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第四章 本当の親子
132 明かされる真実、ノーラの叫び
しおりを挟むメイベルの言葉が、執務室に戦慄を走らせる。セアラも一瞬だけ息を飲む様子を見せるが、すぐさま笑顔を取り繕った。
「一体、何のことかしら? 今は冗談を言っている場合じゃ……」
「こんなところで冗談なんか言うワケないでしょ」
バッサリと切り捨てるメイベルの表情は、やはりどこまでも冷たい。
「……まぁ、そう簡単に認めないとも思ってはいたよ。今から話していくから」
そう言いながらため息をつく姿は、まるで完全に目の前にいる母親を見限っているかのようであった。
もはや完全にキャラが変わっているといっても過言ではなく、同い年の友人として接してきたアリシアもまた、この状況に対して戸惑いを隠しきれなかった。
しかし、全ては今回の事態に大きく関わること――それは間違いない。
アリシアもそれを理解しているからこそ、ここは黙って事の成り行きを見守ることを決めていた。
無論、隣に座るノーラたちを落ち着かせるためもあるのだが。
「そもそもの疑問は、どうしてマキト君が攫われたのか――ということだよ」
その場にいる全員を見渡しながら、メイベルが切り出してくる。
「マキト君は、あくまで『私たちの問題とは無関係』の客人に過ぎない。わざわざ連れ去る価値があるとは思えないんだよね」
「確かに」
ユグラシアが神妙な表情で頷いた。
「連れ去る目的は、まぁ人質が妥当なところよね。そうなればマキト君を交換材料に何かを要求してくる可能性はあるけれど、この名家とあの子は全くの無関係。あまり考えたくはないけれど、切り捨てればそれで済んでしまう話だわ」
腕を組み、目を閉じながらユグラシアは淡々と語る。そして一息つくべく目を開けると、不安そうな魔物たちの表情が視界に飛び込んできた。
『……ますたー、すてられちゃうの?』
「キュウッ!」
「むぅ。マキトを捨てるなんて、ノーラが許さない!」
ノーラも完全に怒りの表情を見せている。それに対してユグラシアがしまったと言わんばかりに表情を強張らせた。
そこにすかさず、隣に座るアリシアが苦笑しながらノーラたちを宥める。
「大丈夫よ。ユグラシア様が話しているのは、あくまで一つの可能性だから」
「アリシアの言うとおりよ。でも不安にさせてしまったことは確かね。そこは本当に申し訳なかったわ。ゴメンなさいね」
ユグラシアも優しい笑みを向け、体を半分起こし手を伸ばして、ノーラや魔物たちの頭を撫でる。こうしてちゃんと物理的な行動で示していかなければ、本当に信用してもらえないと思ったのだ。
それが功を奏したのか、魔物たちも少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
するとここで、フォレオがハッと何かを思いついた反応を示す。
『ねぇねぇ、もしかしてぼくたちをねらってたんじゃない?』
「ん。確かにあり得る。フォレオたちは霊獣だから、魔物の中でも凄く珍しい」
ノーラも頷き、魔物たちと一緒にセアラを睨みつける。視線を向けられ、セアラはわずかにビクッと体を強張らせた。
それはアリシアもしっかりと見ており、本当にそうなのかと思ってしまう。
すると――
「私もそれを考えてみたけど、可能性としてはかなり薄いと思うよ」
メイベルが真剣な表情でそう言った。
「仮にフォレオちゃんの言うとおりならば、ここに魔物ちゃんたちが無事でいること自体が不思議な話だよ」
「そういえば……昨夜は確かに、ロップルやフォレオは見向きもされてなかった」
きょとんとした表情で周囲を見上げる魔物たちに、アリシアは視線を向ける。
マキトが消えてから、もう何時間も経過しているというのに、これまでロップルたちの身に危険が迫った様子は全くない。
メイベルの言うとおり、魔物狙いではないということが言えてくる。
ならば、昨夜の狙いは何だったのかということになるのだが――それについて一つの仮説をメイベルは立てていた。
「しかし狙いがアリシアだったとしたら、辻褄は合うと思う」
メイベルに視線を向けられ、アリシアは目を見開く。私が、と言わんばかりに自分を指さす彼女に、メイベルはコクリと頷いた。
「昨夜、アリシアは眠れず、一人で誰もいないバルコニーにいた。実行するには絶好のチャンスだった。しかしそこに、思わぬアクシデントが舞い込んできた」
「……マキトがやってきたこと?」
「そゆこと。恐らく犯人はヤキモキしただろうね。なかなか二人が離れないから、我慢しきれずに作戦を強行したんだよ。そして結果は御覧の有様ってね」
メイベルは苦笑しながら、わざとらしく肩をすくめる。
「恐らく、今回の計画自体が急ごしらえだったと私は睨んでるよ。冒険者を追われた元シーフでも雇ったんでしょうけど、足がつかないにしては杜撰過ぎる。成功する確率のほうが、圧倒的に低いとしか思えないし」
「で、でも、どうしてそんな……」
「自分の娘であるアリシアを母親が助ける――そんな自作自演をするためだよ」
戸惑うアリシアにメイベルがしれっと答える。その際にセアラが、わずかに表情を強張らせたのを見逃さなかった。
「お母さんが都合よく、仕事と称してずっと起きていた。計画が無事に実行されるかどうかを確かめるためだろうね。防犯装置が全く作動しなかったのが、なによりの証拠だよ。外部犯が突破できるような甘い造りにしてないし」
防犯装置の強度は、年々少しずつ消耗する。それ故に数年に一度、当主を中心に魔力で作り直しているのだ。
単なるカスタマイズとは訳が違う。その魔力を構築した本人でもない限り、音もなく解除して突破することは不可能に等しいとされている。
少なくともメイベルが確認した限り、現時点でも例外ではない。
つまり――
「それを可能とする人物がいるとするならば……一人しかいないってもんだよね」
メイベルがジロリと、半目でセアラを睨みつける。どこまでも冷たく、そしてどこまでも一直線に突き刺してくる視線に耐え切れなかったのだろう。
「……えぇ、そうよ」
セアラは観念したかのように項垂れた。
「全てメイベルの読みどおり……まるで見てきたかのようだわ」
十六年ぶりに再会したアリシアに、母親として頼もしい姿を見せつけたい。そんな思いが膨れ上がり、爆発してしまったが故の自作自演であることを、セアラは正直に明かした。
アリシアは信じられないと言わんばかりに、セアラを見つめる。その視線に耐え切れなかったセアラは、気まずそうに顔を逸らした。
「フェリックス――あなたは共犯者だよね?」
セアラの隣に控えている執事見習いに、メイベルが鋭い視線を向ける。
「恐らくだけど、今回の計画は本当に突発的だったんだろうね。だからお母さん一人じゃどうしても無理だった。そこで協力者にフェリックスが選ばれたんだ。色々な意味で、あなたはうってつけな人材だったでしょうし」
実行に大きな杜撰さが見られたのも、彼が仕掛けを手伝ったからこそだ。そのおかげでメイベルは、こんなにも早く真相に辿り着けたとも言える。
加えて、運も味方してくれたと言えるだろう。
夜中にマキトがアリシアの元へたまたま来なければ、こうも簡単にボロが出ることはなかったのだろうから。
「それは……はい、すみません。言い返す余地もございません」
フェリックスが脱力しながらその場に跪く。セアラは目を見開き、そして体中を震わせながら周囲を見渡す。
もはやその態度が、全てを証明しているようなものだった。
やがて観念したらしいセアラも、脱力しながら俯く。
「だ、だって――」
そしてセアラは、唇を震わせながら呟き出し、やがて眼に涙を浮かばせた。
「だって仕方ないじゃない! アリシアがちっとも私を見てくれないんだもの!」
目を強く閉じながら泣き叫ぶその姿は、まるで小さな子供が繰り出す駄々のようにしか見えない。
それからも見苦しいを通り越して、呆れ果てるような言い訳の言葉が、次から次へと放たれる。開いた口が塞がらないとはこのことか――アリシアとユグラシアはどう反応していいか分からない。
それは、メイベルも同じくであった。
こんなのが実の母親であり、何十年と続いてきた名家の当主なのかと。こんな情けない人の背中を追って、今まで生きてきたのだろうかと。
今回ばかりは、流石に見過ごすわけにはいかない。
無関係なマキトを巻き込んだこともそうだが、なにより実の母でありながら、アリシアを危険な目にあわそうとした。自分に振り向かせるためならば、何をしても構わない――そんなセアラの曲がった性根が、メイベルには許せなかった。
「お母さん。ちょっといい加減に……」
流石にそろそろ聞くに堪えないと思い、メイベルが黙らせようとした。
その時――ノーラが俯いたままセアラの元に歩いていく。
「かえして……今すぐマキトをかえして!」
そして勢いをつけて、セアラに掴みかかるのだった。
「卑怯な女の泣き言なんて、聞きたくもない! だからかえして! 泣いてるヒマがあったら、さっさとマキトをかえしてっ!」
「止めなさいノーラ!」
ユグラシアが慌てて駆け寄り、セアラからノーラを引き剥がす。
ノーラはボロボロと大粒の涙を流したまま、仇を見るような目でセアラをキッと睨みつけていた。
「ノーラ……あなた……」
ユグラシアは改めて思い知った。この小さな女の子が、どれだけマキトに懐いていたのか。ずっと傍にいた人がいなくなって、どれだけ心細かったのか。
「……ノーラ」
アリシアが駆け寄り、涙を流すノーラをそっと抱きしめる。
「あなたは本当に、マキトのことが大好きなのね」
服が涙で濡れようが構わなかった。かけがえのない存在を想う涙を、少しでも吸収させてあげたいとすら思う。
ロップルとフォレオも、無言でノーラにしがみついた。
魔物たちなりに、ノーラを励まそうとしているのだとアリシアは思った。なんだかんだ言っても大切に思っているのだと、改めて感心させられる。
「お母さん。今回は完全にお母さんが悪いよ。この責任は重いからね」
メイベルが厳しい表情で告げた。
そして――
「ホントですよねぇ。茶番に付き合わされる僕の身にもなってほしいですよ」
スッと立ち上がりながら、フェリックスが言い放つ。
「あー、全くもってバカバカしい。もう我慢する必要もないか」
そして眼鏡を外し、鋭い目つきでニヤリと笑いながら、周囲を見渡した。
あまりの突然過ぎる言動に、セアラもアリシアも、そして泣いていたノーラでさえも涙を止め、呆気に取られた表情をする。
ユグラシアも驚かされたらしく、口を開けたまま言葉が出ない。
しかし――
「やっぱりそうだったんだね……共犯者でありながら、裏切者でもあったワケだ」
メイベルだけが冷たい表情で淡々と言った。まるで最初からそう予測していたと言わんばかりに。
一瞬だけ驚いたフェリックスも、すぐさま冷たい笑みを浮かべ直すのだった。
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