Ti amo ~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト

麻倉とわ

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失意の東京

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「うーん、亜美ちゃんが淹れてくれるお茶は本当にうまいなあ」

 林おじさまは満足そうに目を細め、お茶に添えられていた小粒のチョコレートを口に運んだ。見かけによらず、甘いものがお好きなのだ。

「この苦さがチョコレートによく合うんだ」
「どうもありがとうございます」
「今日は昔みたいに亜美ちゃんがいてくれてうれしいよ」

 私の母は中学校で英語を教えているので、店に出ることはあまりない。
 そのためか、よく父のそばで遊んでいた私は、時間があれば簡単な接客を手伝うようになった。

「おや」

 お茶を飲み終えたおじさまが、ふと真顔になった。

「気のせいかな。亜美ちゃん、少し元気がないんじゃないか?」
「あ、い、いえ、そんなことありません」
「もしかして今までいた国がなつかしくなったのかな? 亜美ちゃんのことだから一生懸命やっていただろうし、あっちは楽しかったんだろう?」

 私があいまいに微笑むと、林おじさまは肩をすくめて苦笑いした。

「実はうちのドラ息子も同じなんだ。勝手に海外で就職して、ずっと音沙汰なしだったくせに、一週間前に急に帰ってきてね。そしたら今度はなんだかずっとぼんやりしていて……まったく困ってしまうよ」
「まあ、そうなんですか」

 早くに奥様を亡くされたと聞いたことがあるが、おじさまがご家族の話をするのは珍しい。
 息子さんが働いていた国を訊ねようとした時、父が「いずこも同じですよ」と会話に入ってきた。

「亜美にはそろそろ結婚のことも考えてほしいのに、いろいろ心配しても、子どもは親の思惑どおりには動いてくれなくて」
「ああ、まったくだ」

 なごやかに談笑する父と林おじさまを残し、私はその場を去った。

 ローマでプロポーズされたことを教えたら、両親や兄はどんなに驚くだろう?
 しかもその相手があの東林製薬の御曹司だとしたら……?

「いや、絶対ないから」

 私は自分に言い聞かせるように、強くかぶりを振った。

 もともと林太郎さんのお見合い相手は某メガバンクの重役令嬢だった。彼の立場を考えれば、きっと双方に取ってウィンウィンの縁談だったはずだし、本来彼にはそういう女性がふさわしいのだ。

 今になってみると、それがよくわかる。
 はじめのうちこそとんでもない格好をしていたけれど、林太郎さんはハイブランドのものも服に負けることなく着こなしていたし、気後れしそうな場所でもまったくもの怖じする様子がなかった。

 彼はいずれ大企業のトップになる人だ。ごくふつうの家に生まれた私とは住む世界が違う。
 そもそもご家族が平凡な私との結婚を認めてくれるはずがなかった。

 それに東林製薬株式会社は私が勤める高砂百貨店にとっても最重要顧客で、中でも最も取引がある外商部門は部のエースが担当している。
 資本金は一兆円をはるかに超え、海外の支店や関連会社も含めれば従業員数は五万人近く。

 最近知ったが、初代の東野林作以来、創業者一族の直系男子が代表取締役社長を務め、その名前には必ず「林」の一文字が入っているという。たとえば東野林太郎のように。

(どうして気づかなかったんだろう?)

 もちろんうかつだったからだが、あえて理由を挙げるとすれば、私がいるメンズフロアと東林製薬とはまったく縁がなかったからかもしれない。

 ――あそこの社長はオーダーメイドひと筋なんだ。お気に入りがあるみたいでさ。外商でもアタックしてくれてるんだが、絶対に浮気しないんだよな。

 そんなふうに以前チーフがぼやいていたが、当時の私はあまりそのことを気にしていなかった。まさかこんな形で自分と関わりができるなんて思いもしなかったのだから。

(ありえないもの……結婚なんて)

 どんなに林太郎さんが好きでも、いや、好きだからこそあきらめるしかない。
 東野家に生まれた人が相手では、当人同士の恋愛感情だけで婚姻関係が成り立つはずがないのだ。

 あの恋は、私たちがローマにいたから成立したのだと思う。
 趣ある永遠の都で、久しぶりに日本人の女性と触れ合い、いろいろ世話を焼いてもらって親密な時間を過ごしたから、林太郎さんの気持ちが動いたのだろう。それだけのことだ。

 一方で、私の恋心は本物だったけれど。

「今日はありがとうございました」
「こちらこそお世話様」

 父が林おじさまを見送っているらしく、店の方から二人が挨拶を交わす声が聞こえてきた。

(私もそろそろ家に帰る支度をしなくちゃ)

 自宅で両親や兄とゆっくり過ごしたからだろう。帰国直後よりは、私の気持ちもだいぶ落ち着いてきた。
 それに仕事が始まれば、胸の疼きも毎日の忙しさに紛れていくだろう。

(大丈夫。きっと……いい思い出にできるから)

 私は自分に言い聞かせながら、茶器を片づけるために店先に向かった。
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