130 / 252
第四章 本当の親子
130 どんな答えでもいいんじゃない
しおりを挟む(ユグラシア、様……)
その名前が――正確にはあだ名だったが――出た瞬間、アリシアの脳内に、彼女の笑顔が浮かんでくる。
いつもふんわりと包み込んでくれるような暖かさが、どこまでも自分の心を安心させてくれる。他の代わりなんてないくらいの、絶対的な存在。
アリシアにとってのユグラシアは、まさに太陽のような女性であった。
それに対して、実の母と称するセアラはどうだろうか。
少なくとも今の今まで、ユグラシアと同じような感想は抱いたことなどない。むしろ白い靄がかかって息苦しい――そんな感じがしてならなかった。
「だって、ユグさんと話している時のアリシアって、凄い楽しそうだもんな。セアラさんと話している時と比べたら、よっぽど生き生きしてると思うよ」
マキトからそう言われたユグラシアは、なんだか照れくさくなり、おもむろに右手で髪の毛をいじり出す。
「そ、そうかな?」
「うん。セアラさんと話してる時のアリシアって、なんか息苦しそうな感じだし」
それを聞いた瞬間、アリシアは目を見開く。
(まさか私と同じことを考えていたなんて……てゆーかマキトって、そこまで私のことを見てくれてたんだ。ふふっ、そっかそっかぁ♪)
そう考えると、何故か嬉しくなってしまう。恐らくは、弟が思ってくれることを嬉しがる姉のような気持ちなのだと、アリシアは勝手にそう解釈していた。
「それで? アリシアは結局どうするのさ?」
心の中で温かい気持ちを味わっていたところに、マキトの問いかけが来る。急に言われて反応しきれないアリシアは、首を傾げることしかできなかった。
「どうするって……何が?」
「セアラさんのところで暮らすのかどうかってことだよ」
「あぁ……」
アリシアの声が自然と重々しくなる。それに対してマキトは首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「いや、なんてゆーか……暖かくふんわりとした夢から、一気に寒々しい現実に引き戻された気分だなぁ、みたいな」
「……よく分かんないけど、ちゃんと決めなきゃいけないことなんだろ?」
「うぅ」
アリシアは思わず唸ってしまう。確かにマキトの言うとおりだ。この件は、自分の意思でちゃんと決断しなければならない。
ここまで言われても、踏ん切りのつかない自分が情けなく思えてしまう。
それなりの答えは浮かんできている。しかしいざ、それを言葉に出してみようとすると、何故か出てこないのだ。
結局それで守りが入った言葉が浮かんできては、どうにも薄っぺらくて説得力に欠けてしまう。そしてそれが、セアラの押しを強くする要因にもなっており、段々と面倒なことになりつつあるのも分かっているつもりであった。
(まさか、私がここまでヘタレだったなんてなぁ……)
それもこれも、全ては自分がビシッと言えないからこそだということも、アリシアは分かっているつもりであった。故に自己嫌悪に陥ってしまう。マキトに言われて更にそれを思い知った。
ならばこの状況を打破するために考えればいい。
しかし考えれば考えるほど、頭の中に靄がかかっていき、どこをどう進めばいいか分からなくなる。故にまたしてもハッキリとした答えが出せない。
そして再び同じようなことが起こる――まさにそれは負のループであった。
「マキトは、どう思う?」
「どうって言われても知らないよ。別に俺の問題じゃないし」
「……だよね」
我ながらなんて情けないと、アリシアは改めて思う。冷たい返事に思えるが、やはりマキトの言うとおりではあるのだ。
「ただまぁ、俺が思うとすれば――」
しかしここでマキトは、自分なりの感想を述べようとしてきた。まさかそう来るとは思わなかったアリシアは驚くも、マキトはそれに気づかないまま続ける。
「もしアリシアがセアラさんと暮らすってことは、ユグさんのところからこの家に引っ越すってことだろ? 俺だったら絶対にしたくないかもなぁ」
「……どうして?」
「だってすっごい窮屈じゃん。広すぎて」
そう言ってのけるマキトに、アリシアは思わず吹き出して笑う。
「そういえばさっき、晩ごはんのときも言ってたよね。窮屈だって」
「あぁ。毎日あんな感じなのは、やっぱ嫌だね。部屋もなんかキラキラしてて、ちっとも落ち着きやしないし」
「なるほど」
マキトらしい回答にアリシアは微笑ましく思う。これまで抱えていたモヤモヤすらも吹き飛んでしまう感じがした。
そのおかげだろうか――抱えている疑問がアリシアの口からすんなりと出る。
「でも正直、どうすればいいのかなぁって……なかなか答えが出なくてね」
「別にどんな答えでもいいんじゃない?」
そのあっけらかんとした物言いに、アリシアが目を見開きながら振り向くと、さっぱりとした笑みを浮かべるマキトと目が合った。
「要はアリシアがどうしたいのか――それだけのことなんじゃないの?」
それを聞いた瞬間、アリシアの頭の中で靄が晴れた。
確かにそのとおりだと思った。どうすればいいかばかりを考えて、自分自身はどうなのかという気持ちを、考えているようで考えていなかった気がする。
まさに『目から鱗が落ちる』とはこのことか。
マキトからそれを教えられるなんて――またしてもアリシアは、少し恥ずかしい気持ちを味わう。
しかしそれと同時に、心の中がスッキリしていた。
少し難しく考え過ぎていたのかもしれない。要はどちらで暮らしたいのか、それだけのことだったのだと思った。
その瞬間、アリシアの頭の中に、たった一人の女性の姿が浮かんできた。
(うん。やっぱり、私は……)
ようやくアリシアの中で、本当の気持ちが固まったような気がした。
今ならそれを言葉に出すことができる。まずはこれを、隣にいるマキトに聞いてもらおうじゃないかと、アリシアは笑みを浮かべた。
「マキト。私――」
アリシアがマキトに視線を向けたその時だった。
「キュウッ♪」
後ろから鳴き声とともに、マキトの頭に飛び乗ってきた。
「うわっ! ロ、ロップル!?」
「キュウキュウ♪」
マキトの頭の上に乗っかり、スリスリと頬ずりし出すロップル。それはマキトたちからしてみれば、至って普通の光景ではあるが、問題はそこではない。
「わたしたちもいるのですよー!」
その声に振り向くと、ラティとフォレオ、そして不機嫌そうな表情を浮かべ、瞼をくしくしと指でもみほぐすノーラがそこにいた。
「むぅ。ノーラたちを置いて逢引きするなんてズルい」
「いやいや、別に逢引きとかじゃないから……ほら、マキトも何か言ってよ」
特に慌てる様子もなく、アリシアがマキトのほうを向く。
すると――
「……アイビキって、なに?」
「えっ? あぁ、うん、まずそこからってワケね」
きょとんとした表情でマキトから尋ねられ、アリシアはガクッと肩を落とした。
とりあえず逢引きについての説明を簡単に行いつつ、未だ膨れっ面のノーラを宥めていくとしよう――アリシアはそう思い、口を開きかける。
その時――暗闇から音もなく、何かが放たれた。
「きゃっ!?」
――シュウウウウゥゥゥ!
投げ込まれた小さな個体から煙幕が放たれる。アリシアが声を上げるが、驚きで対処しきれない。
「な、なんだよ、これ……むぐぅっ!?」
マキトが驚きながら周囲を見渡していると、後ろから口を封じられた。そしてそのまま急に、意識が刈り取られていく。
「キュッ!?」
『やー、だれかいっぱいいるのに、なにもみえなーい!』
「マキト、どこっ?」
ロップルとフォレオ、そしてノーラの慌てる声が響き渡るが、煙幕によって何も状況を把握することができない。
そして数秒後、段々と煙幕が晴れていく。
「けほっ、けほっ……皆、大丈夫?」
「ん。なんとか」
「キュウッ」
アリシアの掛け声に、ノーラとロップルが答える。そしてアリシアが、傍でフォレオが周囲を見渡しているのを見つけ、ホッと一息ついた。
しかし――
『ねぇねぇ、ますたーは?』
フォレオからそう言われて、アリシアは初めて気づいた。数秒前まで確かにいたマキトが、忽然と姿を消してしまっていることに。
「……ラティもいない」
「キュウッ! キュウキュウウゥーッ!!」
呆然とするノーラの隣で、ロップルが必死に鳴き声で呼びかけるが、それに応える返事はなかった。
すると、廊下から慌ててかけてくる音が聞こえてくる。
「――アリシアっ!」
寝間着姿のメイベルが駆けつけてきた。そしてその後ろから、ユグラシアとセアラも姿を見せる。
ただならぬアリシアたちの様子に、メイベルは何かが起こったと察した。
「ねぇ……マキト君は?」
嫌な予感がしつつ、メイベルが恐る恐る尋ねた。それに対して、アリシアが答えるべく口を開きかけたその時――
『ますたー、きえちゃったの。らてぃもいっしょに!』
フォレオがメイベルの元へ駆け寄り、必死にそう呼びかける。
マキトが消えた――その事実にメイベルとユグラシアは驚きを隠せず、完全に言葉を失ってしまう。
その一方で、セアラは――
「ウソ……どうして、そんなことに?」
何故か青ざめた表情を浮かべていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様でも、公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~
日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!
斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。
偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。
「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」
選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~
狐火いりす@商業作家
ファンタジー
事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。
そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。
「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」
神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。
露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。
やりたいことをやって好き勝手に生きていく。
なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。
人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる