無口な傭兵さんは断れない

彩多魔爺(さいたまや)

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第四章 闇の女神

4-7 洞窟入り口と虜囚

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 首尾よく買い出しを終えてきてくれたルミとリミに感謝しつつ支度を整え、二人に導かれるままに四人も地下へと潜り街の外へと続くトンネルを進む。

 門衛や街道の衛兵に捕まる前に首尾よく見つけることが出来た教団の基準に合わない信者などを街に秘密裏に入れてあげる時などに使われるらしい。

「街の外の、周囲からは見つかりにくい場所に出るからね」

 先頭を進むルミは説明する。

「まあ林の奥の茂みに出るし、そこからも道なんてものはないから葉っぱとか土まみれになっちゃうけどさ」

 無論、そんなことを気にするような者はいない。

「ルミ様もリミ様も足音一つにしても最低限の音しか立てないように移動していらっしゃいますが、ひょっとすると何かの技術に長けておられるのでしょうか」

 八号は先程から姉妹の足運びに感心しているようだった。

「あ、わかるー? これがあるから情報集めとか神殿に潜入とか出来ちゃうんだよ。元々私たちの育ったのが代々王国の裏仕事を請け負うことを生業としていた村でさ、だから王国が滅ぶ時にも難を逃れることが出来たんだけどね。そこではみんな産まれた時からこういうの仕込まれて育つからね」

「なるほど、私やマスターは隠密方面は不得意なので勉強になります」

 二人とも重すぎるのだ。

 アイルは元々の体躯が大きいのでその重さも納得だが、八号についてはその見た目で騙されることが多いが金属製のゴーレムであることを考えればかなりの重量なのである。
 アイルの腕力だからこそ、軽々と八号を片手で抱きかかえて歩いたりしているが、一度何も知らないクラリスが八号を抱っこしようとして腰を痛めそうになったことがあった。
 涙目のクラリスに事情を説明し、ゴーレムとは何なのかはわからないクラリスも八号が金属製の自動で動く人形であると聞かされて何度も驚いていた。

 八号が本当に規格外の存在なのだと思い知らされたのは、神殿前の広場で無表情なまま兵を倒して自分を横抱きにして走っているのを見た時であるが。



 やがて一行が辿り着いた先は本当に鬱蒼と茂る林の中であった。

 通路の出入り口自体も茂みに覆われていてこれは外から見ても誰にも気づかれないであろう。

「さて、ここから件の洞窟までは一キロメードもないぐらいだけど、封鎖しているからには当然誰も入れないように衛兵が交代で見張ってるからね」

「それはご心配なく、私とマスターで三十人までは余裕でいけるでしょう」

 一体何を基準にそんなことを言っているのかわからないが、アイルが二人か三人を相手にしている間に八号が残りをまとめて片付けてくれるに違いない。

 リンジーとの模擬戦しかデータが無かった時期から、二度ほど人間の兵士と戦闘を行った結果の計算結果らしいが、まだまだデータ不足なのは否めない。
 もっとも根本的な計算違いは、アイルを何か化物のような存在として計算に入れている点であるが、アイルと八号は一度も模擬戦さえも行っていないために仕方のない部分もあった。


 そのまま林の中を姿勢を低くしながら洞窟へと近づいていく一行。

 クラリスなどはこうした行動に慣れていないために大変そうだが、それでも文句ひとつ言わずに必死についてきていた。

「ちょい待ち。ちょうど誰か連れてこられてるみたいだね」

 茂みの隙間から洞窟入り口周辺の様子を窺っていたルミが制止を促す。

 洞窟の前はちょっとした広場になっていて入り口の左右に一人ずつ衛兵が立っているが、それ以外に広場に衛兵が二人、誰かを連行してきたところのようだった。

 広場をよく見てみれば、地面のあちこちに黒い染みが出来ている。それは恐らくここで多くの人が命を奪われたことを示しているのだろう。

【また清めの証を持たないのが来たか】

 洞窟を守る衛兵が三人に声をかけた。

【ああ、もっともこいつは街道で余りにも不審だったから街に着く前に捕まった間抜けだがな】

 アイルはそれを聞いて、やはり、と思った。

 街道に立つ衛兵たちも、信者を守るために立っているわけではなく。街に向かう者に怪しい者はいないか見張っていただけなのだ。
 アイルが礼を忘れた時に胡散臭そうな視線を浴びたのは、疑われていたに違いない。

【さっさと殺して洞窟に放り込んじまおう】
【ああ】

 見れば、連行されて来たのはみすぼらしい格好をした男で、灰色の髪と髭が伸び放題のむさい姿だ。確かにあれでは怪しまれて当然だろう。

「助けますか?」

 八号がアイルを振り返る。アイルはただ頷く。

「私とマスターが飛び出します。初撃で討ち漏らした相手を無視して、更に洞窟の入り口の二人を優先しますので、エル様は残敵の掃討を。ルミ様リミ様はクラリス様をお守りください」

 テキパキと作戦を伝える八号の姿がまたもやミュウとダブって見えたアイル。
 苦笑しつつ突撃体勢を取る。

「だ、だいじょぶなの? ハチゴーちゃん」

 リミが心配する暇もなくアイルと八号は茂みから飛び出して一直線にまずは広場の三人へと猛然と迫る。遅れてエルも茂みから飛び出していった。

「ほえー」

 ルミが唖然としている間に八号の蹴りが一人の腹に、アイルの左腕によるラリアットがもう一人の首を捉えた。

【な、なにやつ!】

 最後の一人が剣を構えて戦闘態勢を取る間に、二人は止まらずに洞窟へと走る。

 それを目で追った最後の兵の背後からエルが迫り、剣の柄で後頭部を叩く。

「さあ、早く逃げて! って言っても言葉が通じないかな」

 処刑される寸前だった男は、一瞬だけエルを見て、そのままルミ達が隠れている茂みとは別の方角の茂みへと飛び込んでいった。

「中々逃げ足が早いね」

 男の素早さに感心するエル。

 広場の三人の意識が完全に無いのを確認して、念のため後ろ手に縛っておく。

【異端者の仲間か!】
【あいついま王国の言葉を喋っていたな】

 アイル達が走ってくるのに備えつつ、槍を構える入り口の二人。

 さすがに訓練された兵だけあって、不意を突かれた三人とは違い即座に戦闘態勢に入る。

【ちええええい!】

 一人が真っ直ぐ向かってくるアイルに槍を繰り出す。
 それを剣でいなしつつ距離を詰めるアイル。

 もうひとりは飛び蹴りを繰り出そうと宙に飛んだ八号に向かって横薙ぎに槍を払った。

 キイン!

 槍の穂先は正確に空中の八号を捉え、金属音を響かせつつ八号を吹っ飛ばす。

「ハチゴーちゃん!」

 見ていたクラリスと姉妹は思わず茂みから立ち上がる。

 アイルに槍をいなされた兵はその勢いを利用して、槍の柄を回転させてアイルの足を狙う。アイルはそれをまた剣で受け止め、そのまま左の拳を振るが一歩下がることで躱されてしまう。
 剣と槍では間合いの上で槍が有利であるが、アイルの剣は通常の物よりは長いために、それほどの差ではない。

 飛ばされた八号はくるくると空中で回転し、ドスンと着地する。そのショックでやや地面が陥没した。

「空中では攻撃を躱せない。相手を嘗めすぎて初歩の初歩を疎かにしました。これは後でリンジー様に怒られてしまいます」

【な、確実に穂先で捉えたはずだ!】

 八号を槍で払った兵は怪我ひとつなさそうな八号の様子に動揺する。
 実際、槍の穂先の鋭利な部分を左腕でガードしつつ受け止めたのだが、もちろん腕も細かい魔鉱を重ね合わせた材質で覆われているためにその防御力は折り紙付きである。

「もう油断はしません。お覚悟を」

 八号の言葉を聞き取れない兵は、槍を構え直す。


「ねえ、なんでハチゴーちゃん平気なの? 当たりどころが良かったのかな」

 八号の健在ぶりが不思議なのはルミ達も一緒であった。

 その間にアイルは背中の剣を抜いて二刀流となった。どうやら殴るのは諦めたようだ。

「うわ、かっこいい。強そう」

 リミは思わず漏らしたが、自分の語彙の悲惨さに一人赤面していた。

 かつてダナンの傭兵たちがアイルの戦闘能力で最も恐ろしいと感じていたのは、通常よりも大きな剣を片手で扱うのみならず、その速度が普通の剣を扱う傭兵たちよりも圧倒的に早いことだった。
 重くて長い剣の剣速が早いということは、それだけ恐ろしい威力が乗っているということでもある。ただ早いわけではない。

【うおおお!】

 アイルと対峙していた兵は再び槍を繰り出した、が槍先を左手の剣でいなされたと思った瞬間アイルが猛然と右手の剣を振り下ろし、槍を叩き折ってしまった。

【な……】

 教団の兵たちの扱う槍は、金に糸目を付けずに一流の鍛冶師達に鍛えさせた金属製の槍である。柄の部分まで頑丈な金属で出来ているために折られたりすることがないのが自慢であった。

 それが真っ二つに切断された。

 アイルが普段使っている剣の切れ味では不可能だったが、背中に挿していたミュウからの贈り物である剣だからこそ可能な技であった。

 そして、そのことに意識を奪われた一瞬が致命傷となった。

【ご!】

 そのままアイルが横薙ぎに払った左手の剣の一閃を鎧の腹に食らった兵はそのまま宙を飛んで洞窟入り口の脇の岩壁に激突し、そのままずるずると地面に落ちた。


【は! はあ!】

 一方の八号の相手をしていた兵は槍を巧みに振り回して八号を翻弄せんとしていた。

 こちらはリーチの差が圧倒的である。

 繰り出される穂先や柄を躱し弾きしながら、少しずつ間合いを詰めていく八号。

「こうした間合いの長い武器との対戦はいいデータになります」

【先程からわけのわからぬ異端の言葉を!】

 苛立ちを隠せないまま攻撃の手を休めない兵。

【失礼。貴重な実戦経験をありがとうございます、という意味です】

 急に自分たちの言葉で喋った八号に、兵の攻撃がやや乱れた。

【もう充分です。感謝を】

 八号が思い切り右脚を踏みしめた勢いで、ドンッという地響きが起こり蹴った地面に穴が開く。
 その時には兵の視界から八号が消えていた。

【この速度を目で追える相手、もしくはリンジー様のように読みで対応してくる相手ならばまた考えなくてはなりませんが、普通の人間相手ならばいけますね】

 突然背後から聞こえた幼い少女の声に振り返る間もなく、兵は後頭部に衝撃を感じたまま意識を失った。


「はわあ……」

 口を開けたまま茫然としていたのはルミである。

 八号が言ったアイルと二人で三十人を相手に出来るというのもあながち嘘ではないようだ。

「ハチゴーちゃん!」

 安全になったとわかったのか、クラリスが飛び出していく。そして八号の元へと駆け寄っていく。

「大丈夫? さっき飛ばされた時に怪我してない? ああ、こんなに服が汚れて」

 八号の服の汚れを手で払いながら、あちこち怪我がないか確認するクラリス。

「クラリス様、申し上げました通り私はゴーレムです。それにあの程度の攻撃では傷一つ付きません。少し油断してお見苦しい所を見せましたが、問題ありません」

 無表情で淡々と答える八号。

「ですが……」

 少し間をおいて、じっとクラリスを見つめて言った。

「そのように私の安否を気遣っていただけるのは、嬉しく思います」

 その様子を見ていたアイルは、それがトルマが感じていることなのか、それとも八号に感情のようなものが芽生え始めているのか、どちらなのだろうと考え込む。

 そして『どちらでもいいか』と、いつものように思考を空へ放り捨てた。
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