カリンの花

れのひと

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始業式

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 家についた花梨は玄関で靴を脱ぎ棄てそのまま洗面所に向かった。火照った顔を冷やすように顔を洗うとその水分をタオルでふき取り、階段を上がり二階の自分の部屋へと飛び込んだ。肩に掛けていた鞄をベッドへ投げ捨て自分もそのまま倒れこむ。布団に顔をうずめバタバタと足を動かし気持ちが落ち着くのを待つことにした。少しの間足をばたつかせていると、一階からお母さんの声が聞こえてくる。暴れていた音が階下にまで響いたのだろう。どことなく怒られているように聞こえた花梨は逆に落ち着いたのかそれ以上暴れることはなかった。

 夜、夕食の時間。そこには花梨とそのお母さんとお父さんと三人が食卓についた。今夜のテーブルには焼き魚が乗っていた。花梨の苦手とする食べ物の一つで、それを箸でつつきながら学校での出来事が話題に上がる。今日は入学式の準備だけだったので半日だったのだが、その時のことを少し思い出し花梨の気持ちが沈んだ。明日から新学期で入学式と始業式が同時に行われるのだが、その準備中友達たちは進路についてあれこれと会話していたのだ。でも花梨には特に行きたい学校とかもなく、成績もそれほど良くはない。そんな会話にもちろん入れなかったのだ。入学式の準備を頑張りごまかして過ごす半日だった。

「明日から3年生ね」
「うん」
「最上級性として恥ずかしくないようにしないとね」
「わかってる」
「ところで…行きたい学校は決まった?」

 今日の友達の様子からもう聞かれることは覚悟していたのだが、やはり実際にその言葉を耳にすると覚悟が足りなかったことを花梨は思い知った。いやいやながらも箸を焼き魚に持って行った手が止まる。その手をおろし箸をそろえて机の上に置いた。

「…まだ」
「はぁ…なんだまだ決まっていなかったのか。それなら始めからこっちで選んだところにしておけばよかったじゃないか」
「う…っ もう少しぎりぎりまで考えさせて」

 お父さんとお母さんの会話はまだ続いていたが、花梨は机の下の膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、悔しくてこぼれそうになる涙をこらえうつむいた。なんとなく学校へ行ってなんとなく勉強や部活に参加していただけの花梨にはっきりとした将来の夢などはなく、このままただなんとなく進学していいのだろうかという悩みがあったのだ。どんな将来を目指すにしても最低限の学力は必要で、職業によっては必須科目も変わってくることはわかっている。周りは今の学力で行ける学校を選ぶ人ばかりで、花梨自身もそのつもりだった。だけどもしかしたらぎりぎりになって本当に行きたい学校が出てくるかもしれないという気持ちもあって、決定できずに今に至る。

「ごちそうさま」

 その場にいるのが耐え切れなくなった花梨は席を立つと速足で二階の部屋へと向かった。自分の部屋の扉を開けて閉めた後、そのままベッドへと飛び込んだ。我慢の限界だったのか目から涙がこぼれ初め、その水滴がシーツに染みていく。はっきりと決めることが出来ない優柔不断な自分が嫌で悔しかったのだ。

 次の日。いつものように起き、いつものように何事もなかったように朝食を済ませ、学校へ行くために家を出た。両親は何も言ってこなかったところを見ると思ったよりも進路に興味がなかったのかもしれない。花梨はそんなことを考えながら通学路を歩いた。あまりうるさく言われるのも嫌なので、少しだけさみしく感じるけどこれはありがたいとさえ思っている。

「あ…」

 昨日の帰り道に見かけた木に咲いていた花が今日も咲いていることに花梨は気が付いた。それほど太くない木の幹をじっと眺めるが、昨日いた男の子の姿はなかった。やはりこの暖かさが見せた夢だったのかもしれないと思いながら花梨は学校へと足を進めるのだった。

 学校につくとまず目についたのは門の外に散らばる桜の花びらだ。どうにか入学式までもった桜だったがやはりかなり散り始めており、ところどころ葉桜になり始めている。その桜の花びらがたくさん門の周りに落ちているのだ。昨日の準備の時に掃いて集めたのだがそれ以上に落ちていることに花梨は軽くため息をついた。集めても集めてもなくならない花びらだがきっと新入生が来る前に一度掃くだろうと予想をしたため息だった。
 門をくぐると掲示板に各学年のクラス分けが張り出されており、そこに何人か生徒たちが集まり眺めていた。ここで最初に自分のクラスを確認しないと今から向かうべき教室がわからないので、もちろん花梨もその仲間に入る。1組から10組までクラスは分かれており、1組から確認する人と10組から確認する人と別れていた。流石に中途半端な真ん中あたりから探すのは少し面倒だと誰もが思っているんだろう。そんな花梨も1組から探し始め自分の名前を見つけた。名前は50音順に並んでいたので探すのにそう時間はかからなかったのだが、花梨の名前は10組にあったため少しだけ損をした気分になっていた。

「あー…二人ともいないし」

 さらにその10組の中に友達の名前がないことに追い打ちをかけられ、ますます花梨は落ち込んでいた。気持ちは沈んでいるのだがいつまでもそこにいるわけにもいかず、花梨は3年10組の教室へと向かうことにした。教室の後ろ側の扉を開け中に入ると、前方にある黒板に文字が書かれていた。

・来た人から予鈴まで門周辺の掃き掃除・

 花梨はその文字を見るととりあえず自分の名前の貼られている机に荷物を置き、もう一度黒板の文字を見つめた。そして教室の中を見渡すとすでにいくつか荷物の置かれている机があり、すでに掃き掃除へ向かった人がいることがわかる。気は進まないのだが一人ここに残り何もしないでいると後で来た人に何を言われるかわからない。そう思った花梨は来た道を戻りまた門のところへと向かった。

 掃き掃除を終え、入学式も何事もなく終わった後、花梨は下駄箱の所で友達が来るのを待っていた。外から入ってくる風が下駄箱の金属質な匂いや新入生の新品の洋服の匂い、春休みに洗いそびれたのかどことなく汗を伴った靴の匂いなどを運んでくる。そのうえ今日は新入生の保護者もいるので化粧の匂いも漂う。待ち合わせるのには丁度いい場所なのだが花梨はいろんな匂いに軽く眩暈を起こしそうになっていた。

「お待たせ~」

 そこへ友達がやって来て花梨の肩をぽんっと叩いた。その後ろにはもう一人の友達も一緒にいて少しだけ申し訳なさそうな顔をしていた。どうやら花梨はここの匂いに顔をしかめるほど機嫌が悪そうな顔をしていたようで、それに気が付いた友達が悪いことをしたと思ったのだろう。

「モカ遅い~ サユもっ」

 頬を軽く膨らませた花梨が二人のことを軽くジロリと睨んだ。モカと呼ばれた少女の名前は智花。トモと呼ぶかモカと呼ぶかで迷ったところモカのほうがかわいく思えた花梨はずっと智花のことをモカと呼んでいる。同じようにもう一人の少女小百合もユリよりサユがいいということでこう呼ばれている。三人は靴を履き替えると門に向かってゆっくりと歩き出した。帰る方向が違うので、この時間が3人が一緒に過ごす貴重な時間となっていてかなりのんびりと歩きながらたわいのない話をする。花梨も昨日木の上にいた男の子の話を持ち出した。もちろん恥ずかしいので笑われた内容を省いて、だが。

「今時浴衣とか珍しいね…実は妖怪とか?」
「えーそれなら木の精とかのが夢があるよ~」

 好き勝手な予想をしている二人を眺めながら花梨はその言葉について考えて見た。妖怪にしろ木の精にしろ架空の存在としか思えず現実味を感じられない。これならいっそ幽霊と言われた方がまだ実感がわきそうだと花梨は考えながらため息をついた。

「もしかして…幽霊とか?」
「あーありそうっ ほら…昔そこに住んでた的な? その場所に未練があって離れられない~~ってやつ」

 二人の予想が花梨と同じところにたどり着いたころ丁度門へと到着した。花梨だけ帰る方向が違うのでそこで手を振り分かれることになる。その別れ際に「また会ったらよろしくね~」と智花が花梨に行ったのだが、そう言われた当の花梨は本当に幽霊だったら会いたいとは思えないという気持ちが強く、通学路を重い足取りで帰る羽目になってしまったのだった。

 ゆっくりとした足取りで花梨は気持ち視線を下へ向け歩いていた。本当に幽霊だとしたら直視したくないのが理由だ。もちろん幽霊だと決まったわけでもないし、今日もいるとは限らない。そんなことを考えていると昨日と同じあたりへ花梨はついていた。恐る恐る顔を持ち上げ木のほうを眺める。

「いない…」

 ほっとした花梨は胸をなでおろしそのまま素通りしようとした。でもそれは失敗に終わりすぐ背後からきき覚えのある声が飛んでくるのだった。

「学校帰り?」

 聞こえてきた声にびくりとした花梨はその場で立ち止まるとゆっくりと後ろを振り返り、視線を上のほうへと向けた。そこには予想した通り昨日みた男の子が今日は枝に座って花梨のほうを眺めていた。いっぽう花梨は内心冷や汗だらだらで色んなことを考えていた。例えば幽霊と会話をしていいのかとか、一度してしまっているから変わらないかもとか、実は智花や小百合が言ったように妖怪や木の精なのかもしれないとか…せわしなく視線をさまよわせながら思考を巡らせていた。

「何者…なの?」

 結論として本人に聞くことにした花梨は再び男の子の言葉に対する返答をせず、聞きたいと思ったことだけを言葉に出した。じっと花梨に見つめられた男の子は少しだけ笑みを浮かべると目の前に一枚のハンカチを取り出す。

「この手品の種がわかったら教えてあげる」
「手品?」

 花梨が聞き返すがそれには返答がなく、男の子は目の前でハンカチの両端を持ちひらひらと両面を見せてきた。その動きに誘われるように花梨はじっとハンカチを見つめた。

「…あっ」

 するりと男の子の手からハンカチが滑り落ちた。ふわりふわりとゆっくりと落ちるハンカチを花梨は眺める。このままだと地面に落ちて汚れてしまうと思った花梨は手を伸ばしハンカチを捕まえた。ほんのりとした桃色で右下角に『K』と赤い糸で刺しゅうがされたハンカチだ。花梨は昨日自分が持っていたハンカチと似ている気がして視線を上へと向けるとそこに男の子の姿はもうなかった。
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