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第三章 子供たちと隠れ里
092 歩み寄らない二人
しおりを挟む穏やかだった空気が、一瞬にしてピリッと張り詰める。
アレクから断言されたマキトは、ほんの少しだけ眉をピクッと動かす。誰が見ても意見を取り入れようとしていない表情であった。
そんなマキトに対して、アレクは一歩前に出ながら真剣な表情を向ける。
「そうやって魔物とばかり仲良くならずに、僕たちみたいなヒトと、もう少し仲良くしたほうがいい。ヒトと魔物は生きる世界が違うんだ。それはキミだって、よく分かっているハズだろう?」
いきなり何を言い出してくるのか――それがマキトの抱いた、アレクの言葉に対する率直な感想であった。
マキトの口から、面倒だという気持ちを込めた重いため息が漏れ出る。
「……別にどうしようと、そんなの俺の勝手でいいだろ?」
「いいや、よくない!」
アレクは間髪入れず否定してきた。まさに聞く耳を持たないとはこのことか。
「僕はキミのためを思って言っているんだぞ! 何故それが分からないんだ!?」
「いや、そんなの知らないよ」
言葉に熱が入り続けるアレクに対し、マキトはどこまでも冷めていた。
ため息をつくその表情は、苛立ちをも完全に通り越している。どうして俺がこんな奴を相手にしなければならなないんだと――例えて言葉にするならば、そんなところだろうか。
「そーゆーアンタこそ、何で俺に突っかかってくるんだよ?」
マキトは心の底からうざったそうにアレクを見上げる。
「別に知り合いでもなんでもない他人なのに、そこまで言われたくないし」
「何を言っているんだ? こうして自己紹介しあって、交流しているんだから、もう僕たちは他人同士ではないだろう?」
「……はぁ?」
アレクの言葉に、マキトは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
いよいよもって意味が分からなくなってきた。確かに現時点で交流はしているかもしれないが、仲良くなった覚えはない。ついでに言えば、アレクたちのことに対して興味の欠片もない。
故に何を言われようが響かない。その言葉が正しいか否か以前の問題であった。
どれだけアレクから説教じみたことを聞かされようと、マキトからすれば『何を言ってるんだコイツは?』程度でしかない。
仮にそのまま五人揃って立ち去られたところで、変な奴だったなぁと思い、すぐに忘れてしまうだろう。
どう考えても『他人』という言葉が、ピッタリな気がしてならなかった。
「ね、ねぇ、アレク? いきなりそんなこと言わなくても……」
流石に見かねたメラニーが、アレクを抑えようとする。
しかし――
「メラニーは黙っていてくれないか。ここは僕に任せておいてくれ!」
やはりアレクは、聞く耳を持っていなかった。謎の正義感がメラメラと燃えてしまっており、もはや止められそうにもない。
リリーとサミュエルも、またかと言わんばかりに頭を抱える。
普段はリーダーとして皆を引っ張って行くアレクも、強すぎる正義感から、正しさを人に押しつけようとする傾向が高い。それによって相手を怒らせることも少なくはなかった。
しかし正論に違いはないため、周りの大人たちもアレクの意見を尊重する。
故に言われた相手が泣き寝入りすることのほうが圧倒的に多く、それが地味に敵を増やす原因にもなっていた。
それでも彼の評判が下がらないのは、彼の人望と実力の高さありきだ。
何だかんだで、アレクがいてくれると安心する――それは誰もが認めていることだったのだ。
しかしながら今回は、状況が全くと言っていいほど異なる。
今までは自分の領域内でのことだった。しかし今は、その領域外であることを、アレクは自覚していなかった。
「キミは魔物と分かり合えていると思っているんだろうけれど、そんなのは単なる思い込みに過ぎない。所詮、魔物は魔物――僕たちヒトと同じ世界で生きようとするのがそもそもの間違いなんだから」
肩をすくめながらアレクは語る。その表情はどこか誇らしげであり、自分は正しいことを言っているんだと酔いしれているようであった。
そんな彼に対して、マキトはどこまでも冷淡な視線を向けていた。
コイツはさっきから一体、何を言っているんだ――そう言わんばかりに。
正直な話、マキトはアレクの相手をするつもりなどなかった。好きなだけ言いたいことを言えばいい、別に知ったこっちゃないからと。
しかし、マキトを慕う魔物たちは――
「あーもー、何なのですかっ! さっきから黙って聞いていればーっ!!」
少し前から我慢の限界を迎えていたのだった。
「あなたにマスターの何が分かるというのですか! 偉そうに好き勝手決めつけるのは止めてほしいのですっ!」
『そうだそうだー』
「キュウッ! キュウキュウーッ!!」
魔物たちがこぞって、非難を込めた視線と鳴き声をアレクにぶつける。それ相応の迫力にアレクは驚きを示し、やがてやっぱりかと言わんばかりに、見下すような視線を魔物たちに向ける。
「ほら見ろ。そうやってすぐに殺気をぶつけてくるのがいい証拠じゃないか! やっぱり魔物はおぞましくて危険な存在なんだ!」
「言いがかりは止めるのです!」
すかさずラティがアレクに言い返す。
「そもそも誰だってあんなこと言われたら、怒って殺気の一つや二つくらいぶつけたくなるのですよっ!」
ラティたちだけではない。森の魔物たちも皆、アレクたちを敵視していた。折角の楽しい時間に水を差してきたためであり、無理もない話である。
そこに――
「キィッ!」
一匹のスライムが怒りを込め、アレク目掛けて飛びかかる。そのスライムは、アレクたちが最初に出会ったスライムであったが、誰もそれに気づかない。
「――させるかっ!」
ジェイラスが咄嗟に、両腕を前で交差させながら、アレクの前に踊り出る。スライムの体当たりが、ジェイラスの鍛え上げられた腕にぶつかった。
身を挺して守られたアレクは、緊迫した表情を浮かべる。
「ジェイラス!」
「ぐっ……それなりに効いたぜ!」
軽く苦悶の表情を浮かべるも、口元は笑みを浮かべるジェイラス。スライムも体勢を立て直しつつ、ジェイラスを一直線に睨みつけていた。
「スライムのくせに、なかなかいい根性してやがるな……面白れぇ、来いよ!」
一歩も引く様子を見せないスライムに、ジェイラスはワクワクした気持ちがこみ上げてきていた。
アレクが軽く手を伸ばしながら声をかけようとしたが、その前にジェイラスがスライムに向けて拳を構え出す。
「この俺様が相手になってやる! 覚悟しやがれやスラ公!」
「――キィーッ!」
望むところだ――そう言わんばかりに、スライムも表情を引き締めるのだった。
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