透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

251 サリア~新たなる居場所

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「十年前――私とあの子は、気がついたらこの研究所の中庭に倒れていたのよ」

 研究所の案内をしながらキャメロンは語る。

「幼いあの子が乱入し、儀式が暴走し始めた瞬間、私は悟ったわ。きっとこの儀式は失敗する。私は哀れな犠牲になるんだって。けれど……私は生きていた」

 幼子と一緒に、同じ天国へ来てしまったのかとさえ思えた。しかしそれはすぐに勘違いであることに気づいた。
 研究所の職員がキャメロンとマーキィを発見し、二人は保護されたのだった。

「それから私とあの子は、ここで匿われる形で暮らすことになった」

 保護された際、キャメロンが正直に全てを明かしたのが、功を奏した。
 知らない場所で右も左も分からず、恐らく自分は夢でも見ているのだろうと思っていたからだ。
 しかしそれを聞いた職員は、こぞって驚いていた。

「まさかあなたがシュトル王国の皇太子妃様だったとは――って、あの時は揃ってビックリ仰天状態だったわよ」

 懐かしそうに笑うキャメロンに対し、サリアは目を丸くする。今の言葉の中で、あからさまにおかしい部分があったからだ。

「あの、シュトル王国とか皇太子妃とか話して、信用してもらえたんですか?」
「やっぱりそこは気になるわよね」

 サリアの疑問はもっともだと思い、キャメロンは苦笑する。

「答えはカンタンよ。ここの職員たちの殆どが『私と同じ』だったの」
「同じって……まさか!?」
「えぇ」

 キャメロンは遠い目をしながら空を見上げた。

「私と同じ、向こうの世界からこの世界に飛ばされてきた……そして未だに、元の世界へ帰ることを諦めていない」

 サリアは絶句する。キャメロンからの言葉で、全てが理解できてしまった。
 それまでの自分も同じだった。元の世界――すなわち地球へ帰ることだけを考えて生きてきた。
 理屈は分からないが、帰るという願いだけは叶った。もっとも、本当に取り戻したかったものは取り戻せない状態だったが。

「あの、それって――」

 真っ先に頭の中に浮かんだ疑問を、サリアは尋ねる。

「他の人たちも、キャメロンさんと同じような経緯だったということですか?」
「それも確かに多かったけど、他の理由を抱えてる人たちもいたわね。私も全てを把握してはいないわ」

 キャメロンは肩をすくめながら苦笑する。気にならないわけではないが、無理に問いただすつもりもないのだ。
 利害が一致していればそれでいい――そんなドライな部分も大きいのである。

「表向きは、宇宙衛星を発展させるための総合科学研究所。けれどその正体は、時空を超えて異世界へ渡るために造られた施設なのよ。魔法の代わりに『科学』という素晴らしい力を利用してね」
「それからは、キャメロンさんもここで研究することにしたんですか?」
「えぇ。正式な研究員として受け入れてもらったわ。どんな伝手を使ったのか、こっちで暮らすための戸籍も、いつの間にかできていたのよ?」
「は、はぁ……」

 ウィンクするキャメロンに、サリアはどう反応していいか分からなかった。十六歳の時点で、日本での知識が止まってしまっている彼女でも、戸籍を得ることが容易いことではないことぐらい分かる。
 しかし異世界から来た人たちということならば、あり得なくはない気もした。
 何故なら科学とは異なる『魔法』が存在するからだ。
 それを駆使してまんまと戸籍を手に入れることができたとしても、異世界を経験している彼女からすれば、それほど驚くようなことでもない。

「……じゃあ、キャメロンさんもずっとここで?」
「えぇ」

 話を切り替えがてらサリアが尋ねると、キャメロンも懐かしそうに頷く。

「そしてあの子も、この研究所で暮らしてきていたわ」

 その瞬間、サリアの体がわずかにピクッと反応を示す。彼女の言う『あの子』が自分の産み落とした息子であることを、瞬時に悟ってしまったのだ。
 そんな彼女の心情に気づいているのか否か、キャメロンは構わず続ける。

「私はあの子の名前を知らなかった。舌足らずな口調で『マキィ』と発言して、それをある一人の職員が『マキトでいいんじゃないか?』と軽く言ったのが、名前の決め手だったわね」
「そ、そうなんですね……」

 サリアはどことなく気まずくなる。ここに来て、息子のことを話されているということを自覚し始めたのだ。
 本当に今更過ぎるにも程がある芽生えだが、それでもサリアは、ちゃんと聞かなければならない。

「思えば、この研究所に降り立ったのは、とても運が良かったと言えるわね。でもそれから十年は、全く糸口すら掴めなかったのだけど」

 研究を欠かしたことはなかった。突破口がまるで見えず、何度挫けそうになったか分からない。
 それでも諦めようとする者は一人としていなかった。
 キャメロンも同じくであった。必ず元の世界へ帰ってやると、自分で自分の心に誓いながら、研究所での日々を過ごしていた。

「そんなある日のことだったわ――あの子が突然、姿を消してしまったのは」

 気づいたのは朝だった。研究所内をくまなく探してみたが、どこにも姿がない。もしかして外に出たのではと思われたが、監視カメラの映像にもない。
 まるで部屋の中から忽然と消えた――そうとしか思えなかった。

「もしかしたら異世界に飛ばされたのではないかと、研究者仲間が言ったの。単なる冗談のつもりだったらしいんだけど、考えていくうちに、その可能性は濃厚なんじゃないかと思い始めてね」
「……えぇ。確かにいましたよ、その……マキトは」
「やっぱり! 私たちの推測は間違っていなかったようね!」

 感激するキャメロンは、サリアの気まずさに気づいていなかった。これまで息子を息子と思ってこなかったせいで、名前を言うことすら気恥ずかしく思えてしまっている自分が、なんとも情けないとサリアは思った。
 それも今更過ぎる気づきであることは、言うまでもないことだろうが。

「十年前の儀式はかなり強引なものだったからね。不完全な魔法であるが故に、その効力が切れて元の世界に自動的に戻るケースもあるんじゃないかって、予測が立てられていたのよ。きっとあの子はまさにそれだったようね!」
「え、えぇ……恐らくそれかと」

 やはり気まずそうに頷くサリアは、ここではたと思った。

「あの、でもそれって、キャメロンさんも同じですよね? なのにどうして……」
「それは私も考えていたわ。どうして私は一緒に戻れなかったのか」

 キャメロンは落ち着いた笑みとともに目を閉じる。

「恐らく、私が儀式の媒体となったからという可能性があるわね。魂が一度潰え、それが異世界を渡る際に再構築された……かなり強引な理論ではあるけれど」
「でも……納得できる気はします」
「ありがとう。いずれにせよ、私が戻れなかったのは事実だから、それは受け止めなければならないわ」

 開き直ったような口ぶりでキャメロンが言う。皇太子妃としての経験値がそうさせているのか、それとも強い信念のもとに生きているからか。
 いずれにしても凄い人だと、サリアは彼女に対して、そう思えてならなかった。

「もし良ければ、あの子が暮らしていた部屋もあるけれど……見る?」

 キャメロンがそう提案してきた。一瞬驚くサリアだったが、やがて静かに首を左右に振る。

「私がそれを見たところで、どう思えばいいか分かりませんから」
「そう。まぁ、今はまだ仕方がないわね」

 サリアがそう答えることも読んでいたのだろう。キャメロンは特に驚かず、すんなりと受け入れた。

「――サリアさん」

 そしてキャメロンは、改めて真剣な表情で呼びかける。

「あなたも向こうで長い年月をかけて、異世界召喚の研究をしていたそうね? 今度はその経験値を、この研究所で活かしてみないかしら?」
「こ、ここで、私が?」

 思わず目を見開くサリアに、キャメロンが頷く。

「私たちは元の世界へ戻ることを諦めない。何年何十年かかろうと、諦めるつもりは全くないわ! あなたの蓄えた知識と経験が必要なの。そのためならば、いくらでもあなたの居場所を作るわ!」
「居場所……」
「えぇ、そうよ。今日からここが、あなたの新しい『居場所』になるのよ。新たなる一人の『サリア』という人間としてね」
「新たな人間……私が……」

 サリアの目から涙が流れ落ちる。
 今、ここでようやく分かったような気がした。どうして自分が、頑なに元の世界に戻りたかったのか。
 それは、『帰る居場所』があったからだ。
 異世界にもそれはあったはずだ。しかし自らそれを手放してしまった。
 愛していたはずの夫や魔物、そして霊獣たちから目を背けていた。腹を痛めて産んだ実の息子に、言葉すらかけてこなかった。
 サリアはそのことに、改めて気づいたのであった。

(なんてバカなんだろう? これじゃあ、私の今までの十年は……)

 念願の帰還を果たした先に待っていたのは、まやかしが消失した現実の世界。それはサリアを絶望に叩き落とした。
 しかしそこに今、救いの手が差し伸べられている。
 それは、太陽のように神々しく見えた。サリアは震えながらその手を取り、涙ながらに頭を下げる。

「よろしく……おねがいしますっ!」

 嗚咽を漏らすサリアを、キャメロンはそっと抱きしめるのだった。

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