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第一章 色無しの魔物使い
004 アリシアと錬金術師
しおりを挟む「はーい、動かないでねー」
チョキチョキチョキチョキ――と、リズミカルにハサミを動かす音が響く。
アリシアがマキトの散髪を行っているのだ。
夕食中、彼の長い髪の毛が皿に盛られたシチューに付着したのを見て、これはなんとかしなければなるまいと、アリシアは謎の使命感に追われた。
――別に髪の毛なんてテキトーでいいよ。
――私の気が許せないからダーメ!
散髪開始前にそんなやり取りがあったのは、ここだけの話である。
「ところで、マキトのいた世界に『冒険者』っていうのはいなかったの?」
散髪しながらアリシアが尋ねると、マキトは目を閉じながら率直に答える。
「多分いなかったと思う」
「そっか。じゃあ冒険者ギルドっていうのも……」
「聞いたことない」
「だよね」
本当は夕食中に話そうと思っていた会話の内容であった。しかしマキトが食べるのに夢中となってしまったことに加え、アリシアも食べたら散髪してあげなければという気持ちが募り、お互いに会話どころではなくなってしまっていた。
しかしながら結果的に、こうして落ち着いて会話できる状態に持ち込むことができたため、結果オーライと言えるのかもしれない。
「その冒険者って、魔物狩りをしたり素材を集めたりするんだっけ?」
マキトが問いかけると、アリシアはハサミを動かしながら頷く。
「そんな感じ。他にも護衛とか荷物運びとか、お仕事の種類は色々あるんだよ」
「へぇー」
物珍しそうに反応するマキトを見て、アリシアは改めて思う。マキトの暮らしていた世界は、こちらの世界とは大きく違うのだと。
アリシアからすれば、冒険者という名の職業は当たり前の存在である。
剣などの武器や魔法を駆使して魔物を退治していく姿は、子供たちにとって憧れの的であった。両親が冒険者という子供も多く、親の背中を見て自分も――そんな声もあちこちで見られている。
しかし、マキトはそのいずれにも当てはまらない。
無理もない話だ。そもそも魔物や魔法が存在していない世界ならば、こちらの世界とは勝手が違い過ぎる。すぐにそれを理解しろというのも難しいだろう。
「――よし、こんなもんかな」
それから十数分が経過したところで、アリシアはハサミを止める。そして姿見を持ってきてマキトの前に置いた。
「おぉ、頭軽くなった」
「でしょー♪」
アリシアもうんうんと満足そうに頷く。鬱陶しかった長い髪の毛を、失敗することなくサッパリと仕上げることができたからだ。
しかし――
(髪の毛があちこちに跳ねてるなぁ……まぁ、シャワーで洗えば直るよね?)
綺麗にして乾かせば、少しはマシになるだろうと思いながら、マキトをシャワー室へと放り込み、体の隅々まで綺麗にするよう強要する。
アリシアも年頃の女子であり、ちゃんと体を綺麗にしない者を家の中に置いておきたくはなかったのだ。
そして十数分後――シャワーを浴び終えたマキトが着替えて出てきた。
「あー、サッパリした♪」
アリシアから借りた半袖のシャツとハーフパンツに身を包むマキト。体からも石鹸の匂いが漂ってきており、綺麗になったことがよく分かる。
しかし――髪の毛があちこち跳ねている状態は、まるで変わっていなかった。
「な、なんで……?」
アリシアは思わず呆然として、マキトの頭を指さしてしまう。
「あぁ、これ?」
マキトも彼女が何を言いたいのか気づき、苦笑しながら跳ねた髪の毛を触る。
「なんか知らないけどこうなっちゃうんだよね。まぁ、気にしなければいいかなってずっと思ってたんだけど……ダメ?」
「うーん……」
そう言われてしまえば、確かにそれまででもある。しかしアリシアは、どうにかしたいという気持ちで頭がいっぱいだった。
せめて何か頭に――そう考えた瞬間、アリシアはピンと閃いた。
「ちょっと待ってて!」
そう言ってアリシアは、タンスの中を漁り出す。そこから青いバンダナを一枚取り出してきた。
マキトの髪の毛をタオルでよく拭き、しっかりと乾かす。そこにアリシアはバンダナを巻き付けていく。
「よし、できた!」
ポンとマキトの頭に手を乗せながら、アリシアは再び彼の頭を姿見に映し出す。あちこちに跳ねていた髪の毛が、バンダナで見事綺麗に抑えられ、明らかに見栄えが良くなっていた。
「これからは、バンダナ着用は絶対だからね!」
「う、うん……」
アリシアの妙に圧を込めたその言いつけに対し、マキトは頷く以外の選択肢は存在していなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝――食事を済ませたマキトは、アリシアの錬金術を見学していた。
昨夜は自身の散髪の件で時間を費やしてしまったため、翌日――すなわち今日に先延ばしとなっていたのだ。
「ポーションってどーやって作るんだろうな?」
「ポヨポヨ」
マキトの腕の中でスライムがプルプルと震える。昨夜はスライムも、アリシアの家に一緒に泊まったのだ。
食事からシャワー、そしてマキトと一緒に睡眠に至るまで、とても大人しい。本当に害をなす生き物と言われていたのかと、アリシアが朝食の席で首をかしげていたほどであった。
そしてそれは現在、錬金の準備をしながら思っていることでもあった。
「その子、本当に大人しいわね」
「別に不思議なことでもないんじゃない?」
苦笑するアリシアに対し、マキトはあっけらかんと言う。
「動物も仲良くなれば大人しくなるし、魔物も同じってことだと思うけど」
「はぁ、そーゆーモノかしらねぇ」
軽くため息をつきながら、アリシアは素材として使う薬草を脇に並べる。
「へぇー、ポーションって薬草から作るんだ」
興味深そうにマキトが言うと、アリシアは何故か得意げな気持ちに駆られた。
「そうよー? 薬草は回復薬を錬金する際の基本であり、全てといっても過言ではないと言われているくらいなの。つまりそれぐらい大事だってことね」
アリシアが薬草を掲げると、マキトは軽く顔をしかめる。
「なんか苦そうだな。昨夜飲んだポーションは、結構甘かったけど」
「そりゃ錬金する時に工夫してるからね。私が一番最初に作ったポーションは、それはもう苦くて不味くて飲めたもんじゃなかったわよ」
「……マジで?」
「うん」
今度はアリシアがあっけらかんと答え、マキトが呆然とする番であった。
「ポーション一つでそこまで違うモノなのか……」
「まぁね。奥が深いのよ、色々と」
苦笑しながら答えたところで、錬金の準備が終わった。謎の液体が煮立った錬金釜の前で、アリシアは両手を広げながら振り向く。
「それじゃあ始めるわ。アリシアさんの錬金術を、とくとご覧あれー!」
アリシアはクルッとターンを一つして、立てかけていた棒を手に取り、錬金釜の液体をかき混ぜる。
周りに用意してあった素材が、全て錬金釜によって、新たなポーションとして生まれ変わる。マキトからしてみれば、それもまた立派な魔法に見えていた。何がどうしてそのようになるのか、気になって仕方がないくらいであった。
程なくして、アリシアは数種類のポーションをあっという間に完成させる。
「よし、できた!」
額に浮かび上がった汗を手の甲で拭いつつ、アリシアはかき混ぜ棒を釜から出して立てかける。
それと同時に、パチパチと拍手が沸き起こった。
「凄いなアリシア! 錬金術ってまるで魔法みたいだ!」
「ポヨポヨー!」
「フフッ、ありがと♪」
大はしゃぎするマキトとスライムの姿に、アリシアは思わず嬉しくなる。自分の錬金術でこんなに喜ばれたのは、実のところ初めてだったからだ。
するとマキトは、見ていて率直に感じたことを口に出す。
「それにしても、アリシアってよっぽど錬金術が好きなんだな」
「えっ?」
一瞬、何を言われたのか分からず、アリシアはポカンと呆けてしまう。そしてようやく理解したと同時に、顔を赤らめながら慌てふためいた。
「いやいや、急にどうしたのよ?」
「だって錬金してるとき、なんかすっごい楽しそうにしてたから」
「ポヨポヨ」
マキトの言葉に続いてスライムが頷く。その表情と態度からして、からかっているのではないということが分かり、アリシアは戸惑う。
「……マジで? そんなに楽しそうだった、私?」
「うん」
「ポヨッ」
マキトとスライムが即答する。それに対してアリシアは――
「うぅ~っ」
急激に恥ずかしさがこみ上げてしまい、マキトたちから視線を逸らしていた。
そもそもアリシアからすれば、誰かに錬金を見られること自体が非常に珍しいことだったりする。故に、錬金の感想を言われることにも慣れていないのだが、本人はそのことに全く気づいていなかった。
ついでに言えば、そんな彼女の気持ちにマキトたちも気づいていない。
「恥ずかしがることないじゃんか。楽しいってのはいいことだろ?」
「ポヨッ」
故にこうして、純粋な眼差しでハッキリと言ってのけるのだ。
アリシアは心の中で酷く後悔していた。自分は一体、なんてことをしてしまったのだろうかと。
しかしそれも後の祭り。潔く受け入れるしかないのだが、まだアリシアにそこまでの精神は成長しきれていなかった。
「でもホント凄かったなぁ。魔法とはまた違うんだろ?」
「……えぇ、そこは間違いなく違うわよ」
なんとか気を持ち直して返答しながら、アリシアはかき混ぜ棒についた液体を手拭いで拭き取り始める。
そこにマキトは、ふと思ったことを問いかけた。
「アリシアは魔法って使えないのか?」
「使えないわ」
即答だった。声に感情の欠片もなく、周囲から音も消えたような感覚に陥る。マキトやスライムが思わず目を見開いてしまっていたが、アリシアはそのまま俯きながら淡々と続ける。
「私は魔法を使えないの。適性職業も錬金術師だけだったから」
「あぁ……そういえば魔導師とかじゃないと、魔法は使えないんだっけ」
「そーゆーこと」
アリシアの表情に再び笑みが戻り、磨き終えた棒を掲げ、汚れがないことを確かめた上で再び立てかける。さっき感じた冷たい空気は、気のせいだった――とりあえずマキトはそう思うことにした。
するとここでアリシアが、スライムを抱きかかえているマキトに笑いかける。
「マキトの適性は、もう考えるまでもない気はするけどね」
「どんな?」
同じタイミングで首を傾げるマキトとスライムに向かって、アリシアは告げる。
「ズバリ――魔物使いだと思うわ」
それを聞いたマキトは、口を軽く開けて呆然とした。
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