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「ともかく椎名くんは、そんなふうに思っていたわけだ。いや、すばらしい音だったよ。もっと先が聴きたくなった」
そのわりに与えてもらった時間は短かったが、哲朗は心から頭を下げた。
「ありがとうございます。こんな機会をいただけて、本当にうれしかったです」
「そこで椎名くん、どうだろう? 滝沢くんは腱鞘炎が悪化して困っているらしい。三日後の学内コンサート、彼の代役で出てはくれないだろうか」
「真山先生!」
「父さん!」
ほとんど同時に滝沢と調の、悲鳴のような声が響いた。
「ぜひ調と一緒に演奏してくれたまえ」
滝沢の代わりに調のパートナーを務めてほしいと提案されたのだ。
哲朗自身はあっけに取られて、声を出すこともできない。
「滝沢くん」
真山教授は表情を改めると、真っ青になった滝沢に視線を向けた。
「君の演奏はテクニック的にはたいへんすばらしかったよ。しかし今日はいささか、これ見よがしだったね。椎名くんを追い落とすことだけに囚われて、曲想も何もあったもんじゃない。最後まで聴いたが、とうとう心惹かれる音には出会えなかった」
「先生、僕は――」
「腱鞘炎、本当はそこまで悪くはないんだろう? 君らしくないよ、滝沢くん。こんなふうに音楽を利用することは許されない」
滝沢は何か言いかけたが、唇を震わせて俯いた。思い当るところがあったのだろう。
「さて今後のスケジュールだが、真山はわかっていると思うが、細かいところは島津先生に見ていただくように。では、二人とも、いい演奏を期待しているよ」
真山教授はそれだけ言うと、来た時と同じように軽快な身ごなしで部屋を出ていった。
彼がかき乱した気まずい空気は、三人の上にそのまま淀んでいる。
それでもプライドからなのか、最初に動いたのは滝沢だった。肩をすくめると、手早くヴァイオリンをケースにしまい始めたのだ。
「真山先生の言うとおりだな。確かに今回は少しばかりやり過ぎた」
「た、滝沢さん」
「反省している。調も……ごめんよ」
哲朗もだが、調はかける言葉が見つからないのだろう。そばに立って、申しわけなさそうに俯くばかりだ。
「コンサートは聴かせてもらう。お疲れさま」
滝沢は支度を整えると、それだけ言い残して部屋を出ていった。
ひどくそっけなかったが、さまざまな思いが込められたひとことだった。
誰もが懸命に音楽に取り組んでいるからこそ、哲朗も調も滝沢の真意がくみ取れる。
二人はどちらからともなく手を取り合い、滝沢が出ていったドアに向かって、静かに頭を下げた。
そのわりに与えてもらった時間は短かったが、哲朗は心から頭を下げた。
「ありがとうございます。こんな機会をいただけて、本当にうれしかったです」
「そこで椎名くん、どうだろう? 滝沢くんは腱鞘炎が悪化して困っているらしい。三日後の学内コンサート、彼の代役で出てはくれないだろうか」
「真山先生!」
「父さん!」
ほとんど同時に滝沢と調の、悲鳴のような声が響いた。
「ぜひ調と一緒に演奏してくれたまえ」
滝沢の代わりに調のパートナーを務めてほしいと提案されたのだ。
哲朗自身はあっけに取られて、声を出すこともできない。
「滝沢くん」
真山教授は表情を改めると、真っ青になった滝沢に視線を向けた。
「君の演奏はテクニック的にはたいへんすばらしかったよ。しかし今日はいささか、これ見よがしだったね。椎名くんを追い落とすことだけに囚われて、曲想も何もあったもんじゃない。最後まで聴いたが、とうとう心惹かれる音には出会えなかった」
「先生、僕は――」
「腱鞘炎、本当はそこまで悪くはないんだろう? 君らしくないよ、滝沢くん。こんなふうに音楽を利用することは許されない」
滝沢は何か言いかけたが、唇を震わせて俯いた。思い当るところがあったのだろう。
「さて今後のスケジュールだが、真山はわかっていると思うが、細かいところは島津先生に見ていただくように。では、二人とも、いい演奏を期待しているよ」
真山教授はそれだけ言うと、来た時と同じように軽快な身ごなしで部屋を出ていった。
彼がかき乱した気まずい空気は、三人の上にそのまま淀んでいる。
それでもプライドからなのか、最初に動いたのは滝沢だった。肩をすくめると、手早くヴァイオリンをケースにしまい始めたのだ。
「真山先生の言うとおりだな。確かに今回は少しばかりやり過ぎた」
「た、滝沢さん」
「反省している。調も……ごめんよ」
哲朗もだが、調はかける言葉が見つからないのだろう。そばに立って、申しわけなさそうに俯くばかりだ。
「コンサートは聴かせてもらう。お疲れさま」
滝沢は支度を整えると、それだけ言い残して部屋を出ていった。
ひどくそっけなかったが、さまざまな思いが込められたひとことだった。
誰もが懸命に音楽に取り組んでいるからこそ、哲朗も調も滝沢の真意がくみ取れる。
二人はどちらからともなく手を取り合い、滝沢が出ていったドアに向かって、静かに頭を下げた。
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