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第二章 ガーディアンフォレスト
051 透明色
しおりを挟む「……まさか俺が、この世界の人間だったなんてなー」
しかもエルフ族の血を引いているというオマケ付きである。それ故に、マキトは無意識に自分の耳を触り始めた。
「耳の長さは、普通の人間と変わりないけど……」
「マキトの場合はクォーターだからね」
そんな彼の様子にアリシアが苦笑する。
「私よりもエルフ族の血は薄いと思うし、体の特徴を受け継がなかったのも、あり得る話だと思うよ」
「ふーん、そーゆーもんか」
とりあえずマキトは納得することにした。理屈はどうあれ、見た目が人間と全く変わりないことは事実であり、そのことを気にする理由は全くなかった。
「むしろマキト君の場合、それで良かったと言えるかもしれないわね」
ユグラシアがテーブルの上で手を組みながら言う。
「マキト君のいた地球という世界は、この世界で言う人間族しかいない世界。つまりエルフ族や魔人族の類はいないということになるわ。そんなところに、エルフ族みたいな耳を持つ子がいたとしたら……」
そこまで言った瞬間、アリシアがハッとした表情を見せる。
「あ、そっか。変わった子と思われても不思議じゃないですよね」
「それだけならまだしも、下手をすれば化け物と呼ばれる可能性もあり得るわ」
ユグラシアの言葉に、周囲の空気が少しだけ重々しいそれとなる。
確かにありそうだと思ったのだ。特にアリシアからすれば、人間以外の種族がいないという現象が、そもそも想像すらつかない。そんな世界で自分みたいな外見的特徴の全く異なる者がいたら、どんな目で見られるか。
やはりどう考えても、悲惨な日常を送る羽目になっていた気がする――アリシアはそう思った。
「結局のところ……俺って何なんだろう?」
マキトがため息交じりにそう言った。
「エルフの血が入っている以外は、人間と変わりないってことだもんなぁ」
「一応、他にもエルフ族ならではの特徴はあるけどね」
そう言いながらアリシアは、切り分けた果物をロップルに差し出していた。それを嬉しそうに受け取るロップルに笑みを浮かべつつ、人差し指を立てながらマキトに視線を向ける。
「他の種族に比べると長生きの傾向が高いし、病気にかかりにくい丈夫な体を持っていたりするんだよ」
「ふーん。あ、そう言われてみれば……」
マキトの中に思い当たる節があった。むしろ、思いっ切り当てはまっている気がしてならないと言えるほどの。
「昔からケガしてもすぐに治っちゃうし、風邪も小さい頃以外は、全然ひいたことないんだよな」
「……大きな病気とかは? 何日もベッドで寝込むような」
「全然」
恐る恐る問いかけるユグラシアに、マキトは平然と首を左右に振る。嘘をついている様子も全くなく、本心で語っているのが見て取れた。
「あはは……どうやらマキトは、エルフ族としての特徴も、それなりに受け継いでいるみたいね」
アリシアが苦笑する。それについては同意だとユグラシアも思っていた。
「少なくとも、素質は間違いなくリオ――父親譲りだと言えるわね。彼も魔物使いとして、たくさんの魔物と友達になっていたから」
「そうだったんだ」
マキトが物珍しそうに笑みを浮かべながら反応する。
「やっぱり、ラティみたいな妖精とかもテイムしてたのかな?」
「さぁ……霊獣を連れていたのは見たことがあるわ。とにかく色々な種類の魔物を従えていたことだけは、間違いないわね。何せ――」
コポポポポ――と、ユグラシアはお茶のお代わりをカップに注ぐ。
「リオは稀に見る【透明色】の持ち主だったから」
「……とうめいいろ?」
思わずひらがな表記になってしまうほどの棒読み。ここに来て急に知らない言葉の登場に、マキトは目を丸くした。
ラティやロップルは、よく意味が分かっていないのか首をかしげるばかり。しかしアリシアは、どういうことですかと言わんばかりに、表情を硬くしてユグラシアをジッと凝視していた。
分かっているわと言わんばかりに、ユグラシアが微笑みながら頷く。
「その名のとおり、見えないけれど確かに存在する【色】よ。攻撃、防御、回復のどれにも当てはまる類稀な存在で、魔物使いであった彼も、全ての【色】に該当する魔物をテイムしていたわ。恐らくだけど――」
ユグラシアは、マキトとラティたちに視線を向ける。
「その【透明色】も、恐らくマキト君は受け継いでいるんじゃないかしら?」
「……ラティとロップルみたいに、【色】が違う魔物をテイムできたのは、そのせいだったのか」
ようやくマキトは、最初の疑問に対する答えに辿り着けた気がした。
そもそも【色無し】という事実こそが間違いだったのだ。あらゆる【色】に恵まれる存在であったなら、ラティやロップルのように【色】の異なる魔物を両方テイムできたことも、合点がいくというものだ。
「良かったわね、マキト!」
アリシアも同じことを考えており、嬉しそうな表情を浮かべる。
「ちゃんとした【色】の持ち主ってことが分かったから、ギルドに登録して冒険者になることも、できるかもしれないわ」
「……それはどうかしらね?」
しかしユグラシアは、アリシアの言葉に対して苦々しい反応を示した。
「確かに【色】は存在しているかもしれないわ。でも『見えない』ことにも変わりがない以上、ギルドでどれだけ鑑定しても、【色無し】と判断されることは、避けられないと思うのよ」
要するに証明する方法が、今のギルドには存在していないのだ。存在自体は過去に明かされたが、今ではそれを信じる者は殆どいない。
過去に【色無し】が苦し紛れに広めた与太話――そう思われているのだった。
仮にマキトがこの話をギルドに持ち込み、全てを明かしたとしても、偶然か何かだと判断され、本当の意味で信じてもらえないのが関の山。ギルドに登録できないという結果に変わりはないのは、目に見えていた。
【透明色】という事実がいくら判明したところで、世間的な評価においては何のプラスにもならない――つまりはそういうことなのだった。
「そっかー。折角いい話になったと思ったのになぁ」
「残念なのです。マスターの凄さを周りに知らしめるチャンスでしたのに……」
心の底から残念そうにするアリシアとラティ。まるで自分のことのようにショックを受け、項垂れている傍ら、マキトはどこか開き直っている様子であった。
「まぁ、それならそれで別にいいけどな」
両手を後ろで組み、背もたれに深く体を預けながら、マキトは空を仰ぐ。
「とりあえず、分からないことが大体分かっただけでも良かったよ。スライムとかが全然テイムできない理由は、まだ全然だけどな」
「あー、そう言えばそれもありましたねぇ」
すっかり忘れていたと言わんばかりに、ラティが頷く。
妖精や霊獣はすぐさまテイムできたのに、スライムなどのありふれた魔物が、何故か全くテイムできない――それも立派な謎の一つに違いはない。
「私もディオンから話に聞いたわ。今でもそれは変わらないのよね?」
「まぁ……正直どうしてなのかが分からなくて」
ユグラシアの問いかけに、マキトは答えながら頬を掻いた。
「やっぱりこれも、俺の過去と何か関係があるとか?」
「何か分かることはありませんか、ユグさま?」
「うーん、そうねぇ……」
マキトに続いてラティに問いかけられ、ユグラシアは腕を組みながら悩ましげな声を出す。
そして数秒ほど考えるが――
「ゴメンなさい。こればかりは流石に分からないわ」
お手上げであった。マキトの過去に何か関係している可能性はあるだろう。しかしユグラシアも、彼の全てを知っているわけではないのだ。故にどうしても考えるための情報が足りなくなり、限界が訪れる。
今がまさにその時なのであった。
「せめて十年前のマキト君について、もう少し詳しい人がいれば……」
「そっか……まぁ、別にそのうち何か分かればいいけど」
マキトが明るく笑うと、アリシアが呆れたようにため息をつく。
「また妙なところでお気楽よねぇ」
「だって分からないのに考えてても仕方ないじゃん」
「それはそうだけど……」
苦々しい口調のアリシア。そこにラティが、新しいクッキーを手に取りながら笑みを浮かべる。
「でも、なんだかマスターらしいのです」
「キュウッ!」
「だろ?」
「あなたたちねぇ……全くもう」
そんなマキトとアリシア、そして魔物たちのやり取りを見ながら、ユグラシアはどこか懐かしむように目を細くした。
「この開き直り方も、彼にそっくりね……」
ポツリと呟かれた言葉は、マキトたちの耳に入ることなく、そのまま彼らの喧騒によって、かき消されるのであった。
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