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12 たった一匹の家族
しおりを挟む何故か猫に凄く懐かれ、自然と引き寄せてしまう――ただそれだけの体質。
傍から見れば確かに少しは変わっているが、飛び抜けて目立つようなことかと言われると、別にそうでもない。普通ならば『不思議な子供だなぁ』というだけで見過ごせるレベルだった。
「――ホントに、猫太朗さんにそんな体質が?」
「信じられないとは思いますが、今はひとまずそう仮定した上で、話を聞いていただければいいかなと……」
「いえ、別にそんなつもりは……ちょっと驚いただけですから」
苦笑する猫太朗に、慌てて弁解の言葉をかけるめい。実のところ、彼女の言っていること自体にそれほど偽りはない。
驚きのほうが勝って、嘘か否かを考えられなくなっているという意味では。
(まぁ確かに、クロベエちゃんやマシロにも懐かれてるし、まんざらあり得ない話でもなさそうよねぇ)
加えて、猫太朗が嘘を言っているように感じられないのも確かであった。少なくとも彼を否定するつもりは、彼女の中にはなかった。
「それで――その特殊体質を持っていたことで、何か問題があったんですか?」
めいが質問を切り出した。その笑みと明るい声が、それまでの疑惑があるかどうかを吹き飛ばす。
猫太朗は一瞬だけ驚きの表情を見せるが、すぐに優しげな笑みを浮かべた。
「普通なら問題はなかったんです。しかしどうしても、見過ごせない事情が出てきてしまいました」
その瞬間、猫太朗の笑みに、少しだけ悲しみが入り混じった。
「――僕の母親が、大の猫アレルギーだったんです」
クロベエの顎を擽りながら、猫太朗が笑う。その表情には、少しだけ悲しさが込められているような感じであった。
「神坂家の生まれである父親も、そのような特殊体質は持ってませんでした。それ故に問題はないだろうと見なされてたんです。けれど……残念ながら、そうはなりませんでした」
「じゃあ、どうして猫太朗さんに特殊体質が?」
「祖父の見立てでは、先祖返りではないかとのことでした」
「先祖返り――」
無意識に復唱しつつ、めいは神妙な表情で俯く。確かにそれもあり得ない話ではないだろう。何かの拍子に遠い先祖から受け継がれてしまう事例は、めいもいくつか聞いたことはあった。
「……でもそれ、確かに問題ですよね。一緒に暮らすのはまず無理なんじゃ?」
「おっしゃるとおりですよ」
猫太朗は苦笑しながら、軽く肩をすくめる。
「母は僕に恐怖して近寄らなくなってしまい、そんなビクビクする母を見て、父は僕を煙たがるようになったそうです。流石に見かねた祖父が、僕を本家に引き取ったというワケですね」
「それで猫太朗さんは、親御さんから離れて暮らすことに?」
「えぇ。もっともその当時、僕はまだ二歳か三歳くらいだったので、その時のことは全く覚えてませんけど」
つまり猫太朗からしてみれば、最初から祖父の家で生まれ育ったという認識のほうが強いのである。両親に対して会いたいなどの気持ちが芽生えるかと思えば、そうとはならない事情があった。
「ちなみに僕、両親とも顔を合わせた記憶がないんです」
「え、どうして……」
「何せ神坂の実家から、逃げるように姿を消してしまったらしいので」
「……消えた?」
「蒸発とも言います」
「あ、いえ、意味が分からなかったとかでは……まぁ、確かに別の意味では、理解しかねる思いでいっぱいですけど」
急に調子がひっくり返ったような気持ちに駆られはしたが、幾分の冷静さは取り戻せたような気がした。
改めて考えると、めいも分からなくはない気はした。
要はそれほどまでに、実の息子と何もかも断ち切りたかったのだろうと。
実の親としてあるまじき行為ではあると思う。しかし世の中には、そんな最低を通り越した親がどれだけいることか――そう考えてみると、猫太朗の場合はまだマシと言えるのではないだろうか。
少なくともめいは、そんな気がしてならない。
「つまり、ご両親とはそれ以降、何の関わりもなかったと?」
「そういうことになります。祖父が亡くなった際も、最後まで姿を見せることはありませんでした」
「はぁ、それはそれは……」
まさかの事情にめいは思わずため息が出てしまう。
猫太朗の中で、実の両親の存在は完全に薄れていることも分かる。出だしこそ思うところがありげな表情を浮かべていたが、今はもう完全になんてことなさそうな様子を見せていた。
決して強がってはいないことも見て取れる。本当に自然な語り方だったのだ。
傍から聞けばあんまりでも、当の本人からすればどうということはない――よくある話と言えるだろう。
「あ、それで一つ気になってたんですけど、相続は大丈夫だったんですか?」
「えぇ。祖父が僕と養子縁組を結んでくれたおかげで。それに、遺言状もしっかり残しておいてくれましたから」
「……なるほど」
いくら事情が事情とはいえ、孫にまるっと家の土地を渡すなんて、周りが黙っていないんじゃないかと疑問を抱いていた。
しかしそれも、今の猫太朗の言葉で解消された。
養子縁組によって、戸籍上は祖父の息子となっていたのならば納得できる。
「もっとも、ここの土地の値段はかなり下がってましたし、正直受け取ってもなぁという声が殆どだったんですよね」
「あ、じゃあこの喫茶店を作った時も……」
「何も言われませんでした」
かなり拍子抜けだったことを思い出し、猫太朗は笑ってしまう。むしろ周りは、思いのほか面倒にならなくて良かったと安心していたのだ。
それも、祖父が生きているうちに、色々と相談しながら話を進めていたおかげであることに他ならない。
『備えあれば患いなし』という言葉は伊達ではない。
祖父から言われてきたことを、改めて身に刻み込む日が来ようとは、猫太朗も想像できていなかった。
「おかげで僕は、こうして悠々自適な生活を送れているというワケです。たくさんのものを遺してくれた祖父には、ホント感謝してもしきれません」
「……ぶしつけかもしれませんけど、喫茶店の経営は大丈夫なんですか?」
「えぇ。おかげさまで」
思い切ってめいが質問してみた内容も、猫太朗はあっさりと答える。
「何人か固定客も降りますし、昼間は満席になることも、少なくないんですよ」
「そうなんですか?」
「夕方以降は、いつもこんな感じですがね」
改めて店内を見渡す猫太朗につられ、めいもぐるりと視線を向ける。
今も客はめいを除いて誰一人としていない状態だ。おかげで互いの事情を遠慮なく喋り合えているのも確かだが。
「まぁそんな感じで、僕は平和な時間を過ごせているというワケですよ」
「にゃあっ!」
「っと――」
クロベエが突如、テーブルから猫太朗に飛びついてきた。軽く驚きながら両手で受け止めると、クロベエは彼の胸元にすり寄り、そしてジッと見上げてくる。
それを見た猫太朗は、愛おしそうな笑みを浮かべた。
「このとおりクロベエもいるので、なおさら退屈はしないですね」
「そうですか。本当に羨ましいですね」
お世辞ではなく、心からそう思っていることが、めいの表情に出ていた。
「私もそーゆー存在に出会いたいところです」
「いるじゃないですか、そこに」
「えっ?」
急にそう言われためいは、何のことだか分からずきょとんとしてしまう。そんな彼女に対し、猫太朗は視線を動かす。
めいが優しく撫でている小さな白猫に向けて。
「マシロはめいさんのことを、たった一人のママだと認めているみたいですよ?」
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