Ti amo ~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト

麻倉とわ

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わけありのローマ

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「では、どうぞこちらへ」

 私は改めて一礼し、東野様を奥へと差し招いた。

 この『サローネ・エッチェレンテ』は高砂百貨店が誇る『エクセレント・ラウンジ』のシステムを模している。
 売り場の一角に設けた特別スペースで、利用できるのは一日三組。しかも予約客専用で、時間を気にせず買い物を楽しめるのだ。

 私はその立ち上げと円滑な運営のため、日本からローマに派遣されている。TGAとしてラウンジでも働いていたからだが、趣味で長年イタリア語を勉強していたことが考慮されたらしい。

 ここの広さは約二十畳。柔らかな光に浮かび上がる室内は、ラグジュアリーホテルのスイートルームを思わせる。

 インテリアデザイナーが配慮を重ねた空間には、私の意見も反映してもらえた。
 大理石の壁、マホガニーのテーブルとゆったりしたベージュのソファ。優美なラインを描くブロンズのフロアスタンド、チーク材の床を彩るペルシャ絨毯――品があって重厚なインテリアから浮かないよう、服装だけでなく動作や声音にも常に気を配っている。

 とはいえ、おしゃれにうるさいお客様には、それなりの格好でお迎えしないと納得していただけない。たとえば今日のジャケットも目立ち過ぎることはないが、この場に映える一着だった。

「どうぞお座りくださいませ」

 東野様は促されるまま腰を下ろしたが、家具売り場でも評判のソファだというのに、なんだか居心地悪そうに見えた。

 メールで送られてきたゲストカルテによれば、彼の身長は百八十九センチ――お互い立ったままだと、私は頭ひとつくらい上から見下ろされる形になってしまう。

 正直、大きくて無愛想な男性は苦手なので、相手が座ってくれて少しほっとした。

(さてと)

 東野様は一見細身だが、メンズ売場で鍛えられた私には、その体がしなやかな筋肉に包まれているのがはっきり見て取れる。
 何か運動をしているようで、わかりやすいマッチョではないけれど、学者というよりアスリート寄りの体型だった。

「東野様、何かお飲みものはいかがですか?」

 私はソファに歩み寄って、メニュー表を差し出した。
 
 口数が少ないのは、慣れない場所で戸惑っているからかもしれない。スイス在中とはいえ、ここはローマだ。まずは相手にリラックスしてもらおうと思ったのだ。

 同時にそうすることで、私自身の緊張も解したかった。
 どんなに慣れていても、初めてのお客様、特に東野様みたいなタイプには、どうしても硬くなってしまいがちだったからだ。
 自分が小柄だから、背が高くてたくましい男性には特に萎縮してしまう。

 だが相手の性格や目的にもよるものの、ここでの接客は長い場合には二時間以上かかることもあった。たとえ短くても一時間。その間、私は彼につきっきりで対応しなければならないのだ。

 他のスタッフのひとりは時間差出勤だし、もうひとりは休暇を取っていた。そもそも二人ともイタリア人だから、日本人客向きとはいえない。
 もっとも大きくて強面だという以外、東野様に非はないのだが――。

「最近はだいぶ暑くなってまいりましたので、冷たいものはいかがですか? もちろんあたたかいお飲みものもございます」

 ところが東野様はメニュー表を受け取ろうとせず、私と目を合わせることもなく、かぶりを振った。

「いや、けっこう」
「ですが――」

 タンザニアの契約農園のコーヒー、ヒマラヤ山脈のダージリン・ファーストフラッシュ、京都の老舗の日本茶――ここではビバレッジ部門のバイヤーが選び抜いた品が用意され、それを楽しみにしているお客様も多いのだが――。

「あ」

 ふと東野様が声を上げた。

「やっぱりお茶を」
「お茶でございますね。それでしたら煎茶や玉露、ほうじ茶……あ、お抹茶もご用意できますが」
「何でもいいです。できれば熱くて、うんと苦いやつ」

 私は奥の小さなキッチンに向かい、煎茶の茶筒を手に取った。

(熱くて、うんと苦い……か)

 本来このお茶は熱湯だと、うまみよりも渋みが出て、色も少し濁ってしまう。
 だが東様は海外生活が長いようだから、日本の味が恋しいのだろう。熱くて苦いのがお好みなら、なんとかリクエストに応えたかった。

 千鳥模様の湯呑にお茶を淹れ、氷水がたっぷり入ったタンブラーも添える。
 館内はエアコンが効いているが、今日はかなり蒸し暑い。外から来たばかりの東野様は喉が渇いているかもしれないと思ったのだ。

「いやだ」

 トレイを持ち上げようとして、おしぼりをのせていないことに気がついた。
 私はいったんトレイを下ろすと、大きく深呼吸した。らしくない失態に思わず苦笑してしまう。

(やれやれ)

 今は自分ひとりだけだし、私はこの場を任されているマネージャーなのだ。
 せっかく訪ねてくれたクライアントにはここでの時間を楽しみ、心から満足して帰ってもらいたい。たとえどんなに見た目が怖くて、にこりともしない相手だとしても。

「よし!」

 もう一度深く息を吐き、私は背筋を伸ばして、きびきびと動き始めた。
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