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5年生 3学期 3月

さらば魔界! しばしの別れ

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 〝地下都市シェオール〟の人たちは、迷宮に湧く魔物から身を守るために、常に魔法の腕を磨いている。そうしなければ、この過酷かこくな環境……例えるなら、ラスボスのむ迷宮の様な場所で、生き残れる筈がないのだから。
 キャラメイクしてすぐに、セーブポイントの無い〝魔王のダンジョン〟からスタートだ。僕なら、メーカーに苦情の電話かメールで抗議しちゃうよ。

『なるほど。タツヤ、それが今回の事件だったんだね』

 そうだな。問題は、とっくの昔に〝運営会社〟が変わっちゃってた事と、抗議のやり方が過激すぎたって事だ。
 〝封筒にカミソリの刃を入れる〟とか、あるみたいだけど、今回はもっと恐い物を送ってしまった。
 ……ラスボス並みの魔物。

『〝中央大陸〟が無くなっていて良かった』

 お前がコロコロと〝体型〟の変わる星で良かったよブルー。
 ……中央大陸。いわゆる〝ムー大陸〟があった場所に転送された〝守護者〟は、そのまま海に沈んだ。

『偶然、地図にない〝島〟に落ちて、偶然、誰かに拾われたりしなくて、本当に良か……』

 あーあー! やめろブルー! 変なフラグを立てるんじゃない!
 さっきラゴウが〝守護者〟の信号が途絶えたって言ったし〝作戦失敗〟のアナウンスがあっただろ? 大丈夫だよ!
 ……あれ? 僕が〝おかしなフラグ〟を立て切った気がするんだが?

「いや、それより〝フクロウ〟だ! さっきのヤツ、真実を城塞都市の人たちに公表してしまうぞ? ……黙っていれば、バレない事なのに!」

いのだ、少年。それに関しては、まさに自業自得。俺はつぐなわねばならんのだ。しかし……』

 テキパキと、鬼門のバルブを閉める指示を〝部屋〟に向けて出しつつ、ラゴウが続ける。

「〝封印〟を超えて〝魔法での転移〟は出来ぬ」

 ……え?

「内海さん。魔法で外に出られるのでしたら、とうの昔に〝シェオール人〟は地上に出ています」

 あ、そう言えばそうだ。
 ここの人たちって、生まれてからすぐに〝ラストダンジョン〟で鍛えたような猛者ばっかりだった。
 やろうと思えば、魔法で外に出れちゃうか。

『タツヤ、それは〝地上の存在〟を知らなくてもかい?』

『ブルー。人間は色々と冒険したいんだよ。北極、南極とか、海底とか……宇宙とか』

 なぜか、死んじゃうかもしれないような所にんだよな。
 長い年月の間に、シェオール人だって、頭上にある〝塞がれた天井〟の先を目指しただろう。
 つまり、そう簡単に地上には出られないんだ。

「という事は、さっきのふくろうの記者も?」

「うむ。封印に阻まれ〝監獄回廊かんごくかいろう〟に送られているはずだ」

 監獄? なにそれ怖い……!

監獄回廊かんごくかいろうって……?」

「もともとあった迷宮の一部を利用し、地上に出ようとする者に〝罰〟を与えるために造られた場所だ。シェオールの民なら、誰もがその存在を知っている」

 シェオール側から〝封印〟に触れたり、解こうとした場合、自動的に〝監獄回廊〟に送られる仕組みらしい。
 これまで、何人ものシェオール人が送られ、生きて出られた者は片手で数えられる程だそうだ。

「監獄回廊の出口は巧妙に隠され、広大で難解。もちろん魔法で出入りすることも出来ない。さらに、上位の魔物の巣窟だ。いかに身を隠す事に長けた者といえど、長くは生きられまい……」

 うーん。結果、記事にされずに助かりそうだけど……〝一件落着〟とはいかないな。

「そんな……! それでは、あの方は?」

 悲痛な面持おももちの織田さん。あの記者を、本気で心配しているみたいだ。

「人知れず、死にゆくのみ……だな」

 織田さんとは対象的に、ラゴウが表情もなく言い放つ。

「いけない! 助けに行きましょう! 」

 そうそう。織田さんならそう言うと思ったよ。助けてから説得なり記憶操作なり、すればいいしね。それじゃ、さっそく……

「……俺が行こう」

 はい?!

「ええっ! 兄さん?!」

「監獄回廊には俺が行く。あの者は、俺が命に代えても救い出そう」

 ラゴウは憑き物が落ちたような穏やかな表情を見せる。でも、あんたは……

「兄さんは魔力が戻っていないでしょう?」

 そうそう。いくら魔法の達人でも、魔力がなければただの人間だ。

「俺は行かねばならぬ。お前たちは安心して地上に戻るがいい……〝転移準備〟」

 床から、円柱形の何かが4本せり出す。
 ……これは転移装置! まだあったのか?!

「兄さん! 待って下さい!!」

「〝目標、監獄回廊〟……ケイタロウ、そして地球アガルタの少年、また会おう!」

「兄さあああああん!!」

 不思議な光を残して、ラゴウは消えた。
 織田さんは、膝をついて、消えてゆく光を見上げている。

「織田さん、急いで追いかけよう! まだ間に合います!」

「……いえ、兄は……兄なら大丈夫です。地上に戻りましょう」

「でも、あの状態じゃ……!」

 体力も魔力もカラだ。危険過ぎる。
 ……しかし、織田さんは静かに首を横に振る。

「兄なりの、罪滅ぼしなのだと思います。大丈夫、兄はそう簡単には死にませんよ。悪運だけは強いんです、昔から!」

 織田さんは、迷いのない眼差まなざしで、僕を見る。

「きっと、記者さんを助けて、生きて帰ってきます」

 そうか。織田さんがそう言うなら。

「……お兄さんを信じましょう」

「はい!」





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 地上に戻った僕と織田さんを、彩歌が出迎えてくれた。

「お帰りなさい、達也さん」

 彩歌が優しく微笑む。

「……あれ、遠藤と辻村は?」

「北門の守備隊員から〝戦闘記録〟を取られてるわ。私は逃げて来たけど」

 戦闘記録?
 事情聴取みたいな物か。

「私と達也さんの事は喋らないように釘を刺しておいたから大丈夫よ」

 くすりと笑う彩歌。あーあ、可哀想に。
 あ、それより重大な問題が……!

「あの3人は?」

「……やっぱり来てたのね? 私は見ていないけれど、気付いたら壊れたはずの北門が直っていたわ」

 そんな事が出来るのは、僕の知る限りでは一人だけ。
 間違いなく〝機械仕掛けの神デウスエクスマキナ〟の能力だ。

『栗っち、大ちゃん、ユーリ! 聞こえてる?』

『……お、おー! たっちゃん! 無事で良かったぜー!』

 大ちゃん、相変わらず演技がヘタだな。

『えっと……えへへー』

 神様候補だろ、栗っち。笑って誤魔化すんじゃない。

『ピーピヒュイーピヒュー』

 ……口笛を〝わざと下手に吹く〟高度な技を出しやがった。またしても、ユーリが犯人だろうな。

『いつも、なんだかんだで助かってるんだけどさ。一応キチンと説明してくれる?』

 そう。勝手な行動のおかげで助かりっぱなしだよホント。怒るに怒れない。

『やー。魔界のヒト達と悪魔2匹がね、魔界に帰るって事でさー』

『えっと、悪魔さんたちは城塞都市内で見つかったら、大変な事になっちゃうから……』

『それでなー、護衛を兼ねて、魔界まで送り届けようって事になったんだ』

 3人とも〝ゲート〟を通るために、魔道士5人と悪魔2匹の魔法を受けまくって〝魔力〟を手に入れたそうだ。無茶するなあ。
 ……あれ? ということは、それって3人とも共犯じゃね?

『でさー! 魔界についてみたら大騒ぎで。ユーリちゃんピンと来ちゃったんだよ! これはチャンス……いやゲフンゲフン。これは事件だって!』

 本音が漏れまくりだなユーリ。

『みんな大騒ぎしてたから、悪魔さんも無事に送り届けられたし、良かったよねー!』

 魔物の大群に襲われている真っ最中の、今にも滅びそうな城塞都市に送り届けて、良かったも何も無いけどな?

『せめてひと言、連絡くれればいいのに』

『ごめんなー、5人と2匹を送り届けたら、すぐに帰るつもりだったんだぜー』

『うーん。でもさ、もし3人が守備隊に見つかって、地下牢にでも落とされてたら……』

『まあまあ。タツヤ、彼らが魔界に来た事によって、キミたちが〝ねじ曲げた歴史〟を固着することが出来た。結果オーライだよ』

『えっ……? あ、そっか!』

 僕と彩歌は〝救星特異点きゅうせいとくいてん〟だ。地球を救うことに関して、歴史を曲げることができる。
 ……だが、魔界での様々な出来事は〝しなやかで頑丈な歴史〟が〝無かった事〟にしようとするだろう。
 例えば、僕と彩歌が魔界に来なければ、西の大砦は救われず、モース・ギョネは完全体に向けて標本を集め続け、エーコはノームに殺されてしまったかもしれない。
 となれば〝歴史〟は、砦を滅ぼし、モース・ギョネか、それに代わる驚異を生み、エーコを殺すだろう。

『えへへー。僕たちが城塞都市を救ったから、歴史はそこで決定! 3人がかりだから、絶対に大丈夫だよ!』

 〝救世主〟〝機械仕掛けの神〟〝外来種〟それぞれが、歴史を曲げる事の出来る〝特異点〟だ。その効力の広さに〝救星特異点〟のような制限はない。要は好き放題だ。

『タツヤとアヤカほどの確実性は無いんだけどね。でも、今回は3人で街を救ったんだ。〝歴史〟が、どれかを無かった事にしようとしても辻褄つじつまが合わなくなる』

 なるほどね。力づくで〝魔界は平和を取り戻した〟って事にしちゃったのか。

『うーん……まあしょうがない。でも次からは、ちゃんと前もって連絡してよ?』

 やれやれ……結果、また助けられた。なんで怒ってるのか分かんなくなるよな。

『やー! まっかせて!』

『えへへー! 了解!』

『おー。もちろんだぜー!』

 あれー? このやりとり、前にもしたような気がするんだけど……気のせいか?

「ふふ。3人とも、若いわね」

 そうだな。僕や彩歌と違って、まだまだ子ども……
 あ、いえ、なんでもないです。ごめんなさいにらまないで下さい彩歌さん……

「それじゃ織田さん、僕たちは帰ります。頑張ってくださいね!」

「内海さん、藤島さん、本当に有難うございました。次においでの際は、ゆっくりとシェオールをご案内します」

 織田さんが、ペコリと頭を下げる。
 そうだな。パズズも復活させなきゃいけないし。今度は5人で地下都市を観光しよう。

「アニキぃぃ! あねさあああん!」

 ……スゴい形相で、遠藤が走ってくる。
 だから! 誰がアニキやねん!

「パイセェェェン! ヒドいし! 私もアガルタ連れてってーー!」

 辻村も、その後を追いかけてくる。
 大声で〝アガルタ〟言うな! 地下牢行きだぞ?!

「ハァハァ……もう帰っちゃうんスか?!」

「寂しいし! もっと一緒にどこかへ探検に行こうよ!」

 ずいぶん懐かれたなあ。

「とりあえず、今回はこれで帰らなきゃならないんです。必ずまた来ますから」

 城塞都市は未だに混乱状態だ。ゲートを通るには絶好のチャンスと言える。

「絶対ッスよ! 約束ですからね?」

 うんうん。わかったよ。

「うえぇぇぇ! さみしーよー!」

 そんなマジ泣きしなくても……ちゃんとまた来るから。

「探検されるなら、ぜひまた、私も同行させて下さい」

 それは心強いです、織田さん。

「グスン……あ、そうだ。パイセン、身分証はどうするの?」

「ほんとだ! アニキ、急いで東門で受け取らなきゃ……」

「ああ、いいんだ。次は別のゲートから魔界に来て、東門を目指すから」

 そうすれば、長い探検だったな、的な感じだろ?
 ……さて、ラゴウの事が少し気になるけど、一旦地球に帰りますか。

 
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