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13 見える未来へ
しおりを挟む「えっ、マシロ……が?」
めいは目を見開き、視線を落とす。マシロがコテンと首を傾げ、にぅーと一鳴きしていた。
その仕草はとても可愛らしく、いつもなら笑顔が蕩けていたことだろう。
しかし今のめいは、それどころではなかった。
「そ、そうなんでしょうか?」
「えぇ」
戸惑いながら尋ねるめいに対し、猫太朗はどこまでもあっけらかんとしている。それ以外にあり得ないでしょと言わんばかりの返答に、めいは更に戸惑いを積み重ねることとなった。
「い、いやいやいや! 流石にそれはないでしょう!」
めいは顔を真っ赤にしつつ、手を振りながら全力で否定してきた。
「確かにマシロは私に懐いてくれてますし、名前も私が付けましたけど、それだけで母親と認められるなんてそんなご都合主義的な展開があるなんて、流石の私でも信じられることと信じられないことがあるというかなんとゆーか……とにかく猫太朗さんは少し落ち着いて考えるべきだと思う所存ですっ!」
「……ひとまずその最後のセリフ、そっくりそのままお返ししておきますね」
苦笑しながら、猫太朗は改めてめいを見る。彼の声など聞こえていない様子で、激しく身振り手振りをしながら、ベラベラと何かを喋っていた。
目も閉じられており、相手の様子を全く確かめようともしていない。
(これ、完全に狼狽えてる感じだよなぁ……)
もはや自分でも何を言ってるのか、めいには理解できていないだろう。
ついでに言えば――
「にぅっ!」
「そもそも私が親になるなんておこがましいにも程があります! こんなボロボロのアラサーに懐いてくれるだけでも幸せなのに、あまつさえ親だなんて……ママと呼ばれるなんてそりゃあ嬉しいけど怖いというか不安というか夢なら早く冷めてほしいというか、でも夢ならもう少し見ていたいとも思うし……」
マシロの鳴き声にもまるで気づいてすらいない始末だ。何回か鳴き声で呼んでも変化は見られない。
流石に苛立ちを募らせたのだろう。
猫太朗は気づいていた――マシロの表情が若干の歪みを見せていたことを。
「だからこそ、私がマシロのママになるなんて――ぶぎゅっ!?」
音もなく入ったそれが、めいの頬にクリーンヒットし、間抜けな声を出させる。それを見た猫太朗は、思わず感心してしまっていた。
「――また見事な『猫パンチ』だなぁ」
猫と戯れようとして喰らったことがある飼い主は、少なからずいるだろう。猫太朗も何回か受けたことがあり、その度に思わぬ衝撃の凄さを味わっている。
めいもまさに、それを味わった瞬間であった。
もっとも今の本人は、何がどうなったのかを理解さえしていないが。
「にぅ!」
「な、なにするのよぉ~?」
とりあえず、マシロに攻撃されたことだけは認識したらしい。情けない声を出しつつ抗議の言葉を入れるが、マシロは憤慨の鳴き声を出すばかりであった。
「うぅ……なんか怒ってるの? どうして?」
完全にしょんぼりと肩を落とすめい。そろそろ助け舟を出してやろうかと、猫太朗はため息とともに苦笑する。
「そんなことを言うな――恐らくそう言ってるんですよ」
「えっ?」
「真正面から大好きだと言っているのに、それを真っ向から否定されたとなれば、苛立つのも無理はありませんよ。そこは人間も動物も同じということです」
「…………」
穏やかに――それでいてしっかりとした口調で諭してくる猫太朗。その声にめいは衝撃を受けたかのように、目を見開いていた。
やがて視線は、猫太朗から膝元のマシロに向けられる。
未だジッと見上げてきており、その視線が更に彼女の心を動かしてゆく。
「そうね。確かにそのとおりだわ」
決意を固めた頷きをしつつ、めいはマシロの頭を優しく撫でる。
「ゴメンね、マシロ。私もマシロのことが大好きよ。許してくれるかしら?」
「――にゃっ♪」
「うん、ありがとうマシロ!」
「にぅにぅ」
改めてめいに抱きしめられ、マシロも嬉しそうな鳴き声を上げた。小さな舌で、ぺろぺろと彼女の手の甲を舐める仕草に、めいは心を擽られる。背中に添えている手から感じる温もりが、ここにきてじんわりと沁みるように感じてならない。
(そっか……そういうことだったのかもしれないわね)
めいはようやく分かったような気がした。何故マシロの好意から、目を背けようとしてしまったのか。
単なる照れ隠しというのも確かにあっただろう。しかしそれ以上に、信用しきれていなかったのかもしれない。
幼い頃の両親みたく、冷たい目しか向けなくなるのではないかと。
そんな疑いを持ってしまっていたことに、めいは気づいた。そして酷く情けない気持ちに駆られる。
(私は、この子をちゃんと見ていない。この子の声を聞いてすらいなかった)
利用価値があるとか、そういう打算などはない。ただ一緒にいたい――その純粋な気持ちに対して、めいは完全に見て見ぬふりをしていた。
(情けないわね。これじゃあ、あの両親と同じじゃない)
ああはなるまいと思っていたのに、一番近いことをしてしまっていた。めいは自分に対して苛立ちを覚え、そして考えを改める。
まずは自分が認めなければならない。そこから始めなければならないと。
「ずっと、この子みたいな存在に出会いたかったです」
「マシロみたいな子にですか?」
「えぇ。純粋に、私を求めてくれる存在に」
「なるほど」
猫太朗は頷いた。しかし今の言葉に対する感想を述べることはしない。
ただ、目の前にいる女性の言葉に耳を傾ける――それこそが、今の自分に与えられた役割なのだと思った。
実際それは正しいことだったと、猫太朗はなんとなく感じていた。
「マシロが私を求めてくれる……それは本当に嬉しく思います」
改めて確認するように、めいは切り出す。
「でも……だからこそ情けなくも思うんですよね」
「情けない?」
「……この子と一緒に暮らすことが、まだできそうにないからです」
「あぁ」
そういえばと、猫太朗も改めて気づいた。それだけ彼にとっても、マシロとの暮らしが当たり前と化していたのだ。
しかし、それだけの話だ。
めいとマシロが一緒に暮らせるようになることを願う――その気持ちは、ちゃんと彼の中で根強く残っているのも確かであった。
「――諦めるつもりは、ないんでしょう?」
「当然です!」
めいはキッパリと断言する。
「今日、ここにきて本当に良かったです。猫太朗さんたちのおかげで、抱えていたモヤモヤも吹き飛びました」
「そうですか。それはなによりですね」
「はい!」
しっかりと頷くめいの表情は、明るく希望に満ち溢れていた。これからは未来のために動かなければと、改めて心に誓ったのだ。
漫然とした『見えない未来』ではなく、ちゃんとした『見える未来』に向けて。
「ねぇ、マシロ」
「にぅ?」
「まだ一緒に暮らすのは無理だけど、そう遠くないうちになんとかするわ。だからもう少し待っててくれる?」
顔を見合わせ、目と目を交錯させながら、めいは問いかける。
それに対してマシロは――
「にぅっ!」
鳴き声の返事とともに頷くのだった。まるで、いつまでも待っていると――そう言わんばかりに。
「――ありがとう、マシロ。本当に大好きよ」
逆に元気づけられてしまった反動なのか、めいの目に涙が溢れた。
そして改めて白い子猫を抱きしめる彼女の姿を、少し離れた位置に移動した猫太朗とクロベエが見守りつつ、視線を交錯させ笑い合っていた。
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