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37 エピローグ(後編)~未来を見守る猫たち
しおりを挟む「――それじゃあ兄さん、めいさん。お先に失礼しまーす♪」
「はーい。お疲れさまでしたー」
「お疲れさまー」
今日も一日、賑やかな営業を終えた。閉店作業も粗方終わったところで、莉子が入り口の扉から出ていく。
振り向きざまに笑顔を見せ、去ってゆく妹を見送りながら、猫太朗はしっかりと施錠をする。ちゃんと入り口の看板が『CLOSE』になっているかどうかを確認するのも忘れない。
「さてと……じゃあ僕たちも上がりましょうか」
「そうですね。お夕飯どうします? 昨日は和食でしたけど」
「久々に中華が食べたいですね」
「あ、じゃあ麻婆茄子なんてどうですか? 江津子さんから、いいお茄子分けてもらったんですよー♪」
「それはいいですね。では、お願いしていいですか?」
「はいっ、お任せください!」
仕事上がりのこのような会話も、毎日の恒例であった。
二人は現在、一緒に住んでいるのだ。と言っても彼らからすれば、もはや特別なことでもなんでもない。
元々、療養を兼ねて一時的に一緒に暮らしてはいたため、違和感はなかった。
「……猫太朗さん」
それでもめいは、やはり思わずにはいられなかった。立ち止まって振り返る猫太朗を見上げ、改めて告げる。
「あなたには本当に、感謝してもしきれません。会社を辞めて『ねこみや』に転がり込んだ私を、あなたは何も言わず受け入れてくれた」
「いえ。なんとなくこうなるだろうって、僕も予想はしてましたから」
「それでも、ワガママを通したことに変わりはありません」
「仕方がなかったとも言えますよ。めいさんとマシロが一緒に暮らすには、こうするのが一番でしたから」
猫と暮らせて、なおかつこの『ねこみや』に通いやすい物件は、まさしく猫太朗の住まいぐらいしかなかった。
もっとも彼女を受け入れた理由は、決してそれだけではない。
「それに僕も、この形を望んでたんですよ。あの時は結構楽しかったですからね」
「えぇ。ずっと続けばって……私も思ってました」
両手を胸元でギュッと握り締めながら、めいは俯く。
「あなたと出会っていなかったら、私は今頃どうなっていたか……正直、想像したくもないくらいです」
「でしょうね。初めて見ためいさんの顔は、それはもう酷かったですから」
空を仰ぎながら猫太朗は改めて思い返してみる。
あの虚ろな目は、いつ死んでも構わないと思っている目だった。そしてマシロのためなら、どれだけ自分を犠牲にしても構わないという、完全に望ましくない覚悟を背負ってもいた。
彼女を放っておきたくなかった――今となってはそれもよく分かる。
「なんてゆーか、よくここまで回復したものですよ」
「自分でもそう思います。間違いなく、今はこれまでよりも最高に楽しいです!」
「それは光栄ですね」
正直、会社勤めしていた時に比べると、圧倒的に収入が少ないのは否めない。しかしそれは些細な問題だったのかもしれないと、めいは思っていた。
これまではずっと、金を稼ぐことしか考えてこなかった。
自分のことをないがしろにして、ただひたすらがむしゃらに生きてきた。
それはそれで必要なことだったとは思う。しかし生きるというのは、それだけでは駄目なのだと――めいはこの数週間でそう思うようになった。
もっと早く気づきたかった。しかし気付けないよりはいいのかもしれないと、そんな気持ちも含めて。
「これも全ては、猫太朗さんの喫茶店のおかげです」
「いえ、それは少し違うと思いますよ」
「えっ?」
まさかの答えにめいは目を見開く。それに対して猫太朗は、小さく笑った。
「恐らく……いえ、間違いなく僕だけでは、絶対に無理でした。あの子たちがいてくれたからこそですよ」
そして視線を、二匹の猫たちに向ける。どうしたの、と言わんばかりに首を傾げて見上げてくるその姿が、なんとも愛らしくて仕方がない。
「ある意味この喫茶店は『猫の喫茶店』――つまりはそーゆーことなんですよ」
「……なるほど。それを言われると、納得しちゃいます♪」
二人の男女は笑い合う。まるでずっと長いことそうして来たかのような、自然な姿を披露していた。
「そういえば――」
ここで猫太朗が、唐突に思い出した。
「めいさんってもうすぐ誕生日なんですね。莉子から聞きましたよ」
「あぁ、確かに。自分でもすっかり忘れてました」
「何か欲しい物があれば、遠慮なく言ってくださいね。プレゼントしますから」
「えっ?」
「ただ単にお祝いするだけじゃ、正直つまらないですし」
サプライズをしようとしない点は、描太朗らしいと言えるだろう。それについてはめいも何も思わない。
むしろ逆に、聞いてくれたこと自体がチャンスでもあった。
「……なんでも、いいんですか?」
「僕の可能な範囲であれば」
「猫太朗さんじゃないと叶えられないことです」
「それは光栄ですね。で、めいさんは何が欲しいんですか?」
猫太朗が振り向いたところで、ようやく彼女が顔を真っ赤にしてモジモジとしていることに気づく。
そして――
「指輪が、欲しいです。できれば、その……左手薬指に嵌める的な物を……」
小声でありながらもハッキリとした口調で、しっかりと描太朗の顔を真正面から見上げながら、そう言ったのだった。
猫太朗は数秒ほど呆気に取られたが、すぐさまフッと小さく穏やかに笑う。
「分かりました」
「えっ?」
「次の休みに、二人で一緒に買いに行きましょう。あまり高いのは、期待しないでいただけると嬉しいですけどね」
肩をすくめながら猫太朗が苦笑する。それに対してめいは、聞き間違いではないかと自分の耳を疑った。
「ホ、ホントにいいんですか? 勘違いとかしてませんよね?」
「してませんよ。ジューンブライドはもう完全に過ぎちゃいましたけど、めいさんの純白なドレス姿は、僕も見てみたいですし」
「――っ!」
その瞬間、めいは両手で口元を抑え、目に涙が浮かび上がる。そんな彼女の両肩にそっと手を添えながら、猫太朗は優しく語り掛けた。
「名前は――『神坂めい』で、いいですよね?」
「はい」
「苗字が変わるから、そのエプロンも新しいのにしないといけませんね」
「……はいっ!」
それから数秒後――二人の影が一つとなった。
二匹の黒猫と白猫が、しっぽをゆらゆらと揺らしながら黙って見上げる。そして顔を見合わせながらニッコリと笑った。
『よかったねー』
『うん、ホントによかった♪』
果たしてその声が聞こえたかどうかは――二人のみぞ知ることであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本作のストーリーは、これにて完結となります。
ここまで当作品にお付き合いくださった皆様。本当に感謝しております。
ありがとうございました<(_ _)>
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