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5年生 3学期 2月

犬鑑札

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「でっかい門だな!!」

 城塞都市、北門。
 木をベースに、大部分を鉄で補強された、巨大な門だ。

「高さは20メートル。幅は50メートルもあるわ」

 ドイツで見た〝ブランデンブルク門〟の方が大きいのか。
 ……まあ、あっちは扉がついていないけど。

「昨日の講習で言ってたけど、あの赤いラインの1メートル先に、結界があるから、絶対に近づかないでね?」

「なるほど、あれが……触ったら大変な事になるな」

 門の前には、2重の結界が張られているらしい。開門の時以外に近づけば、普通の人間なら即死だ。

「骨も残らないわ……普通の人間ならね?」

 クスリと笑う彩歌あやか
 ……そう。だから大変な事になるんだ。
 僕や彩歌が触ったら〝こいつ、結界に触っても何ともないぜ!〟って大騒ぎになるからな。

「それにしても、スゴい人数だな! こんなに外へ出るんだ」

 魔界の太陽〝触れ得ぬ光〟が完全に点灯するのは5時。
 ブルーの光があるとはいえ、周囲はまだ薄暗い。
 はっきりと確認は出来ないけど、ざっと数えて30人ぐらいが、門の前に居るようだ。

「〝遠征〟じゃない人も多いのよ。城壁の近くに屋台を置いて、商売をする人も居るんだから」

「商魂たくましいな! それって、命がけだよね」

「そうだ! 達也さんと私なら、城塞都市の外でお店が開けるわ。きっと繁盛するわよ?」

 なるほど! ゲームなんかでよくある〝何でこんな辺境に?〟って感じの店だ。
 しかも僕は眠らないから24時間営業だ。便利さと話題性は最高だなあ。

「彩歌さんとお店を開く……か。楽しそうだな」

『タツヤ、アヤカ。キミ達の使命は地球を破壊から遠ざける事だ。ショップ店員ではないよ?』

「ふふ。冗談よ、ブルー」

 クスクスと笑う彩歌。
 まあ僕たちの人生、超長いし、暇つぶしにそういうのもアリなんじゃないか?

「……ん? 達也さん。今日、声がおかしくない? なんだか喋り辛そう……」

「いや、ちょっと練習をね……ふーっ! なかなか難しいな」

「……? 何の練習?」

 首を傾げる彩歌。いや、実はね……

「……ええっ! そんな事が出来るの?!」

「はは。練習すれば意外と出来るんだよ、これが」

「でも達也さん、なんでそんな練習を?」

「いや、実はね、昨日の……」

 と言いかけた所で、書類の束を持った、ローブ姿のお姉さんに声を掛けられた。

「キミ達、探検に行くの? お父さんかお母さんは……」

 と言い掛けた所で、彩歌の顔を見てビクッとなるお姉さん。

「た、大変失礼致しましたっ! 探検申請書と、身分証をお預かり致します!」

 彩歌の知名度には本当に驚かされるな。
 僕と彩歌は〝探検申請書〟と、それにくっついていた〝遺書〟、そして自分の〝身分証〟をお姉さんに渡し、かわりに、銀色の金属で出来た、身分証の半分ぐらいのサイズの〝探検者票〟を受け取った。長めの鎖が付いている。

「達也さん、それに名前を書いて、首に掛けて」

「ああ。昨日の講習で言ってたヤツか。確か帰ってきた時、身分証と引き換えって」

 探検者票を首に掛けるのは、死体を見て名前が分かるようにするため。
 兵士がつける〝ドッグ・タグ〟みたいなものだ。
 身分証を預けるのは、悪魔や野盗に奪われるのを防ぐためだそうだ。

「身分証を欲しがる人や悪魔は、いっぱい居るわ。持っていると狙われやすくなるのよ」

「人間は分かるけど、悪魔が身分証を欲しがるの?」

「あいつら、どこから入ってくるのか、たまに城塞都市内に現れるわ。魔法で姿を変えている事もあるから……」

 魔法で姿を変えて、堂々と城塞都市を闊歩する悪魔。
 そいつらがもし身分証を持っていたら……確かにゾッとしないな。

「名前を書くんだな?」

 僕はバックパックから、大ちゃんが入れてくれたであろう〝サインペン〟を取り出した。
 ……いっしょに〝サイン色紙〟が入っているのは、魔王のサインでも貰って来いって事かな?
 探検者票に名前を書いて、首に下げる。
 まあ僕の場合〝死体から名前を知るため〟という本来の使い方は、絶対にしないんだけどね。死なないから。

「それにね? 死体が無事な場合なんてほとんど無いから、飾りみたいな物なのよ」

 やはり、城塞都市の外は〝魔界〟が存分に味わえる仕様のようだな。ドキドキしてきた。

「彩歌さんも、これ使う?」

 サインペンを差し出すと、彩歌がクスクスと笑う。

「達也さん、そんなので書いちゃったの? ごめんなさい、説明が遅れて。手に魔力を込めて……こうすれば書けるのよ」

 彩歌が小指で探検者票の表面をなぞると、その通りに文字が浮かび上がる。

「ええ? 参ったなあ。もう書いちゃったよ……」

「大丈夫よ。本当にそれ、飾りみたいなものだから」

 笑いながら自分の首にも探検者票を掛ける彩歌。
 周囲は随分明るくなり、少し離れた人の顔も、判別出来る位になってきた。知った顔がチラホラ。
 ……いや、バカップルはいいんだ。近づかないでおこう。
 それより、あのビキニアーマーは……

「エーコ! あなたも外に?」

 やっぱりね。そうじゃないかなと思っていたんだ。

「アヤ! 達也くん! そうか、もう出発するのか。忙しいな、あんた等は!」

 魔法剣士のエーコさんだ。町の外に何の用だろう。

「とりあえず、試し斬りだよ。グアレティンも暴れたいみたいだし、半周コースだ」

「そっか! 私たちはね、〝落日らくじつ轟雷ごうらいの塔〟まで行くのよ」

砦超とりでごえか! ……おっと、声がデカかったな。まあ、あんた等にしてみれば、お散歩みたいな物だろう。手続きのほうが面倒だったんじゃないか?」

 本当にその通り。遺書なんか書けって言われても、全くイメージわかなかったし。一応書いたけどさ。

「ふふ。初心者講習なんて、久し振りに受けたわ」

「うわあ、懐かしいな! 達也くん、アヤはね、講習の時に寝入っちまって、講師に怒られたんだぞ?」

「ちょ、ちょっとやめてよエーコ! もー!」

 ニシシと笑うエーコ。彩歌の昔話を、いずれゆっくり聞きたいものだ。

「おっと、今日は護衛のアルバイトも兼ねてるんだ。依頼主がどこかに居ると思うから探して来る。2人とも、実りある探検と命ある帰還を!」

「エーコも頑張ってね。実りある探検と命ある帰還を」

 探検前の挨拶かな? 初心者講習では教えてくれなかったな。

「気をつけて、エーコさん! ……あ、そうだ、これ」

 僕はバックパックから、催眠カプセルをひとつ取り出した。

「〝アガルタ〟の科学が生んだアイテムだよ。投げつければ煙が出て、10分間、相手を眠らせることが出来る。お守りに持って行って」

「おお! それは凄いな! 有り難く貰っていくよ」

 エーコは、手を振りながら去っていった。
 さて、と。バカップルに見つからないようにちょっと離れておこうかな。
 彩歌も同じ事を考えていたらしい。ブルーを介して話せばいいのに、2人ともアイ・コンタクトで、その場を離れようとした……

「ああ! お早うございます! 昨日はどうも!!」

 聞いたことのある、元気な体育会系の挨拶。
 ……織田おだ啓太郎けいたろうさんがこちらを見てニコニコしている。
 やっぱこの人、絶対初心者じゃないな。
 〝これから探検に出掛けるぞ〟っていう、熟練の雰囲気がそこはかとなく漂っている。

「織田さん、おはようございます」

「いやあ、初めて外に出るとなると、ドキドキしますね! なかなか寝付けませんでしたよ! ハハハ!」

 彩歌の挨拶に、爽やかな白い歯を見せて笑う織田さん。僕だって、一睡もしてないぞ?

『達也氏は、それがデフォルトじゃないか!』

 ルナの声だ。昨日は随分と静かだったな、お前。

『だって、彩歌のお父さんとお母さんは、僕を見つけて彩歌の中に隠した人達だよ? 万が一、気付かれたら、また何かされちゃうかもしれないからね!』

 いやいや。それは無いと思うけど。お前ってもう、彩歌の力の一部になったんだろ?
 ……って、あれ? 織田さん、なんかキョロキョロしてるな。あ、まさか?!

「……お! 居た居た! お2人とも!」

 ちょいちょいちょい! やめてくれ! 気付かれずに済むように避けてたのに!

「あ、織田っちじゃーん!」

 だから織田っち言うなって! マブダチかって!

「おーおー! ガキンチョ達も一緒か! 待ってたぞ?」

 待っててとか全然言ってないし!

「達也さん。やっぱり彼らも、一緒に行く運命みたいね?」

 ちょっと苦笑いの彩歌。
 どうやらしばらくは、遠藤翔えんどうかける辻村富美つじむらふみのペアも、同行することになりそうだ。

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