猫の喫茶店『ねこみや』

壬黎ハルキ

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14 不穏な予感、再び・・・

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 それからの数週間は、幾分ながら平穏に流れたと言えるだろう。
 めいの仕事も少しは落ち着いたおかげで、毎日とは言えないが『ねこみや』に再び顔を出すようになっていた。
 もっとも、七光り上司にかけられた泥を取り払うのは簡単ではないらしく、忙しい日々であることに変わりはないのだとか。
 これぐらいは乗り越えてみせます――めいはそう力強く宣言していた。
 少し前の自分なら、完全に挫けていた。
 しかし今は違うと断言できる。この『ねこみや』のおかげだと、明るい笑顔を見せていたのだった。

(この店が役に立てたのなら、それは嬉しい限りだよな……)

 めいの言葉を思い出し、猫太朗は笑みを浮かべる。常連客の佐武夫婦も今しがた帰ってしまい、店は静まり返っていた。
 日差しの暖かさに負けたのか、二匹の猫たちもぐっすりと眠りこけている。
 本当に自由なものだと思わずにはいられない。もっとも、そこが猫の良いところでもあると、猫太朗は思っていた。

「マシロもすっかり、この店に馴染んでるなぁ」

 気持ち良さそうに眠る白い子猫を見て、猫太朗は思わず声に出して呟く。それくらい微笑ましく思っているのだ。
 あくまでめいから預かっているだけに過ぎないが、もう殆どこの喫茶店に住んでいるも同然である。いつかはここから出ていくのだろうが、それでも毎日のように遊びに来る姿が想像できてしまう。
 そしてそれを、笑顔で出迎えてしまう自分も含めて。

(……あとは、めいさん次第ってところか)

 マシロと暮らせる物件さえ見つかれば、全てが解決する。いわばあと一歩のところまで来ているのだ。
 しかし、その一歩が果てしなく遠いのである。
 仕事の合間に探してはいるのだが、なかなか見つからないまま、時間だけが過ぎていく形だった。

(条件一つで難しくなるもんなんだな。稼ぎが良ければいいって話でもないのか)

 今のめいの経済状況からいえば、家賃の上限にこだわる必要もない。
 七光り上司のせいで業績が下がったとはいえ、他の社員よりも多くの額をもらっていることは間違いない。更にここ数年の彼女の生活は、家と会社の往復のみ。趣味などに金を使う暇すらなかったらしい。
 絵に描いたような社畜だなぁと、それを聞いた猫太朗は思ったものだった。
 しかもめいは、どこかそれを誇らしげに語っていたから尚更であった。

(今は誰もいないし、ちょっと調べてみるか……)

 店内を軽く見渡した上で、猫太朗はポケットからスマホを取り出す。そしてブラウザを開き、賃貸サイトを出して検索をかけてみた。
 ペットOK――そのチェックをかけ、この町を指定した上で。

「……ホントにないや」

 思わず声に出してしまうほど、検索結果は見事にゼロ件であった。ちなみに家賃の上限は設定していないにもかかわらず、である。
 試しに他の賃貸サイトでも調べてみたが、結果は同じだった。

(こりゃあ、めいさんの言うとおり、ここらへんでってのは殆ど無理だな)

 そして描太朗は、この町の特徴を少し思い返してみる。

(ここらへんの住宅地、結構古いまんまだからな。やっぱり隣町みたいに、大規模な再開発とかしてるような場所じゃないと、簡単にはいかなさそうだ)

 実際、賃貸サイトを鉄道の駅で検索してみると、やはり隣町の駅は圧倒的に件数が多く出ている。
 選ぶだけならそこを選んだほうが、確実なのは間違いない。

(ただまぁ、めいさんも頑固なところあるからなぁ。あの様子だと、意地でもこの近くの物件でって思ってるんだろうし)

 そう思いながら猫太朗は、寝そべっているマシロのほうを見る。クロベエと並んで気持ち良さそうに脱力しきっていた。
 まるで、そうするのが当たり前だと言わんばかりに。

(……アイツらも、無理に離したりしたら寂しがるだろうしな)

 つまりそれだけ意気投合しているということだ。最初はめいに会えなくて寂しそうにしていたマシロも、今ではすっかり落ち着いてしまっている。
 日が暮れる度にソワソワし出し、人の気配がすると扉に近づいていた。
 そんな姿も段々と見られなくなっており、果たしていいのか悪いのかの判断が、微妙に難しいと思う猫太朗であった。
 しかしそれでも、全く反応しなくなったわけではない。
 現にこの数時間後――日が暮れてしばらくした頃にそれは見られた。

「――にぅっ!」

 閉店時間が迫ろうとしていたその時、夕飯を食べてのんびりと店のカーペットの上でくつろいでいたマシロが、突然起き上がった。
 そして猛スピードで扉へと近づいたその時、カランコロンという音が鳴る。

「こんばんはー」

 スーツを着用し、ビジネスバッグを肩にかけためいが現れた。笑みこそ浮かべてはいるが、猫太朗はすぐさま気づいた。

「……いらっしゃいませ。お疲れさまです、めいさん」
「どうもー。今日もなんとか、遅過ぎない時間帯に帰れましたわ」

 マシロを抱きかかえ、めいはカウンター席へと歩いていく。それ自体はいつもの行動であったが、猫太朗は見逃していない。

(めいさん……やっぱり凄い疲れてる感じだな)

 ただ単に、帰ってくる時間が遅くなっているだけではない。めいの様子が、少しやつれているように見えたのだ。
 横を通り過ぎたその一瞬で確認した横顔――素人目にも分かるほど、疲労の度合いが濃い。かと言って、ここでそれを自分が指摘するのも、いささかどうかと猫太朗は思ってしまう。
 自分はあくまで知り合い同士――いわば赤の他人に過ぎないのだからと。

「めいさん。実は新しいメニューを作ってみましてね」
「へぇ、どんなのですか?」
「キノコクリームのたまごリゾットです。夜遅くでも軽く食べられるようにと」
「うわぁ、嬉しい♪ それ注文させてもらっていいですか? それと食後にコーヒーをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 注文を受け、猫太朗は早速調理に取り掛かる。しかしその間にも、チラリとめいの顔を何度か盗み見た。
 楽しそうにマシロと遊んでいる。その表情は確かに笑顔だ。
 しかし――やはりいつもの力強さがない。ここ数日で、じわじわと蓄積されているように思えてならなかった。
 やがて猫太朗はリゾットを仕上げ、その温かい皿をめいの前に差し出す。

「お待たせしました」
「わぁ、すっごく美味しそう。いただきまーす♪」

 スプーンを手に取り、卵の黄身を崩しながら煮込まれた米を頬張る。その表情はとても幸せそうで、料理は満足してくれたのだと猫太朗は見る。しかし今は、如何せんそれよりも気になっていることがあった。

「――めいさん。最近また、お仕事忙しいんですか?」

 とうとう我慢できずに聞いてしまった。それでもこれぐらいはいいだろうと、自分で自分に言い訳しつつ、めいからの返事を待つ。
 するとめいは、ポカン呆けていた。
 いきなりそんな質問が来るとは思わなかったと言わんばかりであり、猫太朗もそれに気づいてにこやかな笑みを浮かべる。

「突然すみません。なんだかいつも以上に、疲れているようでしたので」
「……ありがとうございます」

 笑みとともに会釈をするめい。やはりその表情には、いつもの覇気があまり感じられなかった。

「でも、これくらいどうってことありませんから。気になさらないでください」
「それならいいんですが」

 本当はあまり良くはない。しかしこれ以上の追及はできないと思い、食後に出す予定のコーヒー豆の準備に取り掛かる。
 すると――

「あら?」

 めいが視線を横に――正確にはその下に向ける。
 カウンターの中にいる猫太朗からも見えた。クロベエとマシロが、二匹揃ってめいの足元にやってきたのを。

「にゃあっ」
「にぅー、にぅー」
「あら、あなたたちも心配してくれてるの? ありがとう、大丈夫よ♪」

 めいはスプーンを置き、二匹の頭を優しく撫でる。ようやくいつもの笑顔が、少しは戻ってきたのだろうかと、猫太朗はそう願わずにはいられない。

(……あまりこっちから詮索するのも、アレだからな)

 自分の中でそう言い聞かせながら、猫太朗は引いた豆をセットする。お湯を注いでいくにつれて、気持ちは段々と切り替わってゆく。
 そしていつものとおり、美味しいコーヒーが淹れられるのだった。

「どうぞ、食後のコーヒーになります」
「あ、どーもです」

 提供されたそれに、めいはすぐさま砂糖とミルクを入れる。苦みと甘みの入り混じったアツアツの味を一口、こくんと喉に流し込む。

「――はぁ」

 そしてめいは、深いため息をつき、笑顔で正面を見上げる。

「いつもここのコーヒーは美味しいですよ――マスター♪」

 その笑顔に対し、猫太朗も嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます」

 ようやく、少しだけいつもの様子が戻ってきた『ねこみや』の風景。しかしそれも束の間でしかないと、猫太朗は思っていた。

 そしてその日を境に――めいは再び『ねこみや』に姿を見せなくなった。

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