は今、精霊王様とナルジス様の全ての生命エネルギーを頂きここにいるの。そして、精霊王様から貴女との永年契約を命じられた》
「……はい??」
《それに……。うふふっ、気付いてないのね。貴女、精霊王様から祝福を授かったのよん》
「祝福とは?」
《まず、妾と会話が出来ているのがそれ。最たるは、全ての精霊を従わせる権利ね。それを貴女は手に入れたということよん》
「返品は?」
《不可よん》

 とんでもない事してくれたなと、シルヴィは思わず頭を抱えた。そう言うことは、まず本人の許可を取るべきだろう。いや、そう言えばルノーの腕輪の魔法も無許可だったな。
 いつの間にやら定位置で何事もなかったかのように輝く腕輪を目の前まで持ってくる。じわじわと嬉しさが込み上げて、頬が緩んでしまった。ルノーからのこれは、安心感をくれるのだから我ながら何とも……。

「でも、そっかぁ。返品不可なら仕方ないね」
《魔王妃様!?》
「メェナと仲良くしてね」
《メェナとは、その低級魔物のことかしらん》
「そうだよ。えっと、そうか。名前考えないと……」
《よろしくね、メェナ》
《ぐぅ……。魔王妃様がそうおっしゃるのならば……。よろ、しく、します……》

 渋々そうなメェナに苦笑しつつ、貰えるものは貰っておいて損はないだろうとシルヴィは結論付けた。
 随分と久方ぶりな気がする腕輪の存在を確かめるように指先で撫でながら、シルヴィは今回の盤面を整理していく。
 去年のよりかは、まだ見られるものになった気はする。しかし、意地を張らずに初期の段階から精霊王の求めているナルジス像を演じた方が時間に余裕が出来たとも思う。
 そうすれば、もっと早く隠し部屋の探索に動けたし、最終的に徹夜などという無茶を選択しなくて済んだのだ。そうすれば、倒れることはなかったかもしれない。
 振り返りと改善は大切だと伯母も言っていた。そして、手札は多いに越したことはないとも。今回の事で思いの外、自分に演技力がある事は把握した。

「次があるならもっと上手くやってみせるわ」

 損なく楽しく生きてこそ、アミファンス。怒りも飼い慣らさなければ。少女の中で芽吹いた“愛”は、蕾をつけ綻ぶ瞬間を待つばかり。
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