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第六章 神獣カーバンクル
211 カミロの暴走
しおりを挟む「おいカミロ! 少しは落ち着けってんだ、このバカが!」
クレメンテが必死な声を出す。流石に拙い状況だと判断したようだ。
その凄まじい魔力に、金髪と青髪は完全に尻込みしている。散々カミロに対して見下した笑みを浮かべていたあの表情は、一体どこへ行ってしまったのだろうかと思いたくなるほどだった。
そんなカミロに、クレメンテの声は届いていなかった。
「うわああああぁぁぁーーっ! あ、ああああああぁぁぁーーーーっ!!」
カミロの絶叫が、魔力を更に暴走させる。もう彼の目には、何も映らない。彼の耳には何も聞こえてこない。
この世の全てを『マヤカシ』と判断しているが故に、彼はただ叫ぶ。
目を逸らすために。そして――耳を塞ぐために。
「や、止めるのですー! 少し落ち着いてほしいのですーっ!」
「無理だぜラティ。もうアイツにゃ、何を言っても意味なんかねーよ!」
ワタワタと慌てるラティに、リウが声を上げる。
たしかにそのとおりではあった。カミロは叫ぶばかりで、目も虚ろ状態。周りにどれだけ被害が及ぼうが、今の彼に判断する術がないことは明らか。むしろ下手なことを言えば、火に油を注ぐ結果にしかならないだろう。
それがよく分かるだけに、マキトたちは迂闊に手が出せなかった。
しかし――
「チッ! あのヤロウ、ちょっとイジっただけで、暴走なんかしやがって……」
クレメンテは手を出す気満々の様子であった。明らかな暴言を『イジリ』と称して済ませつつ、苛立ちを募らせる。
彼の左右に控えている青髪と金髪も同様であった。
三人の視線は紛れもなくカミロを『敵』として見なしており、容赦する気配も全く感じられない。
むしろ何故そんなことをする必要があるのか――そう言わんばかりに。
「まずはヤツを黙らせるぞ。カーバンクルはその後だ!」
「っしゃあ!」
「任せてください!」
三人がそれぞれ両手をかざして魔力を込め、それをカミロに向かって放つ。三つの魔弾が放たれ、ターゲットにまっすぐ高速に向ってゆく。
あと数秒も経たぬうちに、魔弾はカミロに命中するだろう――そうクレメンテは確信しており、勝利の笑みをニヤリと浮かべる。
しかし、魔弾が命中する直前――
「ああああぁぁぁーーーーっ!」
――ぱしいいぃぃんっ!
魔力のオーラが鞭の如く『しなり』を生み出し、三つの魔弾がなぎ倒されたかの如くかき消される。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
クレメンテは笑顔のまま硬直し、やがて信じられない気持ちに駆られる。
「な、バ、バカな……」
全力を込めた魔弾だった。そう簡単に打ち破れるはずがない。相手がヴァルフェミオンの一同級生に過ぎないのならば、尚更であった。
加えてクレメンテたちには、もう一つ信じられない大きな理由があった。
(俺たちは魔力増幅装置の腕輪を付けてるんだぞ? それが弾かれるってことは、ヤツの魔力が俺たちよりも……)
圧倒的に上――その言葉が脳内を過ぎった瞬間、クレメンテは顔を左右に振る。
(いやいや、あり得ねぇ。そんなこと、絶対あっちゃいけねぇんだよ!)
実力差は明らか。しかし彼のプライドが認めようとしなかった。たとえ不正の上での結果でも、落ちこぼれは落ちこぼれなのだからと。
それがそもそもの間違いであることに、クレメンテは気づいていなかった。
彼もまた、エリート思考に溺れてしまっている一人なのだ。
たとえ『経緯』がどうであれ、結果こそが全て。それが覆されることなどあってはならないのだ。
自分にとって栄光な物であれば、尚更である。
「お前らしっかりしろ! 次は全力でアイツを仕留めるぞ!」
「ウッス!」
「はい!」
クレメンテの叫びにも等しい掛け声に、金髪と青髪が立ち上がる。そして再び魔法を繰り出すべく、魔力を構築していくのだが――
「消えろぉ……皆まとめて消えろおおおおぉぉぉーーーーっ!!」
カミロの叫びが、更なる魔力の暴走を生み出す。暴風と化した魔力は渦となり、それはやがて竜巻という形を作り上げる。
魔力の暴風はクレメンテたちの魔力をも打ち消してしまう。いくら構築しようとしても、その矢先から破壊されていき、彼らにはもう、魔法を打ち込む手段すらない状態に等しかった。
「あ、あり得ない……こんなの、あり得るわけないだろうが……」
今度はクレメンテが、絶望に満ちた表情を浮かべる番となった。
彼らは気づいていないことだが、普段のカミロならば、ここまで強い魔力を出すことはない。三人が全力で魔法を打ち込めば、恐らく彼も対抗しきれず、倒されていたことだろう。
簡単に言ってしまうと、場所が悪かったのだ。
魔力スポットというエネルギーの塊のような場所だからこそ、カミロの力が悪い意味で最大限に引き出されてしまっている。
現段階で不正を犯しているクレメンテたちをしのぐほどに。
それを無意識に順応させつつあるカミロの才能は、注目するべき点だ。
この場でそれに気づいている者がいないのが、実に残念である。
「チィッ……おい、一旦引くぞ!」
クレメンテが即座にポケットの中をまさぐる。仕込んでおいた転移装置のボタンを作動させたのだ。
金髪と青髪が呆気に取られる中、三人は瞬く間にその場から姿を消した。
「――って、アイツら逃げちまったぞ?」
リウが目を見開きながら叫ぶ。
「どーするんだよ? このまま放っておいたら、山が全部吹き飛んじまうぜ!」
「そうなったら、山の魔物さんやおじーちゃんにも被害が出るのです!」
「……俺たちでアイツを止めるしかないな」
マキトの呟きに、魔物たちとノーラは表情を引き締める。確かにそれしかないと無言で意見を一致させたのだ。
そして改めて身構えたところで、カミロもマキトたちの存在に気づく。
彼はまだ、正気に戻ってはいなかった。
「お前たちも……皆ここから消えちゃえええぇぇーーーっ!」
暴走させた魔力から巨大な魔弾が生み出され、それが一気に解き放たれる。数秒にも満たない最速で発動されたそれをまともに受ければ、マキトたちも怪我だけで済まないことは明白だ。
(そうだ! ジャクレンからもらった、あのボールみたいなのを……)
ポケットをまさぐると、確かにそれはあった。強力な魔法を扱う敵が現れたら使ってみろ――今がまさにその時だと、マキトは思った。
しかし、次の瞬間――
「――ここはオレに任せろっ!」
「リウ!?」
マキトの腕から、小さな存在が飛び出していった。迫りくる巨大な魔弾に、リウは迷いなく突き進んでいく。
「あるじたちには――指一本触れさせねぇぜっ!!」
叫ぶと同時に、リウの体が光り出す。魔弾が光る体に命中した瞬間、魔弾は爆発することなくカミロのほうへと、急に方向転換して飛んでいく。
まるで、鏡によって反射された光のように。
「う、うわああああぁぁぁーーーーっ!?」
――ずどおおおぉぉんっ!!
巨大な魔弾は大爆発を起こし、カミロは後方へと大きく吹き飛ばされる。そのまま成す術もなく、谷底へと落下していくのだった。
叫び声が、徐々に遠くなってゆく。
耳を澄ませると、水に落ちるような小さな音が聞こえたような気がしたが、果たしてそれが実際に放たれた音なのかどうかは、定かではない。
「い、今のって……リウの力、なのか?」
マキトは呆然とした表情でリウの背中を見つめる。体を纏う光が消え、振り向きながら四足歩行で走ってくる。
それはいつものリウの姿であった。
「やったぜ、あるじ! オレたちの勝ちだっ!」
「お、おう……そうだな」
戸惑いながらもマキトは、飛びついてきたリウの頭を撫でる。くすぐったそうに身をよじらせながら笑うリウを、ラティは不思議そうな表情で見ていた。
「やっぱり神獣と呼ばれるだけあって、リウも凄い力を持ってたのです」
「ん。魔法を反射する力なんて、なかなか面白い感じ」
ノーラも興味深そうにリウの背中を撫でる。そしてマキトがリウをそっと地面に降ろすと、早速ロップルとフォレオが嬉しそうに駆け寄り、今しがた見せた大活躍を称えるのだった。
楽しそうなじゃれ合いを繰り広げる中、マキトが周囲を見渡す。
魔力スポットのある広場は、完全にいつもの静けさを取り戻しており、ようやく騒ぎが収束したのだと安心していた。
「にしても、あのカミロってヤツ、一体何がしたかったんだろうな?」
青空を見上げながら、マキトが呟くように切り出した。するとラティも、腰に手を当てながらぷりぷりと怒り出す。
「しょーじき、わたしも意味不明だったのですよ!」
「ん。それはノーラも同感」
ノーラが腕を組みながら、うんうんと頷く。
「まさに、どうしようもない哀れとはこーゆーこと。いくら話したところで、ちゃんと話を聞いてくれるとは思えなかった」
「……確かにな」
少し思い出してしまい、マキトもうんざりとした表情を浮かべる。
「自分の思いどおりにならないと気が済まない……そんな感じに見えたよ」
「ん。多分それで間違ってない」
「ぶっちゃけオレも、あのメガネヤローはマジで気に入らなかったぜ」
ふん、と鼻を鳴らしながら、カーバンクルが言う。確かにそうだよなと、マキトが心の中で思っていたその時だった。
「僕も同感ですね。あの手の輩は、どうにも好きになれませんよ」
「だよなぁ……あれっ? 今、誰が言ったんだ?」
リウがはたと気づき、周囲を見渡そうとする。その直後、ザッと土を踏む音が近くで聞こえた。
ほんの数秒前まで確かになかった気配が、急に現れた。
マキトたちは恐る恐る視線を向けると――
「どーもー、皆さん。通りすがりのライザックさんでーす♪」
ワイン色のローブを羽織った青年が、笑顔で手を振りながら立っていた。
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