透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第二章 ガーディアンフォレスト

063 少女たちの別れ

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「テメェら! 何おめおめと手ぶらで帰ってきやがった!!」

 ダリルが二匹の魔物たちに怒りをぶつける。自分の思いどおりにいかなかった苛立ちに他ならないため、もはや八つ当たり以外の何物でもない。
 それは魔物たちも理解しているのだろう。
 ただ黙って、軽くそっぽを向きながらやり過ごそうと決め込んでいる。ダリルに対する恐怖は微塵にも感じておらず、むしろ早くこの怒鳴り声が収まってくれないかなぁと言わんばかりに、うんざりとすらしている様子であった。
 ダリルもそれをなんとなく感じており、余計に苛立ちを募らせる要因となってしまっているのだった。

「くっ……役立たずのくせして、澄ました顔してんじゃねぇ、よっ!!」

 ダリルがアロンモンキーの胸板に、苛立ちと怒りの全てを込めた拳を、思いっきり叩きつける。
 しかし――

「いっでえええぇぇーーーっ!!」

 ダメージを受けたのはダリルのほうであった。アロンモンキーの体は一件細く見えるのだが、その硬さは凄まじい。ヒトの何倍もの筋肉量が、無駄なくスリムに凝縮されているのであった。
 当然、胸板も決して例外ではない。まるで鋼鉄の壁を殴ったようであり、ダリルは痛みと衝撃による痺れで地面をのたうち回っている。
 アロンモンキーには全くもってダメージはない。むしろ、何やってるんだこのどうしようもないマスターは、と言わんばかりにため息をつきながら、呆れた表情で見下ろす始末である。
 ダリルが痛みに構うことに必死であったため、それに気づかなかったのは、果たして幸運と呼ぶべきだろうか。

「はぁ、はぁ……くそっ、どいつもこいつもコケにしやがって……」

 まだ痛みが続く右手をさすりながら、ダリルが愚痴をこぼす。いずれも自業自得な部分が多い結果なのだが、本人は相変わらず気づこうとすらしていなかった。
 その代わり彼は、別のことに気づいて、ハッとした表情を見せる。

「……よくよく考えてみたら、別に今ここで、さっきのガキを相手にする必要なんざなかったんだよな。俺の目的は、封印された霊獣――ガーディアンフォレストをテイムすることなんだからよ」

 そう思った瞬間、彼の中から苛立ちや怒りがスーッと消えていった。代わりに誇らしさが湧き上がってくる。

「目先の怒りに捕らわれて、目的を見失っちゃあ世話ねぇよなぁ。ったく、俺としたことが、どうかしちまってたみたいだぜ。ハハッ!」

 それはそれで、確かに間違ってはないだろう。しかしダリルの心は、完全に勝ち誇った気持ちで満たされていた。
 有り体に言えば、いつもの如く調子に乗ってしまっていた。
 やはり自分は頭のいい優秀な魔物使いなのだと。一度堕ちても這い上がれるくらいの頭脳を持っているのだと。
 果たしてそれが自分を保つためなのか、それとも彼本来の性格故なのか。それは誰にも分からない。

「ブルースも全然見つからねぇし、こうなったら俺一人で、ガーディアンフォレストの封印を解いてやる。そしてその霊獣をテイムして、もう一度輝かしき日々に返り咲いてやるぜ。ナーッハッハッハッ!!」

 すっかり機嫌が戻ったダリルは、大きな声で笑いまくる。もうすぐ夜が近づく森でそんなことをすれば、下手に魔物を呼び寄せるだけとなってしまうのだが、今の彼には何を言ったところで意味はないだろう。
 アロンモンキーもブラックバットも、それをなんとなく理解していた。
 故に何も言わず、ただジッと、明後日の方向を向きながらやり過ごそうと決め込んでいた。

「それにしても……ガーディアンフォレストか。一体どんな霊獣なんだろうな?」

 ダリルはふとそんなことを考える。彼自身、ガーディアンフォレストの外見を全く知らなかったのだった。そもそも資料自体が殆ど存在しないため、知らなくても何ら無理はないと言えるのだが。

「昔は王国を相手に暴れてたっていうくらいだからな。さぞかしデカくて見るからに強そうな姿をしているに違いないぜ」

 ダリルは心の底からそう思い込んでいた。故に気づいてすらいなかった。
 つい先ほど、マキトが腕の中に抱きかかえていた小さな生き物が、その狙いを定めている存在であることを。

「凶悪な魔物を従えるナイスな俺様……その姿を見て、世のオンナどもはこぞって目をハートマークにさせ、一斉にわらわらと群がってくることだろう。全く、優秀でモテる男は辛すぎるにも程があるってもんだぜ。ハッハッハッ♪」

 完全に自分の世界に入り込んでいるダリルの笑い声が、暗くなる森の中を響き渡らせていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


「お帰りなさい、ノーラ」
「た、ただいま……」

 森の神殿に戻って来たノーラは、笑顔のユグラシアに出迎えられていた。
 しかしノーラの気は重い。不審者から襲撃された上に、マキトたちと離れ離れになってしまったのだ。これは自分の責任だ――ノーラはそう強く感じており、叱られる覚悟でユグラシアに助けを求めるべく、戻って来たのだった。

「あ、あの、実は……」

 事は一刻を争う。そう思ったノーラは、勇気を振り絞って打ち明ける。

「ノーラ、マキトたちとはぐれた。襲われて逃げていて、気がついたらノーラ一人だけになってた」
「えぇ。全て見ていたわ。大変だったわね」

 しかしユグラシアは笑みを浮かべ、ノーラの頭を優しく撫でる。肩透かしを食らった気持ちとなり、ノーラはポカンと呆けてしまう。

「……怒らないの?」
「今回ばかりは不可抗力だもの。逃げるという選択肢は最善だったと思うわ。それにあなたが無事で、本当に良かった」

 にっこり微笑むユグラシアに、ノーラはくすぐったそうに『ん』といつもの声を出しながら頷く。
 そこにアリシアたちも、外に出てきた。

「ユグラシア様、早くマキトたちを探しに行かないと……」
「それは分かっているわ。けど――」

 ユグラシアは空の様子を見上げる。綺麗な夕日が今にも沈みかけていた。

「もうすぐ夜になるし、今から森に出るのは危険よ。探すのは明日にしたほうが得策だと思うわ」
「そんな……」

 アリシアは言葉を失う。夜になってしまえば、間違いなくマキトたちだけでは帰ってこれない。だからこそ早く探しに行きたかったのにと、アリシアはもどかしい気持ちでいっぱいであった。
 そんな彼女に、ユグラシアは優しく肩にポンと手を乗せる。

「幸い、マキト君は一人じゃないわ。魔物ちゃんたちも一緒だし、森の魔物たちもきっと味方をしてくれる。一晩くらいなら、なんとか過ごしてくれるわよ」
「で、でも! やっぱり心配で……」
「アリシア」

 その一言が空気を変えた。声色も明らかに変わっており、感情的になりかけていたアリシアの表情が、一瞬にしてピタリと止まる。
 彼女の視線は、神妙な表情で見据えてくるユグラシアに釘付けとなっていた。

「あなたの気持ちは分からなくもないわ。でも、気持ちを優先させて危険な目にあわせるワケにもいかないの。それに、さっきも言ったわよね? マキト君は一人じゃないって。少しくらいあの子たちのことも、信じてあげたらどうかしら?」
「…………」

 ユグラシアの言葉に何も言い返せず、アリシアは俯いてしまう。そこにメイベルが歩いてきて、アリシアの背中に優しく手を添えた。

「アリシア、ここは耐えるところだと思うよ。ベストを尽くすためにもさ」
「メイベルに一票だね。アリシアが飛び出して何かがあれば、あの男の子たちに余計な心配をさせるだけだとあたしも思う」

 ブリジットも、力強い声で励まそうとしてきた。しかしすぐにその表情は、申し訳なさそうな笑みと化す。

「本当は、あたしたちも残って協力したいところだけど……」
「そろそろ帰らなくてはなりませんからね。ただでさえ無理してここまで来てしまっていますし」

 そう。セシィーの言うとおり、メイベルたちは出発しなければならなかった。
 あくまで三人は、魔法学園の修学旅行中なのだ。これ以上自分たちの都合を優先させることは、流石に難しいところであった。

「大丈夫よ」

 アリシアが笑みを浮かべた。

「あの子たちなら大丈夫。私も少しだけ、信じることにしたわ」
「……うん」

 メイベルもまた、笑みとともに頷く。アリシアの笑顔が無理やりであることは分かっていたが、それでも落ち着こうと必死になっているのだと悟り、ここは黙って受け入れることにしたのだった。

「――グワアアアァァーーーッ!!」

 するとそこに、一匹のドラゴンが飛んでくる。それは神殿の前で降り立った。

「よぉ、お嬢さんたち。このディオンさんが迎えに来たぞ」

 ディオンが颯爽とドラゴンの背中から飛び降りてくる。

「森の入り口に、馬車を一台待たせてある。キミたちの先生にも、俺のほうから連絡はしておいたから、多少は遅くなるだろうが叱られはしないだろうさ」
「ディオン。この子たちの護衛を、よろしく頼むわね」
「お任せあれ!」

 なんだかとんとん拍子で話が進んでいる気がする――アリシアがぼんやりとそう思っているところに、メイベルが手を差し出してきた。

「アリシア――私たちはこれで行くわね」
「うん。色々とありがとう」

 ギュッと握手を交わしながら、アリシアが頷く。するとメイベルが、顔をそっとアリシアの耳元に近づけ、周りに聞こえないように囁いてきた。

「実家のこと、私のほうでも少し調べてみるよ。ちょっと気になるからね」
「――メイベル」
「フフッ、また会える日が楽しみだよ♪」

 顔を離しながら、メイベルは笑顔を見せる。夕日に照らされているせいか、とても眩しく見えてならなかった。
 そして三人は、揃って大きく手を振ってくる。

「アリシアー、ユグラシア様ー、また遊びに来ますねーっ!」
「お世話になりましたー!」
「さようならー!」

 別れの言葉をかけてくる三人に対し、ユグラシアとアリシアも笑顔で手を振り返している。ノーラも二人がしているからと言わんばかりに、一緒になって控えめながら手を振っていた――どこまでも無表情な点は、相変わらずであったが。
 ドラゴンに乗ったディオンが飛び立ち、ユグラシアの発動させた魔法陣が三人の少女たちをすっぽりと包み込む。
 森の入口へと転移させる魔法陣が、三人の姿を忽然と消すのだった。
 静けさが戻った神殿の中庭に、夕暮れの冷たい風が吹きつける。

「あの子たちと、すっかり打ち解けたみたいね」
「えぇ……」

 ユグラシアの呟きにアリシアが頷く。
 メイベルと出会ったのは、果たして偶然だったのだろうか。もしかしたら運命の巡り合わせだった可能性もありそうな気がすると、アリシアは思っていた。

「さぁ、私たちも神殿の中へ戻りましょうか」

 そしてユグラシアは、アリシアとノーラに笑みを向ける。

「マキト君たちを助ける対策を、急いで立てないとね」
「――はいっ!」
「ん」

 アリシアとノーラは力強く頷いた。
 必ずこの手で助ける――そう胸に誓いながら。

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