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第三章 子供たちと隠れ里

098 魔力スポットでパワーアップを!

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「お主たちか……我が里に訪れた者たちというのは?」

 隠れ里の光景にマキトたちが呆然としていたその時、老人のような声がどこからか聞こえてきた。
 振り向くと、年老いたホーンラビットが近づいてきている。
 もしかしてこの里の長老なのだろうか――マキトはなんとなくそう思った。

「ワシはこの里で長を務めておる。気軽に『長老』とでも呼んでくれ」
「あ、やっぱり長老だったんだ」

 思わず声に出してしまったマキトだが、小さな声だったためか、長老ラビットからの反応はなかった。
 するとここでラティが、物珍しそうな表情で口を開く。

「ここの隠れ里は、ホーンラビットさんが長老を務めているのですね」
「如何にも。向こうのジジィ――長老スライムからも、お主たちのことは事前に連絡を受けておる。数が若干多いようじゃがな」

 長老ラビットはアレクたち五人をジッと見つめる。その視線に五人は思わず息を飲んだ。歓迎されていない流れなのか――そう思ったアレクは、なんとか場を繋ごうと口を開こうとした。
 その時――

「ところで、長老さんってホーンラビットでいいのか?」

 マキトが先に言葉を放ってしまい、話しかけようとしたアレクは、そのまま口を軽く開けたまま硬直する羽目となってしまった。
 それに気づくこともなく、マキトはマイペースに話を続ける。

「一回り大きいのもそうだけど、体の色も全然違うし」
「あ、それわたしも気になっていたのです。どうなのでしょうか?」
「ノーラも知りたい」

 ラティに続いてノーラも興味津々な表情を向ける。ロップルやフォレオも、教えてと言わんばかりにジッと見つめていた。
 それに対して、長老ラビットはふぅとため息をつく。

「よく聞かれることじゃがな。ワシは紛れもなくホーンラビットじゃよ。魔力スポットの影響なのか、自然と色が変わったんじゃ」
「へぇ、そうだったのか。魔力スポットってそんなに凄いんだな」

 マキトは思わず感心してしまう。その反応を嬉しく思ったのか、長老ラビットは得意げにフッと笑みを零す。自分が暮らしている隠れ里が、素直に褒められた気分になったためであった。
 するとその時、サミュエルが戸惑いながら一歩前に出てくる。

「て、てゆーかさ! あのホーンラビットの長老さんも、普通に喋ってるよね?」
「確かにな……俺はむしろ、そっちのほうにビックリしちまってるぜ」

 ジェイラスも腕を組みながら頷く。他の三人も驚きの表情で頷いていた。すると長老ラビットは、得意げな笑みを浮かべながら目を閉じる。

「ワシにかかればヒトの言葉など造作もないわい。もっともこの里でヒトの言葉を話せるのは、ワシぐらいしかおらんがの」

 それを聞いた瞬間、アレクたち五人は『おぉー!』と感心の声を上げていたが、マキトたち――特にマキトとラティ、そしてロップルは、波ならぬ既視感を覚えて顔を見合わせていた。

「それ、スライムの長老さまも、殆ど同じこと言ってましたよね?」
「気軽に『長老』とでも呼んでくれ――ってのもそうだな」
「……あのジジィが」

 ラティとマキトの言葉に、長老ラビットが忌々しそうに歯を噛み締める。

「そもそも口が軽すぎるんじゃあのスライムジジィめ。いくら知り合いと言えど、魔力スポットの場所は簡単に教えていいもんじゃないというに……」

 ブツブツと文句を呟く長老ラビットに、アレクたち五人は戦慄する。今にも暴走して手あたり次第襲い掛かって来るんじゃないかと、そう思えてしまったのだ。
 もっともマキトたちからすれば、単なる『些細な苛立ち』以外に感じられなかったこともあって、苦笑を浮かべるばかりであった。
 故にそれほど戦慄している様子もなく、マキトは長老ラビットに尋ねる。

「なぁ、長老さん。この隠れ里の魔力スポットで、ラティたちの特訓をさせてもらえないかな?」
「わたしたち、もっと強くなりたいのです!」

 マキトに続き、ラティたち魔物のまっすぐな視線を受け、長老ラビットは呆気にとられる。それまで抱いていた苛立ちがスッと抜け落ちてしまい、なんとも言えない気持ちに駆られていた。

「……まぁ、別に構わんよ。魔力スポットを荒らすようなマネさえしなければな」
「わーい♪」
『これでとっくんできるー!』
「キュウッ!」

 とりあえず断る理由が見つからないため、そう返事をすると、ラティたちは揃って大喜びをしていた。
 案内を務めたホーンラビットは、役目を終えたと言って帰って行った。
 それを見送ったところで、それぞれが動き出す。
 まず、真っ先に動き出したのはジェイラスであった。この隠れ里を隅々まで探索すると息巻いて、スライムとともに走り出す。そしてリリーも、隠れ里に生息する薬草を探したいと言って歩き出していく。
 アレクも少し探索してくると言って歩き出していった。その表情が少し浮かない様子であったことに、メラニーたちは気づかない。

「では、ワシらは魔力スポットへ行くとしようかの。ついてきなされ」
『はーい!』

 マキトとノーラと魔物たち、そしてメラニーとサミュエルの二人が、長老ラビットに続く形で歩き出す。
 しかし、実際は案内してもらうまでもなかった。流れてきている魔力の粒子が、立派な道しるべとなっていたからである。
 やがて辿り着いたそこは、とても神々しい別世界のような場所であった。
 木の壁に囲まれ、湧き出している泉の中央に存在している水晶のような岩から、煌びやかな粒子が溢れ出ている。
 そこが特別な場所であることは、もはや考えるまでもなかった。

「こ、これが魔力スポットなのか?」
「凄い……こんなにも魔力が満ち溢れているなんて……」

 予想を遥かに超えていたその光景に、サミュエルとメラニーは驚きを隠せず、今にも言葉すら失ってしまいそうになっていた。
 一方、マキトたちは初見ではないため、それなりに落ち着いている。むしろ前に訪れた魔力スポットと、冷静に比較を始める始末であった。

「よーく見ると、微妙に違うもんなんだな」
「ん。それも魔力スポットの不思議。世の中がとっても広い証拠」
「なるほどねぇ」

 マキトとノーラがそんなやり取りをしている傍で、早速ラティとフォレオが動き出していた。
 泉の前に立ち、目を閉じて集中し出す。魔力スポットから溢れる魔力が、ラティとフォレオに集まってきた。
 ラティたちが吸収しているようにも見えるし、魔力が自らラティたちに向かっているようにも見える。果たしてどちらが正しいのかは分からない。言えることがあるとすれば、互いに反発し合っておらず、むしろ受け入れ合っているようにしか見えないということぐらいだろうか。

「――キュッ!」

 ロップルもノーラの腕の中から飛び降り、ラティたちから少し離れた位置に立って目を閉じる。
 ラティとフォレオとは違い、単なる真似事に等しい。しかし魔力そのものが認識したのか、次第にロップルにも粒子が集まってくるのが確認できた。

「キュウ~♪」

 気持ち良さそうな声を出すロップル。温かい風呂に浸かっているような気分に駆られており、ふんわりと浮かび上がるような感じがしていた。
 そしてその傍では、ラティとフォレオの表情も段々と堅苦しさが取れ、風の流れに身を任せるかの如く両手を広げた。

「……着実に魔力を吸収してるって感じだな」
「ん。これぞまさに順調。わざわざここに来たかいがあった」

 呟くマキトの隣でノーラが頷く。魔力に包まれて体が光り出すラティたちを、特に慌てる様子もなく黙って見守っている二人の姿に、サミュエルとメラニーは戸惑いを覚えていた。

「さ、流石は魔力スポット……いかにも何かが起きているって感じだね」

 サミュエルが引きつった笑みを浮かべる。未知の光景を立て続けに見させられているためか、段々と夢を見ているのではとすら思えてきていた。
 そしてメラニーも、若干混乱している様子で、マキトに話しかける。

「ね、ねぇ、マキト君? あれってホントに大丈夫なの?」
「うん。多分」
「多分って……そんな呑気な……」

 どこまでも淡々としているマキトに、メラニーは思わず脱力して項垂れる。これまでのやり取りからして、魔力スポットでの特訓が初めてではないということはなんとなく分かるが、それでも気になって仕方がなかった。
 しかしマキトは『多分』と答えたっきり、無言のまま見守っている。
 そもそもメラニーに視線を向けてすらいない。聞かれたから答えただけ――そんな感情のなさが表現されていた。
 要するにもう、相手にされていない――それを察したメラニーは更に脱力し、もういいやという気分になった、その時であった。

「――あっ、ラティの様子が!」

 ノーラが叫んだ。それと同時に、マキトたちも目を見開く。
 ラティの体が光り出したのだ。そしてそれに反応するかの如く、魔力の粒子も吸収されるかの如く、たくさんの量が集まってきている。
 それは、ラティも感じていることであった。
 暖かい魔力が取り囲む。それがどんどん体の中へ沁み込み、やがて体の奥底に眠る魔力と融合し、馴染んでいく。そしてそれが熱くなり、自分自身が取り込まれていくような感覚に陥る。
 そしてそれが、パァンと弾けるような感覚を味わった瞬間――ラティは変身を遂げていた。

「――ラティ」

 マキトが呆然としながら呟く。
 森の神殿で、アリシアの魔力ポーションの力を借りて成し遂げた姿が、目の前に降臨していたのだった。
 ラティは見事、魔力スポットの魔力を取り込んだことが、ここに証明された。

「これは……」

 変化した自分の体を見渡すラティ。声もしっかりと、低めな大人の女性のそれとなっており、目的どおりとなったことが自分でも理解でき、やがてパァッと晴れやかな笑顔を浮かべた。

「やったのです、マスター! 遂にわたしの力だけで変身できたのです!」

 手をブンブンと振りながら笑顔を振りまくラティ。その姿は、色気溢れる大人の女性が、子供っぽくはしゃぐギャップの高い姿そのものでしかない。故に一度見ているマキトやノーラですら、改めて驚いてしまっていた。
 そして当然ながら、初見である者たちも、驚きで言葉を失っていた。

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