プラネット・アース 〜地球を守るために小学生に巻き戻った僕と、その仲間たちの記録〜

ガトー

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5年生 3学期 2月

土埃の少年

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 ノームは、うっすらと不気味な笑みを浮かべ、こちらに近付いて来る。
 ……私は大川英子おおかわえいこ。エーコと呼んでくれて構わない。
 5年も旅をして、やっとの思いで見つけ出した精霊を、私の剣に宿らせるために、この店に預けていたのだが。

『一番にわしに食われたい奴が居るなら、先に言うがいい。そいつだけは、名前を覚えておいてやろう』

 4大精霊。
 火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、そして、土のノーム。
 自然界の4つの力、それぞれの頂点に君臨する、最大にして最強の精霊。
 ……その伝説中の伝説とも言える大精霊ノームが、目の前にいる。

「エーコ! 下がって!」

 アヤが私の前に出る。ちょっと待ってよ。
 私、一応これでも前衛職ぜんいえいしょくなんだけど?
 ……いや。先程の〝火の精グアレティン〟との戦いを見る限り、アヤは私とは比べ物にならないくらい、強い。
 どうやってあれ程の強さを手に入れたのだろう。

『エーコ、もう少し後ろに。そしてゆっくりで良いから、私との契約を進めて。私がその剣に宿れば、少しだけどあなたの生存率が上がるわ』

 グアレティンは、そう言って私の前に立ち身構えた。
 チラリとこちらを見て、少しだけ口角を上げる。
 ……有り難い。
 彼女となら〝制御術式せいぎょじゅつしき〟で縛られたものではない、本当の契約を結んで、正しい信頼関係を築けそうだ。

「ありがとう……! 了解した。では剣に触れて、契約の言葉を復唱してくれ。〝我ら、魂と魂を結ばんと欲し、13の閉ざされた門の前にて待つ。止め処なく流れ落つる時の砂粒を一つ一つ数えるが如く、見えざる者の聞こえざる声にて、粛々と押し開けよ万物の王…………〟」

 私が詠唱し、続けてグアレティンが復唱し終えると、私とグアレティンが、徐々に結びついてゆく感覚が、剣を介して伝わってくる。
 間に合うか……?
 いや間に合ったとしても、大精霊ノームが相手では、どうする事も出来ないのではないか?
 アヤの強さは、凄まじかった。
 そして、あの達也くん……。彼がもしアヤ並みの強さだったとして……。
 いやいや、全員で戦ったとしても、相手がノームでは相手にもならないだろうな。
 ……っておい、いつの間にその位置に移動したんだ?
 達也くんは涼しい顔で、ノームに近付いていた。

「ブルー? あいつ、どう思う?」

『タ…ヤ……って……とは思……が、キミは地……だ。あの…………』

「なるほどね。了解」

 達也くん……誰と話している? この声は何だ?

『あら? あなたにも聞こえ始めた?』

「……どういう事だ、グアレティン。達也くんは、誰と会話しているんだ?」

『相手が誰かは知らないけど、あれは普通の人間が聞けるような声じゃないわ。限りなく自然現象に近い、神や悪魔よりも、更に高次元の存在が扱う言葉よ』

「次元の違う、会話?」

『私との契約が進んで、エーコも精霊に近い存在になろうとしているわ。今まで聞こえなかったものとか、見えなかったものが、感じ取れるようになるわよ?』

「すごいな! 人を超えた領域を見聞き出来るのか……!」

 というか、達也くんって一体?
 ……ひょっとして、さっきアヤの言っていた事は、本当なのか?

『ん~? 何をゴチャゴチャと話している? お前が前菜ぜんさいということで良いのか、小僧?』

「ありゃ? ブルー、なんで僕とお前の会話、あいつに聞こえてるの?」

『あれが自然を元にしたエネルギーで出来た生命体なら、自然現象と私達の会話の差を見抜くぐらいは、するだろうね』

「なるほど……あー、えっと。ノーム? だっけ。そのキャラ、最後まで崩さなかったら褒めてやるよ」

『アハハ。それは面白いね、タツヤ』

 ちょっと待て! なんで挑発するんだ?!
 っていうか、なんだこのフランクな会話?! タツヤくんと話している相手〝高次元の存在〟じゃなかったのか?

『……愚か者が。儂の恐ろしさに気付かんとは』

 全くだ。4大精霊を怒らせて得する事など無いぞ?!

『久し振りの食事だ。盛大に料理してやろう』

 ほら、言わんことではない。
 ノームは達也くんに向けて、呪文を唱え始めた。
 ……天災を呼び起こす程の、複雑な多重詠唱。
 このレベルの重ね掛けは、人間には到底不可能だ。

『どうした? 儂は今、隙だらけだぞ? 詠唱の邪魔をせんのか?」

 ……無理を言う。少しでも近づいたら、あらかじめ3重に張られた結界に触れて、粉々になるだろう。
 まあ、私にその結界が見えるのも、グアレティンとの契約が進んでいるお陰なのだろうな。

『ふん、来ぬか。ならば冥土の土産に儂の魔法を見るが良い』

 まだ呪文を重ねるのか? 城攻めで使う程の威力だぞ?!
 しかもこれは……詠唱を省略している?!

「〝詠唱短縮〟ね。さすがは大精霊」

 アヤがポツリとつぶやく。
 ……って、なんでニヤついてるのよ?

「……あ、ごめんなさい。だって、ついこの間〝詠唱破棄〟を見たばかりだったから」

「な……?! 〝詠唱破棄〟って、何をバカげた事を言ってるんだ?! 伝説の〝魔王〟じゃあるまいし!」

 アヤは私の言葉に、もう一度ニヤついてから、達也くんの方を見つめる。
 何でアヤは、こんな状況なのにそんなにも余裕があるんだ?

「……さっきの説明の続き、いいかしら? 見て、達也さんの右手。今のエーコなら見えるんじゃない?」

 右手……? 何だあれ。右の手のひらが、青くて変な感じだ。

「あれは? あの子さっきは、あんな手じゃなかっただろ?」

「普通の人には、認識できないの。あれは、地球の意思〝ブルー〟よ。達也さんはブルーを介して地球と繋がっている」

「ブルー……? 地球の意思?」

「そう。達也さんは、地球を守るために選ばれた、最強の存在」

「……まさかとは思うが、達也くんは、今のアヤよりも強いのか?」

 アヤは私を見て、うなずく。

「さっき言ったけどね、私、悪魔に心臓を潰されたのよ。今の私の心臓は、ブルーが〝不要〟だと切り捨てた、欠片かけらで出来ているの」

 心臓を、地球の意思の欠片かけらで作った?!

「そんな〝不要物〟程度の欠片かけらだけで、私はこれ程の力を手に入れたわ。たぶん今の私は、魔界で最強の魔道士だと思う」

 思わず息を呑んだ。グアレティンも、黙ってアヤの話に聞き入っている。

「あ、エーコ、詠唱が終わったみたいよ?」

 落ち着いた口調の彩歌。次の瞬間、凄まじい轟音が響き、地面が波打つ。

『ただの無骨ぶこつ石礫いしつぶてだ。食らうが良い』

 ノームの前に現れたのは、無数の巨岩。それがゴリゴリと奇妙な音を立てて、小さく押し縮められていく。

圧縮岩弾プレスロック?! あんなに凄まじい圧縮率の弾は見た事がない!」

 それをあそこまで大量に作るなんて……! 達也くん、絶対に死ぬじゃないか!

「アヤ、もう駄目だ。大精霊ノーム。これほどの者だったとは……」

「ふふ。エーコ、さっき達也さんとブルーが話していたの、まだ良く聞こえてなかったでしょ?」

 笑顔? まさかこんな絶望的な状況を、彼は何とか出来るのか?!

「ブルーはこう言っていたわ。〝タツヤ、分かっているとは思うが、キミは地球の化身だ。あの程度の力で出来る事なんて、キミにとっては砂遊びでしか無いよ〟」

 次の瞬間、甲高い風斬り音と共に、全ての岩が恐るべきスピードで撃ち出される。巻き起こった風圧だけで、吹き飛ばされそうになるのを、何とか持ちこたえたが、体制を立て直した時には、全ての弾は、達也くんに命中した後だった。

『少しばかり、やり過ぎてしまったか。儂の恐ろしさに気付かぬまま、死におったな』

 朦々もうもうと立ち昇る土煙つちけむり。いくら何でも、今のを食らったら、ひとたまりもないだろう。
 ……そう思ったのだが、彼の声はその煙の中から聞こえてきた。

「……ブルー。砂遊びって、こんなだっけ? すごくけむたいんだけど」

『苦情は私ではなく、ノームに言って欲しい。それにキミは〝呼吸不要〟だ。わざわざ土埃つちぼこりなど、吸い込まなくても良い』

『何だと! なぜ生きている?!』

 そうだ! なんで無事なんだよ?! 信じられない!

「逆にさ、聞きたいんだけど……〝土の力〟の化身なのに、僕が何者なのか気付かないの? それって精霊失格じゃないか?」

『ぬかしおる。貴様が何者かなど関係ないわ。どう防いだのかは知らんが、何やら魔道具でも使ったのであろう。次はないぞ?』

 何か魔道具を? 違う。そんな小手先の防御ではなかった。

「あーあ。なんか似たような展開で、飽きてきたな……なあ、パズズ?」

『またまたお戯れを……! 我が主よ、耳が痛う御座います』

 また別の声が聞こえる。〝ブルー〟の声とは違う、低く、地の底から響くような声。

「アヤ? 私の聞き間違いかもしれないが、いま確か〝パズズ〟と……?」

 有り得ない。〝パズズ〟は魔王の名だ。
 ……だが、確かアヤはさっき、〝詠唱破棄〟を見たと言っていた。そして、今気づいたのだが、達也くんの左手の指輪……

「まさか、あの指輪……?」

「そう。パズズの〝悪魔の指輪デモンズリング〟よ。達也さんは魔王を屈服させて、魂に住まわせているわ」

 とんでもないな! 魔王に勝つような子ども?!

「……ちょっと違うパターンでやってみるかな」

 そう言うと、達也くんは一直線に、ノーム目掛けて歩き始めた。

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