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第一章 色無しの魔物使い
012 魔物に埋もれて過ごす平和なひととき
しおりを挟む目を離した結果、とんでもないことになってしまうのは、よくある話だろう。
たった数分――本当にたったの数分だけだった。
このような言い訳も割と耳にする。
傍から聞けば最低に聞こえる言葉でも、当事者となれば気持ちは分かる。それもまたよくある話ではないだろうか。
だからこそ、決してなくなることがないのもまた事実。保護者という立場の大変さは一言では語れない――そんな叫びをする親という親の気持ちが、アリシアもほんの少しだけ理解できたような気がした。
「キィキィ♪」
「ニュ!」
「ポヨポヨ」
「はいはい順番な」
魔物たちにせがまれ、頭を撫でていくマキト。どう見ても襲われてはおらず、純粋に懐かれていることは間違いない。
だからこそ、アリシアは戸惑わずにはいられないのだった。
たった数分という短い時間で、たくさんの野生の魔物たちに懐かれる――いくら魔物使いといえど、流石にこれは普通ではないだろうと。
しかし現に、マキトはその状態となっている。
故にあり得ることが証明されたのだが、それでもすぐに納得はできない。
総括してアリシアは思った。これは一体どういうことなのだと。
「それにしても、角の生えたウサギとはなぁ。また珍しい動物もいるもんだ」
――いえ、それはホーンラビットという立派な魔物でございます。
アリシアは脳内で即座にツッコミを入れた。
角という武器があるためか、ホーンラビットは攻撃性が高い。興味本位で触ろうとすれば、たちまち角で一突きにされてしまう――これは冒険者でなくとも、基本中の基本とされている知識の一つだ。
ついでに言えば、ヒトに対して警戒心が高いため、ホーンラビットからヒトに近づくことは基本的にない――というより、皆無に等しいくらいでもある。
なのに――
「てゆーかこの角ウサギ、なかなか人懐っこいな。結構可愛いじゃないか」
ホーンラビットが自らマキトに頭を差し出し、嬉しそうに撫でられているのはどういうことなのだろうか。
アリシアが呆然としながら、そんなことを考えていると――
「うぅ~!」
隣から、不機嫌そうなラティの声が聞こえてきた。
「ズルイのです! わたしもマスターにナデナデされたいのですぅーっ!」
ラティはそう叫びながら飛び出した。
「うわっ!」
猛スピードで胸の中に飛びついてきたラティ。それはもはやタックルであり、マキトは座っている切り株から転げ落ちそうになってしまう。
なんとか踏みとどまったところで、マキトは目の前に不機嫌そうなラティが漂っていることに気づいた。
「な、なに? どうかしたのか?」
「どうかしたのか、じゃないのですよっ! テイムしたわたしを放って他の魔物さんたちとイチャイチャするなんて、とってもけしからんことなのです!」
なにやら口調が色々とごちゃ混ぜになっている感じだったが、ラティの勢いが凄すぎて、それを感じ取る余裕はなかった。
現に他の森の魔物たちも、完全に呆気に取られている。
そんな中ラティは、ズイッと頭を差し出した。
「ほらマスター、早くわたしの頭をナデナデしてほしいのです!」
「わ、分かったよ」
「優しくしなきゃ許さないのですよ」
「だから分かったって」
マキトがため息をつきながらラティの小さな頭を撫でる。その瞬間、それまでの苛立ちやモヤモヤが全て晴れたのだろう。
「むふー♪」
満足そうな笑顔を浮かべ、ラティは撫でられる感触に身を委ねていた。トリップしていると言っても差し支えない。
その光景に、他の魔物たちも微笑ましそうに見守っていた。
すると――
「ポヨッ!」
マキトと一緒にいたスライムが、アリシアの存在に気づいた。
「ポヨポヨ! ポヨーッ!」
ボールが弾むように飛び跳ねながら、スライムが鳴き声を上げて呼びかける。こっちにおいでよと言っているのは、なんとなく想像ができた。
だからといって、分かったーと言いながら出て行く勇気もなかった。
スライムはともかくとして、相手は自然界の中で生きる野生の魔物たちなのだ。それ故に見知らぬヒトが急に現れれば――
「――キィッ!」
当然の如く警戒する。別のスライムの掛け声を皮切りに、魔物たちが一斉にアリシアの前に立ちはだかる。
しかも――切り株に座るマキトを守るようにして。
(な、何これ?)
アリシアは驚いた。敵意を剥き出しにしてくる点については納得だが、ごく自然にマキトを庇うとは思わなかった。
――もはやマキトが従えているも同然の状態ではないか。
そんな戸惑いがアリシアの中を駆け巡る。
「大丈夫だよ」
するとここでマキトが、魔物たちに優しく呼びかけた。
「アリシアは悪い人じゃない。皆に襲い掛かったりは絶対にしないよ」
マキトはそう言うと、ラティも笑顔で頷く。
「マスターの言うとおりなのです。アリシアは優しい方なのです」
「ポヨポヨ」
スライムも他の魔物たちに説得していた。自分やマキトがお世話になっているいい人だから、警戒はいらないと。
それでようやく、他のスライムたちが恐る恐るアリシアに近づき出した。
アリシアも近づきながらしゃがみ、そっと手を差し出す。スライムの一匹がそこにぴょんと飛び乗り、そのままプルプルと震える。
やがて安心できると判断したのか、スライムはご機嫌よろしく跳ねだした。
それを皮切りに他のスライムたちもアリシアに群がっていく。
「わっ、ちょ、待ってっ!」
あっという間にアリシアは、スライムたちによって埋め尽くされていく。始めの一歩を乗り越えたということなのだろう。放たれていた警戒心は、驚くほど感じられなくなっていた。
(まさか私が魔物とじゃれ合う日が来るなんてね。それにしても……)
アリシアはスライムたちを構いながら、マキトのほうを見る。再びホーンラビットの頭を撫でたり、体をコチョコチョ擽ったりして、楽しそうに遊んでいた。
もはやホーンラビットも、マキトにすっかり懐いたようであった。
(これも、マキトの魔物使いとしての才能なのかしら? それともマキトには、まだ隠された何かがあるのかな?)
アリシアはそんなことを考えながら、ひんやりとしたスライムの感触を堪能していくのだった。
◇ ◇ ◇
「うーん……やっぱり無理か」
ホーンラビットを優しく抱きしめながらも、マキトは首をかしげる。テイムを試してみたらどうかと、ラティから勧められたのだった。
確かにこれだけ懐かれていれば、テイムも可能かもしれない。現にホーンラビット自身も乗り気であり、自らテイムされに行こうとしたほどであった。
額に立派な角があるため、ラティやスライムの時と同じようにはできず、代わりに優しく抱きしめるという選択をした。心と心が通じ合えば、テイムはできると考えたのだが――スライムと同じ結果を辿ってしまう。
それからマキトは、別のスライムを相手に試してみたが、やはり何も反応が出ることはなかった。
「なーんか成功する感じが全然しないぞ……」
マキトは魔物たちを下ろしながらため息をついた。
「やっぱ【色無し】の影響かなぁ? これ以上やっても意味ない気がしてきた」
「でもでも、わたしは一発で成功したのですよ?」
「そこなんだよな」
どう考えてもその疑問に行きついてしまう。何故ラティだけは、すんなりテイムできたのかと。
単なる偶然なのか。それとも何か裏があるのか。
いずれにしても分からないことだらけ――それだけは間違いないと言える。
「……ん?」
ここでマキトは、足元に芋虫のような魔物が近づいていることに気づく。
「どうしたー? お前も試してくれって言ってるのかー?」
まるで小さな子供をあやすような口調とともに、マキトは迷うことなく、それをひょいと両手で抱えてしまった。
その瞬間――
「マキト、危ないわよ!」
アリシアが血相を変えて叫び出す。
「それはポイズンワーム! 触ったら大変なことになるわ!」
「え、大変なこと?」
マキトはアリシアが慌てている意味が分からず、のほほんとしながら両手で抱えた芋虫をマジマジと見つめる。
しかしその行動が、更にアリシアを慌てさせるのだった。
「あーもう! いいからさっさと放しなさ――」
「待ってなのです!」
慌てふためくアリシアをラティが制する。何よ、と叫び出そうとする前に、ラティが口を開いた。
「マスターはなんともないのです」
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまうアリシア。そして改めて見ると、確かにラティの言うとおりであることが分かった。
ポイズンワーム――その名のとおり毒を持つ芋虫である。
体から常に毒のエキスを分泌させ、敵から身を守る性質を持っているのだ。触れれば肌が被れたり、場合によっては大事に至ってしまうこともある。
故に思いっきり両手で触っているマキトにも、反応が出て然るべきであった。
しかしマキトには、今のところ何の反応も出ていない。アリシアは何を慌ててるんだろうと、首をかしげている以外は。
「ギィーギィー」
すると、芋虫ことポイズンワームが鳴き声を発する。どうやら何かを伝えようとしているようであった。
「――あぁ、そうだったのですね」
「ギィー」
ラティがポイズンワームと会話を進めていく。そして粗方話し終えたところで、アリシアのほうへと振り向いた。
「この子が毒を出すのは、あくまで敵を相手にするときだけだそうなのです。どうやらマスターは敵でないと判断したので、毒を出してないみたいですね」
「えっ、じゃあいつも毒を出してるワケじゃないってこと?」
「そうみたいです」
「へぇー……」
ポイズンワームの新たな事実を知り、アリシアは思わず呆けてしまう。
そんな彼女たちをよそに、マキトはマイペースにポイズンワームにもテイムを試していた。
しかしやはり結果は変わらず。残念そうに首を左右に振っていた。
「やっぱりダメかー」
「魔物さんたちも残念そうにしているのです。テイムされてみるのも面白そうとか言ってますね」
「そっか。ゴメンなーテイムできなくて」
申し訳なさそうにマキトが言うと、魔物たちはいっせいに首を左右に振ったり鳴き声とともに足元にすり寄ったりしてきた。
気にしないでという意味のことを言っているのだろうと、アリシアは思った。
「それにしても、ここまで野生の魔物に懐かれるってだけでも凄いわね」
「そうかな?」
実感のないマキトは首を傾げる。それに対してアリシアは苦笑した。
「そーよ。でもまぁ、納得できそうな部分もあるけどね。妖精のラティをテイムできたという実績はあるワケだし」
「それとこれとは、あまり関係ない気がするけど……」
ラティの頭を撫でながら、マキトが軽くため息をついた。
その時――
「へぇ、その妖精は【色無し】小僧がテイムしたのか。そりゃスゲェもんだ」
第三者の声が聞こえ、マキトたちは驚きながら振り向く。
炎を吐く蜥蜴――レッドリザードと呼ばれる魔物を連れた青年が、ニタニタと笑いながら近づいてきていた。
ちなみに、レッドリザードの額には、ラティと同じような紋章が付いていた。
青年は親指で自分を指しながら、偉そうな口ぶりで言い放つ。
「俺は魔物使いのダリル。その妖精を渡せ。この先輩である俺様にな!」
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