透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第五章 迷子のドラゴン

150 翼を持つ小さなソレ

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 闇の中を突き抜ける。月の光が届かない山の中を、必死になって飛び回る。
 今、自分がどこをどう進んでいるのかは、全く分からない。平らな道なのか、上っているのか下っているのか、それすらも把握できていないほど、必死になって進み続けていた。

「こっちだ! こっちのほうに逃げてったぞー!」

 後ろからそんな声が聞こえてきた。同時に『それ』は、更に表情を強張らせ、力を込めて翼を羽ばたかせる。
 最初は、本当に怖くて仕方がなかった。
 親の姿もなく、いくつもの恐ろしい笑顔が自分を見下ろしてくる。もう助かることはないのだと諦めてすらいた。
 しかし今は違う。
 勇気を出して一歩を踏み出したら最後、止まることなくどこまでも飛べるような気がしている。
 ――お前がやろうとすれば、いくらでもやれる。
 親からそう言われてきたのを思い出した。皮肉にもその言葉が今、結果として繋がった瞬間でもあった。
 本当ならば喜びたいところだった。しかしそれはできない。
 ここで立ち止まったら、間違いなく地獄へ落ちる。それが分かるだけに、翼を止めることは絶対にできなかった。

「……くきゅっ」

 小さな声で一鳴きし、それは表情を引き締める。
 段々と後ろから迫る声が遠ざかっていた。目の良さならこちらのほうが圧倒的に上であることは、無意識ながら分かる。このままいけば、なんとか撒けるかもしれないと思っていたその時――景色が広くなった。

「くきゅっ!?」

 月明かりが自分を照らしている。山のふもとから平原に出てしまったのだ。
 小さな体と翼を利用し、縦横無尽に飛んでいれば大丈夫――そう思い込んでいた矢先のことだった。
 慌てて後ろを振り返ってみるが、追ってくる様子はない。
 とりあえず一安心しつつ、それは近くの岩のような塊に降り立ち、翼を休ませようとした。
 しかし――

「グルゥッ?」

 降り立った足元から、低い唸り声が聞こえた。同時にゆっくりと揺れ動く。

「グルルルル……グルルァアアアアッ!!」

 なんとそれは大きな虎の魔物――通称、キラータイガーであった。
 慌てて周囲を見渡すと、何匹か同じ姿が見られる。群れで移動していたのか、それとも魔物たちのテリトリーだったのか。
 いずれにせよ、寝ているところを起こしてしまったことは確かであり、大ピンチを迎えているのは間違いない。

「く、くきゅ……」

 急いで翼を羽ばたかせなければ、この狂暴な魔物に喰われてしまう。いくら自分が魔物の中でもトップクラスの狂暴性を誇る種類とはいえ、今はまだ力のない小さな子供に過ぎない。
 自分がどれだけ弱いかは、考えなくても分かっていた。
 それ故に体中が震えに震えてしまい、上手く翼を羽ばたかせることもできず、ただ怯えるばかりであった。
 その個体が吠えたことにより、他の個体も次々と起き上がる。
 むくっと、音もなくのそっと起き上がる。
 そして視線が、翼を持つ小さなそれに集まっていく。
 射貫くような鋭い目つきが、月明かりに照らされるそれを確かに捉えていた。
 ――逃げなきゃ。早くここから逃げなくっちゃ!
 そんな恐怖と焦りが体を縛り付ける。そして余計に体に力が入り、いつもなら動かせるはずのそれが、上手く動かせなくなる。
 ここで動かなければ終わりなのに。それは分かっているのに動けない。
 もはや何も考えられなくなりつつあった、その時――

「いたぞ! あそこだあぁーっ!!」

 野太い声が聞こえてきた。振り向いてみると、山の中から松明を持った人影が、次々と姿を見せる。
 先頭に立つ二人の男――大柄で色黒なスキンヘッドと、頭にバンダナを巻いた痩せ型で釣り目――が、獲物を見つけたと言わんばかりに舌なめずりをしてきた。

「ようやく追いついたぜ。こんなところまで逃げてきやがって……」

 スキンヘッドが拳をパキパキと鳴らす。その瞬間、キラータイガーたちの目つきがこぞって更に細さを増した。

「グルルルルル――」

 それを背に乗せたままのキラータイガーが、男たちに向けて唸り声を出す。それに対してバンダナが、ぎょっと目を見開いて硬直した。

「お、おい。ちょっとヤバいんじゃね?」
「あん? キラータイガーのことを言ってんのか?」

 スキンヘッドが見下したような笑みをバンダナに向ける。

「お前ビビり過ぎ。俺たちにかかりゃ、あんなの恐れるほどでもねぇだろうよ」
「いや、まぁそれはなぁ……でもこの状況は……」

 バンダナは気づいていたのだ。寝静まった真夜中に無理やり起こされた獣が、こぞって自分たちをターゲットにしていることを。
 睡眠を邪魔されたことに対して、凄まじい怒りを抱いていることを。
 他の男たちも皆、目の前に群がる獣たちの姿に恐れをなす。メラメラと燃える松明を持っているにもかかわらず、キラータイガーの群れは今にも飛びかかってきそうな態度を崩さない。
 猛獣は基本的に火が怖い。しかし何事にも例外はある。
 中には火を怖がらない個体も存在しており、それがまさに目の前にいるとなればどうだろうか。

「嫌な予感がしてならねぇ。一旦ここは引いて……」
「構うこたぁねぇ! キラータイガー共々、あのチビを捕らえるんだ!」

 バンダナの言葉を上書きする形で、スキンヘッドが高らかに叫ぶ。彼らに付いてきた男たちもまた、野太い声を上げながら武器を掲げた。
 それが戦闘の合図であることは、誰が見ても明らかであった。
 無論、キラータイガーたちも馬鹿ではない。特に相手が自分たちに立ち向かってくる気配ともなれば、尚更であった。
 故に――

「グルルアアアァァーーーッ!」

 キラータイガーたちがこぞって臨戦態勢になるのも、自然なことであった。
 そして男たちが向かって来る前に、獣たちが男たちに向かって、真正面から迷いなく飛び出していった。

「グルアァッ!!」
「ひっ!」

 体感的には、一瞬の出来事であった。距離は空いていたはずなのに、いつの間にか大きな獣の鋭い牙が、目の前に迫っているではないか。
 スキンヘッドは持ち前の力でなんとか受け流すも、第二第三の突撃を防ぐことはできなかった。

「な、何なんだよコイツらっ?」
「だから言っただろ! ここは一旦引いたほうがいいってよ!」
「んだとぉ!」

 バンダナの文句にスキンヘッドが声を荒げる。

「ここまで来て、あのチビを見逃せって言うのか!?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ! お前たち逃げろ! 撤退だぁ!!」
「バッ! お前勝手に……ぐわっ!」

 指示を出すバンダナを止めようとしたスキンヘッドに、キラータイガーたちの容赦ない突撃が襲い掛かる。ここから巻き返すのは、どう考えても無理だと判断せざるを得なかった。

「くそぉっ……覚えてやがれっ!」

 スキンヘッドもキラータイガーたちの攻撃を退けながら、山の中へ走り出す。獣たちはそれを追いかけることはなく、つまらんと言わんばかりにふんすと鼻息を鳴らしながら見送っていた。
 いつのまにか、翼を持つ小さな存在が消えていたことにも気づかぬまま――


 ◇ ◇ ◇


 水の流れる音が聞こえる。さわさわと木の葉の揺れる音と合わさり、なんとも心地良い子守歌のような感じであった。
 柔らかい草の感触。そこに寝ているのだと気づくのに、少し時間がかかった。

「……くきゅ」

 ゆっくりと目を開ける。もうすっかり夜は空けているようだ。
 長い首をゆっくりと上げてみると、そこが森の河原であることが分かる。どうして自分がここにいるのか――それを考えてみたが分からず、きょとんとした表情で首を傾げるばかりであった。
 すると――

『あ、おきたー?』

 なにやら声が聞こえた。驚きながら振り向くと、大きくて真っ白な獣が、寝そべりながらジッと視線を向けていた。

「くきゅっ!?」
『だいじょうぶだよー、おそったりしないから』

 思わず声を上げてしまったが、獣は間延びした声で宥めてくる。確かに襲ってくる気配はないが、警戒心を解くことはできない。
 それを感じたのか、獣は困ったかのように眉を動かした。

『うーん、あんしんしてほしいんだけどなー。せっかくたすけてあげたのにー』

 助けてあげた――その言葉を聞いて、ようやく思い出してきた。
 昨晩、キラータイガーたちが暴れ出したその直後、どさくさに紛れて空を飛び、あの場から逃げ出したのだ。
 しかし完全に疲れ切っており、それでも降りるのが怖くて飛び続け、やがて力尽きて落ちてしまった。
 どこをどう飛んでいたのかは全く覚えていない。
 ずっと平原の真上を飛んでいたと思いきや、まさか森の真上だったとは――それほどまでに体力が限界を超えるまで、無我夢中で飛んでいたということだろう。

「くきゅ……くきゅくきゅきゅ……」
『きにしないでー。こまったときはおたがいさまだよ』

 お礼を言うそれに獣は頷きながら答える。ようやく警戒心が薄れてきたかと思われたその時――茂みが動いた。

「――あ、ドラゴンちゃんが目覚めてるのですー♪」

 最初に飛び出してきたのは、背中に羽根を生やした小さな存在だった。
 そして――

「ホントだ。元気そうじゃないか」
「ん。良かった良かった」
「キュウッ♪」

 続いて二人のヒトに一匹の魔物が姿を見せる。次から次へと姿を見せてきたその姿に怯え、それは改めて警戒してしまう。
 どこか不思議な目をした少年が、それを察したかのような反応を見せた。
 そしてすぐさま、柔らかい笑みを浮かべながら近寄り、スッとしゃがんで顔を近づけてくる。

「俺はマキト。よろしくな。まさかドラゴンに会えるなんて思わなかったよ」

 ニッコリと笑うその表情から、何故か目が離せなかった。
 それが運命的な出会いであることを、逃げてきた存在――竜の子供は、まだ知る由もないことであった。

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