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砂漠の神殿編
35.モブ令嬢と禁忌の術
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魔導師ではなく魔女。聞き慣れないそれに、シルヴィとロラは首を傾げる。唯一リルだけが、険しい顔をした。
「それは、禁忌の術を扱うという?」
「その通りだ。私は運良く流れ者の魔女から禁忌の術を教えて貰えた。もしかすると、それが島の掟か何かに抵触した可能性はある」
「なるほどな……」
禁忌の術など初めて聞いたと、シルヴィはロラを一瞥する。しかし、ロラも驚いた顔をしている所を見るに、ゲームでは一切でてこない設定なのだろうと当たりをつけた。
禁忌というからには、表に出せない代物であることは確かだ。そこでふと、前世の自分をこの世界に引きずり込んだ力がそうなのではないかという考えが浮かぶ。
では、ロラやリル、ジャスミーヌやナルジスは? ゾワリとした得体の知れない恐怖がシルヴィの全身を支配した。これは答えを探しても大丈夫なことなのだろうか、と。
「シルヴィちゃん?」
「え、あ、はい」
「何だか顔色が悪い気が……」
ナルジスにそう指摘されて、そういえば一睡もしていなかったことをシルヴィは思い出した。途端に、急激な睡魔が押し寄せる。クラっと世界が歪んだ。
徹夜した状態で全力疾走などするものではないなと、何処か冷静な部分がそう言ってくる。今更そんなことを言われても手遅れだ。
「シルヴィ!?」
ルノーの焦った声を聞きながら、重力に従って倒れていく。
“やっと、魔王ルートが開いた”
そう言ったのは、誰であっただろうか。
******
無理が祟ったのね。ナルジスはルノーの腕の中で目を回すシルヴィに、眉尻を下げた。
突然誘拐されて、気を張りながらの旧神殿での毎日。そこへ持ってきて、徹夜での精霊召喚からの全力疾走だ。倒れない方がおかしい。
「シルヴィ!? シルヴィ!!」
「ルノー卿、少し失礼するよ。ふむ。凄い熱だ。これは不味いな」
「大変!! 気が抜けちゃったのね~」
一気に場が騒がしくなる。ルノーは直ぐにここを離れたい気持ちと、この状態で砂漠を渡るのは無理があるという判断とで揺れる。
「シルヴィちゃんね。とっても頑張ったの」
「え?」
「精霊召喚って、凄くややこしくて難しいのね。それを一夜漬けでやり遂げたんだもん」
「一夜漬け!? と言うことは、一睡もしていないのか!?」
「それは、普通に倒れるわよ~!!」
「一応、表に飛び出す前に水分だけは取らせたんだけど……」
「しかも、飲まず食わずだと!?」
「シルヴィ様、無茶し過ぎじゃない!?」
最悪だ。ルノーは気が遠くなりそうになったが、そんな場合ではないと己を奮い立たせる。
ふとナルジスが、何かに気付いたように顔を神殿の方へと向けた。そして、表情を明るくさせる。
「ザフラ!」
ここにきて初めて出た名に、精霊王以外の面々が怪訝そうな顔をした。ナルジスの視線を追って、皆もそちらへと顔を向ける。
そこには、シルヴィと同じ年頃の少女がいた。旧神殿の正面扉の影に隠れるようにして、こちらの様子を窺っていたようだ。
自分の存在がバレた事に、少女は怯えたような仕草を見せる。次いでどうすれば良いのか分からないといった風に、オロオロとし出した。
「ちょうど良いところに来たわ! 何か冷やすものを持ってきてくれない?」
「え? あの、その……?」
「あれなに?」
「どー見ても人間でしょーよ」
「そうじゃないと思う。たぶん、あれは誰だって意味」
「精霊王の愛人とか?」
「なっ!? あれは、単なる世話係だ!!」
イヴォンの愛人発言に、精霊王が過敏に反応を返す。イヴォンもトリスタンも驚いて肩を跳ねさせた。
「メッ! 落ち着いて、ファリード。分かってるから!」
ナルジスの言うことを素直に聞いて、精霊王が大人しくなる。それを見て、あの鳥の言うことは聞いておいた方がいいと、ザフラは判断したようだ。踵を返して、神殿の中へと駆けていく。
愛人でも世話係でも何でもいいが、ひとまず敵ではなさそうだ。警戒を解いたルノーが、ザフラから視線をシルヴィへ戻す。
やはり、最善手は宮殿への転移だろうか。しかし、複数人で発動させる転移陣とは違い個人でやる転移は安定性に欠ける。
座標が無茶苦茶になるなどという失敗はしないが、問題は転移酔いだ。全員で転移してルノーと気絶しているシルヴィ以外の者が皆、気分が優れなくなるのは不味いだろう。他国の宮殿で。
「あの、冷水とタオルをお持ちしました」
「ありがとう。助かるよ」
ザフラが木桶を抱えて戻ってくる。迷わず冷水に手を突っ込もうとしたリルを必死に止めて、イヴォンがタオルの水をよく絞ってからシルヴィの額に乗せた。
「ロラ嬢の治癒魔法では、治せないのか?」
「怪我と違って、病気って難しいの。ちゃんとした医療の知識が必要なのよ~。まぁ、怪我も程度と箇所によっては難易度変わるけど~」
「なるほど……。何が原因の発熱かが分からないと対処できないってことか」
「そうで~す」
ロラとトリスタンの会話を聞いて、ルノーは決断を下した。ルノーとシルヴィだけ先に宮殿へ転移で戻ろうと。
狼煙を合図に、迎えがくる手筈となっているのだ。リルを残していけば、何とかはなるだろう。精霊王にはもはや戦意の欠片もないのだから。
「ねぇ――」
「ザフラ、お前も此奴等と共に行け」
纏まった案を皆に説明しようとしたルノーを遮って、精霊王がザフラにそう言った。ザフラは意味が上手く呑み込めなかったのか、目を見開いて固まる。
「精霊王さ、ま……?」
「そうね。それしかないものね。お願いします、皆さん」
「え、なに、どういう」
「ちょっと」
「急いだ方がいい。ならば、転移するしかなかろう」
「それは、分かってるよ。けれど」
「さらばだ。世話になったと、この国の王に伝えてくれ」
「待てっ!」
「その少女に多くの祝福があらんことを」
ルノーの制止など聞く耳を持たないで精霊王は言いたいことだけを言うと、転移魔法を勝手に発動させた。最後まで彼は精霊だった。
瞬きの間にルノー達は宮殿、しかも王の執務室の中に転移していた。目が瞠ったムザッファルと目が合って、リルはひとまず堂々とするを選択した。
「ただいま戻りました!!」
「清々しいくらいに堂々とし過ぎている……」
何故かリルとトリスタン以外の誰も何も言わないのに、二人は違和感を覚えてムザッファルから視線を外す。ロラとイヴォンが口を押さえて踞っているのを見つけて、ぎょっとした顔をした。
「おい、どうした!?」
「大丈夫か、二人とも!?」
「うっ、やばっ……」
「ゲロ吐く!!」
「王の執務室でそれは不味いぞ!!」
「耐えてくれ!!」
騒ぎを聞きつけ、護衛が執務室に飛び込んでくる。ムザッファルは護衛を制すると、医者を呼ぶように指示を出した。
「た、たえ、たえられな、い、かも」
「めが、めがまわる。うぅえっ」
「ロラ! イヴォン! しっかり!」
「これは、どういう状況だ!?」
「ルノー卿、分かります!?」
皆の視線が何故か俯き黙り込むルノーへと向く。それに、ルノーがゆらりと顔を上げた。
「こうなるだろうから、僕は待てと言ったんだ」
ルノーの瞳は、凄まじい怒気に染まっていた。どうやら、怒りの余り言葉を発するのも無理だったらしい。
「ひぇっ!」
「ふぅー……。転移酔いだよ。君の船酔いと同じようなものだ」
「では、一度吐けば?」
「楽にはなるかもしれないね。僕はなったことがないから、詳しくは分からない」
「桶がいるな。ちょうど、あるぞ!」
「一つしかない~」
嘆くロラを見て、イヴォンはその場に横になった。そして、必死に息をする。
「ボクが! ボクが耐えてみせます!」
「イケメン~! でも待って私ヒロインなのに~! 人前でキラキラはいや~!」
「ならば飲み込むしかない!」
「それな~!」
一応はロラに桶を渡して、リルはロラの背を撫でてやる。ロラはえぐえぐと泣きながらも、ヒロインの根性で耐えていた。
トリスタンもイヴォンの背を撫でてやりながら、「頑張れ」と声を掛けてあげる。イヴォンはこれでもかと険しい顔をしながら耐えていた。
「やはり、首を刎ねるんだったな」
人の話は最後まで聞けとあの男は習わなかったのだろうか。ルノーは、心底忌々しそうに溜息を吐いたのだった。
「それは、禁忌の術を扱うという?」
「その通りだ。私は運良く流れ者の魔女から禁忌の術を教えて貰えた。もしかすると、それが島の掟か何かに抵触した可能性はある」
「なるほどな……」
禁忌の術など初めて聞いたと、シルヴィはロラを一瞥する。しかし、ロラも驚いた顔をしている所を見るに、ゲームでは一切でてこない設定なのだろうと当たりをつけた。
禁忌というからには、表に出せない代物であることは確かだ。そこでふと、前世の自分をこの世界に引きずり込んだ力がそうなのではないかという考えが浮かぶ。
では、ロラやリル、ジャスミーヌやナルジスは? ゾワリとした得体の知れない恐怖がシルヴィの全身を支配した。これは答えを探しても大丈夫なことなのだろうか、と。
「シルヴィちゃん?」
「え、あ、はい」
「何だか顔色が悪い気が……」
ナルジスにそう指摘されて、そういえば一睡もしていなかったことをシルヴィは思い出した。途端に、急激な睡魔が押し寄せる。クラっと世界が歪んだ。
徹夜した状態で全力疾走などするものではないなと、何処か冷静な部分がそう言ってくる。今更そんなことを言われても手遅れだ。
「シルヴィ!?」
ルノーの焦った声を聞きながら、重力に従って倒れていく。
“やっと、魔王ルートが開いた”
そう言ったのは、誰であっただろうか。
******
無理が祟ったのね。ナルジスはルノーの腕の中で目を回すシルヴィに、眉尻を下げた。
突然誘拐されて、気を張りながらの旧神殿での毎日。そこへ持ってきて、徹夜での精霊召喚からの全力疾走だ。倒れない方がおかしい。
「シルヴィ!? シルヴィ!!」
「ルノー卿、少し失礼するよ。ふむ。凄い熱だ。これは不味いな」
「大変!! 気が抜けちゃったのね~」
一気に場が騒がしくなる。ルノーは直ぐにここを離れたい気持ちと、この状態で砂漠を渡るのは無理があるという判断とで揺れる。
「シルヴィちゃんね。とっても頑張ったの」
「え?」
「精霊召喚って、凄くややこしくて難しいのね。それを一夜漬けでやり遂げたんだもん」
「一夜漬け!? と言うことは、一睡もしていないのか!?」
「それは、普通に倒れるわよ~!!」
「一応、表に飛び出す前に水分だけは取らせたんだけど……」
「しかも、飲まず食わずだと!?」
「シルヴィ様、無茶し過ぎじゃない!?」
最悪だ。ルノーは気が遠くなりそうになったが、そんな場合ではないと己を奮い立たせる。
ふとナルジスが、何かに気付いたように顔を神殿の方へと向けた。そして、表情を明るくさせる。
「ザフラ!」
ここにきて初めて出た名に、精霊王以外の面々が怪訝そうな顔をした。ナルジスの視線を追って、皆もそちらへと顔を向ける。
そこには、シルヴィと同じ年頃の少女がいた。旧神殿の正面扉の影に隠れるようにして、こちらの様子を窺っていたようだ。
自分の存在がバレた事に、少女は怯えたような仕草を見せる。次いでどうすれば良いのか分からないといった風に、オロオロとし出した。
「ちょうど良いところに来たわ! 何か冷やすものを持ってきてくれない?」
「え? あの、その……?」
「あれなに?」
「どー見ても人間でしょーよ」
「そうじゃないと思う。たぶん、あれは誰だって意味」
「精霊王の愛人とか?」
「なっ!? あれは、単なる世話係だ!!」
イヴォンの愛人発言に、精霊王が過敏に反応を返す。イヴォンもトリスタンも驚いて肩を跳ねさせた。
「メッ! 落ち着いて、ファリード。分かってるから!」
ナルジスの言うことを素直に聞いて、精霊王が大人しくなる。それを見て、あの鳥の言うことは聞いておいた方がいいと、ザフラは判断したようだ。踵を返して、神殿の中へと駆けていく。
愛人でも世話係でも何でもいいが、ひとまず敵ではなさそうだ。警戒を解いたルノーが、ザフラから視線をシルヴィへ戻す。
やはり、最善手は宮殿への転移だろうか。しかし、複数人で発動させる転移陣とは違い個人でやる転移は安定性に欠ける。
座標が無茶苦茶になるなどという失敗はしないが、問題は転移酔いだ。全員で転移してルノーと気絶しているシルヴィ以外の者が皆、気分が優れなくなるのは不味いだろう。他国の宮殿で。
「あの、冷水とタオルをお持ちしました」
「ありがとう。助かるよ」
ザフラが木桶を抱えて戻ってくる。迷わず冷水に手を突っ込もうとしたリルを必死に止めて、イヴォンがタオルの水をよく絞ってからシルヴィの額に乗せた。
「ロラ嬢の治癒魔法では、治せないのか?」
「怪我と違って、病気って難しいの。ちゃんとした医療の知識が必要なのよ~。まぁ、怪我も程度と箇所によっては難易度変わるけど~」
「なるほど……。何が原因の発熱かが分からないと対処できないってことか」
「そうで~す」
ロラとトリスタンの会話を聞いて、ルノーは決断を下した。ルノーとシルヴィだけ先に宮殿へ転移で戻ろうと。
狼煙を合図に、迎えがくる手筈となっているのだ。リルを残していけば、何とかはなるだろう。精霊王にはもはや戦意の欠片もないのだから。
「ねぇ――」
「ザフラ、お前も此奴等と共に行け」
纏まった案を皆に説明しようとしたルノーを遮って、精霊王がザフラにそう言った。ザフラは意味が上手く呑み込めなかったのか、目を見開いて固まる。
「精霊王さ、ま……?」
「そうね。それしかないものね。お願いします、皆さん」
「え、なに、どういう」
「ちょっと」
「急いだ方がいい。ならば、転移するしかなかろう」
「それは、分かってるよ。けれど」
「さらばだ。世話になったと、この国の王に伝えてくれ」
「待てっ!」
「その少女に多くの祝福があらんことを」
ルノーの制止など聞く耳を持たないで精霊王は言いたいことだけを言うと、転移魔法を勝手に発動させた。最後まで彼は精霊だった。
瞬きの間にルノー達は宮殿、しかも王の執務室の中に転移していた。目が瞠ったムザッファルと目が合って、リルはひとまず堂々とするを選択した。
「ただいま戻りました!!」
「清々しいくらいに堂々とし過ぎている……」
何故かリルとトリスタン以外の誰も何も言わないのに、二人は違和感を覚えてムザッファルから視線を外す。ロラとイヴォンが口を押さえて踞っているのを見つけて、ぎょっとした顔をした。
「おい、どうした!?」
「大丈夫か、二人とも!?」
「うっ、やばっ……」
「ゲロ吐く!!」
「王の執務室でそれは不味いぞ!!」
「耐えてくれ!!」
騒ぎを聞きつけ、護衛が執務室に飛び込んでくる。ムザッファルは護衛を制すると、医者を呼ぶように指示を出した。
「た、たえ、たえられな、い、かも」
「めが、めがまわる。うぅえっ」
「ロラ! イヴォン! しっかり!」
「これは、どういう状況だ!?」
「ルノー卿、分かります!?」
皆の視線が何故か俯き黙り込むルノーへと向く。それに、ルノーがゆらりと顔を上げた。
「こうなるだろうから、僕は待てと言ったんだ」
ルノーの瞳は、凄まじい怒気に染まっていた。どうやら、怒りの余り言葉を発するのも無理だったらしい。
「ひぇっ!」
「ふぅー……。転移酔いだよ。君の船酔いと同じようなものだ」
「では、一度吐けば?」
「楽にはなるかもしれないね。僕はなったことがないから、詳しくは分からない」
「桶がいるな。ちょうど、あるぞ!」
「一つしかない~」
嘆くロラを見て、イヴォンはその場に横になった。そして、必死に息をする。
「ボクが! ボクが耐えてみせます!」
「イケメン~! でも待って私ヒロインなのに~! 人前でキラキラはいや~!」
「ならば飲み込むしかない!」
「それな~!」
一応はロラに桶を渡して、リルはロラの背を撫でてやる。ロラはえぐえぐと泣きながらも、ヒロインの根性で耐えていた。
トリスタンもイヴォンの背を撫でてやりながら、「頑張れ」と声を掛けてあげる。イヴォンはこれでもかと険しい顔をしながら耐えていた。
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