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第五話 現状と思い出
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午後一時、昼食を採りお昼休みを終えると、再び工場内の清掃に戻る。
会社は田舎にあるせいか、それとも今日だけなのか、客足はまばらだった。秋月さんは預かっていた車の修理作業をこなしていく。その後ろで、僕は床掃除を続けていた。視界の片隅で先輩社員が慌ただしく動くのを見ていると、自分がサボっているような錯覚に陥るが、現状では僕ができるような仕事は精々掃除程度しかなかった。
その後、トイレ、休憩室、事務所なども掃除するよう指示された。
終業時まで掃除をしていたおかげか、なんとなく会社内のレイアウトが把握できているように感じた。
あたりが薄暗くなった頃、車を工場内へ仕舞う。朝方よりも二台ほど車両が増えていた。シャッターを閉めた秋月さんから「今日はもう上がっていい」と言われたので、社長に挨拶するために事務所へと向かう。時計を見ると午後六時を過ぎていた。
事務所に入ると、社長に今日の仕事の内容を聞かれたので軽く説明する。働いた内容と言えば、エレメントを棚に並べた事と掃除した程度だった。仕事らしい仕事をしてないので怒られるかと緊張したが、社長は「まぁ、そんなもんだろうな」とボソリと呟いた。
業務日報などは無いようで、社長への口頭の報告と挨拶を済ませた僕は、休憩室でタバコを吸っている秋月さんにも一声かけてから、タイムレコーダーのある廊下へと出た。
レコーダーの退勤ボタンを押してからタイムカードを差し込むと、ピッという電子音と共に中でモーターの作動音がして、現在時刻が打刻される。
ロッカールームで着替え廊下に出ると、休憩室のドア越しに社長と秋月さんの声が聞こえて来たが、はっきりと聞き取れなかった。仕事の打ち合わせなのか、ただの雑談なのかわからないが、帰っていいと言われた僕にはその会話に混ざる資格はないのだろう。そう認識すると、少しだけ罪悪感と疎外感を混ぜたような感情が沸き起こった。
自分の不甲斐なさから来るそのネガティブな感情を胸の奥に仕舞い、僕はヘルメットを被ると自転車に乗り家路についた。
頬に当たる風が少し冷たい。日中は暖かくなったとはいえ、日が暮れるとまだまだ気温は低かった。
まだ遠くの空にオレンジ色の夕日が見えるが、頭上は暗く闇に飲まれ始めていた。自転車のヘッドライトの青白いLEDの光が心細く地面を照らす。薄暗さとひんやりとした空気が、仕舞い込んだはずのネガティブな感情を再び蘇らせる。
「やっぱり……大変そうだなぁ……」
今日は丸一日、掃除しかできなかった。ただこれは、専門職を軽く見ていた僕が悪いように思う。初日からスキルゼロの僕がバリバリ働けるわけがないのだ。それは初めから判っていたことだ。おそらく社長もそのことは想定済みなのだろう。
ふと少し前の自分を思い出す。
――高校二年生の夏、僕は自分が将来何をしたいかなど特に思い浮かべることなく、ボンヤリと学生生活を送っていた。そして進路を決めることが本格的になり始めてた頃だろうか。
帰宅部だった僕は自宅付近のバス停でバスを降り、家へと向かう大通りの歩道を歩いていた。小さな交差点で横断歩道の手前に立ち、信号待ちをしていると、交差する細い路地からワインレッドのスポーツカーが近づいてくるのが分かった。
そして、ウインカーを出しながらゆっくりと交差点に進入するスポーツカーの運転席の窓は開いていて、ちょうど僕からドライバーが一人だけ乗っているのが見えたのだ。
「あ……」
一瞬だったので、顔立ちははっきりと見えなかったが、そこから見えたのは自分とあまり変わらない年齢の女性ドライバーだった。
交差点を曲がり、小気味良いエンジン音を響かせながら颯爽と走り去るワインレッドのスポーツカー。
車を運転している時点で、僕よりかは年上なんだろう。不必要に飛ばすわけでもなく、あくまでも自然と走り去るその姿に僕は憧れのような感情を抱いた。
「なんか、かっこいいなぁ……」
僕が「車」に何となく興味を持ち始めたのはこの頃だった――。
しかし、僕は卒業に至るまで、そのことを担任にも両親にも相談できずにいた。
そして自分の中ではっきりとした生きる目的を決めることができない、そんな優柔不断な僕の本性を、企業の面接官には見透かされたのだろう。結果、卒業するまでことごとく不採用となってしまったのだ。
おそらく、自分が車に興味を持っていると確信したのは高校卒業直前に、教習所で生まれて初めて車を運転した時だろう。
ゲームとは違う感覚。音、振動、手ごたえ。すべてが刺激的に感じた。
これらが、僕がこの職業に興味を持ち始めるきっかけだったのだろう。
このことを思い出すたびに、もっと早くに教習所に通えていれば……、もっと早くあのスポーツカーを目撃していれば、そんな後悔が沸き起こってくる。そうしていれば、何もかも曖昧なまま、高校卒業直後に慌てて原付免許を取らなくて済んだのかも知れない……。
ジャコジャコと音を立て自転車を漕いでいると、強力な光が自転車のライトが照らす地面を後ろから塗り潰すように近づいてきた。漕ぐのをやめ惰性で走っていると、少し間をおいてから教習車がゆっくりと僕を追い越していく。自分の通っている教習所のものだった。
「ああ、そうだ。教習所も予約入れとかないと……」
ネガティブな感情に飲み込まれそうになる自分に、まだ初日なんだと言い聞かせ、ペダルを漕ぐ足に力を入れ直した。
会社は田舎にあるせいか、それとも今日だけなのか、客足はまばらだった。秋月さんは預かっていた車の修理作業をこなしていく。その後ろで、僕は床掃除を続けていた。視界の片隅で先輩社員が慌ただしく動くのを見ていると、自分がサボっているような錯覚に陥るが、現状では僕ができるような仕事は精々掃除程度しかなかった。
その後、トイレ、休憩室、事務所なども掃除するよう指示された。
終業時まで掃除をしていたおかげか、なんとなく会社内のレイアウトが把握できているように感じた。
あたりが薄暗くなった頃、車を工場内へ仕舞う。朝方よりも二台ほど車両が増えていた。シャッターを閉めた秋月さんから「今日はもう上がっていい」と言われたので、社長に挨拶するために事務所へと向かう。時計を見ると午後六時を過ぎていた。
事務所に入ると、社長に今日の仕事の内容を聞かれたので軽く説明する。働いた内容と言えば、エレメントを棚に並べた事と掃除した程度だった。仕事らしい仕事をしてないので怒られるかと緊張したが、社長は「まぁ、そんなもんだろうな」とボソリと呟いた。
業務日報などは無いようで、社長への口頭の報告と挨拶を済ませた僕は、休憩室でタバコを吸っている秋月さんにも一声かけてから、タイムレコーダーのある廊下へと出た。
レコーダーの退勤ボタンを押してからタイムカードを差し込むと、ピッという電子音と共に中でモーターの作動音がして、現在時刻が打刻される。
ロッカールームで着替え廊下に出ると、休憩室のドア越しに社長と秋月さんの声が聞こえて来たが、はっきりと聞き取れなかった。仕事の打ち合わせなのか、ただの雑談なのかわからないが、帰っていいと言われた僕にはその会話に混ざる資格はないのだろう。そう認識すると、少しだけ罪悪感と疎外感を混ぜたような感情が沸き起こった。
自分の不甲斐なさから来るそのネガティブな感情を胸の奥に仕舞い、僕はヘルメットを被ると自転車に乗り家路についた。
頬に当たる風が少し冷たい。日中は暖かくなったとはいえ、日が暮れるとまだまだ気温は低かった。
まだ遠くの空にオレンジ色の夕日が見えるが、頭上は暗く闇に飲まれ始めていた。自転車のヘッドライトの青白いLEDの光が心細く地面を照らす。薄暗さとひんやりとした空気が、仕舞い込んだはずのネガティブな感情を再び蘇らせる。
「やっぱり……大変そうだなぁ……」
今日は丸一日、掃除しかできなかった。ただこれは、専門職を軽く見ていた僕が悪いように思う。初日からスキルゼロの僕がバリバリ働けるわけがないのだ。それは初めから判っていたことだ。おそらく社長もそのことは想定済みなのだろう。
ふと少し前の自分を思い出す。
――高校二年生の夏、僕は自分が将来何をしたいかなど特に思い浮かべることなく、ボンヤリと学生生活を送っていた。そして進路を決めることが本格的になり始めてた頃だろうか。
帰宅部だった僕は自宅付近のバス停でバスを降り、家へと向かう大通りの歩道を歩いていた。小さな交差点で横断歩道の手前に立ち、信号待ちをしていると、交差する細い路地からワインレッドのスポーツカーが近づいてくるのが分かった。
そして、ウインカーを出しながらゆっくりと交差点に進入するスポーツカーの運転席の窓は開いていて、ちょうど僕からドライバーが一人だけ乗っているのが見えたのだ。
「あ……」
一瞬だったので、顔立ちははっきりと見えなかったが、そこから見えたのは自分とあまり変わらない年齢の女性ドライバーだった。
交差点を曲がり、小気味良いエンジン音を響かせながら颯爽と走り去るワインレッドのスポーツカー。
車を運転している時点で、僕よりかは年上なんだろう。不必要に飛ばすわけでもなく、あくまでも自然と走り去るその姿に僕は憧れのような感情を抱いた。
「なんか、かっこいいなぁ……」
僕が「車」に何となく興味を持ち始めたのはこの頃だった――。
しかし、僕は卒業に至るまで、そのことを担任にも両親にも相談できずにいた。
そして自分の中ではっきりとした生きる目的を決めることができない、そんな優柔不断な僕の本性を、企業の面接官には見透かされたのだろう。結果、卒業するまでことごとく不採用となってしまったのだ。
おそらく、自分が車に興味を持っていると確信したのは高校卒業直前に、教習所で生まれて初めて車を運転した時だろう。
ゲームとは違う感覚。音、振動、手ごたえ。すべてが刺激的に感じた。
これらが、僕がこの職業に興味を持ち始めるきっかけだったのだろう。
このことを思い出すたびに、もっと早くに教習所に通えていれば……、もっと早くあのスポーツカーを目撃していれば、そんな後悔が沸き起こってくる。そうしていれば、何もかも曖昧なまま、高校卒業直後に慌てて原付免許を取らなくて済んだのかも知れない……。
ジャコジャコと音を立て自転車を漕いでいると、強力な光が自転車のライトが照らす地面を後ろから塗り潰すように近づいてきた。漕ぐのをやめ惰性で走っていると、少し間をおいてから教習車がゆっくりと僕を追い越していく。自分の通っている教習所のものだった。
「ああ、そうだ。教習所も予約入れとかないと……」
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