僕とピアノ姫のソナタ

麻倉とわ

文字の大きさ
12 / 32

第四楽章①

しおりを挟む
 滝沢裕也の存在を知ったのは、まだ小学生のころだ。

 ひとつ年上の才能ある少年のことを教えてくれたのは、当時通っていたヴァオリン教室の先生だった。「だけど哲朗だって全然負けていないからね」という励ましの言葉を添えてくれたことも覚えている。

 当時の哲朗は無邪気に喜び、笑顔で頷いた。

「はい、がんばります!」

 はじめは彼の存在が励みになっていた。
 年上だから今は勝負にならないかもしれないが、いつか必ず彼よりすばらしい演奏をしてみせる――そう自分に言い聞かせて、ライバルを倒すために、それまで以上に練習に熱中するようになった。

 だが現実は厳しかった。

 哲朗がコンクールに出場し始めると、常に滝沢と顔を合わせるようになった。
 確かに彼の演奏はすばらしかった。繊細な音色と鮮やかなテクニックを見せつけて、しごく当然という感じで優勝をさらっていってしまう。
 結果はいつも同じだった。

 それでも哲朗はあきらめなかった。回を重ねるうちに順位も上がってきたし、二人の差は縮まっていると感じてもいたからだ。

 しかし決定的なことが起きた。

 高三の時に出場したコンクールで、またも滝沢に敗れたのだ。しかしその時ばかりは、哲朗はどうしても納得がいかなかった。

 ファイナルの演奏で明らかに滝沢はいつもよりミスが多かったし、一方で聴衆の拍手が大きかったのは自分の方だと実感してもいた。
 立ち上がって手を叩く人もいたし、ブラボーという声援だってもらえた。

 それなのに優勝したのはその時も滝沢で、哲朗は二位に終わった。

 父親から『政治力』という言葉を聞かされたのはその帰り道で、家へと向かう車の中だった。
 実力はもちろん重要視されるが、それだけでははかりきれない部分も確かにあって、コンクールでは教師間の力関係がものをいう時もあるのだと。

 ――しかたない。彼の先生は大御所だからな。

 哲朗の父親はオールドヴァイオリンをはじめとする高価で希少な弦楽器のディーラーで、大きな楽器店を経営している。立場的に音楽業界の裏事情にも通じており、その言葉には説得力があった。

 さらに演奏家を目指すのも悪くないが家業を継ぐことも考えてほしいと続けられて、哲朗は声を上げて泣いた。

 以来、それまでとは生活が一変した。実力が正当に評価されないなら、どんなにがんばっても無駄だからだ。

 藤芳音大に進んでから、さらにそれは顕著になった。

 ヴァイオリンは適当に練習する程度にとどめ、哲朗は今まで近寄りもしなかった夜の町に繰り出すようになった。
 女の子とも派手に遊び始めた。そうすることで一学年上にいる滝沢の存在に、あえて背を向け続けてきたのである。

 それなのに今、彼は再び目前に立ちはだかったのだった。しかもなぜか気になってしかたがない調のパートナーとして。

 あの二人からは距離を置く――さんざん悩んで、哲朗はそう決めた。今までどおり楽しくやればいい。

 調には徹底的に避けられ、滝沢にも相手にされていないのだ。彼らのことで悩んでも損をするだけだ。
 越えられない壁に挑んで傷つくのは、もうたくさんだった。

 しかしそう決めた翌日、哲朗は早々に問題の二人を目にすることになってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染に裏切られたので協力者を得て復讐(イチャイチャ)しています。

猫都299
青春
坂上明には小学校から高校二年になった現在まで密かに片想いしていた人がいる。幼馴染の岸谷聡だ。親友の内巻晴菜とはそんな事も話せるくらい仲がよかった。そう思っていた。 ある日知った聡と晴菜の関係。 これは明が過去に募らせてしまった愚かなる純愛へ一矢報いる為、協力者と裏切り返す復讐(イチャイチャ)の物語である。 ※2024年8月10日に完結しました! 応援ありがとうございました!(2024.8.10追記) ※小説家になろう、カクヨム、Nolaノベルにも投稿しています。 ※主人公は常識的によくない事をしようとしていますので気になる方は読まずにブラウザバックをお願い致します。 ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。関連した人物も、たまに登場します。(2024.12.2追記) ※番外編追加中・更新は不定期です。(2025.1.30追記)←番外編も完結しました!(2025.9.11追記) ※【修正版】をベリーズカフェに投稿しています。Nolaノベルでは全話限定公開・修正中です。(2025.10.29追記)

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

処理中です...