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第七話 新しい日常
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いつもの朝、目覚ましを止めると、僕は足に絡みついてくる布団を蹴飛ばし、ベッドから抜け出した。自室から廊下を抜け、階下にある洗面所へ向かうため階段を目指す。
僕の名前は――
「おいゴミ」
名前を名乗ろうとしたとき、後ろから人をゴミ呼ばわりする声がした。
振り返ると、僕の部屋の隣、ちょうどいま通り過ぎたドアから服を着た『サル』が顔を出していた。
「なんだよ、サル。こっちは忙しいんだぞ」
「ゴミニートが偉そうにすんな。もっと静かに歩け」
「もうニートじゃねぇし。学校行けよクソガキ」
「ウルセェゴミが!」
服を着たサルはチッと舌打ちすると、顔をひっこめ勢いよくドアを閉めた。
この人語を話すサルのような生き物は一応僕の二つ下の弟ということになっている。ただ、父と母はひた隠しにしているが、本当は動物園から譲渡してもらったサルの一種だろうということに僕は気付いていた。なぜならここ数年、僕に対しての態度が非常に悪いからだ。小学生の時はあんなに素直でいい子だったのに。
階段を降りるとリビングからは両親が見ているテレビの音声が聞こえてきた。季節変化について熱心に説明する若手アナウンサーの声をBGM代わりにし、僕は顔を洗い、身なりを整える。
朝食替わりのコーヒーを飲み終わり、玄関ドアへ向かう頃、先ほどのサルが学生服に着替えて階段から降りてくるのが視界の隅に見えた。僕は靴を履くとそのまま振り向かずに「行ってきます」と声に出し、ドアを開ける。後ろでサルが「おう」と小さく鳴いた。僕はヘルメットを被ると、自転車に乗り会社へと向かう。
ペダルを漕ぎながら二十分ほど経っただろうか。勤め先『ラジアル』の看板が見えてくる。少し前まで新鮮さと違和感が同居していたこの行動も、何度も繰り返すうちに次第に僕の中で日常へと変わりつつあった。
今日は暖かな過ごし易い日だった。
「こんにちわ」
ちょうど僕が事務所の窓を拭いている時、駐車場に一台の車が止まり、降りて来た年配の女性が事務所に入ってきた。
「ああ、いらっしゃい。どうしました?」
カウンターに座っていた社長が立ち上がり、気さくな笑顔で話しながら商談用のテーブル席へ案内する。
「車の前の方から変な音がするの」
テーブル席に「よいしょ」と腰かけた女性から社長が詳しく聞いてみると、どうも交差点などでハンドルを切っている際にアクセルを踏むと音がするようだった。
「ちょっと見てみましょうか。車の鍵を預かっても?」
そう言い、車の鍵を預かった社長は休憩室のドアを開け、そこでタバコを吸っているであろう秋月さんに話しかけていた。秋月さんは休憩室から顔を出すと、お客さんに軽くあいさつした。どうやら常連客のようだ。
すぐに秋月さんは鍵を受け取るとお客さんの車に乗り込み、工場内へと車を運び入れた。僕も掃除用具を片手に持ち、軽く会釈をしてお客さんの前を通り過ぎると、工場内へと向かう。
「あら、新しい人が入ったのね」
事務所を出る直前に女性が社長にそう話しているのが聞こえた。
掃除用具を邪魔にならないように工場内の隅に置いたら、秋月さんが車をリフトで持ち上げようとしているのを手伝う。
僕も仕事を覚えないといけないので、できるだけそばで秋月さんの仕事を見ておく必要があった。
秋月さんは、車を自分の頭の高さまで持ち上げると下回りを覗き込み、すぐに原因を突き止めた。
事務所に戻ると、お客さんに簡単に修理箇所の説明を行う。
それ以外でも気になった点があるらしく、費用を抑えながら修理する方法などを提案していた。
「じゃあそれで。美鶴ちゃんにお任せするわ」
説明している秋月さんを『美鶴ちゃん』と親しげに呼ぶお客さんは、話半分にしか聞いていない様子だった。専門的な話は興味がないというのもあるようだが、半分は秋月さんを信頼しているという事なのだろう。
お客さんからはできるだけ費用を抑えてほしいという要望だったので、リビルト品などを使って修理する方向で決まったらしい。
リビルト品とは、中古品をベースに専門業者が分解、洗浄、消耗品の交換などのオーバーホールを行い、品質保証をつけて販売する部品のことを言う。殆どのリビルト品が、使用していた部品の下取りを条件としており、新品に比べて安価に入手できる。そのためトータルでの修理費を抑えることが可能なのだ。
簡単な日程の打ち合わせの後、お客さんには代車に乗って帰ってもらい、車を預かる形になった。
「じゃあ美鶴、よろしく」
「はーい」
社長からそう言われた秋月さんは、業者への必要な部品の発注などをささっと済ませ、工場に戻り黙々と作業を進めていく。
秋月さんの作業を見せてもらっていると、不具合のある個所を指さしながら教えてくれた。入社初期こそ拒絶されてる感があったが、今日に限らずここしばらくはこんな感じだった。
秋月さんはお客さんへの接し方も含め、口は悪いが実はすごく面倒見のいい人だと改めて感じた。
ただ、車の高さが秋月さんの身長に合わせてあるので、僕は説明を受ける間は常に頭を傾げた状態でなければならないのが、辛いと言えば辛い点だった。
僕の名前は――
「おいゴミ」
名前を名乗ろうとしたとき、後ろから人をゴミ呼ばわりする声がした。
振り返ると、僕の部屋の隣、ちょうどいま通り過ぎたドアから服を着た『サル』が顔を出していた。
「なんだよ、サル。こっちは忙しいんだぞ」
「ゴミニートが偉そうにすんな。もっと静かに歩け」
「もうニートじゃねぇし。学校行けよクソガキ」
「ウルセェゴミが!」
服を着たサルはチッと舌打ちすると、顔をひっこめ勢いよくドアを閉めた。
この人語を話すサルのような生き物は一応僕の二つ下の弟ということになっている。ただ、父と母はひた隠しにしているが、本当は動物園から譲渡してもらったサルの一種だろうということに僕は気付いていた。なぜならここ数年、僕に対しての態度が非常に悪いからだ。小学生の時はあんなに素直でいい子だったのに。
階段を降りるとリビングからは両親が見ているテレビの音声が聞こえてきた。季節変化について熱心に説明する若手アナウンサーの声をBGM代わりにし、僕は顔を洗い、身なりを整える。
朝食替わりのコーヒーを飲み終わり、玄関ドアへ向かう頃、先ほどのサルが学生服に着替えて階段から降りてくるのが視界の隅に見えた。僕は靴を履くとそのまま振り向かずに「行ってきます」と声に出し、ドアを開ける。後ろでサルが「おう」と小さく鳴いた。僕はヘルメットを被ると、自転車に乗り会社へと向かう。
ペダルを漕ぎながら二十分ほど経っただろうか。勤め先『ラジアル』の看板が見えてくる。少し前まで新鮮さと違和感が同居していたこの行動も、何度も繰り返すうちに次第に僕の中で日常へと変わりつつあった。
今日は暖かな過ごし易い日だった。
「こんにちわ」
ちょうど僕が事務所の窓を拭いている時、駐車場に一台の車が止まり、降りて来た年配の女性が事務所に入ってきた。
「ああ、いらっしゃい。どうしました?」
カウンターに座っていた社長が立ち上がり、気さくな笑顔で話しながら商談用のテーブル席へ案内する。
「車の前の方から変な音がするの」
テーブル席に「よいしょ」と腰かけた女性から社長が詳しく聞いてみると、どうも交差点などでハンドルを切っている際にアクセルを踏むと音がするようだった。
「ちょっと見てみましょうか。車の鍵を預かっても?」
そう言い、車の鍵を預かった社長は休憩室のドアを開け、そこでタバコを吸っているであろう秋月さんに話しかけていた。秋月さんは休憩室から顔を出すと、お客さんに軽くあいさつした。どうやら常連客のようだ。
すぐに秋月さんは鍵を受け取るとお客さんの車に乗り込み、工場内へと車を運び入れた。僕も掃除用具を片手に持ち、軽く会釈をしてお客さんの前を通り過ぎると、工場内へと向かう。
「あら、新しい人が入ったのね」
事務所を出る直前に女性が社長にそう話しているのが聞こえた。
掃除用具を邪魔にならないように工場内の隅に置いたら、秋月さんが車をリフトで持ち上げようとしているのを手伝う。
僕も仕事を覚えないといけないので、できるだけそばで秋月さんの仕事を見ておく必要があった。
秋月さんは、車を自分の頭の高さまで持ち上げると下回りを覗き込み、すぐに原因を突き止めた。
事務所に戻ると、お客さんに簡単に修理箇所の説明を行う。
それ以外でも気になった点があるらしく、費用を抑えながら修理する方法などを提案していた。
「じゃあそれで。美鶴ちゃんにお任せするわ」
説明している秋月さんを『美鶴ちゃん』と親しげに呼ぶお客さんは、話半分にしか聞いていない様子だった。専門的な話は興味がないというのもあるようだが、半分は秋月さんを信頼しているという事なのだろう。
お客さんからはできるだけ費用を抑えてほしいという要望だったので、リビルト品などを使って修理する方向で決まったらしい。
リビルト品とは、中古品をベースに専門業者が分解、洗浄、消耗品の交換などのオーバーホールを行い、品質保証をつけて販売する部品のことを言う。殆どのリビルト品が、使用していた部品の下取りを条件としており、新品に比べて安価に入手できる。そのためトータルでの修理費を抑えることが可能なのだ。
簡単な日程の打ち合わせの後、お客さんには代車に乗って帰ってもらい、車を預かる形になった。
「じゃあ美鶴、よろしく」
「はーい」
社長からそう言われた秋月さんは、業者への必要な部品の発注などをささっと済ませ、工場に戻り黙々と作業を進めていく。
秋月さんの作業を見せてもらっていると、不具合のある個所を指さしながら教えてくれた。入社初期こそ拒絶されてる感があったが、今日に限らずここしばらくはこんな感じだった。
秋月さんはお客さんへの接し方も含め、口は悪いが実はすごく面倒見のいい人だと改めて感じた。
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