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4.いつもと同じ

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 木々の枝が盛大に折れる音を聞きながら衝突の衝撃に備える。プチコはしっかりと俺を抱きしめたままの状態で気絶しているようだ。これ幸いと体をひねり自分が下になるように向きを変えた。

「ははは…」

 変な笑いがこみあげてきた。怖くないわけじゃないんだ。なるようにしかならないだけで。俺は覚悟を決め目を閉じた。少しすると背中に何かが当たったという感覚が来て、そこで落下の間隔が消えた。足が…手が…触れたものを伝えてくる。

「…土と、草か?」

 手のひらを広げその感覚をじっくりと確かめる。少しだけ湿り気のある土が落下が終わったことを伝えてくる。足や頬に当たる草が生きていることを教えてくれる…

「そうだプチコは?」

 今だしっかりと俺に抱き着いているプチコへと視線を送る。ぱっと見ただけだけだと見える範囲が狭くてよくわからないが生きてはいるようだ。俺の耳元にある場所から音が規則正しく聞こえてくる。

「よかった…」

 気が抜けたからか目蓋が重くなってくる。寝てはいけないと頭ではわかっているのに、体が感じている負担は思ったよりも大きく、休息を求めているらしい。抗うことも出来ず俺はそのまま目蓋を閉じるのだった。

「…ん?」

 なじみのある香りが鼻に届いて目が覚めた。いつも朝起きた時や食後などによくプチコが入れてくれた紅茶の香り。いやなんで紅茶の香りなんてするんだよ? 夢じゃないなら俺は飛行艇から落とされたはずなんだ。

「あ、おはようございます。アルムさまも紅茶を飲まれますか?」

 目を開けるとプチコが俺を覗き込んでいた。手にはティーカップを持っており、そこからほんのりと湯気が上がっている。ゆっくりと体を起こすと俺の体に毛布が掛けられていた。

「うぅ…アルムさまよくご無事でっ」
「プチコは怪我は?」
「あ、えーと少しだけありましたが軽傷でしたので大丈夫です。むしろどこから落ちたのかわかりませんが、この程度で済んで運がよかったと思います」

 ちらりとプチコの動きを見ると足をなでていた。怪我をしたのは足なんだろう。やはりスキルを使った本人の効果なので完全には守れなったということになる。少しだけそれが悔しい。

「ところでその紅茶は?」
「はいっ 普段から私の【アイテムボックス】に常備しているものです」

 そういえばいつもどこからともなく取り出して紅茶を入れてくれていた。【アイテムボックス】から出し入れしていたのか。だけどそれなら納得だ。

「もらうよ」
「はい、お待ちくださいっ」

 道具を取り出し準備をしているプチコを眺めながら俺は自分のスキルのことを考えていた。【ガチャ】、これは実はかなり優秀なスキルなんじゃないだろうかということに。まあまだちゃんとしたものを入手したわけじゃないが、それをのぞいたってかなりいいものであるといえる。このスキルの説明にはこう書かれていた。


『対価となる物に触れたまま使用するとそれと同価値のものが無作為で手に入る。対価は何でも対価にすると思えばその対象となり、対価にされるとその対価となったものは消滅する。入手出来る物は使用者の記憶に反映され、全く見たことがない物、聞いた事がないものは手に入らない。また対価を決定した後から交換で入手した物を確認するまで、スキル使用者の身の安全が確保される』


 つまりなんだ、折角【ガチャ】を引いたのに結果を見ないまま死ぬということが無いように出来ているということだ。確かに結果を見ないままは辛いものがあるな。

「どうぞ」

 プチコがいつもと同じ紅茶を入れてくれた。状況が状況だけにたったこれだけのことでも〝いつもと同じ〟があると落ち着けるものだと初めて知った。
 紅茶に口を付け俺はプチコに視線を向ける。それほどかかわったこともなかった俺について一緒にこんなところまで…こいつはかなりバカなんじゃないだろうか。

「あの…何か?」
「ああ、これからのことをちょっとね」

 そんな考えを誤魔化すように、誰もがすぐに思いつくことを口にする。まあもちろんこの話も必要なこと。このまま何もしないでいたらどう考えても無事ではいられない。

「ところでプチコはここがどこなのか知っているのか?」
「はい、レイナス大森林です。侯爵様方が空路について話していたので間違いないと思います」

 レイナス大森林というと…たしか名前の通り大きな森林でそれを境に4つの国に分かれているんだったかな。俺たちが住んでいたのはその東側。つまり家に帰るためには東へ進まなければならない。まあそれも太陽の動きが地球と同じなのかわからないので、調べようがないが。

「私もお手伝いしますので何としても帰りましょうねっ」
「…ん? 帰るつもりはないが」
「え、えええええええええ~?!」

 何を言っているんだこいつは。こんなことをしてくる家に帰ろうなんてどう考えてもありえないだろうが。そんなことをするくらいならこのまま死んだほうがましだって、10歳の俺にだってわかるのに。あ、違ったわ。こいつはバカで、俺は大人の知識があるから通じるわけがなかったんだ。
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