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第三章 子供たちと隠れ里
109 アースリザードを助けろ!(前編)
しおりを挟むしん、と静まり返った。正確に言えば、苦しみもがくアースリザード以外の声や音が聞こえなくなった。
マキトたちはおろかノーラですら呆然とする中、ジェイラスが険しい表情をアレクに向け、その胸倉を掴み上げる。
「おい、アレク! テメェ、それ本気で言ってんのかよ!?」
「当たり前じゃないか」
アレクは驚く様子を全く見せず、どこまでも平然とした表情で即答する。
「むしろキミこそどうしちゃったんだい? 魔物は倒すべき存在だという考えは、キミが一番賛同していただろう?」
「そ、それは……」
ジェイラスは言葉を詰まらせる。確かに少し前――この森に来るまでは、そうだったかもしれない。
けれど、今は――
「……ワリィな、アレク。今は違うぜ」
ジェイラスはフッと笑った。そして胸ぐらを掴んでいたアレクを解放する。
「俺は変わったんだ。この森に来て……コイツらと出会ったおかげでな」
そして、マキトたちのほうを振り向きながら言い切った。強がりではなく、本当に心からそう思っているが故の強さが出ていた。
それはアレクや他の皆にも伝わっており、思わず呆気にとられるほどであった。
「とりあえず、この丸太をどうにかしてどかさないとだよな……」
アースリザードを下敷きにしている丸太の山を見上げながら、マキトが呟く。アレクたちのやり取りなど、まるで興味を示していなかった。
そしてそれは、ノーラや魔物たちも同じくであった。
「ん。アースリザードを助けるには、丸太を取り除くしかない」
「でもでも、どこからどかしていくのですか? 下手に引き抜いても、崩れ落ちるだけだと思うのです」
『ただでさえ、いまにもくずれそうだもんね』
「キュウッ」
ノーラやラティたち魔物も、完全にアレクたちから視線を外している。敢えてそうしているのではなく、ごく自然な形で。
ここまで完膚なきまでにスルーされたことはなかった。それ故にアレクは、思わず呆気に取られてしまっており、マキトたちに手を掲げてはいるが、上手く言葉が出てこないでいた。
すると――
「マキト、俺も手伝うぜ!」
ジェイラスがニッと笑みを浮かべながら、威勢よく申し出てきた。
「力仕事ならお手のもんだ。早くアースリザードを助けてやろうじゃねぇか」
「――あぁ!」
心強い味方ができた――そう言わんばかりに、マキトも嬉しそうに頷く。ノーラや魔物たちも歓迎を示していた。
それに続いて、リリーとメラニーも、表情を引き締め頷き合う。
「私も手伝うよ!」
「あたしも!」
二人がそう申し出たことで、マキトたちやジェイラスは笑顔を見せ、アレクとサミュエルは驚きの表情を浮かべた。
どうして二人まで――そう問いかけたくて仕方なかったが、あまりにもやる気に満ちたメラニーの表情が生き生きとしており、アレクは声をかけるのを何故か躊躇してしまう。
「結構ボロボロの丸太だらけだし、あたしの火の魔法で一気に燃やせば――」
「ダメ。それだとアースリザードも燃えちゃう」
ノーラがピシャリと叩き割るようにツッコミを入れる。無表情ではあるが、その目はどこか冷たさが感じられ、思わずメラニーも勢いを抑えてしまう。
「あ、その、えっと……ゴメン」
「ん!」
分かれば良し、と言わんばかりに胸を張るノーラ。傍から見れば幼女がふんすと胸を張っている可愛らしい姿なので、リリーがなんとなく抱きしめたい気持ちに駆られたのはここだけの話である。
「とにかくよ。早くこの丸太の山をどかしていこうぜ」
ジェイラスが冷静に状況を見渡しながら言う。
「ざっと見たところ、一本一本はそんなに大きくねぇ。慎重に選びながら外していけば簡単には崩れねぇだろう。ここは皆で力を合わせりゃあ、なんとか――」
「まっ、待て! さっきから皆揃って、一体何を考えているんだ!?」
そこにアレクが慌てた口調で割り込んでくる。ウザいと言わんばかりにマキトたちは顔をしかめるが、アレクはそれに全くもって気づかない。
「ソイツは僕たちに襲いかかってきた敵なんだぞ! そんなヤツをわざわざ助けるだなんて、馬鹿げた話にも程がある。悪いことは言わないから止めるんだ! そもそも僕たちヒトが、魔物を助ける義理なんてないだろう!?」
その言葉は、決して間違っているとは言えない。ヒトと魔物では生きている世界が違うことも確かであり、マキトのような魔物使いでもない限り、無暗に干渉すべきではないだろう。
しかし――それはあくまで、最初から全く干渉していなければの話だ。
「アレク」
――ぱぁんっ!!
乾いた音が鳴り響いた。リリーがアレクの頬を張ったのだ。
これには流石のマキトたちも、驚きを隠せない。ジェイラスたち幼なじみ組は、揃って口を開けたまま絶句してしまっている。喰らったアレクに至っては、何が起こったのか理解できてすらいなかった。
「助けたくないなら、そこで黙って見てて。ウザいし邪魔だから!」
いつものふんわりとした優しい声とは全く違う。凍てつくような鋭さを誇る、完全に切り捨てるような声を、リリーがアレクに向かって放った。
それは、幼なじみ組からしてみれば、もはや別人にすら思えるレベルであった。
同姓として気兼ねなく話せるメラニーでさえ、どうしたのと声をかけるのを躊躇してしまうほどに。
「リ、リリー……どうして……」
アレクはなんとか言葉を絞り出したが、未だ訳が分からないままであった。
これまでずっと、リリーは自分の言うことに従ってきた。自分は正しいことを言っているのだから当然だと思っていた。
今回もそうに決まっていると、信じて疑わなかった。しかし現実は違っていた。
従わないどころか、冷たい目で切り捨てに来た。フッと目を逸らす姿は、もはや見る価値もないと言わんばかりだ。
実際、リリーはアレクに、それ以上何かを言うことはなかった。
「さぁ皆、早くあの子を助けてあげよう!」
「お、おぅ……」
リリーの凛とした掛け声に、ジェイラスが戸惑いながら頷く。ここでメラニーも再起動し、今はとにかく動かなければと、気持ちを切り替えるのだった。
「リリーはポーションの準備をお願い。疲れてきたら、皆に飲ませてあげて!」
「分かった! 任せといて!」
拳をギュッと握り締めながら、リリーは力強く頷いた。ポーションを作れる錬金術師だからこその役割――それを全うしなければと改めて思ったのだ。
「よぉし! それじゃあ、いっちょやってやるか!」
ジェイラスが手をパキパキと鳴らしながら、丸太に近づく。
「待ってろよ魔物。もう少しの辛抱だ。すぐにお前を助け出してやるからな」
アースリザードに笑みを浮かべてそう語りかけ、ジェイラスは積み重なった丸太を一本持ち上げる。
大分朽ち果ててはいるが、それでも重さは十分にあった。それを誰もいない脇に投げ捨てると、重々しい音が鳴り響く。
「よし、俺たちもやろう。ノーラはリリーを手伝ってくれ」
「がってん!」
マキトの指示にノーラが敬礼のポーズを取り、リリーの元へ向かっていく。
そして――
「わたしもいくのですよぉーっ!」
ラティが魔力を放出し、自らの体を眩く光らせる。変身しようとしているのだ。大人の女性スタイルになれば、魔力を利用して丸太をどかすことができる――そう考えたのであった。
「――ふぅ、変身完了! さぁて、頑張るのですよー!」
魔力スポットでの特訓の成果が発揮され、無理なく変身を完了させた。それを見たマキトやノーラは、成長した姿に喜びの笑みを浮かべる。
変身したラティが丸太をいとも容易く持ち上げ、運んでいく。膨大な魔力で身体能力も強化されているおかげであり、更に妖精特有の羽根を使った飛行能力も健在であるため、積み上がった上のほうの丸太も、楽々外すことができる。
まさにラティ大活躍の場であり、マキトたちは思わず呆気に取られていた。
「す、すげぇな……妖精ってそんなこともできんのかよ?」
「そういえば、ジェイラスは初めて見るんだっけ」
改めてそれに気づいたメラニーが、してやったりと言わんばかりに笑う。
「あたしも魔力スポットで見たばかりだけど、ホント凄いわよねぇ」
「あぁ。とにかく俺も、負けちゃいられねぇぜ!」
「キィーッ!」
気合いを入れるジェイラスに、スライムが後ろで飛び跳ねながら応援する。それに対してニヤリと笑い、次々と丸太を外していった。
マキトとメラニーが協力し合って、確実に一本ずつ丸太を取り除く。リリーはひたすら錬金を行い、完成したポーションをノーラが運び、それをマキトたちに手渡していった。
このまま調子よく丸太を取り除ければ――そう思った瞬間、壁というものが差し掛かってくることを、ジェイラスが思い知る羽目になる。
「くそっ! これだと俺一人で引き抜くのは無理だな」
その場所からだと難しいが、反対側から誰かが一緒に持てば、簡単かつ安全に降ろせる形であった。一人でも無理やりできなくはないが、アースリザードの安全を考えると、あまりその手は使いたくない。
マキトかメラニーを呼ぼうかと、ジェイラスが声を上げようとした。
その時――
「ジェイラス、僕がこっちを持つよ!」
いつの間にかその反対側に、サミュエルがついていた。
「皆にばかりいい恰好をさせるもんか、ってね!」
「……バカヤロウが」
ニヤッと強がりの笑みを見せるサミュエルに、ジェイラスも小さく笑う。やっと来てくれたかという嬉しさが込められていることは、言うまでもない。
そして、期待もしていた。
あと一人だと。お前が来るのを、ずっと待っているんだぞと。
そんな思いを込めながら、ジェイラスは丸太を下ろしつつ、チラリと振り向く。そこには未だ呆然としているリーダーの姿があった。
「どうして……」
アレクが唇を震わせながら、言葉を紡ぐ。
「どうしてキミたちは、そんな必死になって、魔物を助けようとするんだ?」
皆が一生懸命なのはよく分かる。しかしどうしても納得できなかった。
魔物を助ける義理はない。そこまでするからには、何か大きな理由があるのだろうと思ったが、いくら考えても分からない。
だからアレクは、問いかけたのだ。自分なりに恥を忍んでのつもりであった。
「どうしてって――そんなの決まってるじゃん」
ノーラから受け取ったポーションを飲み干しながら、マキトが答える。
「苦しんでいる魔物を放っておきたくない。ただ、それだけだよ」
手の甲で口を拭きながら笑う彼に、アレクは改めて呆然とするのだった。
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