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24 莉子、兄に雇ってもらう
しおりを挟むその日――莉子は猫太朗たちのところに泊まることが決まった。
三人で閉店後の掃除などを行っている最中、莉子はモップを動かしながらウキウキとした表情を浮かべている。
「ふんふんふーん♪ 楽しみだなぁ、めいさんとのガールズトーク♪」
あとでめいに割り当てている部屋へ布団を運び入れ、寝る前に二人であれこれ話そうと思っているのだった。
踊るような動きで掃除をする妹を見て、レジ締め作業中の猫太朗が苦笑する。
「ガールズトークって、そんなにワクワクするものなのか?」
「勿論だよ!」
莉子が笑顔で即答する。
「特にめいさんとは、色々と話してみたかったからねぇ……それはもう色々と♪」
「……何で二回も言ったんだよ?」
「大事なことだから」
その自然なやり取りは、今日出会ったばかりとは思えないほどであった。お互いに今までの人生で、色々とあったことは間違いない。しかしそれは、互いが互いに対して関係ありそうでないのもまた確か。
細かいことは気にしない。兄妹として出会えたことを素直に喜ぼう。
それが二人の間で自然に導き出された結論なのであった。
「――ところで、莉子?」
ゴミ捨てに向かっためいが、まだ戻ってきていないのを確認し、猫太朗は手を動かしながら尋ねる。
「莉子はマシロやクロベエの言っていることが……『分かる』のか?」
その瞬間、モップを動かす莉子の手がピタッと止まる。そしてフッと小さく笑みを深めながら振り向いた。
「まぁ、なんとなくだけどね」
惚けることも、そして否定することもしなかった。どちらもする意味はなく、むしろ莉子のほうから話しかけようとしていたほどだったりする。
「小さい頃はそうでもなかったんだけど……家を飛び出したあたりから、妙に感じるようになってきてね。この『ねこみや』に来た瞬間、妙にザワザワしたのが色々と聞こえるような……そんな気がする」
「そうか」
軽く首を傾げながら語る莉子に、猫太朗は納得を示す。
「莉子も立派な、神坂家の人間だってことだ」
「――やっぱりそうなる?」
「それしかないだろ。ここだって、元々は本家の敷地だったんだし」
「へぇー、そうなんだ?」
「そういえば、まだ言ってなかったっけか」
猫太朗はうっかりしていたと思いながら、簡単に語った。かつてここには、隣にある小さな自然公園を含めて、大きな神坂家の屋敷が建っていたのだと。
当主を務めていた祖父が亡くなり、猫太朗が受け継いでこの形にしたのだと。
「――なるほどねぇ」
それを聞いた莉子は、そんな事情があったんだと、ギュッとモップの柄を握り締めながら興味深そうに聞いていた。
「喫茶店はともかく自然公園だなんて、兄さんも思い切ったことしたんだね」
「まぁ、殆ど町に寄付した……というか売ったようなもんだけどな」
「有料の駐車場にするっていう手もあったんじゃないの?」
「こんな住宅街の隅っこに、わざわざ車止める場所借りようなんて人はいないよ」
「そっか。駐車場のないアパートもなさそうだもんね」
無論、探せばあるのかもしれないが、そのようなところに住む者は、そもそも駐車場を必要としない人だろう。車を持っているのならば、駐車場付きの住まいを借りたり買ったりするのが基本だからだ。
「それにおかげさまで、この喫茶店もそれなりに人気があってな。まぁ、なんとかやっていけてるって感じだよ」
「ふーん。じゃあ、赤字とかにはなってないんだ?」
「むしろ少しばかり忙しいくらいかな」
「へぇ」
苦笑しながら答える猫太朗に、莉子は興味深そうに頷く。そしてそのまま俯いて数秒ほど考えていた。
「よし、これでレジ締め終わりっと」
猫太朗が満足そうに頷いていたその時、莉子が振り向いてきた。
「……ねぇ、兄さん」
「んー?」
「私をここで雇ってもらうことって……できる?」
「そりゃまた、藪から棒だね」
目を丸くしながら視線を向ける猫太朗に、莉子は「だよねー」と小さく笑う。
「実はさ。ついこないだ、私のバイト先が急に閉店しちゃったのよ」
「そりゃ大変だね」
「うん。それでちょうど新しいとこ探しててさ。ここは雰囲気もいいし、通うのもそんな不便じゃないし……なにより前の仕事も喫茶店だったから、兄さんを困らせるようなことは、多分ないと思う。というわけで――どうかな?」
上目づかいで尋ねてくる莉子。それに対して猫太朗は、特に表情を変えることもなく平然に、顎に手を当てながら考える。
特に狙っていたわけではないが、流石に反応しなさすぎではないか――莉子がほんの少しだけむくれたのは、ここだけの話である。
「――いいんじゃないですか、猫太朗さん?」
するとそこに、声とともに裏口に繋がるドアが開かれた。
「めいさん……」
「すみません。つい、今のお話を聞かせてもらっちゃいました」
驚きながら振り返る猫太朗に、めいは悪戯っぽく笑みを零す。そして改めて店内を見渡していった。
「今日もお客さんいっぱい来てましたし、猫太朗さん一人じゃキツいんじゃないかなぁって、私も見てて思ったんです。試しに研修がてら手伝ってもらうという形にしてみるのはどうですかね?」
「うーん……確かにもう一人くらいいると、かなり助かるんですよねぇ……」
再び少し考え、猫太朗は小さな笑みとともに莉子へ視線を向ける。
「じゃあ何日か研修も込みで、よろしく頼めるかな?」
「ありがとー♪ 明日から早速頑張るね」
莉子が嬉しそうな笑顔で答えると、猫太朗は軽く驚きを見せた。
「また随分と張り切ってるな。別に来週からでもいいんだぞ?」
「善は急げだよ。今夜は兄さんのところに泊まるんだし、ちょうどいいじゃん」
「まぁ、それは確かに言えてるか」
次のバイトを探している莉子からすれば、予定はずっと空いている状態。ならば日を改める理由もないということに、猫太朗は改めて気づく。
「なら早速で悪いけど、簡単な履歴書みたいなのを書いてもらえるか? 正式に雇う以上、どうしても必要なんでね」
「了解ですマスター♪」
「ハハッ、別に呼び方まで変えなくてもいいよ」
「そうなの? じゃあ遠慮なく『兄さん』って呼ぶね♪」
「あぁ」
どこまでもご機嫌な子だなぁと、猫太朗も思わず微笑ましくなってしまう。新しいバイト先が見つかったことに対する喜びか、それとも兄妹で一緒に働けることに対する嬉しさか。
後者に至っては、猫太朗自身も割と当てはまると思ってはいた。
まだ実感こそあまりないが、出会えた実妹と友好的な関係となれるのは、普通に大歓迎なのも確かだった。
それは、めいも感じていることであり――
「なんでしたら、お二人で一緒に暮らしてもいいんじゃないですか?」
唐突にそんなことを提案してきたのだった。
「兄妹としての時間を取り戻す意味でも、悪い選択肢ではないと思いますけど?」
「……まぁ別に、僕はそれでも構わないっちゃあ、構わないんですがね」
猫太朗の口から出た言葉は、本人の素直な気持ちであった。言われて初めて気づいたため、軽く驚いたような反応となったのである。
しかしそれに対して、莉子は含みのあるような笑みを浮かべてきた。
「それはそれで魅力的ですけど、お二人の邪魔もしたくありませんから」
「えっ? 邪魔って、何が?」
めいはきょとんとした表情を莉子に向ける。猫太朗も同じくであった。そんな二人からの視線に、今度は莉子が戸惑いの表情を見せる。
「何がって……兄さんとめいさんって、夫婦の一歩手前的な関係じゃないの?」
三人の間で空気が停止したような雰囲気と化した。そんな中、クロベエとマシロはどうでもいいと言わんばかりに、大きな口を開けて欠伸をしていた。
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