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第六章 神獣カーバンクル
189 山奥の魔力スポット
しおりを挟むジャクレンと別れたマキトたちは、人里離れた山の中を突き進んでいた。
山と山をすり抜けるように、フォレオは快調に飛んでいく。目論見どおり、野生の魔物に襲われる心配は殆どなかった。ついでに言えば、冒険者ですら滅多に立ち入るような場所でもないため、人目につくことも皆無に等しい。
また、悪い天気に阻まれるようなこともなかった。
むしろ、これ以上の晴れがあるのかと言わんばかりの青空が広がっており、それが余計にマキトたちの気分を良くさせる。
「あー、静かでいいよなぁ」
冷たく心地よい風を浴びながら、マキトがしみじみと言った。
「やっぱ賑やかな街よりも、こーゆー静かで自然たっぷりなところがいいや」
「ですよねー。わたしも同感なのです♪」
むしろそれ以外にない、と言わんばかりにラティも頷く。
「わたしの場合、ずっと森で暮らしてましたからね。自然の少ない町とかは、空気が合わない感じがするのです」
「キュウキュウッ!」
『ぼくもー』
ロップルに続いてフォレオも同意する。そんな魔物たちの反応に、マキトは今更ながら気づいてことがあった。
「そういえば皆、ずっと森の中で暮らしてきたんだっけ。フォレオも?」
『むかしのことはぜんぜんおぼえてないけど、まちよりもりのほうがおちつくよ』
「そっか」
「ん。ちなみにノーラも、ずっと森で暮らしてた」
「へぇ、そうなんだ」
何気に新しく知った事実に、マキトは素直に驚く。
「つまりノーラは、ユグさんの森で生まれたってこと?」
「ん……それは分からない。いつの間にかユグラシアと暮らしてた」
「なんだそりゃ?」
思わずマキトがツッコミじみた質問をする。しかしノーラは答えられず、複雑そうな表情を浮かべるばかりだった。
ここでラティの頭の中に、ある可能性が浮かび上がる。
「ノーラも記憶がないのですか?」
「あるといえばある。でも、ないといえばない」
「……もうすこし分かりやすく言ってほしいのです」
「無理」
漢字二文字で断言するオーラ。それ以上に答えようがないという意思表示に、マキトは頭の中を回転させながら言葉を紡ぎ出す。
「要するにノーラ自身も、色々と分からないことだらけってことでいいのか?」
「ん。そゆこと」
ノーラの声にわずかな感情が入った。マキトからは見えないが、恐らく小さな笑みを浮かべているのだろうと、なんとなく予測できる。
するとノーラが、マキトのほうへクルッと振り向いてきた。
「ノーラのこと、気になる?」
「へっ?」
「今まで聞いてきたことなかった。もしかして気になった?」
「まぁ、なんつーか……」
マキトは答えを詰まらせる。正直言って、かなり微妙なところではあった。
「全く気にならないと言えばウソにはなるけど、別にどうしても知りたいってワケでもないかなぁ。ちなみに聞くけど――」
「なに?」
「ノーラの過去を知らなかったら、何かヤバいことになるってことはあるのか?」
マキトからそう尋ねられたノーラは、空を見上げながら少し考える。
「……ないと思う。でもなんでそれを聞く?」
「いや、面倒なことになるの嫌だなぁ、って思ったから」
「ん。まぁ、気持ちは分かる」
これも本心ではあった。しかしその際に、ノーラの中で少しだけモヤッとした気持ちに駆られたが、その正体は本人も分かっていなかった。
「多分、知らなくてもどうということはない。実際ノーラも、今まで気にしたことなかったけど、これと言って何かが起こったようなことは一度もなかった」
「ユグさんがそれらしいこと言ったとかは?」
「全然。しいて言えば――」
ノーラが重々しい表情でため息をつく。
「ユグラシアが最近、やたら母親ぶるようになってきたのがウザい」
「あぁ……まぁ、それはなぁ……」
「アリシアの一件以来、ユグさまのお母さんキャラが炸裂しまくりですからねぇ」
マキトとノーラも思わず苦笑してしまう。特にアリシアの母親になった直後は、まさに暴走していたといっても過言ではなかっただろう。
「でも、最近は落ち着いてきてたじゃんか」
「むしろずっとかと思ってたから、少し驚いたくらいだったのです」
「キュウッ」
『ほんとだよねー』
マキトに続いて魔物たちも同意する。その声を聞いて、ノーラは少しだけ嬉しさがこみ上げてくるが、笑顔は浮かんでこなかった。
「……ノーラには分からない。母親がどーのこーのなんて」
「いや、それは俺も同じだから」
ため息交じりに言ってのけるノーラに、マキトも苦笑しながら言った。
「母親なんて、今までいたこともなかったからな。今更言われても分かんないや」
遠くの山の景色を見ながら、マキトは呟くように言った。それに対して、ノーラや魔物たちは、何も言葉を返すことはなかった。
◇ ◇ ◇
それから順調に山と山をすり抜けていき、マキトたちは目的地に到着する。
ラティたちが魔力スポットの魔力を感じ取ったことで、見逃さずにピンポイントで辿り着くことができたのだった。
「ここかぁ。確かにそれっぽい感じするな」
フォレオの背から地面に飛び降り、改めてその様子を確認する。
大森林の魔力スポットは青白い光だったが、ここにあるのは薄い緑色の光が解き放たれている。しかしそれ以外は、他の魔力スポットと同じ雰囲気であった。
「うーん、このみなぎる感じ。なんだか体に馴染むのです♪」
『まわりのしずかなかんじもすごくいいよねー』
「キュウッ!」
魔物たちも居心地が良さそうにしている。フォレオも小さな霊獣の姿に戻り、ロップルとともに周囲を見て回るべく走り出していた。
そしてマキトも、改めて周囲の環境を軽く見渡してみる。
「まさに手付かずの大自然ってところか」
「ん。魔物たちにとって、ここは凄く楽しめる場所」
「だな――ん?」
ノーラの言葉に笑顔で頷いたその瞬間、マキトは『ある物』に気づく。
「あれは……」
魔力スポットの傍にある小さな祠――それがどうにも気になり、マキトは無意識のうちに近づいていく。
やがて祠の前に立ったところで、ノーラも後ろから追いかけてきた。
「マキト、どうしたの?」
「いや、これ……」
「ん?」
マキトに促される形で、ノーラも祠を見つめる。初めて見るはずなのに、どことなく見覚えがあるような気がした。
そして数秒後、ノーラはあることに気づいた。
「……フォレオが封印されていた祠と、よく似ている感じ」
「やっぱそう思うよな?」
「ん」
マキトとノーラが祠に顔を近づけながらまじまじと見つめる。
そこに――
「マスター、どうかしたのですかー?」
マキトたちの様子にラティたちも気づき、駆け寄ってきた。そして祠の存在に気づいて目を見開く。
「ふや? 祠があるのです」
「あぁ。フォレオが封印されていたのと、なんか似てると思わないか?」
「言われてみれば……そんな気がしなくもないのです」
ラティやロップルも、興味深そうに祠を凝視する。するとフォレオが、コテンと首を傾げながらマキトを見上げた。
『ねぇねぇますたー、ぼくってこんなかんじのにふういんされてたの?』
「あぁ。俺が祠に触った瞬間、封印が解けたんだよ」
『どんなふうに?』
「え? そりゃあ、勿論こうやって――」
フォレオの質問に答えるべく、マキトは無意識に祠に近づき、触れてしまう。
すると――
「……あれ?」
祠が突然光り出した。フォレオと同じような反応に、ノーラやラティたちも驚きを隠せない。
やがて祠全体が光と化し、消滅する。
光が収まったそこには――見慣れない小さな生き物がちょこんと座っていた。
「……うぅ、なんだなんだぁ?」
首を左右に振りながら、生き物が喋った。まさかいきなりそうくるとは思わず、マキトたちは驚き戸惑ってしまう。
大きな耳と尻尾の付いた四足歩行の獣に見えるが、少なくとも普通の動物や魔物ではなさそうだと、マキトは思っていた。
やがて生き物が目を開き、嬉しそうな表情で見上げてくる。
「サリア、やっとオレを迎えに来て――ありゃ?」
しかしすぐに、目を丸くしてしまった。そしてマキトの顔を見つめ、生き物は首を傾げる。
そして期待が外れたと言わんばかりに肩を落とした。
「なんだよ、サリアじゃねーのか。でも……なんか似てるよなぁ」
改めて生き物は、マキトをまじまじと見上げる。対するマキトは、どう反応すればいいか分からず戸惑うばかりであった。
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