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わけありのローマ
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極道――その人の第一印象は、まさにそれだった。いや、ここはイタリアだから、マフィアと言うべきかもしれない。
(うわっ!)
とにかく彼、東野林太郎様を見た途端、私は後ずさりしそうになった。
もちろん人を見かけで判断してはいけない。まして相手がお客様ならなおのことだ。しかも東野様は副社長絡みの 特別案件なのだ。
とはいえ、ドアを開けて入ってきた彼の圧はかなりのものだった。
「いらっしゃいませ」
それでも次の瞬間には、私は柔らかく微笑みながら深々と頭を下げていた。当然ながら声も震えないし、ぎこちなくつかえるようなこともない。
プロ根性、いや、ほとんど条件反射だろう。
私は入社して五年目になる。たくさんのお客様に接して場数は踏んでいるし、本店のTGAだというプライドもある。何より業界トップの売り上げを誇る高砂百貨店は、徹底した社員教育で知られているのだから。
「東野林太郎様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
私がにこやかに歩み寄ると、相手は無言のまま頷いた。
二コリともしないが、否定はしないから、やはり彼が今日の予約客なのだろう。決して通りすがりのどこかの組員さんなどではなくて。
(……なるほどね)
私はこっそりため息をついた。彼がどうして特別案件なのか理解できた気がしたのだ。
東野様は長身で、手足が長く、腰の位置も高い。いわゆるモデル体型で、そのままファッションショーのランウェイを歩けそうなほどスタイルがよかった。
しかも肌はほどよく浅黒くて、高い鼻梁や少し肉厚な唇が精悍さを感じさせる。とにかくどこから見ても、文句なしの美形だ。
それなのに……彼の仕上がり驚くほど残念なものだったのだ。
やたら迫力がある男前なだけに、そのギャップはとんでもなかった。
目覚めた時に手近にあったものを適当に身につけたような服装、寝癖のついたボサボサの髪、無骨な黒縁のメガネ――その上、その奥の切れ長な一重の目はずいぶん鋭くて……怒ったり、いらついたりしている様子こそないものの、はっきり言って怖かった。
もし髪をきっちりオールバックに整え、白いスリーピースや光沢のあるダブルのジャケットでも着せて、ミラータイプのサングラスをかけさせたら、間違いなく誰からも避けられるだろう。もちろん私だって絶対に近づかない。
実際には一流大学で薬学の博士課程を終え、今はスイスの製薬会社で働く気鋭の研究者だと聞かされていた。ところが目の前の青年は間違ってもそんなふうには見えない。
私は気を取り直して、シルバーのカードケースから名刺を取り出し、うやうやしく差し出した。
「東野様。本日はお忙しい中、わざわざお越しいただきまして、誠にありがとうございます。わたくしは当『サローネ・エッチェレンテ』(特別サロン)のマネージャー、桐島と申します」
私が出向しているローマの高級百貨店、『イル・スプレンドーレ』では、日本人のお客様も多い。いつもなら母国語で話すとホッとするのに、今日はどうしても緊張してしまう。
東野様は大きな手で名刺を受け取ると、チラリと目を落とし、胸元のポケットに入れた。あいかわらず無言で、表情にも変化はない。
「本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「どうも」
くぐもった低い声。ようやく答えが返ってきたのだ。なんだかドスが効いて聞こえるのは、私の気のせいだろうか。
無口なのか、それとも人見知りなのか判断に迷うところだが、少なくとも社交的なタイプではなさそうだ。
「では、どうぞこちらへ」
私は改めて一礼し、東野様を奥へと差し招いた。
(うわっ!)
とにかく彼、東野林太郎様を見た途端、私は後ずさりしそうになった。
もちろん人を見かけで判断してはいけない。まして相手がお客様ならなおのことだ。しかも東野様は副社長絡みの 特別案件なのだ。
とはいえ、ドアを開けて入ってきた彼の圧はかなりのものだった。
「いらっしゃいませ」
それでも次の瞬間には、私は柔らかく微笑みながら深々と頭を下げていた。当然ながら声も震えないし、ぎこちなくつかえるようなこともない。
プロ根性、いや、ほとんど条件反射だろう。
私は入社して五年目になる。たくさんのお客様に接して場数は踏んでいるし、本店のTGAだというプライドもある。何より業界トップの売り上げを誇る高砂百貨店は、徹底した社員教育で知られているのだから。
「東野林太郎様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
私がにこやかに歩み寄ると、相手は無言のまま頷いた。
二コリともしないが、否定はしないから、やはり彼が今日の予約客なのだろう。決して通りすがりのどこかの組員さんなどではなくて。
(……なるほどね)
私はこっそりため息をついた。彼がどうして特別案件なのか理解できた気がしたのだ。
東野様は長身で、手足が長く、腰の位置も高い。いわゆるモデル体型で、そのままファッションショーのランウェイを歩けそうなほどスタイルがよかった。
しかも肌はほどよく浅黒くて、高い鼻梁や少し肉厚な唇が精悍さを感じさせる。とにかくどこから見ても、文句なしの美形だ。
それなのに……彼の仕上がり驚くほど残念なものだったのだ。
やたら迫力がある男前なだけに、そのギャップはとんでもなかった。
目覚めた時に手近にあったものを適当に身につけたような服装、寝癖のついたボサボサの髪、無骨な黒縁のメガネ――その上、その奥の切れ長な一重の目はずいぶん鋭くて……怒ったり、いらついたりしている様子こそないものの、はっきり言って怖かった。
もし髪をきっちりオールバックに整え、白いスリーピースや光沢のあるダブルのジャケットでも着せて、ミラータイプのサングラスをかけさせたら、間違いなく誰からも避けられるだろう。もちろん私だって絶対に近づかない。
実際には一流大学で薬学の博士課程を終え、今はスイスの製薬会社で働く気鋭の研究者だと聞かされていた。ところが目の前の青年は間違ってもそんなふうには見えない。
私は気を取り直して、シルバーのカードケースから名刺を取り出し、うやうやしく差し出した。
「東野様。本日はお忙しい中、わざわざお越しいただきまして、誠にありがとうございます。わたくしは当『サローネ・エッチェレンテ』(特別サロン)のマネージャー、桐島と申します」
私が出向しているローマの高級百貨店、『イル・スプレンドーレ』では、日本人のお客様も多い。いつもなら母国語で話すとホッとするのに、今日はどうしても緊張してしまう。
東野様は大きな手で名刺を受け取ると、チラリと目を落とし、胸元のポケットに入れた。あいかわらず無言で、表情にも変化はない。
「本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「どうも」
くぐもった低い声。ようやく答えが返ってきたのだ。なんだかドスが効いて聞こえるのは、私の気のせいだろうか。
無口なのか、それとも人見知りなのか判断に迷うところだが、少なくとも社交的なタイプではなさそうだ。
「では、どうぞこちらへ」
私は改めて一礼し、東野様を奥へと差し招いた。
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