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第四章 現れた同郷者
第七十一話 ターゲットはベアトリス
しおりを挟むここは、とある町の食事処。そこの隅のテーブル席にて、一人の少年が雑誌の記事に目を通していた。
――フレッド王国の美少女錬金術師、大型魔物を華麗に討伐!
その記事には、イメチェンしたベアトリスの写真がでかでかと載っていた。どこでどう撮られたのか、爆弾を掲げながら笑顔でウィンクしている。それもかなりノリノリな様子で。
それでも話題性としては十分だったのだろう。他のテーブルからも、ベアトリスを話題にしている声は聞こえてきている。
そしてその度に、少年は小さなため息をつくのだった。
「はぁ……ベア姉は本当に凄いなぁ。冴えない僕なんかとは、ホント大違いだ」
彼の名はランディ。ベアトリスよりも三歳年下の幼なじみである。
二人は同じフレッド王都で姉弟のように過ごしてきた。しかしランディの両親が事故で他界してしまい、他国で暮らす親戚に引き取られる形で、彼は王都を離れることとなった。
ランディは幼い頃からずっと、ベアトリスに対して思いを寄せていた。離れ離れになって十年以上が経過している今でも、その気持ちは変わらない。
そして、彼もベアトリスのイメチェン姿に、心から驚いた一人でもあった。
(前はどんな姿だったんだろう? でもベア姉のことだから、きっと美人でモテていたに違いないよなぁ)
実際は真逆にも程がある姿だったのだが、ランディはそれを知る由もない。
そもそもベアトリスという名前は、イメチェンを機に世に出始めたのだ。ランディでなくとも、フレッド王都以外で暮らしている者全員が、彼女の前の姿を全くといって良いほど知らないのである。
だからこそ、前の彼女は薄汚れた魔女そのものだったと言っても、果たして信じる者がいるかどうか。
(ウワサじゃベア姉が汚い姿をしていたとかあるけど、流石にデタラメだよね)
現にランディも、信じない者の一人であった。故に苛立ちが募り、自然と顔をしかめてしまう。
(こんなに綺麗な人が薄汚れていたなんて、そんなことあるワケないじゃないか。皆もちゃんと見るべきだよね。全くベア姉に対して失礼だよ、もう!)
さて、ここで一つおさらいしておきたいことがある。ランディが最後にベアトリスと顔を合わせていたのは、今から十年以上も前――すなわち、まだ小さな子供の頃であるという点だ。
彼はベアトリスと離れて以来、彼女の顔を写真ですら見ていない。つまり彼女がどのように成長したのかも、全く把握できていないのだ。
端的に言えば、美化されていた。
十年という時間は、記憶を余計に美しくさせるには十分過ぎた。そこにイメチェンにより美人化した彼女の写真を見たとなれば、その思い込みを余計に倍加させてしまうことは、無理もない話だろう。
幼い頃から美人だった。しかし十年以上という時を経て、彼女は予想以上の美人な姿となっていた。
それこそがランディの抱く、今のベアトリスに対する評価なのである。
(僕もギルドに登録して、ベア姉と同じ錬金術師の冒険者にはなったけど、まだ新米で未熟にも程があるからなぁ……)
ベアトリスに会いにフレッド王国へ行きたい。しかし今の自分では、それはまだ早すぎる――そんな謎の考えが、ランディを動きを支配していた。
彼女に会うだけなら、別に冒険者でなくとも可能だ。行こうと思えばいつでも船なりなんなりを使って行けるほどに。
しかし彼は――
(やっぱり僕も、ベア姉と同じ仕事がしたい。錬金術をマスターして、本当の意味でベア姉の隣に立ちたいんだ!)
ベアトリスが錬金術師の適性を持っていることは、ランディと一緒にいた頃に既に明かされていたことだ。
世界一の美少女錬金術師になる――幼いベアトリスから、何度も口癖のように聞かされた言葉だった。
それがこうして、雑誌の記事として、本人の写真とともに世に出された。
ランディは大きな衝撃を受けた。まさか現実になるなんてと。
(そしてやっとの思いでギルドに登録できた矢先に……もうベア姉は、僕の手の届かないところに行っちゃったのかもしれないな)
意気込んだ様子を見せたかと思いきや、カクンと軽く肩を落とすランディ。もう既に諦めの色が出つつあった。
その時――
「くぅーっ、やっぱりベアトリスちゃんって可愛いよなぁ」
「俺、今度フレッド王国へ行っていようと思うんだ。そしてベアトリスちゃんの愛をガシッと掴み取ってやるぜ!」
「いや、オメェじゃ絶対に無理だと思うぞ?」
「んだとぉっ?」
「悪いが、俺も同感だ」
「お、おいおい、そりゃねぇだろ? せめて一パーセントはあるって言えよ」
「なんだよ、お前こそ自信全くねぇんじゃねぇか」
「うるせーっ!」
『アハハハハッ♪』
三人の冒険者たちが、酒を飲みながら楽しそうに話しているのが聞こえてきた。内容が内容だけに、その話はランディの耳にもよく入ってきた。
「でもよぉ。最近マジで、ベアトリスちゃんを狙う男が増えてるんだってな」
「まぁ、これだけ凄い美人なら、分からんでもな人は思うけどよ」
「そしてまだ、彼氏はいないらしいな。誰が彼女の心を掴み取るんだか」
それを聞いた瞬間、ランディの心が少しだけ踊った。ベアトリスに彼氏がいないことが嬉しく思えてならなかった。
しかし、同時に自分と彼女の関係を思い出してしまい、ランディは再び気持ちを鎮めてしまう。
(いや、だからと言って、僕とベア姉が単なる幼なじみでしかないってのも、紛れもない事実じゃないか)
幼なじみ――それはあまりにも近くて、とても踏み込みにくい関係だ。
そもそも幼い頃で途切れてしまっているその関係は、事実とはいえ何の役にも立たないも同然である。少なくともランディにはそう思えていた。
――私たち、ずっとずーっと一緒にいようね!
彼女とそんな約束をしたこともあった。おままごとの延長戦みたいな感じで。とてもじゃないが、ちゃんとした約束とは言えない。
(ベア姉が誰か別の人と付き合い、僕のことを忘れ去ったとしても、何ら不思議じゃないんだよな。もう十年以上も連絡を取っていないんだし、僕が一方的にベア姉を想い続けているだけに過ぎないんだし)
だからこの予想が当たっていても、文句を言う資格はない。それは流石にランディも分かっていることだ。
しかし――
(でもやっぱり、黙って諦めるってのも、嫌だよね)
ランディもランディなりに、男の意地というモノが備わっていた。ひっそりと拳を握りながら、心の中で強く思う。
(ベア姉はフレッド王都にいる。まずは僕もそこへ行ってみよう!)
雑誌の情報では、ベアトリスはフレッド王都を拠点としていることもしっかりと掻かれている。つまりここへ行けば彼女へ会える――そう彼は判断したのだ。
(よーし、頑張るぞー……あ、食後のコーヒー飲むの、すっかり忘れてたや)
ひっそりとガッツポーズを取ったところで、テーブルに運ばれたっきり放置されていたホットコーヒーの存在を思い出す。
もう完全に湯気は立たなくなっていたその中身を、ランディはグイッと喉の奥に流し込み、席を立って会計を済ませ、食事処を後にした。
「――へぇ、なんか面白い話を、聞いちまったかもしれねぇなぁ♪」
そんなランディの姿を、離れた席からずっと見つめており、なおかつ面白い何かを見つけたような笑みを浮かべる人物がいたことに、当の本人は終ぞ気づくことはなかったのであった。
◇ ◇ ◇
とある町の酒場。いつも夜になれば、クエストを終えた冒険者たちによる賑やかな盛り上がりが披露される場所。しかし今日に限っては少し違っていた。
具体的に言うならば、中央のテーブルに座る三人の女性たちが、それぞれ一人ずつ男たちに口説かれていたのだった。
「マジョレーヌさん、私はあなたの短剣捌きに惚れました! 是非とも我がパーティへの移籍をお考えいただきたい!」
「興味ありませんので、ワタシを誘うのはお止めになってくださいな」
金髪を後ろで結んだ青年が必死に呼びかけるも、マジョレーヌと呼ばれた短剣使い女性は軽くあしらってしまう。
そして――
「クレール殿、そなたの剣技は見事な美しさを出されておられた! ぜひ拙者たちと一緒に、剣の道を走り抜けようではないか!」
「お断りするわ。今すぐ私の視界から消えるように走り抜けなさい」
着物のような恰好をし、腰に細い剣を刺した青年が、拳を握り締めながら語り掛けてくるも、クレールと呼ばれた剣士の女性は、冷たい表情で追い払う。
更に――
「ヴァレリーちゃん。キミのような可憐な魔導師こそ、僕たちのパーティに……」
「ゴミらしく燃やされたくなかったら、早くウチの前から消えて」
ダンスを踊りながら語り掛けてくるローブの青年に対し、ヴァレリーと呼ばれた魔導師の少女は、立てた指先に炎を宿しながら、相手を睨みつける。
「ぐっ……だがこんなところで……」
「諦めるワケにはっ!」
「まだまだいかないんだよね!」
三人の青年は負けじと立ち向かおうとする。その目はまっすぐであり、ある意味凄いと言えなくもない。
しかしながら、彼らは次の一手を、こぞって大きく間違えてしまうのだった。
「そもそもマジョレーヌさん、キミと一緒にいる男はダメだ。ただイケメンなだけの剣士もどきなんぞに、キミを幸せにできるとは思えん!」
「あんな女を侍らせるしか能がない男に、クレール殿の未来を導く力はござらん。ここは今一度、冷静に考え直すことを推奨いたすぞ!」
「あんな顔しか取り柄のない剣士なんかより、僕たちと一緒のほうが良いよ!」
その時、音が消えた。あれほど騒がしかった酒場が、しんと静まり返った。
マジョレーヌたちは顔を伏せたまま無言となる。それをどのように察したのか、三人の青年は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
しかしそこで、彼女たちはクスッと笑みを浮かべながら言った。
『――――散れ!』
次の瞬間、酒場から重々しく沈むような音が響き渡った。同時に、三人の青年が酒場から飛び出していく。
『ごめんなさあぁーーーいっ!!』
三人の青年たちは必死に走り去っていった。どういうワケか黒焦げになっていたり着物がメチャクチャになっていたり、髪の毛のてっぺんのみがツルツルと化していたらしいが、風のように通り過ぎて行ったこともあり、もしかしたら見間違いだったかもしれないというのが、通行人の共通する証言であった。
そして酒場では、さっきと比べてやや荒れたフロアの中央にて、マジョレーヌたちはこれ見よがしに憤慨していた。
「全く、無駄な力を使ってしまいましたわね」
「楽しい食事の時間が台無しになったわ」
「男ってホント嫌だよねぇ、全く……」
三人がそれぞれ愚痴をこぼしていたその時、酒場に一人の青年が入ってくる。長めの茶髪で背が高く、顔もイケメンに値するその青年は、やや荒れた酒場のフロアに軽く驚いた様子を見せた。
そして彼は、マジョレーヌたちのテーブルに向かって歩いていく。
「どうしたんだ? 随分と疲れているみたいだが、なんかあったのか?」
その瞬間、三人の憤慨していた表情が笑顔に切り替わった。
「タツノリ様っ♪」
「やっと帰ってきてくれたのね!」
「もー、遅かったじゃん!」
ヴァレリーが立ち上がり、タツノリに抱き着いた。するとクレールが、即座に立ちながら講義する。
「ちょっとヴァレリー。抜け駆けは禁止よ!」
「へっへーん、早い者勝ちだもーん♪」
軽くぶつかりそうになるヴァレリーとクレール。しかしそれを、タツノリは爽やかな笑顔で制するのだった。
「ヴァレリーもクレールも落ち着け。あとでゆっくりと構ってやるからよ」
「むぅ、絶対だからね?」
「ちゃんと約束は守ってもらうわよ」
二人はあっさりと引き下がる。明らかに甘えた目でタツノリを見つめながら。
そんな彼らの姿を、酒場に残っていた人々は察する。あれが俗に言うハーレムというヤツなのかと。
周囲から視線が殺到するタツノリたちだったが、当の本人たちはそんなこと知ったこっちゃないと言わんばかりに、相手にすらしていなかった。
「ところでタツノリ様、今日はやけに遅くありませんこと?」
「悪い悪い。ちょっとコイツを買いに行ってたんでな」
マジョレーヌの問いかけに、タツノリは苦笑しながら雑誌を掲げる。するとヴァレリーが、首を傾げながら口を開いた。
「何それ? ゴシップ雑誌?」
「あぁ。ちょいと興味のある話を聞いたもんでよ」
タツノリはテーブルの中央に雑誌を置き、注目記事を開いた。
「美少女錬金術師、ベアトリス……聞いたことあるわね。最近フレッド王国で、凄く人気が高いってウワサよ」
クレールがそう言いながら、写真の中の彼女をマジマジと見る。悔しいが美人であることは認めるしかないと思った。
ヴァレリーもベアトリスの写真を見た瞬間、ムッと顔をしかめていた。そしてタツノリを、半目でジトッと睨む。
「まさかタツノリさん、この子をパーティに引き入れようとしてるとか?」
「おっ、よく分かったなヴァレリー。そのとおりだ!」
パチンと指を鳴らしながらタツノリは笑顔を見せる。ヴァレリーの半目に気づいているのかどうか、それは本人のみぞ知る。
「これだけの美人なら俺たちのパーティに相応しいと思ってな。それに錬金術師が加われば、戦いの幅も広がるってもんだろ?」
「確かにそれは言えるかもだけど……」
ヴァレリーは渋りながら雑誌に目を通していく。そこでページの隅にある小さな写真の人物に目が留まった。
「あっ、そういえばウチ、このミナヅキって人も気になってたんだ♪」
ベアトリスのライバルという形で紹介されているミナヅキ。彼に対しては、他の女性と結婚している旨もちゃんと書かれていた。
ミナヅキとその女性を、ベアトリスは心から祝福したことも記されている。
「凄腕の調合師として活躍していて、しかも同い年でチョー美人の奥さんまでいるんだって。ホント羨ましくてタマらないにゃあ♪」
チラチラッ――ヴァレリーは思わせぶりな視線をタツノリに向ける。どうせタツノリはニッコリ笑うだけだろうと、心の奥底で予想しながら。
しかし――
「……ミナヅキ、か」
タツノリはどういうワケか、ミナヅキという名前に反応していた。それも途轍もなく忌々しそうに、ジロリと睨みつけながら。
「あ、あの、タツノリさん? ウチ、何かイケないこと言った?」
「むっ? あぁすまない。ちょっと嫌なことを思い出してしまっただけだ。気にしないでくれ」
覗き込んでくるヴァレリーの表情に、タツノリは我に返り、そして思う。
(この顔でミナヅキと言えばアイツしか……いや、そんなハズはない。きっとたまたま似ているだけだろう。今の俺たちは住んでいる世界が違うんだからな)
そう自分に言い聞かせつつ、なんとか心を落ち着けるタツノリ。そして話を元に戻すべく、軽く咳払いをした。
「そんなことより、俺はこのベアトリスを仲間に入れたい。異論はあるか?」
「ワタシはタツノリ様の考えに従いますわ」
「私も同じくよ。戦力が増えるというのは賛成だからね」
タツノリの問いかけに、マジョレーヌとクレールはすぐに頷く。
しかし――
「タ、タツノリさんの言うことには、勿論従うよ? でも、ウチとしては……」
ヴァレリーは返事を渋っていた。これ以上、女性メンバーが増えることが、どうにも面白くないと思ってしまっている。
そんな彼女の気持ちを察したタツノリは、優しい笑みを向けてきた。
「心配するな。例えどれだけメンバーが増えようとも、ちゃんと俺はヴァレリーのことも見ているからよ♪」
「――っ! ウ、ウチがそんな言葉に惑わされると思わないでっ!!」
パチンッとカッコつけたウインクをするタツノリに、ヴァレリーは顔を真っ赤に染めながらそっぽを向く。
あっさりと陥落してしまったその姿に、流石のマジョレーヌとクレールも、少し呆れたような表情を浮かべていた。
一方タツノリは、三人からの同意を得られたと判断し、満足そうに笑う。
「じゃあ決まりだな。次の俺たちの目的地は、フレッド王都だ!」
「では、向こうで動きやすくするために、ワタシから手を打っておきますわ」
「助かるよ。いつもありがとうな」
「フフッ、どうってことはございませんわ」
おしとやかに笑うマジョレーヌ。それを見たクレールとヴァレリーは、負けじとタツノリにアピールを始め、それに少しばかり呆れながら応える彼の姿が展開されるのだった。
するとそこで――
「えぇ、ホントに……ようやく面白くなりそうですものね♪」
マジョレーヌが確かにそう呟いたのだが、その小さな声を聞き取った者は、誰一人としていないのだった。
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