70 / 252
第二章 ガーディアンフォレスト
070 キングウルフ
しおりを挟む「――ロップル!」
「キュッ!」
マキトがそう叫んだ瞬間、ロップルが防御強化を発動させる。キングウルフの鋭い牙に咬まれるも、鋼鉄のような硬さと化した体には、傷一つ付かなかった。
すかさず距離を置くキングウルフ。同時に防御強化の効果も切れる。
攻撃を防ぐことに成功したが、マキトの表情は苦々しい。ロップルの能力は立て続けに発動させることができないのだった。それだけまだ経験値が足りていないことを意味しており、不足故の厳しさを味わう羽目にもなっている。
更に言えば、ロップルができるのは、あくまで防御のみ。相手に攻撃することは全くできないのも欠点と言える。
能力で強化された体に攻撃して、その硬さがカウンターとなって自滅してくれるのを期待したくなるのだが、そう上手いこともいかない。現にキングウルフも、様子見と言わんばかりに軽く咬みついただけであり、マキトたちの状況が最悪であることに変わりはなかった。
なんとかして攻撃しなければ、間違いなく負けてしまう――それはマキトだけでなくラティも同じことを考えていた。
しかし――
「うぅ~!」
ラティが悔しそうに唸り声を出す。
「何で変身できないのですか! こないだはちゃんとできたのに~!」
隠れ里のときと同じように、ラティは戦おうとした。しかし今回は、どう力を込めても大きな姿に帰ることはできなかった。
無理もない話である。あの時はアリシアの調合した魔力ポーションを間違えて飲んだからこそ成し遂げられたようなもの。いわば偶然の賜物だ。いきなり素の状態からやろうとして、一発で上手くいけば苦労もしない。
実際、隠れ里から帰ってきてからも、ラティはこっそりと練習をしていた。
自分もマスターの役に立てることが分かり、とても嬉しかったのだ。
しかしそれ以来、全く変身できることはなかった。今はできなくともピンチの状況であればできるかもしれない――そんな淡い期待を抱いていたのだが、結果は御覧の有様である。
(ヤバいな……ロップルの力で守る以外、打つ手がない……)
のしかかってくる重たい絶望感に、マキトは顔をしかめる。
ラティが魔法で攻撃する手もあると言えばあるが、キングウルフを撃退させるほどの威力は期待できない。ラティもそれをよく分かっているが故に、変身して戦おうとしたのだ。
「――グルゥ!」
キングウルフが一鳴きしつつ、視線をわずかに傾ける。
その先には――
「あの狼さん、霊獣ちゃんを狙っているのです!」
「マジかよ」
舌なめずりをしているキングウルフを見て、マキトは思った。恐らく霊獣を食べようとしているのだと。
霊獣もそれに恐怖しているのか、ブルブルと震えて動けなくなっていた。
「グルル――グルァアッ!!」
キングウルフが再び飛び出し、霊獣に向かって鋭い牙を開く。
「させるかっ!」
マキトもすかさず動き、頭の上に乗るロップルが防御強化を発動。しかしキングウルフも、先ほどの攻撃で学習したのか、軽く咬んだだけで即座に飛び退く。
そして間を置かずに、再び霊獣目掛けて飛びついた。
(くそぉっ!)
もはや考える間もなくマキトは動く。そして――
「ぐ、うぅっ――!」
霊獣を抱きかかえ、身を挺する形でキングウルフに咬まれた。庇った腕の部分に鋭い牙がぐっさりと刺さっており、そこから赤い血がみるみる流れ落ちる。
「マスター!」
「だ、大丈夫だ!」
ラティの叫びに、マキトが痛みに耐えながらも答える。キングウルフとマキトの視線が交錯し、互いに睨み合う形となった。
敵意剥き出しにしてくる魔物が目の前にいる――本気で恐ろしいと感じた。
しかしマキトは、ここから一歩も引くつもりはなかった。
「にゅー……」
「安心しろ」
不安そうに見上げてくる霊獣に、マキトは無理やり笑みを浮かべる。
「お前は俺が、絶対に守る!」
明らかに苦悶の表情であった。しかしその気持ちは、誰が何を言おうと揺るがない強さを秘めていた。
「グルルルル……グルゥッ!」
キングウルフもそれを感じ取ったらしく、腕から牙を放して距離を置く。
マキトの腕から血が流れ続けるが、彼自身はそれを気にも留めず、霊獣を抱きかかえたまま、キングウルフから目を離そうとしない。
『――どうして?』
その時、どこからか声が聞こえてきた。
『どうしてぼくをたすけるの? ぼくはずっとこわがっていたんだよ?』
聞こえるというより、頭の中に直接響いてきている――そう言ったほうが正しいような気がした。
とにかくそれは確かに聞こえていた。
切羽詰まっている状況故に、マキトもそれを不思議に思う余裕はなかった。
「どうしてもこうしてもないよ」
ただ、無意識に理解はできた――この霊獣が話しかけてきていると。
「俺が助けたいと思った。どんなに嫌われようとも……ただ、それだけだ」
感情的にならず、淡々とマキトは言い切った。確かな力強さを添えて。
視線はずっとキングウルフに向けられ、霊獣のことを一瞥たりともしていない。笑顔を見せるなどをして、下手な機嫌を取ろうとしているわけではないと、嫌でも分かってしまう。
それ以前に霊獣は、不思議な気持ちに包まれていた。
今まではマキトに近づこうとも思わなかった。一緒にいるのも逃げるため。それ以上でもそれ以下でもなかった。
マキトの顔を見る度に、何故か蘇る光景――それが苦痛で仕方なかったから。
しかし今は違う。こうして抱きかかえられているにもかかわらず、嫌な光景がちっとも浮かんでこないのだった。
その代わり、新たな光景が頭の中に浮かんできていた。
――どんなに嫌われようと、俺はお前を愛し続けてやるからな。
自分の知らない声が、脳内に響き渡る。マキトを見ていると何故か、その言葉がハッキリと再生されてしまう。
苦痛ではない。嫌だとも思わない。むしろ心地いいくらいだ。
ずっとずっと待っていた。その声を聞きたかったと、長い夢の中で願い続けていたような――そんな気がしていた。
「わたしも同じ気持ちなのです!」
ラティがマキトの隣に並びながら叫ぶ。
「マスターにばかり傷つけさせはしないのです。わたしも戦うのですっ!」
「キュウキュウーッ!」
マキトの頭の上で、ロップルもそうだそうだーと小さな手を突き上げながら、精いっぱい鳴き声で示してきた。
皆で霊獣を守る――その気持ちが改めて一致した瞬間でもあった。
そしてそれは、霊獣にも伝わっていた。
またしても不思議な感覚に包まれ、口を開きかけた瞬間――
『な……なに?』
新たな光景が浮かび上がる。そのフラッシュバックは、これまでのそれとは明らかに何かが違っていた。
今と殆ど変わりのない光景であった。自分は誰かに抱きかかえられている。その誰かは自分を見下ろし、そして――笑っていた。
――必ずお前を助けるからな。
それは間違いなく、マキトの声ではない。しかし聞いたことのある声だった。
他の魔物たちも一緒に、自分を守ってくれようとしている。皆が自分を気にかけてくれている。
遠い昔に感じたその温かさが、今――ここに蘇る。
『――ぼくが』
気がついたら動こうとしていた。何をするべきなのかも、自分に『何が』できるのかも全て、自分の奥底にある見えない何かが、勝手に理解している。
「お、おいっ!?」
暖かな腕の中から、霊獣は飛び出した。マキトの驚く声は聞こえていない。ただ目の前の敵をジッと見据えていた。
体の震えは不思議とない。今はただ、それをするだけのことであった。
『ここは……ぼくが!』
霊獣が集中し、全身に力を込める。その瞬間、森がざわめいた。
光の粒子が木々から噴き出し、それは全て一直線に、霊獣へと集まってくる。やがてそれは霊獣を包み込み、光とともに姿形を変えていく。
光が晴れ、新たな姿となった霊獣に、マキトたちは驚きを隠せない。
「へ、変身……したのか?」
キングウルフに負けないほどの巨大な狼と化した霊獣は、マキトの呟き声に答えるかの如く、凄まじい雄たけびを上げた。
流石にこの展開は、キングウルフも予想外だったのだろう。驚きを隠せず、大いに戸惑いながら霊獣を凝視していた。
――ここから反撃開始だ!
そう言わんばかりに唸り声をあげ、霊獣が勢いよく飛び出そうとした。
「そこまでです!」
しかしその瞬間、どこからか待ったの声がかけられる。
緊迫した空気が一瞬にして散ってしまい、霊獣もマキトたちも、何事かと周囲をキョロキョロと見渡していた。
一方、キングウルフは驚くこともなく、噴き出していた敵意も完全に収める。
そして歩いてきた人物を、黙って出迎えるのだった。
「ご苦労様でした。よく務めを果たしてくださいましたね」
「ウォフッ♪」
その人物に頭を撫でられ、キングウルフは嬉しそうに鳴き声を上げる。それはそれで驚きなのだが、それ以上にマキトたちは、現れたその人物の正体に対して、驚かずにはいられなかった。
「ジャ、ジャクレン……さん?」
ラティが引きつった声で呼びかけると、その人物ことジャクレンが、申し訳なさそうに振り向きながら苦笑し、会釈をしてくるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
異世界での異生活
なにがし
ファンタジー
役職定年を迎えた男が事故に巻き込まれケガをする。病院に運ばれ治療をしていたはずなのに、なぜか異世界に。しかも、女性の衣服を身に着け、宿屋の一室に。最低な異世界転移を迎えた男が、異世界で生きるために頑張る物語です。
最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
病弱な僕は病院で息を引き取った
お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった
そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した
魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。
死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。
命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。
自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる