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第六章 神獣カーバンクル
198 語り~全ての始まりの日
しおりを挟む「十年前、か……」
クラーレも重々しい表情となり、視線が地面のほうに落ちる。
「ワシにとっては、本当に全てが始まったと言ってもいいくらいの日じゃな」
当時のシュトル国王は、とにかく野心にまみれていた。
数年前にも多大な犠牲を払い、異世界から少年少女を呼び出した。離脱者こそいたものの、召喚された者たちは功績を残し、シュトル王国の名をそれなりに世界へと広めたことは間違いない。
にもかかわらず、またしても国王は、異世界召喚を行おうとしていた。
「……当時のワシは耳を疑ったよ。また多くの犠牲者を出すつもりかとな」
「えぇ。実は僕も、その話は知り合いから耳にしていました。流石に冗談だろうと思ってはいたんですけどね」
「そりゃまぁ、そうじゃろうな」
ジャクレンの言葉に、クラーレは思わず笑ってしまう。しかしすぐに、その笑みはスッと消えた。
「じゃが、国王は本気じゃった。野心の塊は想像以上だったんじゃ」
「召喚された子たちの特殊能力を鍛え上げて、世界に王国の名を轟かせる――もはや世界征服も同然ですね」
「……返す言葉も見つからんな」
自虐的な笑みを零しながら、クラーレは当時のことを思い出す。
確かにジャクレンの言うとおりであった。世界征服など、当時の子供たちですら抱かないような野望を、国王は本気で抱いていたのだ。
別に世界征服という考え自体は、好きにしてくれという感じである。
問題はそこに、異世界召喚儀式を利用する点にあった。
「異世界召喚儀式――果てしない犠牲に見合う価値が得られるとも思えないと、誰もがそう認識しておったモノじゃ」
「普通に考えれば、国王がバカを考えているとしか思えません。だから、裏に誰かいるのではと思いました」
「あぁ……ワシも即座にそれを疑ったよ」
結論から言えばビンゴであった。国王をたぶらかした人物がいたのだ。
しかしまさかその人物が、かつて異世界から召喚され、早々に国を追われた少女だったとは、クラーレも流石に想像がつかなかった。
「端的に言えば、国王は嵌められておった。召喚儀式を執り行わせ、自身が元の世界へ帰れるよう儀式を細工する……それをあの子から聞かされたときには、思わず背筋が震えたもんじゃわい」
サリアの世界では、異世界召喚をテーマにした創作本が流行っていた。そのおかげか否か、この世界に訪れたサリアたちが状況を飲み込むのに、そう時間がかかることはなかった。
それだけなら良かった。問題はそこからだったのだ。
地球という世界に魔法は存在しない。だからこそ様々な『空想』ができる。
常識を超えた『できたらいいこと』を平気で考えてしまう。
「願いを望む気持ちの強さを、あのような形で見せつけられるとはの……」
「ある種の奇跡ですね。禁断の魔術を作り替えたのですから」
「全く、どんな伝手を辿って完成させたのか……強き願いを持つ者の底力を、悪い意味で見せつけられたわい」
サリアは元の世界に帰ることを、ひたすら強く望んでいた。
それは追い出されてからも、そして運命の相手を結ばれてからも、決して変わることはなかったことを、強く思い知らされた。
「十年前の儀式について、クラーレさんは反対なされたそうですね?」
「無論じゃ」
ジャクレンの問いにクラーレは即答する。
「十六年前に払った犠牲を、再度払おうとするなど、ワシには耐えられなんだ。しかもその犠牲を、同じ故郷だった者たちに支払わせるなど……」
異世界召喚儀式には、大量の魔力を持つ者の犠牲が必要となる。数年前は、何人もの魔導師の命を散らせる羽目になった。
しかしその時は、わずか数人で賄えることとなった。
サリアと同じく異世界召喚されてきた、当時の少年少女たちの魔力をもって。
「正気の沙汰ではないと思った。思わずワシは、バカなことは止めろと叫んだよ。しかしあの子は、聞く耳を持たんかった。それどころかワシを、反逆者だと一方的に決めつける始末じゃった」
クラーレの脳内に、当時の光景が蘇る。
あれから十年経過した今でも、凄まじい形相で叫ぶサリアの姿が、今でも鮮明に思い浮かべることができる。忘れたくても忘れられない――もはやそれを辛いと感じることさえない。
それが果たして何を意味するのか、クラーレは未だ答えに辿り着けていない。
「サリアと同郷者の子たちとの間にある確執を、ワシは読み違えておった……」
「キーカードであるカーバンクルのことも、知りませんでしたよね」
「あぁ……我ながら情けないわい」
深いため息をつきながら、クラーレは落ち込みを見せる。何度後悔してもしきれないという気持ちが、今でものしかかってきていた。
「それからワシは、牢の中で騒ぎの声を聞いておった。ネルソンとエステルのおかげで無事に脱出はできたが、その時にはもう……手遅れな状態じゃった」
なんとか儀式を止められればと、クラーレは必死に走った。
いざとなればこの命を投げ捨ててでも――そう決意を胸に固めて、儀式の場に乱入しようとした。
既に小さな乱入者たちがいたことを、知る由もなく。
「数匹の霊獣とともに、幼子が儀式の場に突如として現れたと、ワシは聞いた」
「えぇ。それが当時のマキト君でしょう。いえ、正確には『マーキィ』君と呼ぶべきでしょうかね」
ジャクレンは神妙な表情を浮かべていた。
「あくまでこれは僕の想像ですが――恐らくマーキィ君は、母親に会いたいと我が儘でも言ったんでしょう。サリアさんが何も告げずに消えたとしても、恐らく息子である彼は、何かしらを察した可能性がありますね」
「……あり得るのか? 当時のあの子は、まだ二歳だったんじゃぞ?」
「子供の勘は侮れないモノですよ。たとえ幼子であろうともね」
目を見開くクラーレに、ジャクレンはニッと笑う。
「もう二度と母親に会えないような気がして、相当な恐怖を抱いたのでしょう。それを察した霊獣たちが、ほんのちょっとした親切心で、マーキィ君をサリアさんに会わせようとした」
「リオとサリアの才能を綺麗に受け継いだからこそ、と言ったところかの」
「えぇ。その可能性は高いと思います」
ジャクレンはどこか自信ありげに頷いた。
「恐らく霊獣たちは、リオがテイムしていた魔物たちでしょう。息子であるマーキィ君にも相当懐いていたのでしょうね。それこそ、彼の願いを自発的に叶えたいと思ってしまうほどに」
「その光景が、ありありと想像できてしまうな。そんなあの子の才能が、その時に限っては仇となってしまったか」
「幼子の純粋な願いという恐ろしさも、ですよ」
「確かにな」
子供は大人以上に残酷――それの片鱗だったと言えなくもない。
幼くして霊獣との絆を作り上げていたマーキィは、霊獣とともに遠く離れた儀式の場へと乗り込むことすら、簡単にできてしまったのだ。
そして――遂に悲劇は起きてしまった。
「異世界召喚儀式は、精密なモノです。ましてや十年前の儀式は、サリアさんが作り替えた未知なる魔法そのもの。ただでさえ何が起きてもおかしくないそこに、マーキィ君という『異物』が乱入してしまった」
「その結果、魔法が暴走して大爆発。当時の国王と大臣も巻き込まれたな」
「乱入者のマーキィ君も、そして主犯であるサリアさんの姿も消えた。更に媒体となった国王の娘も、跡形もなく消えてしまいましたね」
重々しく話すジャクレンに、クラーレは目を閉じながら俯く。
「ワシらはジェフリーを……当時の次期国王を連れ出して逃げるだけで、精いっぱいじゃった。ヤツからは随分と責められたもんじゃよ」
「流石に助けるのは無理だったでしょう。媒体となっていた以上は」
「それはそうなんじゃが、ジェフリーの心が、それを理解してくれんかったよ」
「どこに怒りを向ければいいか、さぞかし分からなかったことでしょうね」
ジェフリーは次期国王として公務をこなしつつ、次期王妃である国王の娘との愛を順調に育んでいた。
それは、周りの誰もが認めていたことだった。
故にジェフリーの悲しみも、そして行き場のない怒りも、周りは嫌でも理解できてしまっていた。
「そして、タイミングの悪いことに……リオが乗り込んできてしまった」
「あぁ。そしてワシが、全てを知るタイミングでもあったな」
悲しみの連鎖が引き起こされ、それがシュトル王国を更なる悲劇が包み込む。
このままずっと、連鎖が断ち切られることがないのではないかと、当時クラーレは本気で思っていたのだった。
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