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序章

#14 裏路地

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 レティシアと一緒に、声を揃えたのはアルストだ。
 レティシアは、あまりに衝撃的なレオンのひと言に、思わず涙が引っ込んだ。
 急に現実に引き戻されたのである。
 一国の王女が、現実逃避したくなって城を抜け、そこで出会った冒険者達と、冒険の旅に向かうなど、許される筈もない。あり得ない話だ。
 そして、この二人が牢に入れられる姿まで、脳裏に思い浮かべたレティシアは、ふっと呆れたように微笑んだ。
「ふふっ……。旅、してみたい気持ちはある。でも、そんなことしたら、レオン達に迷惑がかかるから、私は行けない。それに……本当は、逃げたっていつかは向き合わなきゃいけないことだって、ちゃんとわかっている。今日は逃げてしまったけど……あはは。なんか、話したら……少しスッキリした。だから、聞いてくれてありがとう。私、そろそろ、行くね」
 レティシアは、そう言って二人に微笑んだ。
「え~行こうよ~。可愛い女の子が旅の仲間に加わってくれたら、絶対楽しくなると思ったのに~」
「お前な……」
 レオンはどうやら本気で言ってくれたいたようで、アルストに怒られていた。
「やれやれ、レシル行くのか……? 送ろうか? さっきもコイツが言ったけど、最近、女の子を狙う物騒な事件が多発してるから、レシルみたいに可愛い子が、ひとりで歩くのは危険だ」
「物騒……?」
「女の子が乱暴されて無理矢理……な」
「何だと? そんな者、早く捕まえてやらないとだな……」
「ははは。レシル、捕まえてくれって言ってるんじゃなくて、だから帰り道は気を付けてって言ってるんだぞ? 女の子が無茶したら危険だから、犯人探しは俺達に任せて」
「……そ、そうか。それにしても、兵は何をしているのだ」
「兵――って……レシル? じゅ、巡回兵が一応、見回りしてくれてはいるみたいだけど、なかなか姿を現さないらしいな」
「そうなのか……ふぅん」
「でも、犯人でもそうじゃなくても、レシル、見れば見るほど目を引くよなぁ。本当に気を付けないと。俺達に会うまで、見知らぬ男に声かけられなかった?」
 レティシアは、きょとんとして声をかけられたけど、徹底的に無視したことと、それが執事からの忠告であったことを話した。
 予想通りの回答に、二人は溜め息を吐いた。
「「……だろうな」」
「?」
 レティシアは、首を傾げた。
「レシル、良い執事がいて良かったな。それが良い」
「えっと……てことは、俺達とも本来なら話すつもりはなかったわけだよな? 偶然、レシルの前にコイツがいて、レシルに背中を貸してなかったら、俺達もレシルとこうして話すこともなかったわけだ。ま、強引に連れて来られて、例外になってしまったんだろうけど。ははは、これも何かの縁だな。良かったらお友達になろうぜ」
 その言葉に、レティシアは顔が曇る。
「トモ……ダチ……? でも……」
「――いつ会えるかわからないって? レシル~? 俺達は、いつまたこの町に来るかわからない。レシルも、いつこっそりおうちを抜け出して、町に来るかもわからない。だから、確かに次、いつ会えるかなんて、全然わかんない。でも、人生何があるかわからない。レシルもずっとココにいるとも限らない。引っ越すかもしれないし、長旅に出るかもしれないし? 今はこの国の外に、誰も知っている人はいないかもしれない。でも、俺らという友達がいれば、たった二人だけでも世界のどこかに、知っている人ができるだろう? いつか偶然、どこかで再会した時、声かけろよ。俺達も見かけたら声かけるし。そんでさ、この今日の思い出話とかしようぜ」
「レオン……う、うん! じゃあ、友達……っ」
 レティシアは、少し照れ臭そうに言った。
「め……珍しくまともなこと言うなよ。俺が言おうと思ってたのに……はぁ。コイツの言う通り、俺も、そう思ってるから……レシル、また会おうな。しばらくはこの町にもいるしさ。ま、そんなちょくちょくは抜けられないだろうけどな。はは」
「レオン……。アルスト……。うん……色々とありがとう。私、じゃあ行くね。送りは大丈夫だから。じゃ、またね」
 レオンとアルストに微笑まれ、見送られたレティシアは、冒険者の集いの場を後にした。途中、レティシアは、もう一度、冒険者の集いの場の方は振り返ると、二人はいい人だったなと、口元を微笑ませた。

(さて……。怒られる覚悟もできたから、城へ戻るか……!)

 空は、もうすっかり夕方から夜になりそうになっていた。
 時計を見ると十七時二五分。夕食は十九時だ。
 城に向かわなくてはならない時間としては、ちょうどいい頃合いだった。
 
 レティシアは、キョロキョロと見回すと、遠くに城の方角が見える方へと歩みを進めた。
 しかし、城が見える方に進んでいる筈が、道が曲がっていて、道を逸れて反対方向に出てしまったり、全然違う方向へ出たり……レティシアは、どうやら道に迷ったようだった。
 そういえば、アルスト達に連れられている間、レティシアは考え事をしていた。ちっとも道順を覚えることもなく、気が付いたら冒険者の集いの場に到着していたのである。

(ちゃんと行き方、見ておけば良かった……)
 城は遠くに見えているのに、その方向に進んでもちっとも近付かないこの辺の道は、レティシアが全く通ったことのない通りであった。
 あまり人通りがなく、誰にも道を訊ねることもできない。
 ザッ……という音が、離れた後方から聞こえた気がして、レティシアは息を呑んだ。立ち止まって、そして振り返る。そこには誰もいなかった。
「…………」
 目の前の道は二手に分かれている。
 レティシアは、右に歩みを進めてみることにしたが、やはり何故か後方が気になり、少し怖くもなった。

『最近、物騒な事件が――』
『女の子が――』

 アルストとレオンの言葉を思い出し、レティシアは心臓の鼓動が速くなってしまい、落ち着けるために立ち止まった。
(夜道……何でこんなに人通りがないんだ……余計に怖いではないか……っ)
 レティシアが再び歩みを進めるも、後方からの気配も相変わらずで、レティシアは意を決して振り返ることにした。
 建物の陰にスッと、誰かが隠れたのが見えた気がした――。

 レティシアは、震えそうになる声で言った。

「――だ、誰だ……!」

 しかし、反応がないことに不気味さを感じて後退りすると、レティシアは道なりに走った――。
 やはり誰か潜んでいたのだろう。誰かが走ってくる足音がする。レティシアは振り返るもこともなく走り、とにかく夢中で地理のわからない路地を進む。
(う……まただ……。どっちなんだ……?)
 また分かれ道である――。
「はぁ……はぁ……はぁっ」
 レティシアはいい加減うんざりして、結構走ったこともあり息を切らし、立ち止まった時だった。

「はぁ……はあ……あ、あれ~? 偶然だねぇ……はあ、はぁ……こんな所で……またっ……会えるなんて……ぜぇ、はぁ……」

 レティシアは、その声にぞくっと背筋が凍るようだった。聞き覚えのある声に、後ろをゆっくりと振り返る。レティシアは目を疑った――。そこにいたのは、今日、地図を片手に話しかけてきた変な輩だったのである。
 偶然とか言いつつ、明らかに疲れている所を見ると、走ったレティシアを追って来たに違いない。レティシアより息を切らしているようだ。
 しかし、無視するには不自然である。
 
「ぐ……偶然? 追いかけて来たの……間違いだろう? はぁ……はぁ……」
 レティシアは、嫌悪した表情で変な輩を見た。ずっと背後に感じていた気配の正体が、この人物だったことを考えると、レティシアは恐怖を感じた。
「運命の……はぁ……はぁ……相手とは……よく会うって……はぁ……い、言うだろう? はー……」
「そんなに息を切らして、必死に運命にしようとして、バカバカしい……。はぁ……じゃあ、さようならっ」
 変な輩は、何が何でもレティシアと運命の糸を結びたいようだ。レティシアが先を再び走るのを、また追いかけてくる。分かれ道も適当に進むけど、やはり道を知らないレティシアと、道を知っている変な輩……どちらが有利かは明らかだった。
 次第に息が切れてきたレティシアは、先程の変な輩と同じくらいには、もう疲れて果てていた。
 そして、再び分かれ道――。
 後ろを振り返ると、変な輩もかなり息を切らしながら、かなり遠くをもう歩いているようだ。
(……もう……走れない……のは向こうも同じ筈だ。イチかバチかで進むしかない)
 レティシアは、意を決して左へと進むことにした。
 念のため振り返って変な輩を見ると、ゆっくりとこちらに歩き、先程の分かれ道の地点まで差し掛かった所で、変な輩は立ち止まったかと思うと座り込み、休憩しているようだ。
 何故立ち止まったのか不思議に思いながらも、レティシアは肩を撫で下ろして、ゆっくりと歩いて前を進んでいった。
 しかし、あれだけレティシアを付けていた変な輩が、レティシアを見失う可能性があるというのに、休憩などするだろうか。
 もしかしてこの先は……という、嫌な予感が脳裏を掠めた。振り返ると変な輩は立ち上がり、再びゆっくりと歩みを再開している。
 恐る恐る進んだレティシアは、ついに前方の行方が見える箇所まで歩みを進めた。
「!」 
 進む先のその終着地点は、行き止まりだった――。
「…………」
 正解は、右だったのだろうか。いや、それも行き止まりではないという保証はどこにもない。
 やはり、このことを知っていた変な輩は、勝利を確信してその歩みを止めたのだろう。
 背後から足音が、笑いを堪えたような声が、どんどん近づいてくる。
「くっくっく……。君、この町の人間じゃないみたいだね。こんな裏路地に入っちゃうなんて。僕の地図、あげようか? あっはっは。右に行ってくれてたら、もう少し鬼ごっこして遊べたんだけどねぇ。それとも……こんな、人があまり来ない好都合な場所に、君の方から誘ってくれたのかなぁ? 嬉しいなぁ」
「……な、何を言って……?」
 レティシアは、変な輩の思考に狂気を感じた。
(何……コイツ、本当にヤバい……奴じゃん)
 背中がいつ壁の感触を感じてしまうのか――。レティシアは、変な輩と視線を合わせたまま、後方を確認せずに後退していった。
 変な輩が、一歩近付く速さと同じ速度で、一歩ずつ、一歩ずつ――。
 変な輩を払い退け、来た道を戻ることも考えたが、もう走れる体力もない。あまり近付くのも、危険を感じる。
 余裕を見せながら、変な輩はどんどんレティシアとの距離を詰めてくる。

「はぁ……どうして逃げるのかな? 仲良くなりたいだけなのに……。それなのに、皆……」
「え? 皆…………?」
 レティシアは、変な輩の言動に眉を顰めた。変な輩は立ち止まると言った。
「……この街の人間じゃないから、君は知らないかな? 今、君みたいな可愛い子が夜道で狙われてるって、物騒な事件が起きててねぇ。でも……、その子達が悪いんだよ……? 仕方ないんだ……だって、皆、俺をムカつかせるから……」
「!」
 レティシアは、驚愕して目を見開いた――。目の前のこの変な輩は、まるで自分が犯人みたいな発言をしている。
 エンブレミアの巡回兵も、アルストやレオンも追っているという……今、話題の事件の犯人。なかなか捕まらずに野放しになっている犯人。それが、目の前にいる変な輩なのかと思うと、急に恐怖がレティシアを襲い、声が奥に押し込まれ、出て来なくなった。顔は、青褪めているに違いない。
 足が――すくむ――。勝手に大きく騒ぎ始めたレティシアの心臓の音だけが、どくんどくんと音を立てて耳に響かせていた。
 
「あ……れ? 知らなかった? いい顔になったね……。もう後ろもないことだし、遊びはここまでだ」
 変な輩の言う通り、レティシアの背中は次の瞬間、冷たいコンクリートに当たる――。
 心臓がゾクッと凍てつくように冷え、すくみそうだった足は、本当にすくんでしまい、レティシアはその場に座り込んだ。
 焦る気持ちを落ち着けようと、レティシアは胸元を押さえた。

(仕方がない……)
 レティシアは、仕方なく簡易魔法の異次元空間から、細身の剣を取り出そうとした。
(あ……あれ?)
 レティシアの収納魔法の異次元空間に、剣の感触がないことに、レティシアは背中がひやりとする。
 そういえば、昨日、滅多にしないくせに、珍しく異次元空間の中を整理したことを思い出した。

(しまった、部屋だ――――!)
 
 レティシアは最悪、剣という保険があったからこそ、平常心を保っていた――。全身から血の気が抜けていき、動揺は隠せなくなった。
 まさに絶体絶命とは、今のこと。
 レティシアは、魔剣ティルフィングのクロードと教育係兼目付け役リュシファーに脳内で詫びる。
 そして、できることなら今すぐ助けに来てくれと、頭の中で二人に土下座して訴えていた。
(付いて来たいと言われても、いつも付いて来るなと命令して悪かった! 魔法の特訓からつい逃げ出しちゃってごめんなさい! これまでのことも、全部、全部謝るから……! 助けて……! どっちでも良いから気付いて……! うわぁぁん)
 レティシアは一応立ち上がったものの、もう手も足も出ずに、近づいてくる変な輩に、すっかり怯えた目を向ける。レティシアの怯える様を、変な輩は愉しむように、あくまでも優しい声色で話しかけながら近付いて来る。

「ぅ……ぁ…………い……や…………」

(これは、本当の本当に、たった今、起きていること? ど…………うしよう…………どうしたら。頭が……回らない…………!)
 変な輩の距離が、もう自分に手を掛けられる程に近付いた。その時、レティシアはその目に、じわっと涙が浮かぶのを感じて、口が悲鳴を上げそうになった。
「あれ? 泣いちゃった? さーて、そろそろ状況、わかったよね? こんな人通りのない路地に迷い込んだら最後、――――誰も、来ねーからなぁっ!!!」
 急に変えられた乱暴な声色と、乱暴に掴まれた腕の痛みに、レティシアはついに耐えられなくなり、ついに悲鳴を上げた。

「いっ……いやぁぁぁぁぁーー!」

 かろうじて耐えていた恐怖心が、こんなに一気に襲って来るなんて、レティシアは思っていなかったのだ。

(……リュシファー……!)

 きつく目を閉じてその身を引いた、次の瞬間だった――――。



 ザバーーーーーーーーーーッッ……!



「!?」
 滝の様な凄い勢いの水の柱―――。
 突然の音とともに、レティシアの腕を掴んでいた変な輩の手は離れ、レティシアはただ、目の前の水柱に目を見張る。
 レティシアも顔や髪、服が結構濡れてしまい、髪からは水の雫がポタポタ落ちていた。しかしそんなこと気にならない程に、ただただ目をぱちぱちとして、その様子を見ていた。
 変な輩が身体を支えているのがやっとというの程の水圧に、変な輩は後退りしている。
 濡れた髪を前に垂らして、髪からは水の雫がポタ……ポタ……と雫に変わるまで、目を真ん丸にして愕然としていた。
 変な輩と距離ができたので、レティシアが立ち上がった所で、変な輩は我に返ったようだ。

「な、な……んだコレ……! お前か……?」
「⁉︎」
 レティシアは、ぶんぶんと首を横に勢いよく振った。
 レティシアにこんな魔法の使用経験などない。しかし、もしかしたら、窮地に立たされた事で眠っていた魔力が、身を守るために発動した可能性が頭を掠めたため、レティシアは苦笑いを浮かべた。
「……はぁ? お前以外に誰がこんなこと――」
 そう言って、目が見えるように前髪を掻き分けた変な輩が、レティシアを睨み付けた瞬間だった。
 スッとレティシアの目の前に、一人の青年が上から降り立ってきた。
「!」
 突然、降ってきた男にレティシアは驚いて、思わず再び、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
 その青年が身に纏っているのは、吟遊詩人の様な白い地に薄紫色の配色が綺麗な衣装。赤銅色の髪の毛は、長い部分は顎の辺り程度で、毛先は動きのある髪型だ。
(だ、誰?)
 謎の男は、スマートで背が高く、その雰囲気は、どこかで感じたことがある気がした。
 只者ではない者のオーラが漂っている。空気が凍てつくようなこの雰囲気は、どこかで感じたことのある空気感だった。
 謎の男は沈黙したまま、ただ溜め息を吐いた。
 何とも言えない緊張感がレティシアを襲う。
 ピリつくような空気感を漂わせたとある人に、本当は言いたい事があるが、沈黙という威圧感を与えられ、少しずつ精神を削るように、半分脅迫のような言葉を、あくまでも穏やかに吐かれ、お説教されている時のような――そんな雰囲気に似ていた。その時、レティシアは、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったと、心底後悔するのだ。
(う……こ、この人……絶対に今、怒ってる……)
 魔法が使えない者であっても、感じることが出来る圧倒的な何かに、レティシアは声も出ない。
(味方……なのか? わ……私も水ちょっと被ったし……味方にしては、ちょっと手荒ではないか? 敵……いや、うーん。どちらにしても、変な輩はともかくとして、敵だとしたら天この者からは絶対に逃げられない、ということだけはわかる……ど、どうしよう……)

 レティシアは二人を交互に見つめて、少し後退りしておいた。変な輩は、突然現れたその謎の男に向かって、ついにお決まりの台詞を言った。

「……だ、誰だっ!」
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