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第五章 迷子のドラゴン
160 暴走する受付嬢
しおりを挟む「コ、コホン……すみません、ついはしゃいでしまいました……」
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに俯きながら受付嬢は咳ばらいをする。
あの後、彼女の先輩から物理的制裁という名の拳骨を喰らい、鬼のような表情でこっ酷く叱られたのだった。
それはもはや、怖いを通り越した何かであった。
マキトたちはおろか、離れた位置で見ていた冒険者ですら、怯える暇すらないほどに恐怖し、絶句してしまうほど。しかも我に返ったその先輩受付嬢は、どうして周りがドン引きしているのかをまるで理解していない始末。
それを騒いでいた受付嬢が原因だと勝手に思い込み、更に叱ろうとしたその時、呼び出しを喰らって去って行った。
もっともそこは、ディオンが笑顔で「大したことはありませんから」と爽やかな言葉をかけ、先輩受付嬢を陥落させたおかげでもある。
なんだかんだであなたもじゃないか――周りの受付嬢たちがこぞって冷ややかな視線を向けていたが、当の先輩受付嬢は気づいてすらいなかった。
説得力の大切さを垣間見た――誰かがそう呟いた。
「改めまして、ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
姿勢を正して受付嬢が丁寧なお辞儀を見せた。さっき目を輝かせてはしゃいでいた人物とは思えないレベルだったが、そこはディオンも華麗にスルーする。
「私の仲間が近くにいるので、何か聞いてないかと思いましてね」
「そうでしたか。今のところそのような話はありません。もし宜しければ、伝言を残すこともできますが」
「いえ、ここで合流する予定なので大丈夫です。それと今回は、同伴しているこの子たちの見学がメインでもありますから」
「そういえば、そちらの方々は――」
受付嬢の視線がマキトたちに向けられる。元々視界には入っており、少し気になっていたことでもあった。
「知人が保護している子供たちです。少年のほうは魔物使いなんですよ」
「あぁ、どうりで」
ディオンの説明を聞いた受付嬢は納得を示す。
「それだけたくさんの魔物を連れているとなれば、何かあるのでしょうとは思っておりましたが……あ、そうだ!」
受付嬢が何かに気づいた様子を見せ、マキトに視線を向ける。
「そちらの方は、えっと……すみません、お名前のほうは……」
「あ、俺はマキトです」
「マキトさんですね? よろしければこちらで、冒険者登録を行いませんか?」
受付嬢は身を乗り出す勢いで、マキトにそう迫った。
「それだけの魔物をテイムしていらっしゃるのであれば、冒険者として活躍できる可能性は十分かと思われます。これは立派なチャンスでございますよ♪」
これだけの魔物をテイムしているのに、登録していないのは勿体ない――受付嬢はそう思った。
十二歳になれば冒険者の道を歩き出すこと自体は可能だが、近くにギルドがない村で暮らす子供も少なくない。なのでこのチャンスを生かしてはどうかという、親切のつもりでもあった。
複数のテイムという実績があり、なおかつ有名な冒険者が付いている。
確かに登録する資格は十分だと言えるほどだった。ずっと観察していた周りの冒険者たちも、確かにそうだなと頷いている。
しかし――
「俺、前に適性鑑定で【色無し】って出たんだけど……それでも大丈夫かな?」
「――へっ?」
マキトのサラッと放たれた言葉に、受付嬢は素っ頓狂な声を出してしまう。そしてすぐさま笑みを浮かべ、手をパタパタと振り出した。
「またまた御冗談を~」
「いや、本当に【色無し】って出たんだ。鑑定した人も凄いビックリしてて……」
その時のことを思い出し、マキトは懐かしくなって笑ってしまう。たった数ヶ月前の出来事なのに、もう随分と昔のことのように思えていた。
一方、受付嬢は信じられない気持ちでいっぱいだった。
――流石に【色無し】というのはあり得ない!
そう大声で言ってやりたかった。
色がないということは、才能がないということを意味している。それなのにそんな珍しい魔物をテイムしてきたというのか。
あり得ない。そんなイレギュラーな現象が、そうそうあってたまるか。
受付嬢は首を左右に振り、改めてにこやかな笑みを浮かべる。
「マキトさん、適性鑑定を受けてみましょう!」
「えっ?」
急に何を言い出すんだろうと、マキトはきょとんとする。それに対して受付嬢の勢いは、みるみる増していくばかりであった。
「ちゃんと鑑定を受けて、正しい結果を導き出すことはとても大切なんです!」
「いや、だから俺は、前に【色無し】っていう結果を……」
「もしかしたら、何かの間違いという可能性もあります。えぇ、きっとそうに違いないと私は思っております。それだけの魔物をテイムされているのですから!」
「は、はぁ……」
受付嬢の熱意にマキトは押し負けてしまう。どうしたらいいか助けてもらおうとディオンのほうを向くも、彼は肩をすくめながら苦笑するばかり。
「マキト」
ノーラがシャツを引っ張ってきた。
「ここは諦めたほうがいい。下手にごねてもしつこいだけ」
「ですね。調べてもらったほうが早いのです」
「キュウッ」
「くきゅくきゅ」
『おなかすいたぁー』
魔物たちもこぞって頷いてくる。確かにそのほうが手っ取り早いし、特に自分が損をすることもない。ならば答えは簡単だと、マキトも思う。
「じゃあ……えっと、お願いします」
「はい、少々お待ちください♪」
ぺこりと頭を下げるマキトに受付嬢は嬉しそうな笑みを浮かべる。そしてルンルンとスキップするかのような足取りで、鑑定の準備に取り掛かるのだった。
受付嬢は期待しているのだ。
あれだけの見たことがない魔物を何匹もテイムしている子供の鑑定を『自分』が自ら担当した――それは受付嬢としての立派なステータスに繋がってくるし、大きな話題にもできると。
(もう、端っこでチビチビお酒を飲むだけの寂しい女子会は終わりよ!)
そんな私欲たっぷりな考えを抱きながら、受付嬢は準備を進める。程なくして受付のすぐそばのテーブル席にマキトたちを案内し、鑑定用の水晶玉を設置した。
「それでは、こちらの水晶玉に手をかざしてください」
受付嬢に促され、マキトは言われたとおりにする。前に森で行った時と同じだなぁと思いながら結果を待つ。
そして――
(うーん、やっぱり色は出ないか)
水晶玉に色が宿ることはなかった。正確に言えば【透明色】という名の色を持っているのだろうが、それを証明する手段はない。
「そ、そんな……本当に色が出ないなんて……」
驚愕に満ちた表情を浮かべ、受付嬢は口をあんぐりと開ける。それを遠くから見ていた他の受付嬢や冒険者たちも、揃って絶句していた。
「し、信じられませんっ!」
ばんっ、と両手でテーブルを叩きつけながら、受付嬢は声を荒げる。
「妖精や見たことのない魔物……そして子供のドラゴン……それだけの珍しい魔物たちを従えておきながら、鑑定結果が【色無し】だなんてあり得ませんっ! むしろあってはいけない結果とすら言えます!」
「まぁまぁ、落ち着いて……」
「これが落ち着いていられますかっ!」
宥めようとするディオンの言葉を、受付嬢は一蹴する。もはや今までに見せていた笑顔は完全に消え去り、射貫くような鋭い視線をマキトに向けた。
「まさか……誰かがテイムした魔物を、どこからか盗んできたんですか?」
いきなりそう言われたマキトは、思わず目を丸くしてしまう。急に何を言い出すんだと言おうとしたが、その前に受付嬢が口を開いた。
「むしろそれなら納得もできますね。最初からおかしいと思ってたんです。あの高名なディオンさんが、子供たちを連れて歩くなんて。恐らく悪さをした子供たちを保護して、連行している最中だったのでしょう。こうしてギルドに来たのも更生のためだとしたら、全ての辻褄も合いますし」
完全に受付嬢の中で、ストーリーが作り上げられているようであった。
やむなき事情で泥棒めいたことをしたマキトたちに、正義の味方であるディオンが救いの手を差し伸べた――そんなキラキラとした感動の劇場シーンが、彼女の脳内で展開されている。
彼女は今、自分がその感動物語の語り部となっている気分を味わっていた。
スポットライトを浴びて大舞台に立つ姿を想像し、全くと言っていいほど周りという名の現実が見えていない。
(あぁ――私は今、優秀な受付嬢として、可愛い魔物ちゃんたちを悪い子供たちから救おうとしているんだわ! そんな健気な私の姿に冒険者は惚れ直し、ディオンさんが素晴らしいと私を褒め称える……至って当然の結果よね!)
なんとも身勝手を通り越したご都合主義の展開を、受付嬢はバラ色の背景とともに思い浮かべていた。
実際、見ている冒険者たちは、本気でドン引きしていた。静かに見守っていたディオンでさえ、表情を引きつらせて戸惑っている。
――急に何を言い出すんだ、この受付嬢は?
ギルドのロビーにいる者たちの間で、ほぼ一致している気持ちであった。
無論、受付嬢はそれに一切気づくこともなく、囚われている可哀想な何かを見るような目で、ラティたち魔物にそっと手を差し伸べる。
「もう安心よ。その悪い少年から離れて、私のほうへ来なさい?」
受付嬢が優しい笑顔でそう語りかけた瞬間――
「さっきから何を言ってるのですか! マスターへの悪口は許さないのですっ!」
我慢の限界を超えたラティが、激しい怒りを受付嬢にぶつけるのだった。
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